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転生したら暗君「劉禅」の教育係になったので、僕が天下を取らせます  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章

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第20話:諸葛亮は地下牢へ赴く


 光の差し込まない地下牢は、長く居ると朝か夜かの時間間隔も狂いだす。

 呼吸するのも不快なほどに湿気《しけ》っている空気はカビ臭く、思わず諸葛亮は羽扇を顔の前に持ってくる。


 ここに幽閉されているのは所謂「政治犯」であり、反体制的な人間や、他国からの密偵が多い。

 故に徒党を組ませないよう個別の牢に封じ、枷をつけ、その牢の中で尋問などを行ったりするのだ。


「丞相《じょうしょう》(諸葛亮が新たに就任した、国家の行政を管轄する宰相職)、この一番奥の牢になります」


 獄吏(牢獄の管理役)の案内の下、諸葛亮は最奥の開けた地下空間に出る。

 ここは外界との通気口が通り、いくらか呼吸もしやすくて、自然光も入ってくる場所になっていた。


「お久しぶりです、趙雲《ちょううん》殿。陛下の即位に伴い特例で恩赦が出され、趙雲殿の釈放が承認されました」

 

 最奥の広い牢。趙雲には枷も付けられず、衣服も部屋も至って清潔であった。

 最初から劉備は別に趙雲を痛めつけるような意図は無かったということがよく分かる待遇である。


 少し反省させるだけだ。そう言って劉備は趙雲を投獄したが、その顔つきは投獄前となんら変わっていない。

 忠勇無比な直言の士。反省どころかその闘志はむしろ燃え盛っているのではないかとすら思わせる。


「……釈放されるのは、俺だけか」


 不快そうな顔で問う趙雲に、諸葛亮は無言で頷く。

 鉄の格子が開かれ、巨躯を折り曲げつつ趙雲はゆっくりと外に出た。


「これより戦になります。趙雲殿は元の将軍位に復帰後、永安に移って侵攻軍の後詰を担っていただきます」


「釈放後すぐの罪人に背後を任せるのか。殿は相変わらずな"お人好し"だ」


「やはり、まだ東征には反対ですか」


「当たり前だ。しかし俺は軍人だ、既に決定したことに口は挟まん。後詰の役目、謹んで拝命する」


 そう、徹頭徹尾「軍人」であるからこそ、劉備は釈放したばかりの趙雲に大任を預けることが出来るのだ。

 しかし、その決定事項に口を挟むのは自分の役割だろうと、諸葛亮はそう言われている気がしてならなかった。


 こうして釈放された趙雲に詳細を伝えた後、諸葛亮は趙雲を見送って、地下牢に残った。

 ここから先は仕事ではなく私用である。引き続き、獄吏の案内で別な地下牢に足を運んだ。


 向かった先の地下牢は不衛生かつ狭い空間であり、当然、外の光なんて届かない場所であった。

 しかしその狭い空間に、鉄の格子からはみ出すほど書簡や竹簡を積もらせている奇妙な牢屋が見える。


「……来敏殿」


 人が一人横になれるかどうかという空間で、ひたすら文机に向かう頭の大きな老人がそこに居た。

 諸葛亮の呼びかけに血走った目を向け、白い眉が長く伸びたその老人は怪しい笑顔を見せる。


「おぉ、諸葛亮殿。儂を処刑すべく、貴公がわざわざ呼び出しに来たのか」


「仕事ではなく、私用です。謝罪に参りました。貴方ほど御方をこんな場所に閉じ込めてしまい、申し訳ございません」


「拷問は無いし、飯は出る。それにこうして欲しい文書も融通してもらえる。遺書だって書き放題だ、不便はない」


 まるで嘲笑うかのように皮肉で返す。

 人はここまで折れない気骨を持てるのかと、諸葛亮はむしろ感服する思いであった。


「それで、陛下はいつ儂を殺す」


「……生きようとは思わないのですか。来敏殿、貴方が頭を下げればあるいは」


「諫言はいつでも死を覚悟して行うものよ。儂だけがその責任から逃れようとは、虫が良すぎるわ」


 そう言って笑い、そして来敏は静かに筆をおく。

 珍しくその顔には哀愁が浮かび、大きく鼻を啜った。


「じゃが、死にたくない。ここ最近、そう思うことが増えた」


 その大きな頭に浮かぶのは、憎らしく暗愚で不出来な小さき主君の顔であった。

 しかし、あの暗愚は頭を下げた。変わりたいという覚悟を示した。それも、他でもない自分に。


 近頃、その姿を夢に見る。

 そしてその夢はいつも、少しだけ眩しかった。


「来敏殿。陛下は戦の前に、貴方を処刑すると仰せでした。もう、間もなくに御座います」


「そうか」


「されど、ここから先は私の独り言。何やら陛下の意に逆らい、来敏殿を救わんと色々と思案し、動く人も居るようです」


 まさか。思わず身を乗り出す。

 馬鹿だ、そして愚かだ。そんな愚かな人間を、来敏は知っている。


 胸が詰まり、冷えた体が熱く滾り始める。

 生きたいと胸の内が吠えるのだ。生きて、その馬鹿を叱り飛ばさなければならないと。


「諦めるにはまだ早いかもしれません。この独り言を、呟きに参った次第です」


 すると諸葛亮は来敏の反応を見るよりも前に地下牢から出て行ってしまう。

 また、一人になった。小さな灯の揺れるその地下で、来敏は胸を押さえてうずくまる。


 あの馬鹿め。

 何度も、何度も、そう呟くのであった。


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