39 ハロウィンナイト
ハロウィンを匂わせておいて、あまりハロウィン臭はしない。
そんなお話。
メインはジャックです。
ジャック=ハロウィン。
「君の名はジャック」
彼の名は、生みの親ではなく、育ての親が付けてくれた。
何故なら、ジャックの両親は、彼が生まれて間も無く、死んでしまったから。
名前を付けてもらったのは、彼が生まれてから、1ヵ月後の事だった。
「今日この日に名付けた事を記念して、ハロウィンの名も与えよう」
その時、ジャックはまだ幼かった。
少なくとも、見た目と中身が一致した、紛れも無い「子供」だった。
生後一ヶ月といえば、人など自我も生まれていない。モンスターの血を引くジャックは、ヒュミア換算で5歳ほどに成長していたが。
「今から、君は【夢想】の魔王だ」
その名を与えられたのは、生まれて3ヶ月の頃。ヒュミア換算で10歳ごろ。
モンスター特有の進化という現象で、元となったモンスターよりは寿命が延びていた。だが、ヒュミアの数十倍は寿命のある魔族よりは、随分と短命なままだった。
しかしその時、ジャックの時は止まった。
見た目も、中身も、どれだけの時が経とうと変わらなくなった。
少なくとも中身は変わる可能性があったが、別段変わる事は無かった。どれだけ成長し、進化を遂げたとしても、彼の本質は変わらなくなった。
それこそ【夢想】の魔王。
永久に夢の中で遊び続け、それに永遠に飽きる事が無く、常に変化する不変を手に入れた。
「彼」の手によって。
「今日のおやつはかぼちゃプリンだよー」
「かぼちゃプリン! って、何?」
「僕の友達から教えてもらった、唯一のお菓子。かぼちゃを使ったスイーツでね。甘くて美味しいよ」
「ふーん?」
輝かしく、美しく、甘く蕩けるような日々。
実を言ってしまえば、ジャックが「彼」と過ごした日々はそれほど長くは無い。3ヶ月かそこらで、同じく「彼」の知り合いであるリリィクレイルと比べると、随分と短いと言えた。
ただ「彼」の配下だった者に、偶然ジャックという子供が生まれただけ。
人になりきれず、魔族にもなりきれず、モンスターにもなりきれない。
そんなジャックは、初めは人の姿すらしていなかった。
それでも自身を愛してくれた「彼」に、親以上の何かを見出すのは、必然と言えた。
「君は特別だ」
毎日のようにそう告げる「彼」は、長い旅にジャックを連れて行った。
もしかすると、連れて行きたくないと願っていたかもしれない。
魔族として育てられたジャックの心は、とてもとても幼いままだったから。
だが、それでも。
幼い心に刻まれた、僅か3ヶ月の夢を、ジャックは未だ繰り返し見る。
それは、思考停止にして能動的思考。
矛盾を大いに孕む、特別な魔王の夢は……。
ジャックは何度目かのまどろみに、身を深く、深く沈めていく。
「お父さん」
見たいものはただ1つ。彼―― トウリの夢。
「お父さんっ」
彼と過ごしたたった3ヶ月の記憶を、隅々まで。
「お父さんっ!」
「わ、どうしたの、ジャック。おやつはあと10分後だよ」
「やだ! 10分も1秒も変わらないよ! 食べる!」
「だぁめ。あと10分経たないと、大して甘くも硬くもならない。ほんのり甘いスープがお好みかな?」
「むぅ……やだ」
「じゃあ、あと10分」
「むぅー!」
黒い髪に黒い瞳。
彼は、どこかの王の血を引いていた。
そして毎日、甘くて美味しいお菓子を作ってくれた。
旅の中で、材料がろくに手に入らない中でも、毎日甘いお菓子とご飯を作ってくれた。その代わり、誰よりも早く寝て、誰よりも遅く起きた。
魔法で食べ物を作る彼は、とてもとても身体が弱かった。
それこそ、既に魔王と呼ばれているにも拘らず、ただの魔族にさえ負けるくらいにひ弱だった。
