第六話 神祇官の脇
【場面①】 大宝元年十二月 藤原京・神祇官
神祇官の詰所は、宮の北、木の多い区画にあった。
地面は裸土で、箒の目が細かく残っている。
建物の前には斎庭があり、石が四つ、四角に置かれていた。
影の者(壱)は祭具の箱を抱えて石の外側に立ち、官人Aが出てくるのを待った。
八重樫清詞は門の外の道に立ち、影の者(壱)の戻りを待っていた。
祭具を届けるのは影の者の仕事で、清詞は、その報告を受ける立場にある。
影の者(壱)は神祇官の官人ではない。
祝部の家と縁があり、祭具の新調を頼まれることがある。
頼まれて運ぶ荷物の中に、台帳の話が混じる。それが、この家の仕事だった。
官人A:「八重樫の家の者。祭具の話なら、中へ」
影の者(壱):「祭具です。ただし、今年は数が合いません。
絹布の数が、去年より少ない」
官人A:「絹布は、寺の領からも入ります。
寺の分は、神祇官の台帳にだけ書きます」
影の者(壱):「寺の分を、郡の台帳に書く案が出ております」
官人Aは足を止めた。斎庭の石の間を、乾いた風が通った。
箱の紐が、手の中で一度鳴った。
官人A:「寺の者を、郡の台帳に書くのか」
影の者(壱):「書きます。ただし、人を取るのではありません。
田のある場所で税を決めると書きます。
寺の領地の中の田は寺へ、外の田は郡へ」
官人A:「書かれた者が、後で取られる」
影の者(壱):「取られない形にするには、台帳の書き方に
そう書いておく必要があります。
書かなければ、次の台帳を作る者が、別の書き方をします」
官人Aは黙り、斎庭の石を一つ見た。
石の表面は乾き、苔ひとつ付いていない。
官人A:「寺は、何と言っている」
影の者(壱):「まだ話しておりません。まず、こちらへ伺いました。
神祇官が反対すれば、民部省の上申書は通りません」
官人A:「神祇官は、寺の者の数を確認しておりません。
確認しているのは、寺から上がる絹布の数だけです。
人が書かれても、絹布の数が変わらなければ、神祇官は困りません」
影の者(壱):「絹布の数が変わらない形にします」
官人A:「その形を、紙に書いて持ってこられますか。
書いた紙がなければ、こちらも動けません」
影の者(壱):「書きます。私の名は書きません。
神祇官の誰が受け取ったかも書きません」
官人A:「それでは、誰が書いたことになる」
影の者(壱):「誰も書きません。紙だけが残ります」
官人Aは斎庭の石を一つ、足で軽く叩いた。石は動かず、音だけがした。
官人A:「神祇官は、名を書かぬ紙を受け取ったことがありません。
受け取れば、誰が受け取ったかを書かねばならぬ決まりです」
影の者(壱):「決まりを破れとは言いません。
紙の端に、受領の印だけを置いてください。
名の欄は空けます」
官人A:「空けた欄は、後で誰かが埋める」
影の者(壱):「埋める者が現れる前に、絹布の数が合えば、欄は要らなくなります」
官人Aは影の者(壱)の顔をしばらく見て、それから斎庭の奥へ戻った。
戸は閉じられたが、閉まる音は小さかった。
建物の奥からは、まだ木を削る音がしていた。
削り屑の匂いが、戸の隙間から流れてくる。
影の者(壱)は斎庭の石の前に立ち、石の上の霜が融けるのを見ていた。
日は低く、影が長い。戻る道で、神祇官の門の内側を振り返った。
門の脇の板に、祭具の受領を書く札が掛けてある。
札には日付と数だけが書かれ、名は書かれていなかった。
影の者(壱):「受け取ったのは、この者です。
神祇官は、絹布の数だけを見ております。
人が書かれても、数が変わらなければ困らない、と申しておりました」
清詞:「寺は、何と言っている、と聞かれたか」
影の者(壱):「聞かれました。まだ話していない、まずこちらへ伺った
神祇官が反対すれば民部省の上申書は通らない、と申しました」
清詞:「紙を、書いて持ってこられるか」
影の者(壱):「求められました。私の名も、受け取った者の名も書かない、
と申しました。受領の印だけを置いてください、名の欄は空けます、と」
清詞は門の前の砂を足で均した。均した跡が白く残った。
清詞:「空けた欄は、後で誰かが埋める」
影の者(壱):「埋める者が現れる前に、数が合えば欄は要らなくなります、と申しました」
清詞:「それで、通るか」
影の者(壱):「通るとも、通らぬとも申しておりません。
紙を持ってこい、とだけ」
清詞:「紙は、私が作る。名は書かない。
持って行くのは、お前に頼む」
【場面②】 同じ日 難波津・浜の倉
難波津の浜の倉は、筑前の那の津より大きかった。
戸口が五つあり、戸の前には荷物を載せる台が据えてある。
瀬戸昌秀は台の一つに腰を掛け、運び出される反物の束を見ていた。
蔵の者は昌秀を止めなかった。
昌秀は反物を買う者として、この倉に二十年通っている。
台帳を開き、頁を送るのは、供の影の者(弐)の仕事である。
蔵人B:「瀬戸の家の者。今年は西からの入りが遅れております」
影の者(弐):「遅れているのは、入りか、数か」
蔵人B:「入りです。数は、書いて出しております」
影の者(弐):「書いた数と、入った数は同じか」
蔵人Bは台の上の台帳を開いた。台帳は新しく、紙の色が白い。
影の者(弐)が端を指で押さえ、その白さを見た。
影の者(弐):「この台帳は、いつから使っている」
蔵人B:「今年の春からです。国から、様式を変えよと言われました」
