第14話:劉禅は親子で食卓を囲む
あの同僚の熱血筋肉は、いつも以上に暑苦しかった。
諸葛亮から期待されているというのは、やはり皆の士気を挙げるものなのだろう。
まるで自分が東宮の管轄者であるようにキビキビと駆けまわり、あっちへこっちへ。
兄さんも別にそれを咎めはしない。
むしろ代わりに仕事をやってくれて助かるといった風であった。
「李仁、今日のところは太子様に近侍していてくれ。費禕が引き抜かれてしまったから、お前が代役だ」
「わかった。でも兄さん、これからどうなるんだろうね」
「諸葛亮殿が心配するなと言っているのなら、そうすべきだ。李仁、変なことを考えるなよ」
「変なこと?」
「お前は変に生真面目だ。そのせいで危ないところに首を突っ込む癖もある。しかし、今回ばかりは自重しろ」
「……う、うん」
そういえば今日の兄さんは、珍しく眠そうな顔をしていない。
少しだけ「怖い」と感じた。でも、そういう情勢である。
これからこの国は大いに崩れる。
嫌でもその気配を皆が感じているのだ。
すると忙しなく廊下を行き交う宦官が一人、こちらにパタパタと近寄ってくる。
随分と線が細く瞳の大きい、美少女と見紛う少年だった。
肌はやや色黒で、鼻の低い童顔である。
恐らく南の少数民族から奴隷として連れてこられた子供なのだろう。
「あの、すいません、ちょっとだけ話が聞こえてしまいまして。その、王太子様のことなんですけど」
僕と兄さんの顔を不安そうに交互に見ている。
なんだろう。マルチーズって犬種を思い出してしまうな。
「僕が王太子様に近侍する李仁だ。それで、太子様に何か?」
「いえ、本日は太子様に面会することは出来ないんです。急な用件でしたので、これからご報告しようと」
「え、何かあったの?」
「本日は漢中王殿下が太子様を後宮へお呼びになっております。ご帰還は夕刻になるだろう、と」
◇
父と息子、親子水入らずの食事。弟達も義兄も居ない、自分だけの特別扱い。
劉禅はこの時間が本当に苦手だった。嫌い、と言ってもいい。
決して広くはない机に対面で座り、いっぱいに並べられた食卓を静かに箸でつつく。
綺麗に髪と髭を整え、背筋をまっすぐに座り、器用に焼き魚の身をほぐしていく父"劉備"。
居心地が悪い。
劉禅は震える手で塩漬けの山菜をつまみ、米の上に乗せて口に運ぶ。
「最近、勉学のほうはどうだ。励んでいるか?」
「は、はい」
「そうか」
干した川魚は身が固く引き締まっているが、噛めば噛むほど味が染みだしてくる。
骨が多く箸でほぐしにくいのが難点ではあるが、劉備は綺麗に真っすぐの背骨を皿に残していた。
会話が続かず、かちゃかちゃとした音だけが二人だけの広い部屋に響く。
劉備がこういう機会を設けるのは、決まって大戦の前だった。
また戦争が始まる。劉禅は口の中の小骨を噛み潰し、無理やり呑み込んだ。
「禅、父はまた戦に出る。今度の敵は孫権だ」
「ご武運を、お祈りしています」
「成都の留守を預ける。父に何かあればお前が国を継げ。分からぬことは孔明に聞くといい」
「承知しました」
あらかた目の前の食事を平らげて、劉備は盃に自分で酒を注ぐ。
水のように透き通った綺麗な酒である。それを一息に飲み干した。
それを待って劉禅もまた箸を置き、思い切って体を前に乗り出す。
「あの、父上っ」
「なんだ」
「趙雲と来敏を、獄に繋がれたとお聞きしました」
「あぁ、その話か」
大した話ではないという風に表情も変えず、劉備はまた酒を注ぐ。
劉禅の頭はそのことでいっぱいであった。
激しく胸は鼓動し、手足の先にじわりとした痺れを感じる。
「そういえばお前は趙雲を殊の外慕っていたな。安心しろ、少し反省させるだけだ。戦が始まる前には復帰させる」
「そ、そうですか。良かった。では、来敏も」
「ん?あぁ、あれは駄目だ。戦の前に処刑する」
「……え?」
再び酒を一息に飲み干し、劉備は追いかけるようにひょいひょいと豆を口に放る。
真っ白になる思考を無理やり働かせ、劉禅は小さく「どうして」と掠れた声を出した。
明らかに動揺している息子の顔を不思議そうに見つめ、劉備は右の親指を立てる。
「不遜な物言いをした、この一点に尽きる。正論を吐くだけなら構わないが、立場を弁えぬなら殺す。当然の話だ」
「で、ですが来敏はああいった性格なのです。そこに目を瞑れば学識豊かな得難い才人で」
「来敏はお前にも不遜な物言いをしたそうだな。宴席の場でも、お前に頭を下げさせたのだろう?」
「ちっ、違う!それは私が来敏に対して非があったせいで!」
劉禅の言葉を遮るように、劉備は豆を掴んだ箸をその眼前に突きつける。
「そういう話じゃない。来敏はお前を軽んじた、そして衆目の面前でお前に頭を下げさせ、この父にも無礼を働いた」
殺意の籠った英傑の気迫は、気弱な子供を容易く黙らせた。
事実がどうかは関係ない。劉備は来敏を殺したいのだ。
全ては、この頼りない息子のために。
「あとは、父に任せよ。お前は何も気にするな。勉学に励め、良いな」
「……」
「良いな?」
恐る恐る劉禅が頷くのを見て、劉備は突き付けていた豆を食べる。
それから互いに一言も会話をすることなく、親子の食事は終わったのであった。
・焼き魚
海から遠く離れた益州なので、恐らくは淡水魚でしょう。
ちなみに中国では「四大家魚」という、池で養殖可能な四種の食用魚が有名だ。
ただ唐代以前は鯉が最も馴染みのある淡水魚で、鯉も含めて五大家魚と言ったりもするとか。
---------------------------------------------------------
面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。
評価は広告の下の「☆☆☆☆☆」を押せば出来るらしいです(*'ω'*)




