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転生したら暗君「劉禅」の教育係になったので、僕が天下を取らせます  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章

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第16話:飛輪は夜空を晴らす


 もう、見捨てるしかないのだろうか。劉禅に「すまない」と言うしかないのか。

 思い出すのはやっぱりあの日のことだった。劉禅と初めて出会った、あの日。


 再び、劉禅は失うのだ。母だけでなく、ようやく歩み寄れたはずの学問の師も。

 あの日、母と別れて泣いていたあの子供の涙を、僕はまた止めることが出来ないのだろうか。


「李仁さん、兄上はもうお帰りになりましたよ」


「あ、あぁ」


 戸を開き、飛輪さんは軽やかにぴょんと跳ねて、そのまま僕の隣に座った。

 めいいっぱいに開かれた扉の外には中庭が広がっていて、夜の空が屋根の上に見える。


 鯉の泳ぐ池にはちろちろと水が岩を伝って流れていて、晴れた日にはあの水面に月や星が映るんだ。

 残念ながら今映っているのは疎らな星がぽつぽつと。あんまり綺麗には見えなかった。


「あら、ぜんぜんお酒が残ってるじゃありませんか」


 嬉しそうにそう言うと、飛輪さんは"とっくり"を手に取って、兄さんの盃に並々と注ぐ。

 それをキューっと一息に飲み干し、満面の笑顔を僕に見せつけてきた。


 胸の内の靄《もや》を晴らすような、これぞ晴れ女。

 思わず僕も噴き出して笑ってしまう。


「ははっ、本当に酒が好きなんだね」


「お酒も、ですよ」


 僕もまだ残っている酒を口に流して、飲み込む。

 思っていたより少し量が多くて、鼻から抜けるアルコールにちょっと驚いてしまう。



「そういえば私、兄上と李仁さんが荊州に移ってしまってから、こんな夜が本当に大嫌いになったの。あ、今は違うんだけどね」


「それは初めて聞く話かも。でも、どうして?」


「……明日、もしかしたら二人が帰って来てるかもって。そう思うのにも少し疲れてきて、そしたら、怖くなって」


 もしかしたらもう二度と会えないのかもしれない。

 夜はその孤独の輪郭がはっきりと浮き出てしまう。


 寂しそうに、飛輪はそう語る。

 幼いころから隣の家同士ってこともあって、よく遊んでいた間柄だった。


 でも彼女は一人だけ置いていかれてしまった。その孤独は、どれほどのものだったのだろうか。

 そして益州では大乱が起き、僕の李家は潰されて、尹家も苦しい立場にあったのは確かなんだ。


 飛輪はその間も僕たちを待ち続けていた。

 暗い夜に苛まれながら。


「でもそういうときこそ、上を見るの。天はどこまで行っても繋がっているから、もしかしたら兄上や李仁さんも同じ月を見ているかもしれない、って」


「……僕も同じだ。たまに月を見上げて、故郷のことを思い出していた」


「だから少しだけ不安が紛れたのかもね。貴方と、同じものを見ていたから」


 それが今、こうして隣に座って酒を飲みながら、同じ夜空を見上げているんだ。

 奇跡みたいな話だな。この奇跡を壊したくないなって、当然のようにそう願ってしまう。


「李仁さん」


「うん?」


「兄上と何を話されていたのか、私にはよく分からないわ。でも、私は李仁さんのやりたいようにやるべきだって、そう思うの」


「飛輪……」


「貴方はそういう人だもの。優しくて、真面目で、ちょっと変な人。大丈夫。何があっても私は貴方の味方だから」


「本当に、本当によくできた奥さんだなぁ」


「あら、嬉しい」


 守らないといけないと思っていたけど、いつの間にか僕も彼女に守られていたのか。

 心地の良い風が吹き、飛輪の揺れる髪が僕の頬や首をくすぐる。

 何故だかそれが可笑しくて。嬉しくて、涙が滲む。


 僕も、良い夫であろう。そして良い師であろう。


 どちらかを選ぶしかないのではなく、どちらも守ると。

 隣の冷えた細い手を、僕は握りしめた。


◇


 そこからの日々はめまぐるしく変化し、三国志は激動の情勢を迎える。


 関羽が孫権に討たれた後、間もなくして劉備の宿敵であり、この時代の覇者"曹操"も没した。


 そんな中、劉封は魏の援軍の助力を受けた孟達に敗れ、上庸郡を失うことになった。

 劉封。男子の居なかった劉備が養子に迎えた、勇猛果敢な若武者であった。


 しかしその劉封は腹心"孟達"の離反を招き、上庸を失い、関羽の救援にも向かわなかった。

 また劉禅の将来を脅かす可能性をも危ぶまれたために、結局、斬られてしまうのだ。


 趙雲や来敏も獄に繋がれ、劉封も斬られ、もう表立って劉備に逆らう者は居ない。

 また不運なことに、劉備の信任を得ていた参謀"法正"や、名将"黄忠"も病没してしまった。


 彼らを失った悲しみが、更に劉備の怒りを募らせた。

 自分が劉封を斬らないといけなくなったのも、法正や黄忠の病死も、全て孫権が悪いのだ、と。


 しかしすぐに荊州奪還へは動かない。

 それよりも重大な案件が急遽、発生したためだ。


 曹操の跡を継いだ"曹丕"が、漢王朝四百年の歴史に幕を下ろし、魏王朝の皇帝に即位するべく動き始めたのだ。


 その報を受け、劉備もまた皇帝の即位に急ぐ。

 漢の滅亡を認めないために。曹丕の即位を否定するために。


 こうして蜀漢王朝が建国されるのだ。


 いよいよ、三国時代が始まる。


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