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不滅を狩るる ~ 終末の傭兵に二度目があったなら?→闇堕ちJK!→メクルメクク!~  作者: 六津井パラピポチ


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08「悪夢 八」




 メテウスは終末の夢から目覚めた。

 粗末な小屋。いびきをかく部隊の兵隊たち。今日も現実の戦争が待っている。


 ──お貴族様に指名された、か。使い捨てにされるようなら、おれにも考えがある……。


 悪夢に痛む頭を抱えた少年は、暗い顔をして指定された場所に赴いた。




>ガレアーン


「こいつ、なの……?」


 小汚い少年を観察し、ガレアーンは胸に失望を覚えた。

 肌寒い早朝である。顔を俯き、小さくなるように体を縮めた少年は卑屈で弱弱しくみえた。


 ヘジケーに視線を向ける。

 私にとって重要な任務だというのに、守役のおまえが選んだのはこの出来損ないか?という意味。

 あふれる不満を読み取ったのだろう、強面に似合わない、優しく諭すような声が帰ってきた。


「我慢してくだせえ。このまえ十人長フラーブのシエドラに逆らっていたガキです。根性があるぶん使い道もあると、間違いないでしょうよォ……あの十人長フラーブはハヴォック家に嫌われたいほどのバカじゃねェ」


 バロート東方では首位を争う高貴な貴族、ハヴォック家の二女として育ったガレアーンには、目の前の少年が自分の手ごまと聞かされ、浮かぶ文句がたくさんある。


 だが目を瞑って己の感情を閉じ込めた。

 ヘジケ―が木を一閃してつくりだした丸太にどっかと腰かけ、片足を組んで横に伸ばし、男のように頬杖をついて瞑目する。

 骨格の男女差から特段心地よいわけでもない姿勢だが、男社会で少女らしい所作をするわけにもいかない。


 初陣である。

 戦士にとって人生で三本の指に入る行事だ。侮られるわけにはいかなかった。


 胸中の浮ついた不満を押し込めるため、ジロリと少年を睨みつける。


「おまえ……。不満そうな顔をしてるわね。嫌なら帰っていいのよ?」

「えっ⁉ いいんですか⁉ これ、渡された金です。でわ……」


 金を放り出しダッシュで立ち去ろうとする少年の襟元を、ヘジケ―が掴み上げて制止した。


「こらテメェこのガキ!!ハヴォック家のお嬢様にやれといわれたら『はい喜んで!』というのが、孤狼児ガルーってもんだろうが!!ええ⁉」

「そ、そんな無茶な……⁉ あんまりだ、やりたくもねえクソみたいな仕事でやる気まで見せろってのか……?そんなやつは強烈に洗脳されるか脅されているに違いない。なにがやる気だ、おまえらこそ馬鹿じゃねえのか?」


 あまりの言い草にガレアーンは呆気にとられた。

 死にたいのかと思うほどの暴言だ。


 粗末な皮鎧をまとった孤狼児ガルー。後ろ盾などない。

 一方、瑪瑙の柄を転写した乳黄色の外套に、天臥獣仕立ての黒緋色の下穿きを身に着け、そのうえから物々しい武器帯を締めたガレアーンはとても平民にはみえない。身分が違いすぎる相手に生意気な態度をとる人間は、古来より阿呆か自殺志願者と決まっている。


「死にたいの?」

「……ッ」

 それでも少年の眼は獣じみて反抗的だ。怯えと怒りのジレンマが渦巻く緑の瞳は、ジンジラジリリと放射される怒りが瞳の中で回転していて、奇妙に美しい。

 ガレアーンはむしろ安心した。怯えているということは理性がある、それでも歯向かっている。市井の人間にこんな馬鹿はいない。いざというとき怖気づく心配だけはなさそうだ。


「うん……たしかに根性はあるようね。こいつで手を打ちます。行きましょう!」

「クンロク入れずとも、よろしいんで?」


十人長フラーブの推薦ってのは本当なのね。こいつ、脅すと背中から切りかかってくるわよ……だってそういう目をしてる!」

孤狼児ガルーだもんな……。気の毒なガキだ。おまえも苦労したんだろうが、ここで一つ功績を立てて、立派な戦士になるんだよォ。それがバロート人の誉れってやつだ。わかったなァ?」


