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導きの火 ー千年を語り継ぐ八咫烏  作者: 忍びでござる
第三章 壬申の乱  ―敗戦の起点その弐―
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第四話 倭京の旗

【場面①】六月二十九日夜・倭京の役所


近江朝は、大和の倭京に兵を集めていた。

大伴連吹負は、留守中の宮を管理する留守司の坂上直熊毛と協力し

その兵の指揮を引き継ぐ準備を進めた。熊毛は、命令の権限を示す札を持ってきた。


熊毛:「指揮に使う札は、ここにあります」

吹負:「兵を入れ替える必要はない。誰の命令に従うかを、はっきりさせる。

  札を確保しただけでなく、私が指揮を執ることを兵に伝えるのだ」

熊毛:「近江朝が集めた兵を、今度は大海人皇子のために戦わせるのですね」

吹負:「そうだ。指揮を変える責任は我々にある。今まで近江朝の命令に従っていたことを

  兵の罪にはしない。大海人皇子を支えるための挙兵だと、私から説明する」

熊毛:「この大和に、皇子を支持する人は多いでしょうか」

吹負:「支持していても、誰が指揮を執るか分からず、動けずにいた者がいる。

皇子のために立ったと知らせれば、協力する判断をしてもらえる」


【場面②】挙兵後・倭京の陣


吹負は各地の守りを固めた。

竜田には三百人、佐味君少麻呂には数百人を率いて大坂の道を

鴨君蝦夷には数百人を率いて石手道を守らせた。ここでいう大坂は、大和へ通じる道の名である。


熊毛 :「三百人と、二か所に数百人ずつでは、少なくありませんか」

吹負:「少ない。だから、広い場所へ薄く並べず、通り道を絞って守る。

  敵が一度に攻められる人数を減らす」

熊毛:「実際より大勢いるように見せるのですか」

吹負:「兵数を隠すことも大切だが、それだけでは守れない。

  狭い場所に守備を集中すれば、少人数でも持ちこたえやすい。

  敵が道ごとに分かれて来たら、こちらも対処する順序を決める」

熊毛:「攻めて来た軍を、一つずつ退けるのですね」

吹負:「そうだ。敵全体より少なくても、目の前の戦いに兵を集められるようにする」


【場面③】七月四日・乃楽山の戦い


近江軍は複数の道から大和へ攻めてきた。

西から来るのは壱伎史韓国の軍、乃楽山で吹負と戦ったのは大野君果安の軍だった。

大野君果安は、山部王の事件に関わる蘇我臣果安とは別人である。


吹負:「近江軍が来たな」

熊毛:「西と北の両方から攻められることは、考えていたのですね」

吹負:「考えていた。だが、見込んだとおりに防げるとは限らない」

熊毛:「敵への備えだけでは足りません。味方の援軍がどこを通るかも分からないと、連携できません」

吹負:「援軍との連絡も確かめておこう」


近江軍の攻撃に、吹負の軍は持ちこたえられなかった。


【場面④】同日・乃楽山から退却した墨坂


しかし、七月四日の乃楽山の戦いで吹負は敗れた。兵は散り、吹負も逃れた。

退却先の墨坂で、不破方面から来た援軍と出会った。

紀臣阿閉麻呂の側も、吹負を助けるために兵を回した。


部下:「敗れたばかりですが、すぐに軍を立て直せますか」

吹負:「援軍と合流し、土地の人々にも協力を求める。

以前から大海人皇子を支持している人たちに、私がまだ指揮を執っていると知らせてくれ」

部下:「皇子の名を聞けば、もう一度集まってくれるでしょうか」

吹負:「集まる理由はある。だが、名前を出すだけで来るとは限らない。

  集合する場所と、こちらがまだ戦えることも伝えるのだ」

部下:「私たちも、すぐ陣に戻れますか」

吹負:「戻る。敵は、散った兵がどこへ集まるか、まだつかんでいない。

  その間に連絡を取り、指揮を立て直す」


【場面⑤】挙兵前の六月下旬へ戻る・倭京


話を、指揮を引き継ぐ前に戻す。

熊野から来た使いは、吹負に、留守司が持つ指揮権について知らせていた。

この場面は、吹負が熊毛と協力するに至った経緯である。


影の者:「留守司が、兵への命令を取り次ぐ立場にあります。

  指揮に使う札も、その手元にあります。

  今の段階では、武力で役所を襲う必要はないと考えています。

  留守司の協力を得られるか、まず話をしてください」

吹負:「お前たちは何者で、どうして我々に協力してくれるのだ」

影の者:「あるお方の指示で動いております。

  ですが、兵の指揮を引き継ぐ話を決めるのは、吹負様ご自身です」

吹負:「話をする相手は、坂上直熊毛でよいのだな」

熊野の使い:「はい。こちらは、誰が権限を持つかを調べて知らせます。

  協力を求め、責任を持って指揮を執るのは吹負様です」

吹負:「お前たちは、敵の軍も調べているのか」

