第五話 上表文
寛平六年九月十四日、平安京。菅原道真は数値の文書を理の形に整え、遣唐使の進止を公卿に議らせるよう求める上表文を書き上げる。文を書き上げた夜、道真は文に自分の名を残すかどうかで迷い、迷った末に名を書く。文は翌朝、帝の許へ出される。
登場人物
菅原道真(遣唐大使に任じられた参議)/文官(太政官の実務官人)/役人(文書の受け渡しの役人)
【場面①】 寛平六年九月十四日 平安京・菅原道真の私邸
私邸の書斎に、道真は座っていた。
机の上には、大宰府から運ばれた数値の文書が開かれ
その傍らに書きかけの上表文が置いてある。
書斎の窓は片側だけ開けられ、秋の雨が軒を打っている。
菅原道真:「数は、項目ごとに行へ移す。
船四隻の造船と補修。水手百八十人の米。
船を失った渡航十一通。
貞観の年は水手三十七人の内、戻った十一人。
帰らなかった船の行は、空白のまま」
道真は数の文書から、数を上表文の行へ移していく。
菅原道真:「私は内心、遣唐使の役目はもう終わったと
思っている。しかし上表文では、私の意見は書かない。
唐の内乱の事実と、海路の険しさの事実と
船と人の損害の件数。文は事実を並べるだけで
止めるか続けるかの判断は言わない。
判断は公卿の議と、帝の裁に委ねる」
廊下から声がした。文官だ。
道真は文の紙を数の文書の下に重ねた。
菅原道真:「入れ」
文官:「大使殿。太政官より、伝えがございます。
遣唐使の随員の選定が、来月にかけられることになりました」
菅原道真:「文章院の学生の名簿は、既に上がっているか」
文官:「上がっています。ただ、志願の数が足りません。
先年は百人を超えた志願が、今年は五十に届きません」
菅原道真:「半数値を下回っているのか。理由は」
文官:「学生の親たちが、子を船に乗せたくないと言っています。
海の話が、都の家々に届いていますゆえ」
菅原道真:「志願の人数も、文の行に書き加えておく」
文官:「御意。では、選定の手続きは、どういたします」
菅原道真:「来月までに、名簿を確定させる。その前に、裁が下るかどうかだ」
菅原道真:「数の文書は、どの出所から運ばれたか、分かるか」
文官:「分かりません。差出人の欄が空欄でございます。
ただ、数値の出所だけは、行の端に書いてございます」
菅原道真:「大宰府の台帳。兵部省の記録。
難波の積出しの記録。
京の市の商いの値。四つの出所だ」
文官:「太政官の記録にも、同じ数値がございますか」
菅原道真:「志願の数だけだ。他の数は、太政官の棚にはない」
文官:「それでは、文は、太政官の棚にない数を提出することになります。」
菅原道真:「それが文官の仕事だ」
文官:「文の行には、私どもの名も入りますか」
菅原道真:「入る。文は名を残すものだ。
文の家の者は、名を残して書く。
それがただの文章と、数値を出すということの違いだ」
文官:「この並べられた数字の数々は
誰が出してきたかわからないと」
菅原道真:「差出人の欄が空欄だ。その文が帝の目に届く。
私は、その数字に私の名を添えて文に移す」
文官:「文は、いつまでに書き上がりますか」
菅原道真:「今夜だ。書き上げて、封をする。
明日の朝、帝の御許へ出す」
文官:「裁は、いつ頃下るでしょうか」
菅原道真:「帝の御判断だ。
数値が揃っている以上、裁は早いであろう」
文官は頭を下げて書斎を出ていった。
道真は数の文書の空白の行を見た。
道真は文官の言葉を、文の行に書き加えた。
菅原道真:「志願の数値は、先年の半数を下回る。
数値は事実として並ぶ。文の行は、事実の並びだけでできている。
判断を述べるのは、議の場に出る公卿と、裁を下す帝だ。
文の家の者は、事実を文の形に整えるまでが仕事だ」
【場面②】 同夜 菅原道真の私邸
夜、道真は上表文を書き上げた。
文は三枚になり、行の端には朱の直しが入っている。
道真は三紙を重ね、文の最後の行を見た。
最後の行には、道真の名が書かれる。
菅原道真:「文に名を残せば、遣唐使を止める文を書いた者として
