↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの火 ー千年を語り継ぐ八咫烏  作者: 忍びでござる
第六章 承久の乱 ー朝廷と武家ー
PR
43/43

第八話 「八咫烏の帰還」

承久3年7月、戦後処理が進む。

7月9日、仲恭天皇は廃位され、後堀河天皇が践祚(注)する。後鳥羽上皇は隠岐へ、土御門上皇は土佐へ、順徳上皇は佐渡へ配流される。上皇方の所領は三千か所以上没収され、新補地頭が置かれ、六波羅探題が京に置かれる。朝廷の権威が失墜し、武家の力が強くなる。社では、評定が戦後の国の形を確認し、沈黙を解く時を定める。影の者(伍)が京から帰還し、八咫彦は導きの火の継承を確かめる。

登場人物 八咫彦(宗家)。十文字 倭(情報と分析)。鷲尾 為景(政務と均衡)。諏訪 之忠(実力行使と戦)。瀬戸 嘉衛(財と物流)。八重樫 詞房(外交と交渉)。影の者(伍)(緋色)。影の者(七)(藍色)。

注:践祚(せんそ)とは、新しい天皇が正式に皇位を受け継いだとされることを指す言葉です。

【場面①】 承久3年7月9日 熊野三山の奥・八咫烏の社・評定の間


朝。評定の間には五羽がそろった。

机の上には、影の者(七)からの報告の紙が置かれていた。

間の外の廊下には、影の者(七)が京から戻り、旅装のまま立っていた。


十文字 倭:「影の者(七)の報告です。九日、仲恭天皇は廃位されました。

  在位は、四月の践祚から七十日余りでした。

  同じ九日、後堀河天皇が践祚されました。

  年は十歳。即位礼は、まだ先です。」

鷲尾 為景:「帝が、替わりました。替わった帝は、鎌倉が選んだ帝です。

  これまでの帝の位は、京の内で決まり、京の内で替わりました。

  今回の践祚は、鎌倉の判断で決まりました。位の決まり方が、変わりました。」

八咫彦:「先帝の扱いは。」

十文字 倭:「九条の邸に移されました。位は廃され、名は残ります。」

八咫彦:「我々の務めは、帝と共にあります。

  帝が替わっても、務めは替わりません。

  ただ、届け先の机が、替わりました。

  新しい帝の政務の机に、桐の箱が届くかどうかは

  これからの報告で確かめます。」


評定の間の外では、谷の川音が例より高く、七月の朝の光が杉の梢に落ちていた。

倭は報告の紙に、践祚の日付を書き込んだ。


【場面②】 同じ日の昼 八咫烏の社・評定の間


同じ日の昼、評定は再び開かれた。

机の上には、影の者(七)の追加の報告の紙が二枚、置かれていた。


十文字 倭:「追加の報告です。後鳥羽上皇の配流が決まりました。

  上皇は、十三日に京を出ます。土御門上皇は土佐へ

  順徳上皇は佐渡へ、配流の話が決まっています。」

諏訪 之忠:「三上皇が、三人とも離れます。

  帝の位と、治天の政務が、共に空きます。

  京の政治の芯が、抜けた形です。」

鷲尾 為景:「空いた政務は、鎌倉が埋めます。

  六波羅には、泰時と時房が駐留したままです。

  これから帝の判断を受け止める役は、これから六波羅が担います。

  我々が三原則で守ってきた均衡の形が、変わります。」

八咫彦:「均衡の形が変わっても

  均衡そのものが要らなくなったわけではありません。

  形が変われば、導き方を変えます。

  導きの火を、消さないことが、我々の務めです。」

瀬戸 嘉衛:「財の面から言います。

  上皇方の所領の没収が始まれば、税の道が

  西国で一から組み直されます。

  新しく地頭が置かれる国では、税と労役の運びが

  数年のうちに変わります。

  我々の蔵の網も、それに合わせて置き直す時が来ます。」

八重樫 詞房:「外交の面から言います。京を出る上皇の行列の道筋は

  警固が固められます。我々は、その行列に近づきません。

  配流の道は、帝の恥辱が通る道です。

  送り出すのは、見送る者に任せます。」

八咫彦:「その通りです。配流の先には、近づきません。

  影の者も、道筋の報告を、途中までとします。」

影の者(七):「承知しました。京を出る行列を、山口まで見届け、戻ります。」


評定はそれで終わった。五羽は順に間を出ていった。

倭は最後に残り、配流の行き先を紙に書いた。

隠岐。土佐。佐渡。三つの地名が、紙の上に並んだ。

帝の文が届いた机と、帝が離れる京と、我々の社。

倭は紙を畳み、机の奥へ置いた。


【場面③】 承久3年7月27日 熊野三山の奥・八咫烏の社・十文字 倭の詰所


夜。詰所の窓の外には、七月末の雨が降っていた。

倭は、影の者(七)からの報告の紙を机の上で開いた。

後鳥羽上皇の行列は、京を出てから西へ向かい、備前の国を通った。

二十七日、行列は出雲国の大浜湊に着いた。

上皇は、八月の初めに湊から船に乗り、隠岐へ渡る。

報告の紙には、行列の道筋と、湊の名が書かれていた。


十文字 倭:「上皇は、海を渡ります。帝の文が届いた箱と

  同じ海の道を、上皇は今、進んでいます。」


入口で二度、ノックの音がした。影の者(伍)だった。