 ──わ、わからねえよ……なにが誉れだこの蛮族ども……おれ、死ぬのか……


 メテウスは足が萎えたままグレイ型宇宙人みたく連行された。



 ブウェイック家の大天幕──すなわち本陣へと歩む少女は、極度の緊張に達していた。

 砂色の髪を香油で整え、片側を編み込みんだ少女である。

 十五にも満たない年頃だが、顔つきに女らしい丸みはまるでない。高貴な血が映える顔立ちに、風雨に削られた氷河じみて鋭い意思が宿り、空色の目は天を睨んでいる。

 迷いなく大地を踏みしめ歩く。自然な立ち姿とはかけ離れた、低い重心に滑るような歩み。

 基地を歩けば、雑兵は道を開けていく。

 見るからに貴族の少女。


 ガレアーンと呼ばれている。ハヴォック家の少女だ。ほかにガルゥジン・レア(狼のようなレア)とか、リヤルトの子とかマギリスの娘とか呼ばれている。バロート貴族の古い慣習によって15の成人を迎えるまで真名は与えられないから、厳密には名のない女でもある。


 戦が始まる。

 バロート貴族は半分以上が戦で死ぬものだ。

 運命は変えられない。抗うことも、逃げることも、無視することもできる。だが、運命は変えられない。彼女はそう心に刻んでいる。


 ――父は言っていた。人にはそれぞれの運命があるのだと。

 どのように育った樹木であろうと、光を受け取るため天へ向かって伸びる。寄生植物であろうと同じだ。何某かの養分を求めて、自分にとってより高いほうへ伸びる。


 だがその本意は、樹木以外に理解できない。別の木にとってその栄養は毒かもしれないし、樹木の葉は光を遮り有害でさえあるからだ。

 人も同じだ。運命を与えられた人間はどれほど皮肉な人生を与えられても、頭を垂れて伸びることはできない。運命は人を殺すかもしれないが、それでも高いところへ向かうための原動力であり、他人とは違う道を与える。


 そこに天意がある。 

 そうでないなら、どうして生きる価値がある?


 幼い時分、妾である母の住まう別宅へ泊まった父はいつも戦の話をしてくれた。


 それは恋や勇気のお話よりもガレアーンの血を興奮させて楽しませたからだし、あるいは父が本宅で常に相手にしている複雑な仕事──敵の近況を探り出し、豪族や政治のうまい狸を脅し上げたり、息子の後ろ盾になった血族を警戒したり、ブウェイック家との折衝にあたったり──よりも、戦のことを考えているほうが安らいだからかもしれない。


「ねえ父上! 前のお話の続きを聞かせて!」


「ふむ──エーンセナ家との戦争、その続きだったな。

 月日が経つのはひどく早い。

 あれは8年前になるか、ビナーリ家との川沿いで牧草地争いになった。

 大河を境目にしていたが、洪水で川の流れが変わり、境界線が曖昧になった。

 牧童と遊牧民のあいだで殺人沙汰が起こり、小さな戦のあと、ビナーリ家は降伏した。勝てないとしても一度は戦い、戦力が残っているうちに降参して面目を保つ。賢明な判断といえるな。


 レア。そうやって降参してきた敵がいたら、どうする? 敵といっても互いになんら恨みはなく、成り行き上で諍いになったような相手だ。だが油断ならない力を蓄え、降伏してきた相手に、どう対処すべきだろうか?」


 父はいつもガレアーンに考えさせる問いを与えた。幼い少女は教師に習ったことを何度も思い返して答える。


「寛大にすべき、と習いました! 降ったものに厳しくあたれば次の敵は死にもの狂いで対抗するため、富と名誉を与えるべきだと。慈悲に報いる相手ならばさらに名誉を与え、そうでないならいずれ敵になるため滅ぼすべきだ、と」


「それが上策だ。しかし私は下策をとった。

 降伏にやってきたビナーリ家当主を宴会で刺し殺し、返す刀で攻め入って一族を皆殺しにした。どうなったと思う?」


「……周りの敵に攻められるのでは? 非難される隙は侵略の口実になるゆえ、大義名分を重んじろ、と先生は言っていましたが……」


 父リヤルトは、髭を撫でながら言う。

 まるで真理を告げるように。


「攻められる。それこそ我々の望むことだった。

 当時は何年も大きな戦がなく、平和がつづいていた。

 ダスカーニャ平原の育んだ我々の戦士は精強といえど、戦が十年なければ、狼とて子羊をいじめる以外に脳のない猟犬に成り下がる。

 どんなに賢く役に立とうとも、猟犬はしょせん他人に使われるだけの奴婢だ。戦士とはいえぬ。


 私は彼らに強い敵を与え、土地の切り取りと略奪を許可した。

 義務なのだ。戦士に名誉ある戦いを与えなければ、それはハヴォック家ではない。


 レア。覚えておくべきことは一つ。どのように間違っていて非難されようとも、下策をとるべき場合もあるということだ。道理を裏切れば確実に他人は混乱する。そのために巨大な犠牲を払うべき時節もある。


