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転生したら暗君「劉禅」の教育係になったので、僕が天下を取らせます  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
一章

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前日譚:劉禅誘拐事件


 三国志の世界に転生した、と僕が気付くまでにそこそこの長い月日が必要だった。

 それもそのはず。僕の名は「李仁《りじん》」。聞いたこと無いよね、少なくとも僕は無いよ。


 男の子という生き物は、人生のどのタイミングかは分からないが、どこかで必ず「歴史」にハマる時期が来る。


 僕もそんな男の子の一人であり、三国志は普通の人より知っていたはずだったんだ。

 でもね、李仁は知らん。誰だお前。


 じゃあそんな"李仁"である僕が、三国志の時代に転生したことを知ったのはどのタイミングであったか。

 そうそれはおよそ六年とか七年とか、それくらい前のことにはなるんだけど──


「隊長!そろそろ巡回の時刻ですが!」


 なんて脳内一人語りショーを垂れ流しているときに、部下の青年軍人のやかましい声が部屋中に響く。

 思わず持っていた筆を放り投げてしまい、零れた墨が今日の報告書に広がっていく。あー、残業確定!


「わ、分かったから。もう勝手にやっといてくれたりしないの?」


「隊長が"関羽《かんう》"将軍にお叱りを受けたいのであれば、それでも構いませんが!」


「絶対に絶対に絶っっっっっっっ対にチクるなよ!」


「だったら早く仕事してください!先行ってますからね!」


 前世はしがない教職にあった。今世でも勉学に励み、学者の道へ進んで平穏無事な生涯を送ろうとしていたはずなのに、どうしてこんな仕事をしているんだろう。


 李仁、現在23才。生まれは四川省、今でいうところの益州。

 そこから荊州(湖北省)に留学し、何の因果か「劉備軍」に加わることに。


 そういえばその留学先の学び舎に「諸葛亮《しょかつりょう》」が居てびっくりしたのを覚えてる。

 そこで気づいたよね、あ、ここ三国志の時代じゃねーかって。

 ちなみにビビッて話しかけることは出来なかったよ!転生しても陰キャは陰キャ!


 そしてあれよあれよと乱世の渦の中、僕は荊州のとある関所の部隊長を務めることになってしまっていた。


「巡回ねぇ。いちいち軍装に着替えるのダルいンゴ…」


 ちなみに、東西をつなぐ主要な街道や水路を監督するのが僕の仕事。

 また同時に僕の管轄するこの関所は、東の同盟勢力である「孫権」陣営の領地との最前線でもある。


 そんなわけで間者や不審者の取り締まりとか、交易の管理。

 あとは、関税の徴収とかを真面目にやる日々を送っています。


 軟弱な学者風情に、何でこんなバリバリの実務が回ってきているのか。人手不足なのかな、しんどい。


「さて、それでこれはどういうことなんだろうか」


 久方ぶりの気持ちのいい晴れ模様。

 簡易の軍装に身を纏い門の外に出たところ、そこには見慣れない数十人の煌びやかな騎兵団が居た。

 馬車もあるぞ。


 僕を呼びに来たあの兵士も、そんな騎兵集団に囲まれて明らかに慌てている。僕も慌てている。

 来客の予定なんて聞いていませんでしたけど!?


 しかも濃い黄色を基調とした旗や軍装から見るに、あれは孫権の兵だ。

 でもおかしい。孫権領は東側なのに、なんで東門じゃなくて西門に彼らが?


「責任者はどこか!」


「え、あ、はい!私めこそが関所の防衛の任を預かります、李仁に御座います!」


 馬上で威丈高《いたけだか》と声を張り上げる精兵。

 よく分からないけど、僕の現代人社畜根性がすぐさま頭を低く落とさせる。


 ヘラヘラとした笑顔を浮かべて腰を引き、ひょこひょこと呼び出されるままに前へ出る。

 情けないったらありゃしない。


 やめて、部下の皆!そんな目で僕を見ないで!