京から戻る長い旅の末で、袖には泥と擦り切れた跡が残っていた。

腰の緋色の符を倭から見える位置へ上げ、頭を下げた。


影の者(伍):「ただいま、戻りました。京の最後の報告です。

  六波羅では、泰時と時房が駐留を続け、上皇方の所領の没収の段取りが

  六波羅の館で始められてます。

  没収の土地は、三千か所以上に上ると伝わっています。

  新しい地頭が、東国から西国へ置かれます。」

十文字 倭:「ご苦労さま。休む前に、一つだけ聞かせてください。

  京の街は、収まっていますか。」

影の者(伍):「収まっています。通りには人が戻り

  京の政治には、鎌倉の手が入っています。

  帝の政務の机には、六波羅に出す文が置かれると聞いています。

  帝の判断は、鎌倉を通さないと、動かない形になり始めています。」

十文字 倭:「朝廷の権威が、失墜した。

  武家の力が、強くなった。

  我々が三話の文で訴えた「世情が乱れる」は

  帝が読んで捨てた形で起きました。

  その結果を、我々は見続けます。」


倭は報告の紙に、没収の数と、六波羅の名を書き込んだ。

燈明の火が、雨の夜の湿りの中で、紙の面を照らしていた。


【場面④】 承久3年8月 八咫烏の社・評定の間


評定の間には、五羽がそろった。

机の上には、倭のまとめた報告の紙が置かれていた。


八咫彦:「戦後の形を、まとめます。帝は替わり

  三上皇は離れ、所領は没収され、六波羅が京に置かれた。

  朝廷の権威は失墜し、武家の力が強くなった。

  国の政治の重心は、京から鎌倉へ移りました。

  この移りを、我々は静観していました。」

諏訪 之忠:「止める手は、ありました。

  ですが、その手は、帝の判断が国を誤らせているうちに

  使う手ではありませんでした。

  帝が自ら、我々の文を捨てた後では、我々の手は

  国を救う手にならず、帝の負けを隠す手になった。」

鷲尾 為景:「これからの国では、帝の位は鎌倉が関わり

  帝の政治は六波羅が見ます。

  我々の導きの先は、帝の政務の机と、六波羅の館の机の二つになるのか。

  導き方を、変える時なのかもしれない。」

瀬戸 嘉衛:「蔵の網は、西国の新しく置かれる地頭の国に合わせて

  置き直します。税の道が変われば、我々の報告の道も変わります。」

八重樫 詞房:「新しい帝の政務の机への文の届け方を

  まず確かめます。桐の箱が、新しい帝の政務の机に届くか。

  届かないなら、届く形を、新しい帝の時代で作り直します。」

八咫彦:「それは確かめないといけないですね。

  京が収まり、新しい帝の政務が動き出すまで。

  動くと確かめられた時点で、我々は、新しい帝の時代の導きを始めます。」


影の者(伍)と影の者(七)が、評定の間に入り、頭を下げた。

二人の符は、緋色と藍色のまま、評定の間の床の光を受けていた。

八咫彦:「二人とも、長い旅だった。

  京の報告は、我々の目になった。

  次の任は、新しい帝の政務の机を確かめることだ。

  社に帰り、休んでください。」

影の者(伍):「承知しました。休んだ後に、京へ戻ります。」


評定はそれで終わった。五羽は順に間を出ていった。

倭は最後に残り、机の上の報告の紙を畳んだ。

北の壁の黒い一枚の羽が、評定の間の光の中で、動かずにあった。

倭は間を出た。廊下の先には、影の者(伍)と影の者(七)が

並んで歩く背が見え、社の庭の石段を、二人は下りて行った。


【場面⑤】 承久3年8月の末 八咫烏の社


夜。詰所の窓の外には、八月の星が谷の上に出ていた。

倭は机の上で、この章の間の報告の紙を、順に綴じ直していた。

帝の文が政務の机に届いた日。

返事が来なかった十日の期日。

京が制圧された日。

帝が替わった日。

上皇が京を出た日。

上皇が海を渡った日。

六つの日付が、紙の上に順に並んだ。


十文字 倭:「千年、この仕組みは続く。帝が替わり

  政治の芯が替わっても、導きの火は消えない。

  火を渡すのは、国そのものであって帝ではない。

  我々はその火の担い手であるということだけだ」


倭は綴じ直した紙を机の奥に置き、窓の外の谷を見た。

川の音は、夏の末の水量に落ちていた。

山の向こうの京では、新しい帝の政務が、六波羅の目の内で動き始めていた。

その机の下には、いつか、桐の箱が置かれる。

箱を置く者は、名を残さない。火を渡す者も、名を残さない。

倭は燈明の火を一度下げ、窓の雨戸を閉めた。

社の内は、暗く、静かになった。谷の川音だけが、夜の間、続いていた。


参考資料

・『吾妻鏡』承久三年六・七月条(幕府側の記録。十三世紀後半に成立)。

・『承久記』(乱の経過を記す軍記。室町時代に成立)。



参考資料

・『吾妻鏡』承久三年六・七月条(幕府側の記録。十三世紀後半に成立)。

・『承久記』(乱の経過を記す軍記。室町時代に成立)。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。