第一話 割れた会議
【場面①】景信の社 | 八咫彦の語り
灯りの下に、影が二つある。語る者は、景信。聞く者は、若い斗真である。
八咫烏の語りは、夜ごと、順に受け渡される。
景信:「始動の夜、語りは後回しにした。今夜から順に語る。まずは、白村江の火だ」
(斗真は、座り直した。千年の語りの、最初の夜である。)
景信:「語りの冒頭に、年を置く。祖の掟だ。年の分からぬ語りは、教えにならぬ、と」
斗真:「千年前の、しかも、勝っていない戦を、なぜ最初に」
景信:「ゆえに最初なのだ。我らの務めは、勝つことではない。負け方を知ることだ。
始まりを知らずに、務めは語れぬ。第一夜は、必ず、火の夜だ」
――六六〇年、秋。
百済が滅んだという報せが、飛鳥の宮に届いた。中大兄皇子は、三十五歳だった。
景信:「半島は、高句麗、百済、新羅。三つの国がしのぎを削る、三国時代のただ中にある」
そのうち、我が国が古くから親しくつき合ってきたのは百済だ。
文字を、仏を、工の技を、海を渡って伝えてきた国である」
斗真:「その国が、消えたのですね」
文字は、王仁が書を伝えて以来、五百年。
仏は、聖明王が像と経とともに渡って以来、百年あまり。
寺を建てる工も、薬も、暦も、その国が海を渡してくれた。
景信:「学ぶ国として、その歩みは、途切れたことがない。
途切れたことがない、という思い込みが――国を、いちばん危なくする」
唐の高宗が百済討伐の大軍を派遣し、新羅と手を結んで、海と陸から百済を挟んだ。約七百年続いた王朝は、たった数か月で滅んだ。王・義慈は、唐へ連れ去られた。
報せは、宮の中を、音もなく巡った。人々は、声を潜めた。
景信:「声を潜めるということは、事態の重さを、すでに皆が知っている、ということだ」
我らも、知っていた。
唐の都にいた者から、半島の港にいた者まで、数年前から、風の向きを聞き続けてきた。
景信:「大きい風が来る。山場は、海になる」
報せは、そう、西から東へ渡ってきた。
されど、我らには、止める力がなかった。
我らの務めは、戦うことではなく、聞き、渡すことである。
火が渡る山の名を、先に知っておくこと。それだけが、名を持たぬ者に許された務めだった。
我らは、それでも、一つの文を山の奥へ渡した。
――半島の火は、列島に届く。届く前に、受け手を固めよ。
文は、届いた。されど、表の国は、動かなかった。
景信:「名を持たぬ者の文は、国政を、直接には動かせぬ」
景信:「――それが、千年の最初の教えになる」
【場面②】内裏・小さな間(朝廷の会議)
朝廷の会議は、内裏の小さな間で開かれた。
灯りは少なく、臣下の顔は、半分だけ照らされていた。
阿倍比羅夫:「百済の遺臣たちが、各地で蜂起しております。
熊津の周りで、鬼室福信という将が、倉を開き、兵を集めております。
復興の旗印として、我が国に人質として住む王子、豊璋の送還を求めております。
使者は、すでに何度も来ております。
唐と新羅は、百済を侵略し、都督府を置き、土地は唐のもの
民は新羅のものと、分け始めております。
そして次に狙われるのは、我が倭の国だと申す者もおります」
蘇我赤兄:「時期尚早と申す者もおります」(重鎮の蘇我赤兄が、ゆっくりと言った。)
蘇我赤兄:「新羅と組む唐と、正面から争うには、国の力が半分にも届かない。
また、大化の改新は道の半ばです。今、外に兵を出せば、内が手薄になる。
冠位の制度も、新しい戸の取りまとめも、道半ばだ」
中臣鎌足:「ならば、百済を見捨てよと申すのか」
中臣鎌足が、声を荒らげた。
中臣鎌足:「百済を見捨てるなら、今までの恩を仇で返すことになる。
文字も、仏も、律令の形も、あの国から学んだ。
恩を、返さない国には、民の心は付いてまいりませぬ。
そればかりか、他国は、我らが恩を忘れる者だと、そう見るでしょう」
蘇我赤兄:「気持ちだけでは、勝てない。戦は、兵と船の数が重要なのだ」
蘇我赤兄:「鎌足殿は、海で戦をしたことがあるのか」(赤兄は、静かに視線を上げた。)
間に、海に長けた豪族の長、阿曇比羅夫が、低く口を開いた。
阿曇比羅夫:「海は、出る者には分かります。戦ともなれば、それまでとは別の物になる。
それに、四百の船が、すべて無事のまま海を渡れるとは、限りませぬ」
中臣鎌足:「では、比羅夫殿は、出ぬ方がよいと申すのか」
阿曇比羅夫:「私は、出し方の話を申しております。出るか出ないかの判断は、陛下にあります。
四百の船と申しても――陸は、五里歩めば、休めます。海は、三日漕いでも、岸は見えぬ時もあります。
唐の船は、大きい。新羅は、地の利を知っておる。遠い海を渡る戦は、厳しい戦になります。
それに我が国は他国との戦は経験がありません。」
【場面③】割れた会議のあと・灯りの下
会議は、二つに割れた。出て、恩を守るか。出ず、内を守るか。
割れた席は、割れたまま、動かなかった。
中大兄は、黙って聞いていた。彼の内には、すでに形があった。
中大兄:(心の内で)『半島へ出て、戦をするべきではない。防衛を、固めることだ。九州の岸。港。海を渡る者が攻めてくる場所。それを受け止める岸だ』
だが、それを口にしたとき、百済を見捨てる者と言われる。
百済を見捨てる者は、改革の威信を、先に失う。
口を開かぬ時間が、長く続いた。灯りの芯が、二度鳴った。
誰も、中大兄の顔を見なかった。見る者が、いなかった。
【場面④】景信の社 | 八咫彦の語り
景信:「斗真。分かるか」
斗真:「……殿は、口を開きたかったのでは、ありません」
景信:「開けなかったのだ。口を開けば、戦になる。
口を閉ざせば、内の改革が進む。三十五歳の継ぐ者が、その天秤を持たされていた」
景信:「重いのは、天秤そのものより、持たされる方だ」
斗真:「会議は、割れたまま、終わったのですか」
景信:「割れたまま、灯りが消えた。されど、その夜、鎌足が、殿のもとを訪れる」
景信:「決断は、席では生まれぬ。灯りの下で生まれる。――次の夜の語りだ」
(灯りの芯が、一度、鳴った。)




