50 歌姫降臨
久々にナインちゃんが歌います!
……本当に久々だなぁ。
ナイン達がダンジョンに落とされてから、約1時間後の事である。
空の向こうから降り注ぎ始めた闇の結晶が、隕石のように大地をえぐり始めたのだ。
「植物が枯れている?」
「はっ。空から降ってきた黒い物体が触れた植物が、一様に枯れているとの事です!」
宮に残っていたシュンは、残っていた護衛の1人から外の様子を聞いていた。突如として降り始めたそれは、まるで宝石のように固く、拳1つ分の大きさがあり、非戦闘員は頑丈な宮に立てこもっているのだ。
また、結界魔法を使える者が少なかったため、偵察に行ける者も非常に少ない。
更にそれは柔な結界を貫通するため、非常に厄介だ。
報告に来た者も、無傷ではなかった。
宮は頑丈に作られているが、それでも表面に亀裂が入り始めると言う事態に陥っていた。
「シュン様!」
「今度は何だ!」
「はっ! 桃の月の使者が来訪いたしました!」
「……事情説明か? 分かった、通してくれ」
宮に訪れたのは、エルフの女性だった。
応接間に案内された彼女は背が高く、それでいて豊満な胸を携える彼女は、険しい顔つきでシュンへと頭を下げる。
金色の長く真っ直ぐな髪が揺れた。
「このような事態になってしまい、申し訳ありません」
「謝罪は後程。あの黒い物は何ですか?」
「あれは闇の結晶です。何故空から降ってくるのか、その理由は我々にも分かっておりません。しかしあの闇の結晶が降り、触れた植物は枯れるのです」
「枯れる……なるほど。だからあのような報告が」
「はい。この月の植物は、闇の属性にめっぽう弱いのです。属性だけならば、皆様に害はありませんが」
闇の属性そのものが人体に齎す影響は無い。だが、それが桃の月に存在する貴重で希少な植物を脅かす。
闇の属性を持ってしまった同族を隔離しなければならない。それは、同族を愛する事で知られるエルフにとって、苦肉の策だった。
それを彼女は、身をもって知っていた。
だからこそ、語りにも悔しさが滲んでいる。
「属性はともかく、結晶が降り注ぐ事自体が危険ですよね」
「仰るとおりです。が、この事態を未然に防ぐ力が、今この場に無いのです」
「と、言いますと?」
「我が月の代表、並びに他の月の代表各位が、先程より連絡が途絶えたままなのです。力の強い術者、騎士の全てから応答が消えました」
「……月の代表者?」
シュンは瞬時にナインが脳裏によぎる。
まぁ、彼女ならどんな事があっても無傷で生還するだろう。
だが、消えたという事は心配だ。思えばリミからの定期連絡も途絶えている。
そもそも空模様が怪しいからと召集がかかったはずだ。それが何故か意味のない物となっている。
シュンは今起こっている事を脳内でまとめ、あらゆる状況を考察していった。自然と耳もピンと張る。
「まさか、他の月の代表者を狙ったテロ……?!」
「そ、そんな。我が月の代表はともかく、リリィクレイル様のような方を相手にテロを起こす者など、いるはずが無いかと」
「……それはそうですが」
言われて、すぐに気付いた。テロ如きであの真紅の女帝が音信不通になるわけがない。
ただ、そこから考えて、別の可能性が引っかかる。
ナインとユウト。消えた彼等には、万能とも言える通信機構、ロキとティーチがいるのだ。彼等がいればこちらと連絡を取る事は簡単だろう。
それが無い、という事は。
「面白いものでも見つけましたかね?」
「はい?」
「いえ、リリィ様もナイン様も音信不通となると、ダンジョンを見つけて遊び呆け……んんっ。意気揚々と調査に乗り出してしまわれるかと」
「……あぁ、なるほど」
エルフの女性は、ちらり、黄緑の月の宮へと視線を移した。あの宮に来ている代表の性質を、多少なりとも知っているようだ。
「ともかく、外の状況を知らない彼等への連絡手段が無い今、どうにか耐え切らなければ。貴重な薬草などもありますが、客人の安全を守るのが優先です。結界を張りますので、少々お待ちを」
エルフの女性は、持ってきたらしい羊皮紙の巻物を広げる。そこには複雑難解な魔法陣が描き込まれており、薄く線が光っていた。
