第10話:李仁は飲みにケーションを図りたい
蜀の四相、という称号を聞いたことがあるだろうか。
これは三国時代の一国「蜀漢」を支えた、四人の名臣を指したものである。
四天王みたいな感じで、オタク心をくすぐるよね。
三国志オタクの僕もこういうの大好き!
ちなみに一人は言わずと知れた「諸葛亮」であり、そこに「蒋琬」「費禕」「董允」の名が並ぶ。
董允がトレーニーだったことには少し僕も驚いたけど、他の三人はきっとちゃんとしてるはずだ。
「どうも初めまして、義兄の董允より話は聞いています。太子庶子(太子に近侍する側近職)の"費禕"です。どうぞお見知りおきを」
「こっ、これはこれはどうもご丁寧に。太子厩長の李仁です」
やったね!期待通りのちゃんとした人だ!
歳は僕や董允よりも2つ下、物腰柔らかなイケメン。
全身から溢れるエリート感にたじたじになってしまう。
とにかく笑顔が自然なのだ。こういうイケメンはモテる。
僕とは真逆だ、悲しくなってきた。
「いやぁ、宴会、俺もやりたいと思っていたんですよ。同じことを考えている方が居て、めちゃくちゃ嬉しいっす」
「あ、まぁ、やりたいというかなんというか」
「そういえば李仁殿は、尹黙殿の義弟でしたね。私も董允と義兄弟の契りを結んだ、言わば義弟の立場。同じ弟分同士、仲良くしましょう!」
ササッと手を取られ、ぶんぶんと大袈裟に振りながらの両手握手。
そしてハッキリとした感情表現。
人の懐に入るのが上手すぎる。
これが諸葛亮も文句なしに認めた、次世代筆頭の天才政治家"費禕"か。
僕が東宮に出勤するやいなや駆け寄ってきた辺り、もしかして早くから待っていたのかな?
そう考えるとこの人当たりの良さは天性のものか。
営業職だったら伝説的な売り上げとか出しそう。
「いやぁ、義兄上もそうですが、ウチのお偉いさんは堅物ばかりで宴会もあまり出来ない空気があって、窮屈だったんですよね。今回は俺と李仁殿で、東宮をパーっと派手に盛り上げちゃいましょうよ!」
「別にそんなに派手にするつもりは」
「楽しいことが嫌いな人なんていませんからね!これから一緒に働く仲間達、来敏殿も酒と美食と音楽と妓女を揃えれば心をお開きになるはず」
「あの、話を」
「手配は万事この費禕にお任せを。大丈夫、諸葛亮さんにも根回ししておきますから、怒られることもナシ!では!いやっふーぃい!」
ちくしょう!話をあんまり聞かないのは董允と同じか!
◇
費禕は恐ろしく手際よく手配を進めたらしく、話を出して僅か三日後には全ての準備が整ってしまっていた。
東宮にて開かれる懇親会のような宴席。
招待されたのはその東宮の主だった官僚らで、それほどの大所帯にはしていない。
やっぱり戦時に大々的な遊興は聞こえが悪いからね。
その辺りへの費禕の感覚は、流石の鋭さと言えるだろう。
およそ三十人ほどの集まりの宴会。
一般の官吏たちには早めに帰宅できるように話をつけているし、不満の声も一切上がっていないのが本当に凄い。
もしこれを僕が一人で進めようとしてもこうはならないだろう。
董允曰く、費禕は遊びに常に全力の性格をしているらしい。
よーし、じゃああとはもう全部費禕さんに任せりゃ良いや!
なんて思っていた時期が僕にもありました。
「兄さんっ、尹黙兄さんっ!?」
「ムニャムニャ」
駄目だ、僕の隣に座る兄さんはまだ宴会が始まっていないタイミングで居眠りへ漕ぎ出してしまった。
兄さんの対面の上座に座る来敏は苦々しくそんな兄さんを睨みつけている。
マズい!この寝坊助!スカポンタン!
