第七話 「沈黙」
承久3年6月15日、京は制圧される。開戦から、ちょうど一か月だった。北条泰時と北条時房は六波羅の南北の館に入り、朝廷の監視を始める。上皇方の武士は四散し、三浦胤義は乱の終わりに自害する。社の評定では、京の報告を受け、八咫彦が「世情が混乱している」を理由に沈黙を決める。帝への「文」も、評定の報告も、今は出さず、報告だけを続ける。京の政治は、鎌倉の手に委ねられていく
登場人物 北条泰時(幕府軍・東海道軍の大将)。北条時房(副将)。三浦胤義(朝廷軍の武将)。十文字 倭(情報と分析)。鷲尾 為景(政務と均衡)。諏訪 之忠(実力行使と戦)。瀬戸 嘉衛(財と物流)。八重樫 詞房(外交と交渉)。八咫彦(宗家)。影の者(伍)(緋色)。影の者(七)(藍色)。
【場面①】 承久3年6月15日 京・六波羅の館
朝。京の空には、一か月ぶりに雲が切れ、六波羅の南北の館の瓦に朝の光が落ちていた。
館の塀の外には、夜の内に置かれた馬が順に繋がれ、息を白く立てていた。
館の前には、幕府軍の兵が順に並んでいた。
並んだ兵の足元には、夜の間の露が残り、槍の穂先が朝の光を受けて立っていた。
北条泰時と北条時房は、館に入り、京の政治を監視する場を設けた。
京が制圧されたのは、開戦からちょうど一か月だった。
北条泰時:「京は、押さえました。開戦から、ちょうど一か月です。」
北条時房:「上皇方の武士は、四散しています。
京を出る者、身を隠す者。
京の内に残る武士の数は、日ごとに減っています。」
北条泰時:「戦は、終わりました。しかし、ここからが長い。
上皇方の所領の行方、公家の処遇、帝の扱い。
鎌倉へ、一つ一つ報告します。
まず、京の街の平静を取り戻すことです。」
北条時房:「京の平穏は、数日の内に訪れます。
民は、兵が収まれば、元通りに戻ります。」
館の前の通りには、京を出る荷を背負った人の列が続き、兵の列と
その列が、道の中央で行き交っていた。
泰時は館の二階から大宮通を見下ろし、京の内の動きを
時房と一つ一つ確かめていた。
二階の床には、京の地割の図が広げられ、泰時の手が
大宮通の筋を指して止まった。
屋根の上には、六月の光が落ち、兵の列の槍の穂先が
通りに沿って一直線に並んで見えた。
通りの中ほどでは、水を運ぶ人が桶を下ろし、一息ついていた。
【場面②】 同じ日 京・大宮通
京の大宮通には、制圧の話が走っていた。
店の軒は半ば閉められ、通りを行く人の足音は、開戦の前より少なかった。
北面・西面の武士たちは、各家の間に散り
京を出る者の荷が、問屋の前に積まれた。
三浦胤義は、乱の果てに自害した。
その話は、京の街を走り、共に戦った武士たちの間で、声を落として語られた。
宣旨の話は、京の内から消え、所領の行方を尋ねる話に変わっていた。
問屋の主人:「京を出るなら、今の内です。
東国の兵は、京の中から引き始めています。」
町の武士:「所領は、どうなりますか。上皇方に付いた家は、
取り上げられると聞きました。」
問屋の前の縁の下には、京を出る客の駄賃の銅銭が幾つか置かれ
夕までに持ち去られた跡だけが残っていた。
問屋の主人:「まだ分かりません。ただ、泰時様と時房様が
六波羅に駐留すると聞いています。
これから京の政治には、鎌倉の手が入ります。」
町の武士は、それ以上、尋ねなかった。
荷を結び直し、通りを東へ歩いて行った。
夕の光が問屋の軒の影を長く伸ばし、通りには
京を出る荷を背負った人の足音が、朝よりまばらに続いていた。
問屋の前では、京を出る荷の口が、順に縄で締められ
通りには、荷を背負った人の列が、暮れの光の中を続いていた。
【場面③】 二日後 熊野三山の奥・八咫烏の社・評定の間
評定の間には、五羽の烏がそろった。
床の五色の符は、持ち主の席で前日と同じ位置に置かれ
北の壁の黒い一枚の羽の下は、評定の間で最も静かな場所だった。
机の上には、影の者(伍)からの報告の紙が置かれていた。
