「贄なるもの 十九」
◆
「やあ。また会えたね、嬉しいよ!」
「……嘘だろ?」
おれは本日二度目の邪神との再開を果たした。
……早くない? おれは苦言を呈した。
「昨日の今日じゃない?」
「不躾じゃない?会えて嬉しい、くらい言えないの?怒っちゃうよ?」
普通さぁ……神話とか英雄譚で見聞きするに、神と対話するとか、人生の節目みたいなイベントだろ?
頻度が短すぎないか?神の威厳とかないのか?神様じゃないんじゃないか?こんな、近所のオッサンが体操してるのを見かけるくらいの頻度でポップされても、ありがたみがないんだよなぁ……。
ニッコリ。
白い衣を古代人みたいに体に巻き付けた、天使じみて目鼻立ちの整った幼子が片手をあげて微笑んでいる。
胡散臭い。
魂を喰うタイプの邪神だ。その微笑みを信じることはできない。
近寄る。
俺は古代都市にしかないような高層建築物の屋上にいた。地面が霞んで見えない上層。あの神域ではなく、突き抜けるような青空だ。
……詐欺か?
だいたい、いかにも良い印象を持たせようとしているのは、なんであれ、裏側がグロテスクな感じになっているに決まっているのだ。昆虫の裏面しかり、人間のB面しかり……
「いい風だねぇ。ほら、座ったら?」
「………………。
…………………………でわ」
屋上の端から両足をたらしてぷらぷら虚空で遊ばせる子供に、おれは思いっきりしかめ面をしてみせた。
風が髪をなぶっているのを、邪神は片手で抑えて上目遣い。
……しゃむに屋上から蹴り落としたくなる。
「もお。そんな顔をしないで。まるで人を面倒事みたいに。まったく、失礼しちゃうね。話しの通じない相手と二人きりになってしまった、みたいな顔をされて傷つかないわけがないだろう? 社交というものは話の通じない相手と段階様式を共有して話せるから意味があるのさ。きみ、社交を学び給えよ」
なにが社交だ、馬鹿じゃねえのか。
傷つくだけの人間性もないくせをして。
ポンポンと隣を叩く邪神をすこし見つめ、おれは諦めて着席した。
本能的に抵抗してみたが、やはり抵抗は無意味だ。従うしかない。
「いやあ、きみを守護する聖なる女神としてぼくも鼻が高い。
今回、たくさんの命を捧げてくれたおかげで、縁はより強固になった。
一つの〈異界〉をめちゃくちゃにして、人間もたくさん殺してくれたね!!!
褒めてあげよう、大金星というやつだね!!」
……おれ、人間たくさん殺しちゃったの?
ちょっとショックを受けかけたが、よく考えたら自分がなにかをやったという自覚など一切ないので、気にしないことにした。無関係だ……おれは無実だと思う。だいたい、証拠とかないだろ? 自分のやったことでさえ責任を感じるかは五分五分なのに、ましてや記憶にないことなど知ったこっちゃない。
「えへへ、ご褒美として招いてあげたのは、この気持ちの良い景色をみせてあげたかったんだよ。ここにきみを傷つけるものなんてありはしないんだ……」
……この女神、マジで言ってんのか?
隣で足をプラプラさせている生き物がこの世で一番恐ろしいのだが、言ってもしかたがないだろう。
たしかに良い景色。
雲が近く感じるような高層建築の屋上。物珍しく、高い山の上にのぼったような爽快感がある。
着古した外套の内ポケットをさぐると、葉っぱを巻いたやつがでてくる。
エーテルで指先に火を灯し、何年かぶりの煙を吸う。
「ふー……」
「ルジョン草のエーテル煙草? 一つアドバイスしていいかな?エーテルを含む植物をそのまま炙って吸うと寿命が縮むよ?」
「ふー!」
子どもの顔に煙を吹きかけたが、微動だにしない。
どんな嫌なやつもこの攻撃は一定の効果があるのだが、やはり紫煙など邪悪には通じないのだろう。
子供はジト目になった。
「いやね?
これは本当にアドバイスしたいだけなんだけど?
