第18話:馬謖は李仁に仕事を任せる
費禕に手を引かれるまま、僕が連れていかれた先は諸葛亮の管轄する"尚書台"であった。
この国の行政を一手に担っている中枢も中枢の機関であり、バリバリのエリート官僚の集う場所。
蜀漢はこの尚書台に職務が偏重しており、正直、各大臣などは学者達のお飾りのような役職に近い。
つまりそれだけ諸葛亮という人間が全てを担っていたと言えるわけで。やっぱり化物だよね、あの人。
「じゃあ李仁さん、ちょっと待ってて、呼んでくるから」
費禕は行き交う官吏たちと笑顔で挨拶を交わしながら走っていった。
それにしてもさっきまで即位の式典をやって、大臣達は祝宴会とかに移ってるのにここはもう仕事か。
本当にいつ寝てるんだろうって働き方をしている人ばっかりなんだろうな。恐ろしい。
他所にお邪魔して、隅っこで白湯を啜りながら肩をすぼめて待つワイ。
とにかく目立たないように、皆様のお邪魔にならないように。観葉植物になり切るんだ。
「なにしてんすか」
「あ、費禕、おかえり」
何って、邪魔にならないように隅っこで体育座りして白湯を啜ってるんですが。
「というわけで連れてきました、馬謖さんです!じゃ、俺は宴会に行ってきます!」
「では李仁殿、別室へ。詳しい話はそっちでしましょう」
「あの、費禕はほっといて良いんですか」
「あれは特別です。自分の仕事は全部やってから遊んでるので、こっちも文句は言えません」
費禕の好き放題に何の関心も示さず、馬謖は無表情のまま淡々とそう答えた。気まずい。
でも何で特に面識のない馬謖さんが僕を呼んだのだろうか。うーん、意図が読めない。
そして今度は馬謖に連れられるまま、官吏たちの集うオフィスから静かな応接間へ移動。
机を挟み、対面に正座で向かい合う。ちなみにここまで一回も馬謖とは目が合っていない。
ずーっと手元の書類資料を見ているばかりで、どうも取っつきづらい印象を受ける。
「では時間もないので簡潔にお話しします」
「あ、はい、お願いします」
「陛下の即位により、殿下は"皇太子"となられます。そして太子妃となられるのは、張飛将軍の御息女です」
「えーっと、確か名前は」
「張彩様、です」
張飛の妻は、魏の宗室である夏侯氏の女性。
そして張彩さんはその娘さん、だったっけ?
劉備は低い身分からの叩き上げなので、一族による助けがほとんど受けられず、身内なんて皆無に等しかった。
また漢室の血統とは言っても別に名門出身でもない。
故に劉禅の婚姻は蜀漢王朝の今後を考えると極めて重要だ。
その権威付けのためにもやはり関羽や張飛のような建国の大功臣から正室を迎えたい、という意図があるわけで。
「皇太子殿下と張妃様の良好な関係は、今や国家に関わる重要事。なので李仁殿にはその仲を取り持っていただく」
「二人の仲を、え、それはつまりどういう?」
ようやく馬謖と目が合った。眉を顰めて目を細め、とにかく分かりやすく僕に呆れている表情。
そして溜息をつき、また資料に目線を戻す。もしかして僕、物分かりの悪い奴だって思われた?
「だから、皇太子様と太子妃様の良好な関係は国家の重要事であり」
「いや、その、そこは分かってるんですよ。その上でなんで僕がその仲を取り持つのか、というか、二人って関係悪いんですか?」
「そこからですか。太子様の信任が厚いと聞いていましたが、この話を知らなかったとは」
「す、すいません」
「宦官らの話によれば、あまりご関係はよろしくないとのこと。幼いころは親しくされていたのですが、近頃はあまり顔を合わせず、会っても喧嘩することが多いのだと」
喧嘩、あの劉禅が。
確かに内弁慶な性格ではあるけど、喧嘩はむしろ避けようと気遣うタイプのはず。
でもこうして馬謖がわざわざ仕事として僕に話をしているわけだから、本当の話なんだろうな。
「とにかくこれを何とかしていただきたい」
「何とかって、具体的に何をすれば」
「何とかしていただきたい」
「……はい」
怖いよこの人。
諸葛亮と居る時はもっと雰囲気とか柔らかかったじゃん!
「あとは、こっちは先生(諸葛亮)からの依頼です。次の戦で張飛将軍は先鋒の大将を担われます。太子様と太子妃様にはその激励をしていただくことになっており、李仁殿もご同行を」
「えーっと、ということはつまり、それまでの間に関係を上手いこと取り持て、と?」
「左様。では話は以上です。お疲れさまでした、お帰り下さい」
呼びつけられて、さっさと追い出されて。
馬謖お前、そういうところだぞ。
はてさて困ったことになった。来敏の件もそうだけど、更に厄介事が。
いやぁ、言っとくけど僕、前世では未婚の非モテ陰キャだからね?
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