 そのせいでビナーリの一族は揃って首だけになり、戦で何百人も死んだ。

 我々も痛手を被った。弟の戦士団がまるごと戦死したのは誤算だったな。

 だが……戦士は戦を果たし、ハヴォック家への敬意を深めた。

 さて、この一連の戦をどう評価すべきだろうか?」


「……すくなくとも、相手にとっては理不尽です。必要のない戦で仲間が死ぬのは……よくわかりません」


「永遠にわからないかもしれん。

 親族をいくら殺そうとも果たすべき義務があるなどと、子供にはわからなくてもよいことだ。

 ただ、忘れてはならないのは、敵とてこのような賢くない理不尽を行う選択肢を常に持っているということだ。


 道理と理性のやり合いが通用するのは、都市の中だけだ。

 死を前提とした戦争では、あらゆる虚偽に愚行が生まれる。

 追い詰められた人間は信じがたいポカをやらかすし、保身から非合理を選ぶこともある。


 歴史家たちは大昔の戦争に道理があると信じているから、あらゆる戦争行為に根拠を求めては誤解するものだ。実際には深い意図などなく動く軍隊はまったく珍しくもないし、馬鹿が一人いるというだけですべての歯車が変わる。


 他者は常に未知でありうる。

 我々がそうしたように、すべての人間は自分たちの都合だけを気にしている。

 お家争いで戦歴を欲しがった子供がいるというだけで、首を晒した高貴な首は万を超えるだろう。

 家を守り抜いた賢母が、可愛がる孫のために家を滅ぼすこともある。あるいは入れあげた女性にそそのかされたというだけで、跡継ぎを間違え滅亡した国もいくらでもあげられる。だからこそ謀略が成り立つのだ。


 レア、戦士に忠誠を求めてはならぬ。

 主君の首をとれば広大な土地と名誉が手に入るとき、裏切らない戦士など稀だ。

 裏切るほうがよい戦士かもしれない。

 世間では忠誠がもてはやされるものだけれども、実際には奉公が報われない場合もあるものだからな。くく……


 我々のような統治者に保証などなく、行いを評価してくれる基準もありはしない。


 ゆえに純粋な戦士をバロート人は愛する。

 だからこそ最強の敵と戦う名誉は尊いのだ。

 すべてを捨てることは、口先では容易いが実際には容易ならざるがゆえに。


 おまえは私の子、ハヴォック家の子供だ。

 覚えておけ。我々はそういった傀儡ならざる戦士とともに血を流し、君臨しているんだよ」


 ガレアーンは血湧き肉踊り顔を赤くした。

 父の話に、彼女の天禀はとても重要なことを嗅ぎ取った。


 戦士は、戦うものを選ばなければならないのだ。それが一番に重要なことであり、ほかに重要なことなどほとんど無い。なにと戦うかで、戦士の資質は決まる……。


 この初陣は、まさに人生の分水嶺だった。

 自分の足で歩き、自分の剣で戦っていけるかどうか。

 もしも立派に戦えなければ、死んだほうがましな未来が待っていることだろう。



「戦神スモルクよ。どうか相食らう獣の園を憐れみ給え──」


 気付けに聖句を唱えた少女は、戦場を指揮している将軍の天幕を訪ねた。


「ハヴォック家のガレアーンです。ロワットラ様に取り次いでいただけますか」

「……」


 天幕の前でハルバードを杖とした、酷薄な人相の歩哨がまじまじと幼い少女を見つめた。

 粗暴で情に薄いのが顔つきから見て取れる。

 都市では欠けた人間だが、戦場では優れた戦士なのだろう。


 ガレアーンは逆に睨みつけた。


「遅れるわけにはいきません。早くなさい!」

「……お待ちを」


 ガレアーンに戦士への恐れはない。

 人を殺すことも、人に殺されることも、彼女にとって天命だ。

 ならば、なぜた兵隊に怯える必要があるだろうか?