ルジョン草は寄生植物だ。
エーテルに中毒した動物の体質を変えて、目に見えない微細な種を蒔き、体中に根を張った宿主を殺してしまったあと、発芽して栄える神秘の植物。
栄養、吸い取られるよ?
墓に生える煙草、って聞いたことがない?
なんでわざわざそんなもの吸ってるの?』
「ぶはっ!ひえっ!知らなかった!」
おれは煙草を屋上からぶん投げた。
オレンジの光がヒューと地上の町並みに落ちていく。途中で消えたので、やはり偽物の景色。
「うんうん、また無知な者に知識を与えて、高邁なる神徳を積んでしまったようだね。どう?ぼくも役に立つでしょ?」
「クソ、余計なこと教えやがって……。そんなコト知らないままでいたかった……悲しい真実なんて知りたくなかったんだ!え?エーテル遣いの墓になぜかよく生えるあの葉っぱ、寄生してたの?死因だったの?ショックだわぁ……」
煙草なんて嫌いだ。
おれは即席の嫌煙家に変身した。
死んだ仲間の墓参りにいくとよく生えていたルジョン草をつんで、縁起の悪い煙草だとか言ってみせて格好良く紙巻きにして吸っていたアホすぎる自分を悔やんでいると、子供はニヤリと笑って立ち上がる。
パンパンと膝をはらう。
子犬みたいにちみっこい。そのへんを遊んでいる子供にしか見えない。真っ黒な髪を風にたなびかせ、腰に手をあてて得意げである。
見た目だけなら蹴り飛ばすのに躊躇する相手だし、それを意図して子供の姿をしているのだろうが、おれは細かいことを気にするタイプではないので、全力でボールみたいに蹴るとどれだけ爽快かを考えてしまう。傷つけてはいけない弱い姿に、暴力衝動を誘発されているのかもしれない。人を痛めつけて喜ぶケダモノみたいな人間の気持ちがすこし理解できる。邪神をみるように、やつらは人間を邪悪な存在だと本能的に感じているのかも知れない……
「みてみて!」
パッと白い帽子をとりだし、かぶってみせて上目遣いをする子供。
陽光の下だと、愛らしさのある姿だが、これも詐術の一種なんだろう。
神域の姿を知っている。嫌悪感しか抱けない。なのに、こうして接しているとそのうち敵視することが難しくなるのだ。卑劣なトリックだ。
「さて、本題に入ろうか。
きみは……ぼくに恩があったね?」
「ないと思う。話はあとにしてくれ。おれは、あの葉っぱの危険性を全人類に周知したい気持ちでいっぱいだ。え?マジで?って気持ちに支配されている。
おのれルジョン煙草め。……いや?合法的に周りにいる人間を殺傷する武器として考えればこれ以上のものはないのか……?人類を虫みてぇに煙でいぶして迂遠に寿命を削る武器としての煙草……そういう考え方もあるのか!」
「いや……そんな邪悪なものでもないけどね……
わかってるよ。
照れているんだろう?
我が地上の手足。逆光の寵児よ。
今回呼び出したのは、喫煙ならぬ喫緊の課題があるからなんだ。
ちょっと頼みたいことがあるんだ。ね?」
「………………」
無言でぷいと首を背けると、がしっと顎と頭を捕まれ、人外の膂力でシェイクされた。
「……そう!頷いてくれるの!」
「ムチウチになるだろうが!ちょっとは交渉してるふりしろ!」
「これがぼくの社交。交渉術だよ。
──あのね、頼み事があるんだ。
麓の谷底の集落に、死なれると困る人間がいる。このままだと死んじゃうみたいだし、帰り道に助けてあげてくれない?
なに。
キミは不幸な経緯からぼくを警戒してしまっているみたいだけど、頼みたいことはそれだけ。
人助けというやつなんだ
……いうなればボランティアともいえるだろう……!
功徳を積むと思って。
ね?」
人助け。ボランティア。功徳。
なんて怪しい言葉なんだ。人助けをしたいと寄ってきた善良な人間をなんらかの形で利用しようという食虫植物じみた印象しか感じ取れないワードチョイスである。
それに、この邪神の助けたい相手だ。
助けた相手が人類を虐殺するような可能性すらある。
だが……断ったところで、おれはどうなるんだ?