「我らは奥方様、尚香《しょうこう》様が麾下の隊である!ここを通らねばならん、すぐに開門せよ!!」


「えっと、あの、事前通告の書類などはお出しになられましたか? それか、開門の割符はお持ちでしょうか?」


「我らは孫権様の兵であり、劉備の兵ではない!何故そっちの慣習に従わねばならん!早く門を開けよ!!」


「いやいやいや、そんなん言われましても……」


 無茶苦茶な話である。

 仮にも同盟相手になんだその態度はコイツ。


 しかしあの奥の馬車、恐らくその「孫尚香《そんしょうこう》」が乗っているのだろう。

 我が主「劉備」の正室にして、同盟勢力の君主「孫権」の妹君。僕なんか木っ端微塵のお偉い様だ。


 ここで通せば、僕は門番失格。

 でも通さなければ主君の奥方に逆らってしまうわけで、後で何を言われるかも分からん。


 ……殺されるかもしらん。


「話を聞かぬなら、斬り捨てるぞ」


 ついに相手は環首刀《かんしゅとう》を抜き、僕の眼前に切っ先を向ける。

 斬りつけられれば痛いだけで済むはずもなく。


 思わず「ひぃ」と高い声が漏れる。

 情けないことこの上ないが、ヘコヘコと謝罪を繰り返すことしかできない。


 死にたくないんだ、当たり前だろう。お前達!なんだその目は!


