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導きの火 ー千年を語り継ぐ八咫烏  作者: 忍びでござる
第三章 壬申の乱  ―敗戦の起点その弐―
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第三話 不破の関

【場面①】六月二十二日・吉野の宮


大海人皇子は、村国連男依、身毛君広、和珥部臣君手の三人を呼び、灯りの前に座らせた。


大海人皇子:「今夜のうちに吉野を出て、美濃国の安八磨郡へ行ってくれ。

皇族の所領を管理する湯沐令の多臣品治に、私が挙兵することを伝えるんだ」

村国男依:「品治には、まず何を頼みますか」

大海人皇子:「郡の兵を集めてもらう。

   近江朝に逆らって兵を出せば、品治も簡単には引き返せなくなる。

   まず、協力するという約束を実際の行動に移してもらう」

村国男依:「兵を集めていることを、近江朝に知られたらどうしますか」

大海人皇子:「細心の注意を払い、気づかれぬように集め、不破へ向かわせる。

    最初から大勢に計画を知らせるな。少人数で連絡を取り、兵を動かす準備を進めてくれ」


三人の使者は、その夜のうちに宮を出た。


【場面②】同じ夜・吉野の宮

使者が出た後、妃の鸕野讃良皇女が大海人皇子に尋ねた。


鸕野讃良皇女:「なぜ、美濃に最初の使者を送るのですか」

大海人皇子:「美濃は、近江と東国を結ぶ道を押さえるうえで大切な場所だ。

  そこにいる品治は、先にこちらへ協力を申し出ている。まず、その約束を確かめる。

  品治が兵を出せば、ほかの有力な家も参加するか判断しやすくなる。

  無理に従わせるより、自分で決めてもらったほうが、途中で離反されにくい」

鸕野讃良皇女:「それでも裏切る者が出たら、どうしますか」

大海人皇子:「別の道や連絡先を使う。一人に裏切られただけで、計画全部が止まらないようにする。

  誰か一人に、すべてを任せてはいけない」

鸕野讃良皇女:「なぜ、今なのですか。これまでは吉野で動かずにおられました」

大海人皇子:「動く時期を待っていた。

  兄上の天智天皇が亡くなり、近江朝は大友皇子を支える人事を固めた。 

  一方、東国には、その人事や扱いに不満を持つ家がある。

  近江朝の体制が固まり、こちらに協力する理由もできた。

  今なら、兵が集まる見込みがある」


【場面③】六月二十四日以降・吉野から伊賀、伊勢への道


大海人皇子は吉野を出発した。従うのは、身の回りの仕事をする舎人二十余人と

宮中で働く女嬬十余人など、小さな一行だった。

妃の鸕野讃良皇女、草壁皇子、忍壁皇子も同行した。


鸕野讃良皇女は、後に持統天皇となる。

一行は険しい伊賀の道を進み、柘植の山口で高市皇子と合流した。


高市皇子:「合流が遅れました」

大海人皇子:「険しい道を越えてきたのだ。無事に着いたなら、それでいい」

高市皇子:「近江朝の軍は、もう動いていますか」

大海人皇子:「まだ、こちらへ大軍が来たという報告はない。

  その間に、東国で協力する家を増やす。

  近江朝が追撃の軍をそろえる前に、不破へ着きたい。先に着いて道を押さえるのだ」

高市皇子:「味方になる家は、いくつありますか」

大海人皇子:「今、動こうとしている家の名を、あちこちへ問い合わせるのは避ける。

  連絡が漏れれば、その家が先に狙われる。兵が集まったところで、現地の人数を確かめる」

高市皇子:「それでは、集まる兵の数を正確に読めません」

大海人皇子:「確かに予定の数字は読みにくい。

  だが、来るという返事だけを当てにするより、実際に集まった兵を基準にする。

  着いてから動ける人数を確かめるのだ」


一行は伊賀から伊勢へ抜け、鈴鹿方面へ進んだ。


【場面④】大海人皇子の移動中・熊野の奥の社 | 八咫烏:十文字八束 ↔ 鷲尾


熊野の社では、情報収集を担当する十文字八束が、地図に一行の移動経路と協力する家の位置を示していた。向かいには、政治や土地の事情を担当する鷲尾が座っている。


八束 :「巳波家の密偵が、吉野から伊勢へ抜ける道の状態を調べています。

  近江朝の追手が経路を絞れず、三日ほど遅れるなら、一行は先へ進めます」

鷲尾:「近江朝は、一行がどの道を使うか、まだつかめていないのですか」

八束 :「そう見ています。ただし、追手を三日止められると決まったわけではありません。

  その間に伊勢まで進めるかが大切です」

鷲尾:「鈴鹿を越えれば、東国で協力する家と連絡を取れますね」

八束:「牛尾家は鈴鹿、亥原家は伊賀の道を調べました。

  通れる道と、途中で頼れる家の情報を届けます。こちらが用意するのは、その情報です」