これは交渉や話し合いではなく、命令なのだ。社交がどうの言っていたのはつまり、。
「詳しく教えてくれ」
「了承してくれたようだね。
簡単なことだよ。男を一人、人里に送ってほしいだけ。
その名をベネディクト・ロア=マリノス。キミもロア家といえば聞き覚えもあるだろう?」
ロア……え!?
終末の空を漂った、〈心臓架構要塞バビオド〉の基礎にその名前が刻まれていた。
ベネディクト・ロアって言えば、古代の空中都市を還元解析して、空中都市の父になった天才じゃないか……?
「そう、それそれ。そいつそいつ。
キミの記憶は……まあ色々あってアテにならないわけでもないから、その認識であってるね」
「色々ってなんだよ!? いい加減、俺の記憶はおまえに植え付けられたものなのかどうか、教えてくれよ!?」
「ぼくはなにもしていない。無実だ。言えるのはそれくらい。
さて、話を戻すよ。
彼は、古くは〈大逆のエンネア〉を排出した名家の人間でね、いろいろ事情があって彼を放置していると、人類の滅びが早まるんだ!これは人助け……否。人助けの領域をこえて──救世といっても過言ではない。そう、きみは……救世主になるんだ!」
──救世主
おれは白目になった。
「悪い、なんだか眠くなってきた。いまおれの本当の体は気絶してるんだろ?目が覚めてしまう感じがする。だんだん……ねむくなる……」
「ぼくはそんな感じしてないけど?」
「一日12時間以上寝ると体調が悪くなる持病のせいかもしれない。悪いが仕事も無理だな。契約書もなく仕事を引き受けるとバカをみるって、ばっちゃが言ってたし……」
「ばっちゃ!?
だから誰なんだばっちゃ!?
天涯孤独のキミの記憶にそれらしい人間いなかったよ!?」
うるせえ、鍵付きで保存したエモいメモリーだからわからないだけだろう。
「うーん、反抗的。
脅すような言葉を使いたくないんだけど?」
断れる気配がない。
脅されてから仕事を引き受けると、条件が悪くなる可能性がある。
「……わかった。委細了解した。全力でそのロクデナシを助けてやる。失敗しても文句をいうなよ!」
「うんうん、重畳重畳。納得してくれたようだね?
なにも心配する必要はないんだ。あはぁ」
──にまぁ。
これが、子供の笑顔か?
馬鹿らしい。
刃物を手で握ったときの怖気が下半身を貫く。
イノセントでパーフェクトなスマイル。それは完璧な子供の笑顔だった。みているだけで愛らしくって腰砕けになるような感情が湧いてくるくせに、心底ふるえあがって逃げ出したくなる。
完璧すぎる人間の顔は人工物みたいで気味が悪くなる、出来の良すぎる人形にしかみえないのだ。
そして目は爛々としている子供。
ちょっと人間にはみえない。
連想は止まらない──人の形?人形?
人の姿をしているだけ、なのか?
それは逆で。本性に人間性がまったくない?外側だけの人間性?
「あー、ああー。ゲスの勘ぐりはやめたほうがいいんじゃない?
気付いていないのかな?
きみは幸福の中にいる。
案ずることなどなにもない。
ぼくの意思をそのまま出力するための器となればいいだけなんだ。
意思の貧しいものは幸福である、とかなんとか、異界聖典にも書かれていただろう?
奴婢の幸福こそ人の幸福、ぼくに従えば幸福が待っている……」
「いきなり本性丸出しにするな!おれにも自由とかあるだろ!」
「自由?その言葉の意味を理解できるほど人間は賢いのかな?
自分のチンケな工夫が自然の差配よりも良いことになりうるだって?本当にそう信じているとしたら馬鹿者だ。
工夫などいらない。
きみは神の通り道になるだけでいいんだ。
キミの願いは神々の願い、キミの痛みは神々の痛み、なんてわかりやすいことだろう!
放擲は常に正しい。
念を押しておかなくっちゃね!
