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転生したら暗君「劉禅」の教育係になったので、僕が天下を取らせます  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志


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第1話:李仁は平穏に暮らしたい


 仕事をクビになってからの話をしよう。

 およそ七年ほどが過ぎ、僕もすっかり三十路である。


 転生ってのは前世の知識を活かして、もう子供の頃からバリバリに無双するものじゃないの?

 聞いてた話と違うぞい?


 ただまぁ、目立てばそれだけ危険も増える。無双なんてするもんじゃない。

 目立ったせいで職を失った僕が言うのだから説得力があるよね。


 それに生来の陰キャ気質。

 学び舎で将来の夢を語っていた諸葛亮グループが陽キャなら、僕は隅で本を読んでいたクソナード。


 あの諸葛亮と同門の出身なのに、仕官の誘いが七年も来ないあたりマジで覚えられてないんだろう。

 そういえば前世でもオイラ、同窓会の連絡とか来た試しがなかった気もする。悲しいね。


 そしてその間、我らが劉備軍はというと、飛躍を遂げていた。


 荊州から西に出て、益州を平定。

 つい先日に天下最大勢力たる「曹操」陣営から"漢中郡"を奪い取ったとされている。

 三国志でも有名な「定軍山の戦い」だね。おかげで最近は市勢もずっとお祭り騒ぎで景気が良い。


「李仁」


 部屋の戸が叩かれ、僕の名を呼ぶ声がする。

 ぼんやりと天井のシミを眺めながら、今日の夕食はどうしようかと考えていた思考が引き戻された。


「兄さん、どうされましたか」


 戸の外に立っていたのは、僕の大恩人であり、かつ義兄でもある「尹黙《いんもく》」であった。


 歳は七個上。なんだかずっと眠そうな顔をしているのが特徴的な人だ。

 しかしその頭脳に関してはあの諸葛亮ですら目を見張るほどの天才。


 ウチの家と兄さんの家は同じ"益州《えきしゅう》梓潼郡《しどうぐん》涪県《ふうけん》"という地にある。

 代々、家同士の繋がりがすごく深いこともあり、荊州への留学も僕と兄さんの二人で行ったほど。


 しかも劉禅誘拐事件からの免職後、学者として働く兄さんは僕を補佐の教員として雇ってくれた。

 趙雲将軍に睨まれてる元小役人なんて、誰も関わろうとしてくれないからね。恩人すぎる。


「太学の学生に読ませる用の論文がな、難しすぎると怒られた。もうお前が作ってくれ」


「え、いや、僕が"古文"とか"春秋左氏伝"とか苦手なの知ってるでしょ」


「いやいやいや、苦手だから良いんじゃないか。簡単なものにしたいんだから」


「馬鹿にされてる気がするのは気のせいかな?」


 これだから"天才"ってやつは。

 あらゆる書物を一目見ただけで暗記できるという、恐らく瞬間記憶の持ち主。

 故に兄さんは荊州に留学へ出た際も常に成績トップで、諸葛亮さんからの覚えもめでたいという。


 ただ、欠点を挙げるとするなら、これだ。

 分からないことが、分からないのだ。


 学問を理解できない他人の気持ちが全く分からない。

 それは「分からない」という経験をしたことが無いから。


 故に教育者としてはてんで使い物にならないタイプの天才。

 それがこの"尹黙《いんもく》"という御仁。


 試しに手渡された論文を流しで読んでみる。

 なるほど、全く分からん!


「ちなみにこの論文の引用元とか、注釈とか解説とか」


「うん?必要か?」


「あたり前でしょ、人に読ませる用のものでしょ?」


「なるほどな。わかったよ、筆を貸してくれ。ここで書いていく」


「それを見てから、うまい具合に作り直しておきますので」


「助かるなぁ」


 兄さんはのそのそと部屋に上がり込み、筆を手に取った。ここ益州の成都県は、今日も曇り空。

 歴史を知っている身からすると、この劉備軍の好調は、もう長くはないことが分かっていた。


 荊州を孫権に奪われ、劉備は"夷陵の戦い"に敗れ、蜀漢は滅亡の憂き目にあう。

 所謂、三国志のトラウマと呼ばれる局面。


 僕は無位無官の身。この怒涛の歴史の流れを、どうすることも出来ない立場にある。

 一人で歴史は変えられないのだ。


 このまま学者職として政治とは無関係のまま穏やかな日々を過ごすことが出来れば。

 無責任な話だが、兄さんに迷惑はかけられない。だったら僕は静かにこの世界で過ごしていたい。


「あ、そういえば李仁、良い話がある」


「なんですか?」


「お前の仕事が決まったぞ。李家の再興のためにも、無位無官のままではいられないだろう。ちなみに推挙人は私だ」


「え」


「諸葛亮殿が王太子様の側仕えの人材を探していたのでな、丁度良いと思い名前を出しておいた。何かとお前は王太子様と縁があるな」


「でも僕はあの一件以来、趙雲将軍に睨まれていて……」


「私が推挙し、諸葛亮殿が認めたのだ。何も問題はないし、将軍もいつまでも気にする様な御方じゃあないだろう」


「それはそうかもしれませんが」


「うむ。というわけで早く職に就いて、我が妹を安心させてやってくれ」


 断る選択肢など、最初からなかった。

 それほど僕はこの人に、そして尹家に、世話になっている。


 そして王太子といえば、あの「暗君」こと「劉禅」である。

 さぁ、困ったことになった。僕はこれからも静かな人生を送ることが出来るのだろうか。


・尹黙

 李仁と共に益州から荊州に移り、司馬徽や宋忠に師事したとされている。

 あらゆる経書に通じ、春秋左氏伝の研究に勤しみ、一度開いた書物は全て暗唱出来たとかいう天才。

 劉禅に学問を教授した人物の一人であり、蜀漢を代表する学者と言える。


・学問の話

 この時代、倫理規範であり政治哲学である「儒学(経学)」があらゆる学問の中核にあった。

 ちなみに"古文"や"今文"だが、古文が経書の原典を忠実に読み解く学派で、今文は読みやすく当時の言葉に書き直した経書を読み解く学派らしい。

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