だが、彼は【絆】の力を持っている。
トウリが仲間と認めた者は、その潜在能力を引き出され、本来あるはずの限界を容易く突破した。
逆に、敵だと認識した者からは力を奪っていく。
奪った力は仲間に分けられ、決して、トウリ自身が強くなる事はなかった。
「お父さん、次はどこに行くの?」
「次? ああ、僕の国だよ」
「お父さんの? お父さんのお父さんが治める国って事?」
「いいや。僕の父さんが治めている国じゃなくて、魔王である僕が作った国さ」
「わぁ!」
夢の中のトウリは、いつだって笑顔だった。
けれど、気が向いた時は、彼が珍しく叱るような場面を思い出す。
「ジャック、正座」
「ハイ」
(……あれ)
気紛れに見た夢は、既視感のあるものだったが、それはまた別のお話である。
「ジャック」
「うん?」
夢の最後に見るのは、いつだって「あの日」の記憶。
それは、とても悲しく、辛く苦しいもの。
悪夢だ。
「今から、君は【夢想】の魔王だ」
「魔王? お父さんと同じだっ」
「そう。……僕が君に贈る事の出来る、最後のプレゼントだ」
「最後? 何で?」
「……汝に魔王の資格を与えん」
ただただ苦しそうに微笑むトウリが、そう呟いた瞬間。
ジャックは、魔王になった。
言葉としてではない。
人間でも、モンスターでもないジャックが、純血の魔族として目覚めたのだ。
魔王。それは、強大な力を持つ者。
かつて暴虐の限りを尽くした魔神王の、およそ5分の1の力を継承した者。
その力の使い方も、その力がどのようなものなのかも。
幼いジャックは、その魂に、深く刻まれた。
―― 強制的に。
「な、……っぐ、ぃいいいぃい!?」
強烈な痛みと苦しみが、肉体と精神を作り変えた。
膨大な力が、ジャックの小さな身体の中で暴れた。
「ごめんね、ジャック」
「……っ、……っ!」
もがき、悶え、何度も失神と覚醒を繰り返した。
それは、現実の時間にして、およそ10秒の出来事。
ジャックは気が付くと、トウリが何をしようとしているのかに気付いた。
思考と決意を司る【夢想】の魔王は、トウリがこれからする事を、知ってしまったのだ。
「……や、だ」
意図せぬままに、ジャックの口からは声が漏れていた。
「もうわがままを言ってはいけないよ? ああ、でも、君は【夢想】だから、わがまま放題になってしまうのかな?」
「ぃや、だ……っ」
「誰かに否定されても、僕は行かなくちゃいけない。そうしないと、君を守れないからね。君だけでなく、妹も、父も、友達も。見知らぬ人だって」
「……嫌だ、よ……っ!」
「ああ、そうだ。困った事があったら、僕の妹かリリィクレイルに頼むといい。彼女達にいえ無い事なら、そうだね、ティトがいいかな。あいつは気がいいから――」
「―― 行かないで、トウリ!」
ジャックは力いっぱい、トウリの腕にしがみついた。
「どうしても行くなら、僕も連れて行って!」
これでもかと、駄々をこねた。
「お願いだから……」
困ったように笑うトウリに、ありったけの感情を吐き出して。
「もう、独りには、ならないでよ……」
「……っ!」
そう、告げた。
彼等の周囲は、まるで世界が滅びたような光景が広がっていた。
大地は乾き、ひび割れて。
育つ草木は毒に冒され、そうでない物は悉くが枯れ。
僅かに残った水は濁り、地下深くにいた真っ赤な溶岩がいたる所で噴出する。
世界が滅びの時を迎えていた。
「トウリが、お父さんがっ。凄く大事な『扉』だって、分かった」
「うん……」
「僕じゃ『鍵』になれないの?」
「……うん」
「何で?! 魔王の力があれば、大丈夫じゃないの?!」
「……」
トウリは押し黙る。
