第二話 八月二十一日
寛平六年八月二十一日、平安京の大内裏で、菅原道真は遣唐大使に任じられた。同じ日の夜、太政官の文官が、大宰府の解と兵部省の記録の写しを道真の私邸へ持ってくる。道真はその夜、唐の内乱と海路の損害を項目ごとに紙へ書き出し、八月二十五日の夜、遣唐使の進止を公卿に議らせる建議の草案を書く。この話で、建議に添える数値が、大宰府と兵部省の記録で定まる。
登場人物
菅原道真(参議・式部大輔。遣唐大使に任じられた)/文官(太政官の実務を担う官人)
【場面①】 寛平六年八月二十一日 平安京・大内裏・紫宸殿の南庭
紫宸殿の南庭に、任官の儀のために集まった官人たちが列を作っていた。
白砂は朝の光を受けて白い。庭の桜は葉を繁らせ、蝉の声が庭の隅で止んでいる。
紫宸殿の床は高く、室の奥には帷が下がり、その内に帝の御座がある。
菅原道真は列の中ほどに立ち、宣命使の声を聞いていた。
宣命使は、遣唐大使に菅原朝臣道真を任ずる旨と
副使に紀朝臣長谷雄を任ずる旨を読み上げた。
道真は両手を畳み、頭を下げた。笏が袖の内で鳴った。
列の後ろで、官人が一人、衣の裾を踏まれて小声を出した。
道真は今年五十になる。承和十二年(八四五年)の生まれだ。
文章の家に生まれ、文章得業生から対策に及第し、讃岐守を経て
昨年、参議と式部大輔に任じられた。文の道で昇った官人だ。
遣唐大使は、文の家にとって最も大きな任だ。
任じられても、その船が海に出るかどうかは、列に立つ道真にも分からない。
儀が終わり、官人たちが庭から退くとき、文官が道真の傍らに寄った。
太政官の実務を担う官人だ。文官は額の汗を袖で拭き、声を低くした。
文官:「大使殿。随員の選定は、来月から始めます。
史生の欠員は、文章生の中から採ります」
菅原道真:「文章生の名簿は、もう上がっていますか」
文官:「上がっております。ただ、今年は志願が少のうございます。
先年は百人を超えましたが、今年はまだ五十に届いておりません」
菅原道真:「半分以下ですか。理由は聞いていますか」
文官:「先年の渡航の話が、学生の耳にも届いております。
海の話と、唐の乱れの話でございます」
菅原道真:「その海の話は、記録で確かめられますか」
文官:「記録はございません。帰国の船に乗った水手の話が
難波から都へ入っております。話だけが、都の家々に届いております」
菅原道真:「船と人の数値は、どの官司の台帳で確かめられますか」
文官A:「大宰府の解と、兵部省の記録でございます」
菅原道真:「名簿の確定は、いつですか」
文官:「来月の半ばでございます。ただ、大使殿・・・」
菅原道真:「聞かせてください」
文官:「志願がこのままでございますと、随員の名簿は
五十に満たないまま確定いたします。
その旨を太政官へ出すかどうか、ご指示を願います」
菅原道真:「もう少し待ってください。名簿の確定は、来月の半ばまで待ちます」
道真はそれ以上尋ねなかった。
文官は頭を下げ、庭の南の門へ歩いていった。
白砂の上に、官人たちの足跡が続いている。
日が高くなり、足跡の影が短くなった。
桜の葉の上で、蝉が一匹、声を止めたまま動かない。
道真は列を外れ、南庭の檜の下に立った。
菅原道真:『遣唐使の船には、随員一人一人が乗ります。
その志願が、五十に届かないのか・・・』
道真は檜の下から南門を眺めた。
門の外に、平安京の大路が真っ直ぐに伸び、人と車が行き交っている。
都には、唐の乱れを書いた書類がまだ入っていない。
道真は南門の往来をしばらく見ていた。
【場面②】 寛平六年八月二十一日 平安京・菅原道真の私邸
同じ日の夜、道真は私邸の書斎にいた。
書斎は東向きの小さな室だ。
壁の書架は三段で、唐の書と国の書が並ぶ。
灯りは一本で、その火が書の頁を照らしている。
机の上には唐の書が三冊と、紙が一枚置いてある。
紙には、唐の内乱、海路の危険、船と人の損害
随員の人数と、四つの項目だけが書いてある。
道真は唐の書の一頁を開いた。
黄巣の乱の後、唐の都が乱れ、官の道が止まったことが書いてある。
資料はそこまでで、その後のことは書いていない。
菅原道真:『唐へ渡った人の話で唐のことは知ったのだが
その都が、今は乱れておる・・・』
門の外で、人の気配が止まった。道真は顔を上げた。
菅原道真:「どなたですか」