勘違いさせたくないんだ。間違いをおかしたら、不幸な運命をたどってしまう。それが許せないんだ。
悲しいことに、この世には神の教えを捻じ曲げる異端がいる。
ドグマをわかりやすく伝えるために、唯一無二なる聖典を言い変えてしまう、にわか宗教者ほどこの世で害悪をもたらすものはない。
聖職者とは人と神を媒介するための純粋な触媒でなければ価値がない。完成されている経典に御高説を加え、捻じ曲げるということがどういうことか、彼らは本当に理解できないのだろうか?
その行いが、たとえ無学な民衆に救いを与えるためだとしても、善意に満ちていたとしても、聖典を捻じ曲げる罪ははかりしれないものだ。
善意に満ちているぶんその罪は表にあらわれないが、いかなる虐殺よりも罪が重たく、未来永劫の呪いを生み出すに等しい行いだ。すぐに自殺すべきだろう?
美酒に豚の血をしたたらせたらどうなる?
豚の血を飲む貴族は本当に貴族なのだろうか?
血に疑いが混じればそれは一つの王朝の終わり、新しい豚の血の王朝のはじまりだ。
貴族の血と同じ。
神の滴らせた血を濁らせるなら、それは神敵となる。
聖典に愚かな人間の解釈など必要がない。
神の意思を疑う人間はけっして宗教者ではない。
眼の前で子供の目がくり抜かれ、皮を剥がれて塩を塗り込まれている姿をみても、宗教者は悲しみ嘆いても神を疑うようなことはない。
そうだね、宗教者ぶった在家の信者がどれほど人間ができていても宗教者ではありえないように、神の言葉をそのままに伝えない聖職者は聖職者ではない。せっせと苗に蝗の卵を植え付けるに等しい愚行をつづける生涯。だが、かれらがその一千万の罪穢れのない処女を凌辱したとしてもまだ勝らない罪悪を自覚することはない。えへへ、だからね──」
おれはドン引きしてしまって、固く目をつむり、はやくこの悪夢から目覚めることだけを願い続ける。
「──だ、だから……?」
「──祭壇と炉のために。
全部殺さなければならないんだ。親兄弟もろともに。滅しなければならない。罪人の血を。赤子もろともに。
九族の首を刈り取り、妊婦の腹を裂き、老いたるも若きも男も女もみな死ななければならない。そうして塚を築き、永遠の晒し者としなければならない。
晒しものを見たものまでもみな汚物を投げるように強要し、名だけでなく魂までも永遠に呪われるように。
永遠の呪いとなるように。
祭壇と炉のために。
未来永劫呪われますように。ってね。
祭祀を積まなければ、この世から救いはなくなる。
前にも言った通り、ぼくは庭師だ。ゾクチェン代行者と呼ばれている。えへへ、笑えないジョークというやつだね!
ねえ、キミ。
ぼくのただひとりの信徒──みなし聖職者よ」
「みなし聖職者!?」
おれは混乱した。みなし聖職者。およそ聞き覚えのない造語だ。そこはかとなく使い捨ての気配がする。
「きみは契約者だが、信徒ではない。いわば即席の……パートタイムの神がかりだからね」
パートタイムの神がかり!?
おれは動揺した。
使いっ走りにされたあげく、いつでも都合のよいときにクビにされそうなワードだ。狐つきなのに狐に見放されていそうな気配がする。
「わ、悪いけど退職届けって受理してもらえないか?」
「だめ」
「だめか……」
「あ、勘違いしてる?
ばっかだなぁ。ぼくは寛大な神様だからね、戒律もなにもない、リスクフリーな契約を提供しているとの自負があるよ!
察するに、きみは罰せられるのが恐ろしいんだろうけど、素直に命令を聞いていれば、どれほどきみが愚かで勝手なことをしても、罰するということはないから、安心し給え!」
嘘だな。おれは鋭い直感で見抜いた。いざ不興を買ったら一瞬で罰を受けそうだ。
「さあ、行っておいで。
幼子よ、まだ気付いていないようだけれど。
人の言葉はすべて呪い。
聞く言葉に聞かせる言葉。
すべてが呪いなんだ。
今日はそれだけ覚えて帰ってね。
ばーいばい」
「ば、ばーい」
うーん、剣呑剣呑。一生バイバイしたいなぁ。