鷲尾 :「最後に、どの道を使うか決めるのは、皇子ですね」

八束:「はい。皇子が判断できる材料をそろえます。 

  まず協力者に挙兵の意思を知らせ、連絡を確かめ、移動する道を決める。

  その後で挙兵を公にします」

鷲尾:「兵を動かすのは、その後ですか」

八束:「はい。連絡先も通る道も決まらないうちに兵を集めれば、混乱します。

  準備を済ませてから、まとまった兵力として動いてもらいます」


【場面⑤】使者の美濃到着後・安八磨郡、品治の住まい


多臣品治は、村国男依ら三人を囲炉裏の前に迎えた。ほかの二人も、村国の説明を聞いていた。

品治:「大海人皇子からの正式な使いですか」

村国男依:「はい。挙兵の意思をお伝えします。

  吉野で火が焚かれ、皇子が仏の教えを説かれたことは、お聞きですか」

品治:「火の話は聞きました。あれは、挙兵の準備を始めるという合図だったのですか」

村国男依:「そうです。皇子は、今、不破へ向かっています」


品治は囲炉裏の火を見つめた。


品治:「この郡の有力な家は、近江朝の人事で役職を得られず、兵を預かる立場も取り上げられました。

  不満を訴えても、聞き入れられなかった。

  皇子は、こちらの不満を受け止めてくださるのですね」

村国男依:「郡で何人の兵を集められますか」

品治:「千人は集められます。それだけ集まれば、美濃の道を守る助けになるでしょう」

村国男依:「では、兵を集め、不破へ向かう準備を進めてください。

  皇子の一行が安全に着けるようにしたいのです」

品治:「近江朝が勝った場合、私たちはどうなりますか」

村国男依:「反乱に加わったとして、命を奪われるおそれがあります。

  私たちも同じです。だから、兵と道の準備を確かめながら進めます」

品治:「皇子を信じるだけで、兵を出せということではないのですね」

村国男依:「はい。皇子の意思は、私たちが直接聞いてきました。

  こちらが伝える計画を確かめ、兵を出せるか判断してください」


その夜、品治は郡の有力な家々へ使いを送った。 

使者たちは、あらかじめ決めた合図で集合の連絡を伝えた。

計画が漏れないよう公の記録には書かず、翌日から兵を集め始めた。


【場面⑥】同じ夜・熊野の社


美濃で兵を集め始めた夜、別の使いが熊野の八束へ報告した。


影の者:「近江朝が、大海人皇子の移動経路を調べています」

八束:「追手に、経路をつかまれていますか」

影の者:「まだ、全体はつかまれていないようです。

  経路を書いた文書は持ち歩かず、途中の協力者にも必要な範囲だけ伝えています。

  近江朝が情報を集める間に、一行は先へ進めます」

八束:「気を緩めないよう伝えてください。経路がまだ知られていなくても、声や足音

  人の出入りで見つかることはあります。不破に着くまで、見張りと周囲の確認を続けてください」


【場面⑦】六月下旬・不破の本営 | 大海人皇子側:大海人皇子、高市皇子、村国男依


六月下旬、大海人皇子の一行は不破に入った。

高市皇子と村国男依が、兵の集合と道の警備について報告した。

高市皇子:「ここを拠点にして、挙兵を公にします」

大海人皇子:「兵が集まりやすく、近江からの進軍を妨げられる場所に、本営を置く。

不破なら、その両方を進められる」

大海人皇子は東の方を見た。

大海人皇子:「美濃の兵が集まり始めた。尾張や信濃、上野にも協力を求める。

  近江と東国を結ぶ重要な道を、不破で押さえるのだ」

高市皇子:「近江から来る軍の進路を、ここで狭められます」

村国男依:「不破を守れば、近江の軍は東へ来られなくなりますか」

大海人皇子:「必ず止められるとは限らない。だが、迂回や突破に時間を使わせられる。

  その間に東国の兵を集め、こちらの守りを固める」

村国男依:「得られた時間は、兵を集めるために使うのですね」

大海人皇子:「そうだ。集まった兵には、食料を渡し、指揮する者を決める。

  長く待たせて気持ちが離れないようにする」

大海人皇子:「不破の道を封鎖し、近江朝の使者や軍が自由に東へ入れないようにしてくれ」


不破の道は封鎖された。大海人皇子側は、東国で兵を集める時間を確保しようとしていた。


史実の照合に参照した資料

四日市市教育委員会・くるべ古代歴史館「壬申の乱(現代語訳)」 https://www.city.yokkaichi.mie.jp/kyouiku/kurube/school/jinshinnoran.html

関ケ原町歴史民俗学習館「壬申の乱」 https://rekimin-sekigahara.jp/main/jinsin_war/


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