「すっ、すいません、へへっ」
「いつも尹黙は眠そうだが、些か怠けとるのではないか?」
「兄さんはちょっとお酒に弱くてですね……」
「まだ盃に酒は注がれてないはずじゃが」
記憶力がとんでもない分、兄さんはその気になれば一日中眠れるほどの超ロングスリーパーであり、常に眠そうなのもそのためだ。
ただこの時代にそんな医学的な言い訳が通用するはずもなく、僕はひたすらに取り繕う笑顔を浮かべるしかなかった。
しかし来敏さんがすんなりとこうして来てくれるのもまた意外であった。
気難しい性格だから当然嫌がると思っていたのだが、費禕さんが言うには二つ返事でOKだったらしい。
逆に尹黙兄さんを説得する方が大変だった。
まぁ、早く帰って大人しく寝ていたい人だからねぇ。
「あ、ど、どうぞ」
まずはお酌だ。
僕は卓上の急須を手に取り、急ぎ来敏さんの盃に酒を注ぐ。
その間にも食事が運ばれてきて、彩の鮮やかな食卓となっていく様子は、何だか見ていて楽しくなる。
気づけばもうあちこちの卓で宴会は始まっているらしく、それを見て来敏さんは盃をグッと煽った。
「李仁」
「はいっ」
「今回の宴席の食事、色々と口を挟んだみたいじゃな」
「え、あ、す、すいません」
全てを費禕に任せてばかりでは心苦しくてね。
料理にひと手間を加えるのが好きなこともあって、ちょっとだけ料理に口を挟ませてもらったのだ。
そういえば東宮の食糧事情を管轄してるのも来敏さんだったな。
ヤバイ、そこをすっかり失念していた。
「フン、羹に浮かぶこれは、お前の入れ知恵か」
来敏が指をさす羹の椀。
無駄な具は少なく、羊肉とジュンサイだけのシンプルなお吸い物。
そこに花の形に飾り包丁を入れた小さな大根が2つ、ぷかぷかと揺れていた。
「これは大根か。器用なものじゃな」
「少しでも皆さんに喜んでいただければな、と。厨房の方々に協力してもらいつつ、勝手ながら小細工をしました」
この時代、まだまだ伝来していない食材や調味料も多く、どうしても具材の良し悪しだけが食事の評価になりがちだった。
でもそんな時代だからこそ、飾り包丁でも入れて見栄えを楽しむことが出来れば、と思い至った。
たぶんこれは日本人的な感覚ってやつなのかもね。
羹だけでなく、浅漬けや煮物、各所の料理に遊び心の飾りを配した精一杯の小細工。
しかし気まずい。来敏は相変わらずのしかめっ面アオブダイ。
色とりどりな食卓を睨み、不機嫌そうに羹を啜る。
ポリポリと、綺麗に飾った大根を遠慮なく噛む音だけがやけに大きく聞こえる気がした。
あと兄さんは本当に寝てしまってるなコレ。
「遅れて申し訳御座らん、義弟の挨拶回りに付き合わされてしまいました」
「えへへ、来敏殿、李仁殿、お待たせいたした。あれ、尹黙殿はもう酔い潰れてしまったんですか?」
「いやこやつは一滴も──」
「はい、酔い潰れてしまったみたいです」
来敏の言葉を遮って、適当に話を合わせる。
うん、そういうことにしておいたほうがいい。説明が面倒だ。
すると費禕は一つも臆することなく来敏の隣に座って、ささっとお酌を。
そして董允が僕の隣に。
(李仁殿、ここは義弟に任せよ。良い頃合いで、手筈通りに)
相変わらずムワっとした熱気を漂わせ、董允は静かに耳打ちをしてきた。
そう、僕たちだけで来敏殿と打ち解けてもあまり意味はない。
主役の登場が、まだなのだ。
震える手で自分の盃に酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。
・費禕
諸葛亮没後の蜀漢を支えた名臣の一人。異常に仕事が出来る天才タイプ。
山盛りの仕事を午前中に終わらせて、午後は宴会とか遊びに時間を使っていたとか。
また距離感が近すぎる人柄らしく、おかげで若くして政界で名を馳せたのだろう。でも……
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