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転生したら暗君「劉禅」の教育係になったので、僕が天下を取らせます  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
一章

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第8話:李仁は飛輪と月見酒を楽しむ


 来敏殿にも怒鳴られて、戦時体制のせいか色々なリソースが不足していて仕事もままならん。

 あぁ、今日も疲れた。宮廷の門の前、国営市場も日が暮れる前に店仕舞を始めている。


 この時代、乱世によって貨幣の価値が崩壊してしまい、誰も粗悪な銅銭を使用せず織物を始めとした物々交換で取引を行っていた。


 そこで劉備政権は対策を講じ、まず国営市場の区画を設け、そこでのみ取り扱いが可能な「劉備政権の貨幣」を人々に使用させた。


 これによって劉備政権は独自の新貨幣を生み出すことに成功。

 貨幣への信頼は回復し、財政は潤っていきました。


 ちなみにこの経済政策を主導したのは「劉巴《りゅうは》」という官僚。

 尹黙兄さんを諸葛亮に推挙したのもこの人なので、僕にとって恩人の恩人に当たる凄い人です。


「あれ、店主。これは売れ残りですか?」


 店じまいをしている精肉屋のオジさん。

 商人らしい出で立ちではなく、恐らく狩人を生業にしているのだろう。

 白髪交じりの無精髭に、浅黒い肌、鋭い眼光。店主は一言も話すことなくただ頷いた。


「"あばら"ですか」


「昨日獲って捌いた若い熊だ。肉がほとんどついてないせいで売れ残った」


 腕がいいから捌くときにさほど肉が付かなかったのだろう。

 処理も良く、良い具合に引き締まっている。


 うーん、無性に酒が飲みたい。

 あばら骨に残った肉を焼いてしゃぶるなんて、最高の酒のアテになるんじゃなかろうか。


「よし、これ買います」


「まいど」


◇


 そういえば東宮で働き出してから晩酌をしていなかった気がする。

 忙しいことは良いことだが、こういう時間が無ければ人生に活力は湧いてこないものだ。


「もう、夕ご飯の準備は出来ているのに、また変なものを買っていらして」


「えへへ」


 確かに、変なものだ。

 熊のあばらなんて買って帰ったらどんな旦那だって奥さんに怒られる、かもしれない。


 家の中からは鶏の良い匂いがする。

 ということは今日は鶏の羹《あつもの》(スープ)か。お腹が空いてきた。


 ちなみにこの時代、まだ唐辛子がこっちに入ってきていないので、いわゆる「中華」的な料理はほとんどない。


 肉の羹《あつもの》が一番の御馳走であり、家畜で一番高級なのが牛、次いで羊。そして犬、鶏、豚などの肉が親しまれていた。


 あ、現代人の価値観から犬はどうしても無理なので、飛輪さんにそこは避けてもらっているよ。


「ひさしぶりに飛輪さんと晩酌でもと思い、その"あて"になれば良いなって」


 すると一瞬で、ちょっと呆れ顔だった飛輪さんの表情が華やいだ。

 そう、彼女はお酒が大好きなのである。僕はそうでもないが、彼女と晩酌をする時間が好きだった。


 若君と話していた時にふと思い出したんだ。

 そういえば、飛輪さんとしばらくお酒を飲んでいなかったなぁ、なんて。


「ふふっ、そういうことなら許しましょう」


「じゃあ僕は炭を用意しておくよ」


 官服から平服に着替え、中庭に出て乾かしていた木炭を引っ張り出す。

 調味料がだいたい塩味に限られるこの時代、酒のアテにはやっぱりひと工夫を凝らしたい。

 

 となると、炭火だ。

 炭火で焼いた肉ってのは、どうしてあんなに旨くのなるのだろうか。


 お椀のような浅い石瓶《いしがめ》にまずは藁を小さく盛り、火をつけた。

 そこに木炭を組み上げて火が行き渡ったら、今度はその炭をざらざらと広げていく。


 パチパチと気味の良い音が弾け、もう空には星が浮かんでいた。


 その後は小刀で"熊あばら"に切り込みを入れて、一本一本割いていく。

 薄いが強い筋繊維を感じる肉だ。


 それを竹串に括って固定し、炭火の遠赤外線でじっくりと炙る。

 息を吹けば、炭は赤黒く光って火を吐いた。


「夕食、できましたよ」


 縁側に置かれた机の上に、トントンと湯気の立った器が並べられていく。

 鶏と野菜が煮込まれた羹《あつもの》と、白く丸い饅頭。

 あとは塩漬けにしたり発酵させた豆や青菜が複数の小皿に乗っていた。


 そして飛輪さんは最後に喜色を抑えきれない様子で、両手で小さな蓋つきの酒瓶を持ってきて側に置く。


「さぁ、いただきましょう」


「そうだね」


 あばら肉はまだじっくりと火を通した方が良いだろう。

 僕は腰を上げて、その縁側に腰を落ち着けた。


 瓶から酒器に白く濁った酒が注がれる。そしてお互いに笑顔を浮かべ、同時に飲み干した。

 美味い。腹の奥から喉までじんわりと温まっていく感覚は何とも心地が良い。


 次は饅頭を手に取って割ってみると、熱がこもっていたのか湯気がふわっと立ち、小麦の匂いを感じる。


 ここに漬物や豆をのせて食うもよし、スープを啜るもよし。

 そして落ち着いた頃にまた酒を煽る。


「李仁さん、美味しいですねぇ」


 飛輪さんも上機嫌だった。

 昼間は曇っていた空もすっかりと晴れ、綺麗な星と満月が顔を出していた。


 もうそろそろか。あばら肉を一本取ると少し先が焦げていたが、焼けてないよりは良い。

 骨を齧り、肉を噛んで引っ張る。

 膜と一緒に薄い肉がミシミシと骨から剝がれ、ぷつんと途切れた。


「これは!」


「……口に合いませんでした?」


「美味い!」


「もうっ、びっくりしたじゃない」


 これが、熊か。牛にも似たジビエ特有の濃い肉の味、獣臭さは炭で消えていた。

 強めに振った塩も正解だったな。


 飛輪さんも子供のようにガジガジと歯を立てては、お互いにその様子を見て笑う。そしてまた酒を注ぐ。


「良い夜だ」


「そうですね。寒くなる前にこうして外で月見が出来て、すごく嬉しい。こんなに楽しい夜が過ごせるなんて、数年前は考えられませんでした」


「またやろう。何度でも」


「はい」


 あんなに大変だったのに、今日も良い一日だったと思えてしまう。不思議なものだ。

 来敏殿ともこうして話し合うことが出来れば、もっと良い職場になるんだろうけどなぁ。


 うん?


 あ、そうか!その手があったか!


・食糧事情

 三国志の時代は西域から渡来した野菜やらの食料が広がりつつあった時代。

 代表的な西域渡来の野菜は、キュウリ、ニンニク、エンドウマメ、ゴマなど。

 ちなみに唐辛子の伝来は明代末期ごろで、代用として山椒、カラシナ、橘の皮が用いられたとか。

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