文官:「文官でございます。大宰府の解と
兵部省の記録の写しをお持ちしました」
菅原道真:「入ってください」
扉が開き、文官が入ってきた。文官は沓を脱ぎ、机の傍らに跪き
二つの文書を机の上に置いた。袖は雨に濡れている。
外は、いつの間にか雨になっていた。
菅原道真:「これは、いつ大宰府を発ちましたか」
文官A:「七月の末でございます。太政官に届いたのが、昨日でございます」
菅原道真:「写したのは、あなたですか」
文官:「はい。大宰府の解は太政官の台帳へ移しました。
写しは、こちらの分だけでございます」
道真は大宰府の解を開いた。船、水手、米、港の荷下ろし
随員の食と衣。項目が十一あり、頁の端に
渡航のたびの船の数と、戻った船の数が年ごとに書いてある。
菅原道真:「船四隻。水手百八十人。米の石高など、項目はいくつありますか」
文官:「十一でございます。大宰府の台帳にあった項目は、すべて入っております」
菅原道真:「帰らなかった船の行は、どう書いてありますか」
文官A:「空白でございます。数値が書かれていない行が、三つございます」
菅原道真:「その前の年は、どう書いてありますか」
文官:「四隻の内、三隻が戻り、一隻が戻らなかったことが、行で分かります。
沈んだ船の損害は、朝廷が計上した旨だけが書いてございます」
道真は兵部省の記録の写しを開いた。
水手の名、出身の国、年、渡航の回数が並ぶ。
頁の端に、戻らなかった水手の数が年ごとに書いてある。
菅原道真:「この数値は、誰が書きましたか」
文官:「大宰府の主帳が書いたものでございます。
兵部省の記録は、その写しでございます」
菅原道真:「出所は、行ごとに分かりますか」
文官:「分かります。大宰府の解、兵部省の記録
難波の積出しの記録。出所は行の端に添えてございます」
菅原道真:「数値は、そのままで結構です。文の行へ、出所ごとに並べてください」
文官:「並べ方は、数値の順でよろしゅうございますか」
菅原道真:「数値の順にしてください。帝は文の最初から読まれます。
ただ、最初に置くのは唐の内乱です。
乱れた国へ人を送る使は、書を求める使ではありません」
文官:「承知しました。では、写しは明日、太政官へ戻します」
菅原道真:「そうしてください。写しは私の手元に置きません。
台帳にあるものは、台帳で確かめます」
文官は頭を下げ、文書を畳み、書斎を出ていった。
廊下の足音が遠ざかった。雨は軒を打ち続けている。
道真は机の四つの項目の紙を取り、その下に
大宰府の解から書き写した数値を一行ずつ書き足した。
灯りの火が揺れ、紙の上で影が動いた。
【場面③】 寛平六年八月二十五日 平安京・菅原道真の私邸
寛平六年八月二十五日、夜。
道真は書斎で建議の草案を書いていた。
机の上には、四つの項目の紙と、太政官の台帳から写させた
数値の一覧が置いてある。窓の外は雨で、軒を打つ音が書斎に
響いている。硯の墨は、もう三度すった。
灯りが低くなり、道真は油差しから油を一滴足した。
菅原道真:『空欄の行が三つあります。帰らなかった船の行だ』
道真はその行を指で押さえ、しばらく見つめた。
菅原道真:『帝は今年、二十八におなりになる。
即位の年から、政を省みる人として知られておられます。
だが、帝は船の数をご存じない。
建議に数を添えなければ、帝の判断は話だけで決まる』
道真は草案の行に、数値を書き足した。
船四隻。水手百八十人。米の石高。戻らなかった船、三隻。
戻らなかった水手の人数。志願の人数、五十に満たない。
菅原道真:『これらの資料を同時並べます。
公卿の議には、その紙を出すか・・・』
机の脇に、詩の草稿が置いてある。
唐の書体で書かれ、行の端に朱の直しが入っている。
道真はそれを脇へ寄せ、建議の紙を手前に引き寄せた。
菅原道真:『遣唐使の船を出すか止めるかは、帝がお決めになることだ。
議論は公卿がすることだ。私がするのは、数を書いた紙を建議に添えて
帝の判断を仰ぐこと、文の家の者にできるのは、それだけだ』
雨は夜半まで止まらなかった。
道真は筆を取り、書きかけの行の続きを書いた。
虫の声が庭から聞こえ、灯りの火が紙の上で揺れていた。
参考資料
『菅家文草』(新日本古典文学大系)岩波書店、一九八六年
藤家礼之助『日中交流二千年』吉川弘文館、一九八八年