影の者(弐):「変える前の台帳は」
蔵人B:「倉の奥にあります。三年分、むしろで包んで置いてあります」
影の者(弐):「見せてくれ。数だけ見る」
蔵人Bは倉の奥へ入り、むしろに包んだ台帳を三巻出した。
むしろの目に砂が入り、解くと床に落ちた。
影の者(弐)が古い台帳を開き、新しい台帳と並べた。
影の者(弐):「古い台帳は里ごと、新しい台帳は戸ごとでございます。
里の数は、新しい台帳には出ていないですね」
蔵人B:「里の数が出なくなったのは、様式を変えたからです。
国は、戸ごとにせよと言いました」
影の者(弐):「戸ごとにすれば、荷物を送った里が分かりません。
分からなければ、送った者と、受け取った者の数を突き合わせられません。
突き合わせられない台帳は、書き換えれば合っていると見せられます」
蔵人Bは黙って台帳を閉じた。
倉の外で、荷を載せる台に反物束が落ちる音がした。
音は重く、床が短く鳴った。
台の脇に、古いむしろが丸めて立てかけてあった。
むしろの端は擦り切れ、中から藁が出ている。
蔵人B:「この倉は、西からの荷を三日置きます。置く間に、数を書きます」
昌秀影の者(弐):「書いた数を、誰が読みますか」
蔵人B:「国が読みます。読んだ数と、郡の台帳の数を合わせます」
昌秀影の者(弐):「合わせる者が、二つの台帳を持っていなければ合いません。
片方だけでは、合わない理由が分かりません」
影の者(弐):「この倉の台帳は、写しを国へ出しますか」
蔵人B:「出します。数だけです」
影の者(弐):「その写しと、筑前の郡家の台帳を同じ机の上に置く日が来ます。
その時、あなたの台帳が古い様式で残っていれば、数は合います」
蔵人B:「古い台帳を残しておけと」
影の者(弐):「捨てれば、合わない数の理由が分からなくなります」
影の者(弐):「古い台帳は三巻、奥のむしろの内にございました。
新しい台帳は、戸口の台の上に一巻でございます」
昌秀:「三巻と一巻。この差が、来年、数を合わせる時に効く」
【場面③】 同じ夜 八咫烏の社
夜、五人が集まった。火の器の灯は、前の夜より明るい。
外は雨で、屋根を打つ音が絶えず続いている。
板の間に敷いたむしろの端が、湿りで少し反っていた。
影の者(壱)と影の者(弐)は戸口に控え、報告を終えたところである。
清詞:「神祇官は動きます。絹布の数が変わらない形を紙に書けば、受け取る者がいる」
昌秀:「難波の倉の台帳は、古い様式のものが三年分残っている。
新しい台帳と並べれば、里の数が出る」
統真:「里の数が出れば、筑前の台帳と突き合わせられます。
突き合わせれば、浮浪と書かれた二十六人が、寺の田を耕していることが分かります」
景親:「分かった数を、誰が出しますか」
統真:「民部省の大録です。大録は、筑前の国司が点検した数を
もう一度点検する立場にあります。
点検し直した数が合えば、書き方を変える理由になります」
成忠:「刀の出る場面は、まだないな」
統真:「ありません。出せば、この話は罪の話になります。
罪になれば、郡司が替わります」
成忠:「替われば、困るのは誰だ」
清詞:「筑前の郡司の家です。五代の付き合いが切れます。
港の名も、道の名も、里の名も分からなくなります」
成忠:「替わっても、名は残るだろう」
清詞:「残るのは、新しい郡司が覚えた名です。
古い名は、紙に書かれていないので残りません」
成忠は黙って、膝の上の手を見た。刀には触れなかった。
統真:「十二月の末まで、あと二十日あります。
筑前の台帳がそろえば、大録が上申書を書きます。
上申書が通れば、来年の戸籍作りは新しい書き方で作られます」
景親:「通らなければ」
統真:「通らなくても、数は残ります。
残った数は、次の年に使えます。
使う者が替わっても、数は同じです」
影の者(壱):「神祇官の門の脇の札には、日付と数だけが書かれておりました。
名は書かれておりません」
統真:「紙に残るのは二つです。筑前の国司が足した欄と
大録が書く上申書。どちらも、名前は一つだけです」
景親:「その一つが消えれば」
統真:「数だけが残ります。数は、誰のものでもありません」
雨の音が強くなり、障子の紙が内側へ膨らんだ。
三人が帰った後、統真は火の器の脇に座り、指で印を置いた。
丸が三つ、四角が六つ、斜めの線が九つ。
置いた印は、まだ紙に移していない。
統真は火の器の蓋を閉じ、五人はそれぞれの家へ帰った。
外の道は水浸しで、足跡がすぐに消えた。
雨は夜半に止んだ。朝、道の水は引いていたが、側溝には泥が残っていた。
統真は泥を避けて民部省へ向かった。
向かう道で、昨日の足跡は一つも残っていなかった。
参考資料
・『続日本紀』文武天皇紀(大宝元年・二年) 神祇官・諸国からの税と労役の進上と、戸籍作りに関する記事。
・『令義解』(清原夏野ら撰、833年)神祇令・田令・賦役令 絹布の納入と不輸租田の扱い。
・『正倉院文書』正集第三十九巻所収「筑前国嶋郡川辺里戸籍」(大宝二年) 戸主と家族の記載、戸の末尾の口分田面積。
・虎尾俊哉『班田収授法の研究』吉川弘文館、1961年 不輸租田と班田収授、寺田の賦課をめぐる理解。
・松原弘宣「阿波国府の文書行政と勘籍関連木簡」『愛媛大学法文学部論集 人文学科編』第29号、2010年 国府・郡家の帳簿と木簡の運用。