間の外の廊下には、影の者(伍)が京から戻り、旅装のまま立っていた。
十文字 倭:「影の者(伍)の報告です。十五日、京は制圧されました。
開戦から、ちょうど一か月です。
泰時と時房は、六波羅の南北の館に入り、朝廷の監視を始めました。
上皇方の武士は、四散しています。三浦胤義は、乱の終わりに自害しました。」
諏訪 之忠:「戦は、終わりました。
京の守りは、幕府の手に移ります。
帝の政治は、ここで変わります。
我々はこのまま沈黙を続けますか。」
八咫彦:「続けます。」
鷲尾 為景:「帝の周りの公卿は、戦後の処遇を恐れています。」
瀬戸 嘉衛:「税と労役の道が、乱れたままです。京の物価は、上がっています。」
八重樫 詞房:「帝の政治が、鎌倉に移ったことです。
泰時と時房が六波羅に駐留すれば、帝は何もできなくなります。
帝は、我々の文で待てと言われたことを
読んだ上で兵を出し、負けました。
我々の声は、届く場所を失いました。」
諏訪 之忠:「沈黙は、帝を見捨てることになりませんか。
帝は、我々の文を読み、捨てて兵を出しました。
その帝の政治が、鎌倉の手に移ります。
我々が沈黙すれば、帝は、我々の存在を、どう扱いますか。」
八咫彦:「なにも変わらないと思います。
我々は、歴史に名を残しません。
一時、帝の心から離れても、我々の務めは変わりません。
国の為に動く。今の国に必要なのは、京の街の平穏です」
八咫彦:「世情が、混乱しています。
戦後の京を、乱さないことが国の為です。
帝への「文」も、今は出しません。
京の様子と、所領の行方を見続けてください。影の者(伍)。」
影の者(伍):「承知しました。京の様子を、見続けます。」
【場面④】 同じ日 八咫烏の社
倭は机で、文の写しと報告の紙を並べて置いていた。
窓の外では、昼の間の谷の霧が晴れ、石段の苔が乾いた光を受けていた。
第三話で帝へ届けた文の写しは、机の奥に置かれたまま、動いていなかった。
倭は写しを机の上に取り出し、京の報告の紙をその傍に置いた。
十文字 倭:「文は、帝の机から、返ってきませんでした。
我々の沈黙は、文の行方と同じです。
帝の政治が、鎌倉の手に移る。その移りを、我々は見続けます。」
倭は報告の紙に、京の制圧の日付を書き込んだ。
開戦から制圧まで、一か月。
帝の文が政務の机に届いた日と、京が制圧された日の間に評定が三度開かれ
我々の声は、帝に届かなかった。
倭は書き終えた紙を机の端に置き、窓の外の山の暗さを見た。
山の向こうでは、京の灯りの代わりに、星が谷の上に出ていた。
机の上では、文の写しと報告の紙が並び、燈明の火が
二枚の紙の間を照らしていた。
火は夜の内に一度も揺れず、社の内は、評定の間よりも静かだった。
【場面⑤】 同じ日の夕 八咫烏の社
夕。社の庭には、明け方の露が残り、本殿の脇の渡りに
長い影が一つ落ちていた。
入口で二度、ノックの音がした。
影の者(七)だった。
影の者(七):「京の追加の報告です。泰時と時房が六波羅に駐留し
朝廷の監視が始まったという話が京の街を駆け巡っています。
上皇方の武士の所領は、没収になると聞いています。
京を出る人は、日ごとに減っています。」
十文字 倭:「ご苦労さまです。そこに置いてください。」
倭は報告に目を通した。京の内は、兵が収まり、民が通りに戻り始めていた。
報告の紙の端には、問屋の前の荷の数が、日ごとに減った順に書かれていた。
我々の沈黙の中で、京の政治は、鎌倉の目の内に入っていく。
倭は報告の紙を机に置き、窓の外の山の暗さを見た。
谷の向こうでは、川の音が日ごとに収まり、季節の変わり目の風が
社の杉の梢を通り、静かに止んでいた。
机の上では、燈明の火が揺れ、報告の紙の面に、細い影を一つ落としていた。
参考資料
・『吾妻鏡』承久三年六月条(幕府側の記録。十三世紀後半に成立)
・『承久記』(乱の経過を記す軍記。室町時代に成立)