ざっと見て、それが強固な結界魔法の魔法陣である事を理解するシュン。
しかし必要な魔力がバカにならない事もすぐに見抜いた。
「これは……」
「魔力の余波がございますので、少々離れてくださいませ」
「し、しかし」
これを使えば、おそらく貴重な薬草とやらの守護が出来なくなるだろう。
空から降ってきているそれは、まだ少ない方なのだ。現時点で魔力を使い果たせば、回復するまでに丸一日はかかる。
それは非常に危険だった。
シュンは手を伸ばし、制止をかけようとするが、既に魔法陣には大量の魔力が流し込まれ始め――
―― しかし、それは中断される事となる。
「―― ちょぉっと待ったぁー!」
バタバタと慌しく、3つの人影が応接室に駆け込んできた。
純白の長い髪に、薄い黄金色の瞳。
ナインだった。
「っ、ナイン様!」
「一旦ただいまだよー、シュン。というか、外、酷いね!」
まるで雨を払うかのような仕草をして見せた彼女は、探検服のまま笑顔で天を仰ぐ。
のほほんとした口調に、シュンの肩から力が抜けた。
ふわふわとした空気が周囲に流れ、程好く緊張が解けていく。
闇の結晶はそこそこの勢いで落ちてきているため、地面に半分ほど埋まっている。それが植物に当たれば枯れ、結晶の半径10センチ程度は草木が消えてしまう。
範囲が狭いように聞こえるが、まだまだ空は黒い。これから何時間もかけて、たっぷり落ちて来るのだ。それも雨と同じように、これから振る量が増していくだろう。
「ご無事で何よりです。それで、その」
「あ、この子?」
ナイン、ユウト。そしてユウトに抱えられたまま、気持ち悪そうに口を押さえている少女。
その少女の姿を見て、エルフの女性がカッと目を見開いた。
「な、何故貴方がここに!」
「ぅげっ、サゼンタ?! って、知らないわよぅ! このナインって子に聞いてよ! 私はなんにも知らないわよぅ!」
「いやー、地下のダンジョンに落とした貴方がそれ言う?」
「えぇえぇ落としたわ! でも何で私まで連れてくるのよ!」
「だって、あそこで1人にしたら、また泣くでしょ?」
「ななな泣かないわよ! そそそそんな子供じゃあるまいし!」
グロッキーから早々に回復した少女が、ジタバタと暴れながらユウトの尻尾をもふもふと叩く。
途中からただもふもふを堪能しているだけになったが、まぁ、そこはいい。
「って、良くない、良くない! ユウトのもふもふは私のだよ!」
「俺の尻尾だからな?」
もふもふの尻尾を少女の方へ寄せつつ、徐々に近付くナインを押さえる。今日のユウトは少女に優しいらしい。ナインは頬をいくぅ、と膨らませた。
しかしそんなナインが見えない恰好の少女は、ユウトの尻尾をもふもふしながら目を潤ませる。
「うっ、うっ、今日は厄日だよぅ」
「いやそれ私達の台詞だから」
「ダンジョンに落とされる、仲間とはぐれる、闇の結晶に降られる」
「そしてユウトが尻尾を触らせてくれない!」
「うぅうううっ」
厄日っぽい要因を挙げていくユウトと、たった今の不満を叫ぶナイン。
ユウトの尻尾をぎゅう、と抱きしめて、少女はとうとうぐすぐす泣き始めた。一応は静かになったので、ユウトとナインは今度こそ話し合いを始めた。
「えーと、闇の結晶か……属性を変えるだけじゃあダメだよな」
『闇属性でなくとも、結晶が降り注げば桃の月の植物に甚大な被害が出ます』
「ですよねー」
既にかなりの被害が出ているが、それはそれ。これはこれ。
これ以上の被害が出ないようにするための方策を考えねばならない。
ちなみに今現在、魔力の属性を全く別の属性に変える魔法は、無い。
「あ、結晶を纏めて鞄にしまうのは?」
うんうん唸って考えた結果、ナインの頭上で電球が光り輝いた。
珍しくロキが良い案を出さないので、ナイン自身が導き出したものである。このくらいなら誰でも思いつくだろう、というくらいの軽い提案だったが……。
「あ」
『あ』
「え、ちょっと、何でロキまで驚くの?!」
2人揃って手を打ち鳴らすポーズを取って見せた。
あのロキが。
あえてもう一度言わせてもらおう。
あのロキがだ!