影の者:「軍の動きを調べるのは別の担当です。私は、その情報や、通れる道の知らせを運びます」

吹負:「届けた情報は、どこかに書き残すのか」

影の者:「組織や協力者が分かる文書は残しません。

  奪われれば、連絡先や調べ方を敵に知られます。

  必要な情報だけを相手に伝えます」


【場面⑥】七月二日ごろ・犬上の近江軍陣地


同じ時期、近江朝は不破への攻撃を準備していた。

山部王を総帥とし、蘇我臣果安と巨勢臣比等が数万の兵を率いて、犬上に陣を置いた。


山部王:「不破を攻める」

比等:「こちらには数万の兵がいます。兵力を集中して攻めましょう」


果安は、陣の外へ続く道を見た。


果安 :「不破で勝てても、東国から来る援軍まで止められるでしょうか。

  そこまで考えておく必要があります」

山部王:「今いる兵を使って、先に攻めればよいのではないか」

果安:「一度敗れれば、大軍でも退却中に散ってしまいます。

  兵が多いというだけで、勝てるとは言えません」

比等:「では、待つのですか」

果安:「敵が兵を養えず、減るのを待つ考え方もあります」

比等:「その間に、東国から兵が増えるかもしれません」

山部王:「敵が弱るのと、援軍が来るのとでは、どちらが早い」

果安:「今の情勢では、援軍が来るほうが早いかもしれません。

  こちらが動けなくなれば、それだけ不利になります」


ところが、山部王は果安と比等に殺された。

殺害の詳しい動機は、ここでは断定できない。

総帥を失った近江軍は混乱し、不破へ進めなくなった。


(※直前の会話は、意見の対立を描くための創作であり、殺害の理由を説明する史料はない。)


果安:「総帥がいなくなり、軍が止まった。この間にも、敵は兵を集める」

比等:「それが分かっていて、なぜこんなことをしたのですか」


比等の問いに、果安は答えなかった。果安は犬上から引き返し、自ら頸を刺して死んだ。

近江朝へは、果安が死んだという短い報告が届いた。

短い報告だけでは、軍の内部で何が起きたのかまでは分からなかった。


【場面⑦】同じ頃・近江、記録係の部屋


近江の記録係の部屋に、河内から報告が届いた。

河内国の長官である来目臣塩籠は、大海人皇子に協力するために兵を集めていたが

計画が近江方の壱伎史韓国に知られ、自ら命を絶ったという。

報告を整理していたある官人が、内部の控えには塩籠の死を病死と書こうとしていた。


官人A:「病死ではないと、報告されていますが」

官人B:「詳しく書けば、誰が塩籠と連絡していたかまで問われる。

  病死という扱いにしておきたいのだ」


官人Aは筆を止めた。先輩は、関係者を調べられることを恐れて、報告を変えようとしていた。

記録は、実際の出来事をそのまま伝えるとは限らない。


【場面⑧】同じ頃・筑紫の役所


近江朝の大友皇子は、使者の佐伯連男を筑紫へ送っていた。

筑紫の長官である栗隈王に、兵を出させるためだった。

大海人皇子が送った使者ではない。


栗隈王:「筑紫の兵は、海の向こうからの攻撃に備えている。

  城を守る兵を減らして、近江へ送るわけにはいかない」


栗隈王は出兵を断った。佐伯連男は、断られた場合には栗隈王を殺すよう命じられていた。

だが、栗隈王の子である美努王と武家王が、刀を帯びてそばに立っていた。

男は手を出せなかった。


【場面⑨】後日・不破の本営


不破には、近江朝の動員がうまく進んでいないという知らせが届いた。

ここで高市皇子に話すのは、その情勢を伝えに来た影の者であり、近江朝の佐伯連男ではない。


高市皇子:「近江の使者は、栗隈王を殺せなかったのか」

影の者:「警護していた二人の子を前にして、手を出せなかったとのことです」

高市皇子:「ためらったのか、できなかったのか、詳しくは分からないな」

影の者:「はい。ただ、栗隈王は生きており、筑紫の軍も近江へは出ていません」

高市皇子:「そうか、仕方ない。今、大切なのは、その結果だ。

  山部王の死で不破への攻撃も止まり、河内の塩籠も亡くなった。

  各地の様子は引き続き調べるが、まず近江へ進む軍の準備を急ぐ」

影の者:「近江が援軍を集めるより、こちらが兵を集めるほうが早いのですね」

高市皇子:「今は、こちらの方に兵が集まりつつある。その間に、動ける態勢を整える」



史実の照合に参照した資料

四日市市教育委員会・くるべ古代歴史館「壬申の乱(現代語訳)」 https://www.city.yokkaichi.mie.jp/kyouiku/kurube/school/jinshinnoran.html

関ケ原町歴史民俗学習館「壬申の乱」 https://rekimin-sekigahara.jp/main/jinsin_war/


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