第22話:李仁は豪勢な野戦食を楽しむ
城外の幕営に張飛軍の上級の将校、そして皇太子・皇太子妃の一行が集う。
上段の上座には張飛、劉禅、張彩さん。皇太子護衛の任を受け持つ董允も。
あ、僕はそこからいくつか格が落ちる席次だね。
装飾の施された壁や柱もない、戦場のテント。
普通は礼儀正しく正座をするものだが、皆は"床几(持ち運び用の椅子のようなもの)"に腰を下ろしている。
机も何のしつらえも施されていない木の板のようなものに足をつけたもので、そこにドカドカと料理が並べられる。
羊の血鍋に、羊の骨付き肉に、雑多な付け合わせの野菜。
咽るような香辛料の匂いが食欲を嫌でも搔き立てる。腹が減ったぞ!
しかしよく周りを見ていると、軍人たちの顔はとにかく明るいが、問題はこっちの従者達だった。
皇太子お付きの側近衆は生まれも育ちも良い者達の集まりで、この粗野な宴席に完全に引いている。
当の劉禅も、そして張彩さんも、董允ですら同じようにぎこちない笑顔を浮かべていた。
逆に現代日本人気質の僕が何で一番ワクワクしてるんだろうね。
異国でキャンプしてるみたいで、すごくご機嫌なんだけどなぁ。
「では皆の衆、大いに食って飲めい!これより死地に向かうのだ、死んだ後じゃ飯は食えんからな!」
軍人衆はゲラゲラと笑いながら手づかみで肉にかぶりついていった。
もう食べていいのかな。僕も濡らした布で良く手を拭き、骨を握って肉にかじりつく。
最初はとにかく目が覚めるような強い塩味に驚くが、その後に押し寄せるのが爆発的な肉の旨味だった。
焼き加減も絶妙で固くなりすぎず、むしろサクサクと歯切れのいい上質なトマホークステーキである。
たまらず酒を流し込む。
これは、馬乳酒か。
ヨーグルトに似た酸味をふわっと感じる、中々に癖の強い酒だった。
しかしアルコールはあまり感じない。これはこれでバカバカと飲んでしまいそうだ。
「李仁、李仁!!」
「むぐっ?」
肉に夢中で気づくのが遅れちゃった。何やら劉禅がこっちに手招きをしているのが見える。
まだ口に入っていた肉を惜しみつつも一気に飲み込み、慌てて僕はそっちへと駆け寄った。
「舅殿、こちらが我が側近の李仁です。張彩さんの覚えもめでたく、信頼に足る者です」
「ほぅ、張彩。お前もこの者を知っているのか」
「殿下の講義も受け持っておられて、私もたまに、話を聞くことがあるんですよ」
ギロリと、張飛の視線に晒される。生きた心地がしないとはまさにこの事であった。
昔、テレビで見たことがある。北欧とかにいる馬鹿でかいヘラジカ、あれを想起させる目だ。
下手に動けない。口を一文字に閉じ、口角を無理やり上げ、敵意が無いアピール。
ちょっと小突かれただけであっさりと死ぬ自信がある。怖すぎる。
「お前、あの尹黙に推挙されてんだってな」
「は、はい。加えて、尹黙殿は僕の義兄でもありますです」
「じゃあその尹黙が誰の推挙を受けているのか、知ってるな?」
「……あ」
兄さんの推挙人、それは蜀漢の経済政策を主導する官僚「劉巴」である。
つまり僕は、その劉巴さんの直系の官僚派閥に属する人間ということになる。
そこでようやく思い出した。劉巴と張飛には、浅からぬ因縁があることに。
名門の出自で気位の高い劉巴は、張飛からの交友の申し出を侮辱しつつ突っぱねたことがある。
これには張飛のみならず劉備も激怒し、諸葛亮さんが何とか間を取り持ったことで不問となった。
しかし、そりゃ張飛からすれば気に喰わない。やばい、この背景のことをマジで忘れていたんだけど。
「では舅殿、私は外の将兵の労いに出て参ります」
「うん?皇太子ともあろう御方が左様なことをせんでも良い!危ないぞ!」
「大丈夫ですよ、この董允を始め、護衛は嫌というほど居りますので。戦えない私には、これくらいしか力になれませぬ。李仁、しばらく席を預けるぞ」
「え、あ、はい。お気をつけて」
行かないで、と心中で懇願しながら劉禅らを見送る。
さてさて、向かい合う武人のなんと大きなことか。これが、張飛。
「……劉巴の取り巻きは、誰も彼も学識やら出自やらを鼻にかけ、いけすかねぇ」
「ももも申し訳御座いません。でも自分は決して将軍に何か思っているとかそういうことはないですし、むしろ今の今まで頭にすらなかったというか」
「ふむ、なるほど。張彩、殿下の申される通り変わった奴だな」
「でしょでしょ?」
顔を上げると、別に張飛は怒っているというわけでもなく、バキバキと羊肉の軟骨を噛み砕きながら不思議そうに僕を見ていた。
「劉巴は俺を兵隊野郎と罵り、今日の今日まで謝りもしねぇ。尹黙だって俺みたいな軍人を避けやがる。だがお前は俺が何も言ってないのにこうして頭も下げるし、この粗野な野戦食に喜んで食らいつく。変な奴だ」
「それにね、お父様。李仁は白米に白米を合わせて食べるなんて言うのよ」
「あの、言ってないし、だいぶ語弊があるからその紹介は辞めてください。説明するのも大変なんで」
変人を通り越して変態を見る目だ。
違うんです張飛将軍。僕は決して怪しい者ではなく。
「変な奴だが、学者共の中にも一応話せる奴が居て良かったと思うべきか。ときに李仁、一つ聞きたい」
「はい、何でしょう」
「……俺はもう、古いのだろうか」
少し寂しそうにそう口走り、張飛は血鍋のスープを豪快に飲み干していく。
その絵面があまりにも大魔王過ぎて、思わず心臓がキュっとなった。
さて。これは、どう答えるのが正解なんだろうか。
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