 そんな時だった。

 遠くよりジャンジャカと銅鑼がけたたましく鳴り響き、土煙を巻き上げながら、更なる騎兵部隊がこちらに向かってきた。


 劉備軍所属を示す赤色の旗。そこに刻まれた「趙」の字が、風で揺れている。

 まさかあれは。間違いない、三国志ファン大歓喜「趙雲《ちょううん》」将軍の部隊である。


 先頭を駆ける趙雲と思わしき大柄の武人は、槍を握り、あの孫権兵と僕の間に割って入ってくれた。

 スーパーヒーローさながらの登場。助かった。僕が女だったら求婚していたまである。


「控えい!この下郎!!」


 頭が割れんばかりの怒鳴り声。

 僕に刀を向けていた男は、驚いた馬に振り落とされしまう。


 たった一言、声を張り上げるだけでこの場を制してしまった。

 当然のように僕も腰を抜かして、尻もちをついているくらいだ。


「奥方様!この趙雲がお迎えに参った!勝手に関所を越えるのは許可できません、お戻りを!!」


 すると馬車のすだれがするすると開き、そこから一人の女性が姿を現した。

 あれが、孫夫人。

 歳は僕とさほど変わらないのだろうが、しかし、なんというか人としての格が僕とはまるで違う。


 あの趙雲将軍を前にしても一切臆する様子がなく、天に向かって真っすぐと背が伸びている。

 一歩も退くまいと語る、強い目をしていた。まさに女傑である。


 そしてそんな彼女に縋りつくように、足元に隠れている小さな子供。

 可哀想に。涙をボロボロと零し、ヒッヒッとしゃっくりの様な呼吸を繰り返している。


 あの子供は。

 そうか、今日が"あの日"だったのか。


「趙雲、わらわは戻らぬ。兄上(孫権)より帰還の指示を受けた。同盟の格ではこちらが上、お前の命令は聞かぬ」


「なれば阿斗《あと》様をこちらに」


 趙雲が手を伸ばすと、夫人は両手を広げて立ち塞がった。


「阿斗はわらわの子供じゃ。母と子を、部外者のお前が何故引き裂ける!恥を知れ!!」


「恥を知るのは貴様だ!自分の腹を痛めたわけでもなく母を騙るなど片腹痛し!紛い者の立場で、何故、父と子を引き裂かんとする!!」


 おうおう、現代日本でこんな発言をしようものなら、SNS上で燃えに燃えそうだ。

 しかし、それでも孫夫人は一歩も退かない。

 怒鳴り声を張り上げるあの趙雲将軍に、喰って掛かる勢いである。


 将軍も馬から降り、ずいずいと近づいていく。

 孫夫人も、泣きじゃくる劉禅を自らの背後に置いて、趙雲に怒鳴りかかった。


 劉禅はただの子供ではない。英傑「劉備」の嫡男。

 それを引き剥がすなんてことはあってはならない。これはこの時代の道理だ。


 孫夫人もそれが分からない立場ではないだろう。

 しかし、意地になっていた。


 あれは母としての意地。実の子ではない、それでも初めての息子。

 息子のために今、彼女は命を張っているのだ。


 そして趙雲将軍も劉備に仕える将としての責務がある。忠義がある。

 だからこそ二人は退けないでいた。



 でも、でもさ、それでいいのかよ。

 尻もちをついていた腰を上げて、砂を掃う。何故だろうか、沸々と怒りが込み上げてくる。


 あの二人の意地は、分かる。でもそれは大人の事情じゃないか。

 大人達の怒鳴り声と、子供の泣き声。

 みんなは将軍と夫人を見ていて、だれもあの子に目を向けちゃいない。



「──いい加減にしろよ!!!!」



 完全に完璧な部外者の怒鳴り声で、一気に場が静まり返る。

 やってしまった。

 みんなの視線が僕に集まっているのが分かる。趙雲なんて、僕を殺す勢いで睨んでる。


 確かに、平穏無事にこの世界で長生きしようと思うなら、このまま黙っていた方がマシだった。

 どうせ歴史通りに事が運ぶのなら、劉禅は無事に趙雲に保護されるのだ。


 それでいいじゃないか、何も問題は無い。

 だったらどうして僕はここで声を挙げた。何故危険を冒す。


 そんなの、決まっている。


 前世はしがない教師。辞めたいと何度も思ったけど、結局病気で死ぬまでは勤め上げた。

 これは僕の唯一の誇りだ。そのちっぽけな誇りが叫ぶ。

 目の前で子供が泣いていて、手を差し伸べない"教師"があるか!と。


「その口論は、それは泣いている子供を前にしてまでやることなのですか?」


「下郎!貴様の出る幕ではないッ!殺されたいか!?」


「将軍、お願いします、この子の気持ちも汲んであげてください……」


 劉禅に歩み寄り、頭を撫でる。まだ五歳くらいじゃないか。

 こんな子供を放っておいてまで、大人同士が喧嘩なんてして良いわけがないんだよ。絶対に。


「怖かったな」


「ウッ、ッ、ヒッ」


「もう大丈夫だ。よく頑張った。偉いな、少年」


「ッ、ウ、ウン。うんっ!」


 赤くなるほど目をこすりながら、劉禅は何度も頷く。強い子供だ、と率直にそう感じた。

 我慢しようとしている。怖くて不安で仕方がないはずだろうに、強く在ろうとする意思が見える。


「は、母上ぇ"っ!」


 叫ぶように、ダミ声を張り上げる子供。

 母は思わず駆け寄り、我が子を抱きしめた。


 劉禅は涙を流すまいと顔を上げ、真っ赤な目で青空を見ている。

 夫人は目を閉じ、滂沱の涙を流していた。


「阿斗は、ちっ、父上をっ、お支えしますっ!」


「うん、うんっ」


「なので、ごめんなさい、母上。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 また、我慢できずに涙が溢れだす。

 夫人はそんな息子を一層強く抱きしめ、何度も頷いていた。


「阿斗、わらわの可愛い坊や。あんなクソ親父より、もっと強くて、もーっと立派な男になりなさいな」


◆


 劉禅。それは「暗君」の代名詞にもなるような、情け無い男の名として歴史に刻まれている。

 数多の英傑達が血を流し、命を懸けて築いた「蜀漢《しょくかん》」という国。

 劉禅はそれをみすみす滅ぼしてしまった男だ。


 享楽に耽り、政務を疎かにし、宦官に耳目を曇らされ、国が滅びても笑っていられるような、そんな人間。

 歴史書「三国志」では、こう評されている。「白い糸は染められるままに何色にも変ずる」と。


 かくいう僕も、今の今まで劉禅を暗愚なヤツだと思っていた。

 しかしあの日に見た「あの子」は強かった。


 自分の言葉で母に別れを告げたあの子を、もう暗愚だなんて思えない。

 良い教育者に恵まれてくれればと、正しい道に進むことが出来ればと、そう願わずにはいられない。


 ちなみに僕は後日、趙雲将軍に生意気な口を利いたということで免職処分になりました。

 処刑されなかっただけマシなのだとか。


 不当解雇って概念は無いのかな、とほほ。


・李仁

 正史三国志において彼の列伝は無く、記録もほとんど残されていないし、ウィキもない。

 残っている記録と言えば「尹黙と共に荊州に留学したこと」と「李譔の父である」ということのみ。

 この李譔は父から「経書や算術・占術・医術・兵器工作などの実学を受け継いだ」とされているぞ。

 もう一度言うけど、李仁の記録はほとんどない。ほんとに誰なんだ。


・劉禅

 言わずと知れた暗君、暗愚、無能の代名詞。言い過ぎである。

 ちなみに作者は劉禅擁護過激派ではあるが、じゃあ名君かと言われるとお茶を濁したくなるのだ。

 良くも悪くも何もしてない。おかげで内部分裂みたいな問題も起きてない。

 問題起こしまくる君主がこの後の歴史でわんさか出てくるので、それよかマシだとは思うんだ。


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評価は広告の下の「☆☆☆☆☆」を押せば出来るらしいです(*'ω'*)

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