名が歴史に残る。唐との道を断つ文だ。
後の世の者が、この文を読む」
道真は文を見つめた。窓の外では、雨が続いている。
灯りの火は揺れず、文の三紙を等しく照らしている。
菅原道真:「私は若い年に、唐の書を学んだ。
唐の書がなければ、私の文も、私の詩もない。
その唐に背を向ける文に、名を残す。
それは、教えを請うてきた道に背を向ける文に
自分の名を残すことだ」
道真は書架から唐の書を一冊取り出し、頁を開いた。
菅原道真:「唐の都の大路の広さ、市場の人多さ、書院の灯りの列。
私は若い年に、この頁を読んで唐の都を知った。
都を知らぬ者が、都を書くことはない」
道真は頁を閉じ、書架に戻した。書は書架に残る。
書を持ち帰った者は残らない。
菅原道真:「書は残る。海に出た者は残らない。
唐の書が、書架に並ぶ限り、唐との道は形の上では続いている。
だが、使は出ない」
道真は文の最後の行に、自分の名を書いた。
名は一字ずつ、行の上に残る。
菅原道真:「唐の書がなければ、私の文も詩もない。
その唐に背を向ける文に、名を残す。
残すからこそ、文は文として残る」
道真は名を書き終え、筆を洗った。
文の三枚は机の上で乾いていく。雨の音は続いている。
菅原道真:「上表文は、臣が帝に意見を述べる文だ。
私の文は、遣唐大使に任じられた自分の立場を、まず書いた。
大使に任じられながら、自ら遣唐使の進止を問う文。
任官と上表は、同じ年の内にある。任じられた者だからこそ
使の内実を知り、使の在り方を問える」
道真は文を三枚重ね、封をした。
菅原道真:「文を出せば、遣唐使は止まるかもしれない。
続くかもしれない。判断は帝の許だ。
文官の家の者は、文を出すまでが仕事だ」
【場面③】 翌日 平安京・大内裏の陰明門前
翌日の朝、道真は上表文の封を抱え
大内裏の陰明門の前に立っていた。
門の前には、早朝の官人たちが順に待っており
門が開くのを待っている。秋の朝の空気は冷たく
官人たちの息が白く立っている。
門が開き、官人たちが順に門をくぐっていく。
道真は列の後ろに付き、門をくぐった。
菅原道真:「列の中に、遣唐使の随員に選ばれた顔が
何人か混じっている。随員たちの声には張りがある。
任官の朝の声だ。船が海に出るかどうかは、まだ決まっていない。
だが、随員の顔には、すでに海を見る目がある」
道真は太政官の詰所へ向かい、封を文書の受け渡しの役人に手渡した。
菅原道真:「参議の上表文だ。帝の御許へ、そのままお運びください」
役人:「承知しました。封は、そのまま帝の御許へ運びます」
菅原道真:「文は三枚。数値は行の端に出所を添え
判断は書かず、事実だけを並べてある」
役人:「承知いたしました。参議の上表文は
今日の内に、帝の御許へ届きます」
菅原道真:「承知した、文は、太政官の棚にも残る。
帝の御許と、太政官と、二つのところに文は残る」
役人:「では、文は後の世まで残ることになります」
菅原道真:「残るだろう。数値は残らない。名は文にだけ残る」
役人:「承知いたしました」
役人は封を受け取り、詰所の奥へ運んでいった。
道真は詰所の前で、封が運んでいくのを見ていた。
封は役人の両手で抱えられ、廊の向こうへ消えていった。
道真は詰所の前から庭の方へ歩き、庭の桧の樹の下に立った。
朝の光は白砂を照らし、樹の影が砂の上に長く伸びている。
昨夜の雨の水が庭の砂の面に点々と残り
砂はまだ湿りの色を見せていた。
菅原道真:「封はもう見えない。文は帝の許へ向かっている。
帝がどう裁くかは、私の知るところではない。
文は事実だけを並べ、止めるか続けるかは言わなかった。
言わなかったのは、私が判断を言う立場ではないからだ。
判断は議と裁に委ねる」
道真は樹の下に立ったまま、空を見た。
空は雨上がりで、雲が東へ切れ目なく流れている。
道真は庭を後にし、詰所へ戻っていった。
参考資料
『菅家文草』『新日本古典文学大系』岩波書店、一九八六年
藤家礼之助『日中交流二千年』吉川弘文館、一九八八年