 一方、土気色の顔でとぼとぼついてきたメテウスは、一行が基地の重要部に侵入し、果ては本陣の天幕へ入っていくのをみて、人生が終わる予感に顔を暗くしていた。


 ──あんまりじゃないか。俺がいったいなんの罪を犯したというんだ?


 シエドラと殺し合いになるならともかく、鉱山のカナリアとして使われようとしている。

 いや、これは考えが甘い。迂遠な殺意であり、命の搾取なのだ。直接的でないからといって許す理由はない。



 どうせ死ねといわれるんだろう。

 ならば殺してやる……。黙って死ぬくらいなら千人でも他人を道ずれにしてやる……

 殺されるというだけでなく、悪意の気配がしたというだけで、先んじて殺す。

 勘違いでもかまわない。殺し合いに冤罪など存在しないからだ。

 侮辱されたというだけで殺す。邪魔もの扱いされたというだけで殺す。気に入らない人間を身内に持っているから殺す。


 メテウスの頭から理性が消えうせ、重苦しくチリチリ爆ぜる悪意だけが爆発していく。


 敵を殺すためなら、なんだってできる。

 クソも食えるし、命など惜しくはない。

 人類まるごと道ずれにしたっていいくらいだ──


 邪悪な気配を漂わせ、目を真っ黒にしたメテウスは、身を縮こまらせてガレアーンに続いた。


 一言も声をだすなと、ヘリケーに釘を刺されている。


 闊達な声が天幕に響いていた。

 男女は好き勝手大声でがなりあい、煙草に火をつけている。


 天幕といっても遊牧民が使う移動式住居に近いもので、柱があり絨毯が敷かれ、暖炉まで備わり、なんと機能的な天窓もついているのに、煙をやる男たちの煙幕出力に負け、上半分は濃い紫煙に包まれている。


 メテウスが見聞きしてきたバロート人戦士といえば、半裸で敵に突撃しかねない筋肉ダルマばかりという印象だったが、意外にも線の細い男もいた。作戦本部ともなれば事務屋も必要なのだろう。


 そのなかの一人が、手持無沙汰にするガレアーンをみやると、上座の女へ大声で語りかける。


「ロワットラ! ハヴォック家の例の娘が来たぞ!!」

「忙しい。待たせておいてくれ!」

「よし。おい、ハヴォックの! 隅で控えていろ!! 初陣で緊張しているだろうが、会議が終わるまで待て!!」

「はっ……」


 一瞬、ガレアーン一行を見やるも、すぐに雑談が再開する。

 手で追い払われたガレアーン一行は隅に落ち着いた。


 中央の漆黒の大机を離れると、椅子や茶器や武具や上着が野放図におかれた区画があり、そのさらに外側には従者たちの一団がたむろしていて、火鉢を囲んで座りこんだり博打をしたりしている。メテウスは国の軍隊の司令部とは思えぬ様子をみて嘆息し、こいつらは蛮族だという確信を深めていく。連中が酒を飲んでいないのは逆に驚きであった。


 黙って立ったまま、時間が過ぎ去っていく。

 手持ち無沙汰だがどう考えても姿勢を崩していい状況ではない。

 聞き耳がダンボになったメテウスの耳を通り過ぎる、司令部での相談事の数々……


 ──補給経路に正体不明の盗賊が現れた。ほぼ間違いなく敵だがもしかしたら飢えた味方かもしれない。一人は生かして捉えて話を聞けとの命令……。


 ──些細な諍いから部隊同士の殺し合いへ発展したイザコザは戦士を派遣して裁定させる。

 焦土戦術で焼きだされた飢民には補給部隊を回して最低限の食料を与えろとの指示。


 ──進路の豪族を処刑するか懐柔するかは経験豊かな百人長に委ねてよい。

 浸透作戦で略奪に失敗して逃げてきた部隊は、どうやら死人も出ないうちに逃げ帰ってきた臆病者なので処刑人を手配して、十人に一人を殺させろ。


 ──小競り合いで森に火を放った部隊があって、森と地続きの村を治めるとある一族が激怒し、集団決闘のため戦線を一時離れた、それは正当な権利だからしかたがないが、埋め合わせに金か食料を送るよう使者を送れ……とか言っているのをみて、メテウスは呆れ返った。



 ────蛮族どもめ。





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