『……方法としましては』
「あ、ごまかした! 本当に珍しいね?!」
『歌魔法による一斉転送を提案します』
「ぶれないね。そこはいつもどおりで安心したけど。というか、歌魔法って事は私の出番だね!」
ぴょん、とナインはジャンプする。
その目はキラキラと輝いている。
魔法に使う新しい歌が歌えるという事で、ワクワクしているのだ。
しかし。
ナインは不意に、ピタリとその動きを止める。脳裏によぎったのはかつて森が炎獄と化した光景。あの時も歌魔法を使うために、ある事をした。
「えっと、またあれ?」
『……前回よりは衝撃が少ないかと』
「本当? 本当だね?」
『はい』
「うー……うん、分かった。やって」
音は無い。光も無い。
ただ。
衝撃が、走る。
「――……っ!」
たしかに、前回より痛みは少ない。だが、何度やっても慣れそうにない感覚ではある。
鈍痛、偏頭痛程度だ。
それでいて入ってくる情報量は多く、大きい。
どのように歌えば良いのか。ただそれだけの、膨大な情報が、ナインの脳を蹂躙する。
1分弱のそれを受け止め、ナインは肩で息をしながら目線を上げた。
一筋の汗が頬を伝う。
「……よし。ロキ、スピーカー」
『はい。ナビスキル:スピーカー、マイクを出現させます』
ふわり、どこからか優しい風が吹き、ナインの髪を揺らした。
やはり手にしっくり来るマイクの、ひんやりとした感触を確かめる。
すぅ、と息を吸い、マイクを口に近付け――
「――…… 」
優しい声が、響いた。
やはり歌詞は無く、旋律のみのそれを正確に、繊細に唄う。
途端、空に展開される巨大な魔法陣。
スピーカーはふわふわと、魔法陣の外側と内側に設置されている。
白く太い線で描かれたそれは、空の端から端まで覆い尽くす。
落ちて来る闇の結晶を受け止め、ナインの持つ収納鞄の中へと転移させる。
「……これ、闇の結晶が堕ちきるまで続けるつもりか?」
『いえ。そろそろ』
曲調が、変わる。
優しい声色から、激しいアップテンポへ。
心なしか視線も厳しくなる。
その時、魔法陣が徐々に上昇を始めた。
「なるほど! 空にある闇の結晶を纏めて転送するのか!」
『はい。空が青くなるまで上昇させれば、結晶の除去が完了します』
程なくして、空から黒が消える。
窓の外に黒が無くなった瞬間、魔法陣に亀裂が入った。
「――…… ッ!」
歌が、終わる。
エコーが響き渡ると同時に、魔法陣も砕け散る。
光の破片が、空気に溶けながらゆっくりと落ちた。闇の結晶と違い、地面に付く前に消えていくそれは、キラキラと太陽の光を反射する。
その光景は、年中暖かな桃の月では見られないはずの、ダイアモンドダストに酷似していた。
少女の漆黒の瞳に、煌きが映りこんだ。
「……わ、ぁ」
「相変わらずのデタラメだなー」
「相変わらず? これが? へぇ、凄いわねー」
「お、ナインに初めて会った奴の中で、一番冷静だな」
初めて会った場所では、大泣きしていたが。
とは言わず、口をすぼめるユウト。
ナインよりもずっと打たれ弱いと、この十数分で既に理解している。見るからに自分よりも年下に見える少女を、わざわざ泣かせる趣味は無い。
そして、ふと気付いた。
「……ナイン?」
唄い終わってから、ナインは黙り込んだままだ。
それにユウトは違和感を覚え、彼女へと視線を向ける。
その、瞬間だ。
―― ぐらり、ナインの身体が傾いた。
「―― ナインッッッ!!!」