が、次の瞬間には、口を開いていた。
「ごめんね。でも、これは僕1人でやらなくちゃ」
「う、ぅ」
「……君が生まれる前、仲間だった『フュイル』という子に誓った。これは、僕がやらなければならないことで、僕以外はやってはいけない」
「うぅうううぅ……」
その後も、彼は何かを言っていた。
けれど、その言葉がジャックに届く事はない。
疲れて眠ってしまうまで、ずっと大声で泣いていたから。
けれど、それを何度後悔しただろう。
目覚めた時には、もう彼はいなくなっていた。
今現在、黒の月と呼ばれる場所へ、向かってしまったのだ。
恐ろしい事に、既に世界が分かたれた後だった。
当時、月同士は遠く離れすぎていて、見る事さえ叶わなかった。
未だ「ごめんなさい」と「いってらっしゃい」は伝えられていない。
偽りでも良い。
「またね」と、笑顔で送り出せていたならば。
後悔は消えていない。
一生残ってくれたほうがいい。
少しでも、彼の事を忘れずに済む方法があるならば。
他の何を忘れても、彼の事だけは忘れないようにしたいから。
「―― 聞いているかな、ジャック」
「……んぁ?」
何度目かのまどろみから、目を覚ます。
そこには、輝くような笑みをたたえた、ユウトが立っていた。
場所は、彼が出した氷の上。平らに成形されたそこに正座させられたジャックは、周囲を見回した。
隣に、シリルやナインやリリィクレイルがいた。その3人は長すぎる正座に足が痺れ、今にも死にそうな表情になっている。
だが、ジャックにはそんな様子がない。
……1人だけ氷に座らされていると言うのに、特に不都合は無かった。
むしろ、何故正座しているのだったか、と考える。
「……あぁ、そっか。ナインと遊んだからか」
「どう見ても『遊ぶ』の領域を超えた威力だったが?」
「そうだっけ」
「そ、その。ユウト。そやつの記憶力には期待しない方が」
「そういう問題じゃないですよ、リリィクレイル様?」
「ひぃっ」
いつになく、リリィクレイルが怯えていた。
「あはははは! 何、その顔。天下無敵のリリィクレイルのそんな表情が見られるなんて、今日の僕は幸運だよね!」
「ほー……?」
「「バカ……!」」
ジャック=ハロウィン。
彼は常に、過去を忘れる。
未来にしか興味が持てない。
過去より今、今より未来に快楽を求める。
その欲求は子供のそれであり、彼の心は未だ、生後3ヶ月の頃のままである。
かぼちゃのランタンのように、彼の記憶の器は穴が開けられた。
どうせ全てを覚えていられないならば。
辛くとも、痛くとも、あの3ヶ月だけを覚えていたい。
「……でも」
言い訳を紡ぐのかと、ナイン達は身構えた。
恐怖を具現化したような天使の微笑みは、もう見たくないというのに。ジャックはとんでもない事を呟いてしまったからだ。
だが、彼の口から飛び出したのは、言い訳ではなかった。
「ナイン達のことも、覚えていたいかな」
「「「?」」」
ジャックの言葉の意味が理解出来たのは、リリィクレイルただ1人。
ジャックという魔王の特性を知っているのは、この中ではリリィクレイルしかいないのだから。
「……あやつなら、自分の記憶は自分で作れと言いそうだ」
「ふふっ、お父さんは、そんな命令口調は使わないよ?」
【夢想】の魔王。
常に子供の心を持つ故に、長い過去の記憶を忘れていく。
絶大な力は二の次に、その精神の継承が大きな意味を持つ。
今代の魔王はかぼちゃの王。
捨てなければならない記憶を捨てられない、甘く、大人な子供の魔王。
たとえ悪夢に目が覚めたとしても、幸せそうに微笑む魔王。
【夢想】に選ばれた彼は――
―― 未だ【絆】に愛されている。
トウリ。ちょっとした重要人物です。




