「贄なるもの 十五」
「──あ」
いまさらながら、自分の能天気さを呪った。
連れてこられた理由があると、わかっていたはずではなかったのか。
「お前たちはこの〈異界〉の発生と無関係ではない。
ここから半日もしない位置に、ドルツカ基地がある。
おまえたちが呪い子を暴発させた場所だ。
──呪い子を兵器に使うなんてバカバカしい話で、けっきょく、こんな異界ができてしまった。巻き添えを食らったのに生きてる戦士ガレアーンとメテウス少年は、疫病に耐性があってしかるべし……と姫様が話していた」
メテウスは抵抗を止める。
じゃあ、このあたりの住民が流民となったのも……ルモネの街が襲われたのも、狼頭たちが疫病に襲われているのも?すべてあの一連の戦いが大本にあるということで……
「なんだよそれ……」
「真実でしょうか?」
ガレアーンも戸惑い顔だ。
「いや……なんのためにこんなことをしているのか、答えになっていないんだが!?」
「この疫病の原因を特定できるではないか。」
「それにしたって、こんな強引に苔食わせる必要ねえだろ!?」
「口で『ちょっと病に感染するか試してくれないか?』と言って、きみは引け受けたか?」
「……………………ッ」
ぐぅの音もでないメテウスは、されど問答のあいだに準備を整えていた。
「バカマイティ!油断するなッ!」
「ッ!?」
とつぜん、四足獣のように飛んだメテウスが、小屋の壁を突き破って外に出る。
「無駄な真似を!」
「……なんで動けるの?光縛術、解いた?」
「解いていない。死ぬ前に止めるぞ」
マイティとイドシオン、そして能面のような顔をしたガレアーンが跡を追う。
樹木の生い茂る広場に、メテウスが病んだ獣のように木に背を預けている。口元から血を吹き、目を充血させていた。
「オレの光縛術を解けるわけがないだろう!無理をしてエーテルを使うと、内臓を痛めるぞ!」
マイティは違和感を覚えた。
戦場に慣れた孤狼児だとは聞いていたし、決して侮ったわけではないが、子どものはずだ。
だが、その目は。
油膜の浮かんだ汚泥じみた緑の目は、爛々と輝き、少年は敵意をみなぎらせ歯をむき出しにする。
「実験台にされろって、そんなの、受け入れられるかよ!」
ジジ、と空中に紫電が走る。
「──輪の調停者、〈光冥のエイロ〉よ……
カピアノスの嘆き像として知られる 偽りの魂ハラムを罰した
気高き威光を いま此処に──〈雷球〉!」
青白い紫電が球体となって目を焼いた。メテウスの法術──神々の権能を借りた奇跡──が顕れたのだ。
イドシオンとマイティは、瞬間に魂膜を纏って臨戦態勢を整えた。
「殺し合うつもりか!?」
「殺されるくらいなら、ぶっ殺してやる!」
〈雷球〉が地面を抉りながら、マイティを襲う。
「おい!やめろ!」
戦士に避けられぬ攻撃ではない。
当然避けたが、青白い紫電は家屋を焼きながらカーブして。横からマイティをもう一度襲った。
イドシオンが片腕の鎧を落とし、白い腕と刺青をあらわにする。
「最悪、〈ナルダーイの弓〉で殺しちゃうけど、いいの?」
「……対応できなくなったら頼む」
イドシオンの腕には揺らめく影が巻き付き、ぐつぐつと皮膚を焼けながら力を蓄えている。血を代償とする精霊事象が生贄を求めて宿主を焼いていた。
メテウスは唸る。高度な戦闘技法だ。一見で対応するのは難題だろう。
エーテル遣いたちをみすえ、虚勢混じりで笑った。
「まさか、バロート人の戦士ともあろうものが、おれみたいな子供に殺されるとは思わないが……次はほんとに殺すから、避けてくれよ!殺してしまっても恨むなよ!!」
「はっ、躊躇がない!
猫を被っていたか、ボウズ!
だが戦士に勝てるとでも──待て、それは待て」
メテウスは、小屋を破るときに抱え出した苔を全身に塗りたくり、いかにも獲物を狙うかのように喜びをあらわにした。抱え込んだ苔の塊をたしかめるように投げて見せる。
「……それはちょっと違うんじゃないか?病を攻撃に使おうなどと……苔を握るな!構えるな!話を聞け!」
「都合の良いことを言いやがる!いいか、これはゲームだ。おまえたちに触れる前に死ねばおれの負け、おまえたちに疫病を感染させられたらおれの勝ち。必ず一人は道連れにしてやる……!」
「性根が腐っている……!」
「……だっるいなぁ、もう。面倒。ごめん少年、死んでもらう……」
ひゅん、と弓矢が飛ぶ。
メテウスはかろうじて矢を避けたが、ヘビに似た人造精霊が草むらを揺らして疾駆し、メテウスに襲いかかる!
「うぉっ! なんだ、こいつ!」
苔まみれにした手斧をメテウスが投擲する。
物理法則を無視した勢いで飛ぶ手斧を、イドシオンの前に出たマイティが右腕で弾いた。
「ウソだろ……!?素手で!?」
「力と力がぶつかり合えば強い方が勝つ。当たり前の話だ」
「……金属の刃を素肌で跳ね返せる理屈になっていないだろうが!畜生、これだから脳筋のエーテル遣いは嫌いなんだ!!」
メテウスはパワーでなんとかするエーテル遣いが嫌いだった。
エーテルは人の願いに呼応する。
パワータイプのエーテル遣いは、理性を司る脳の鈍麻を代償に、気合で理屈を超越した力を使うことが多々あり、能力者同士の知的な相性とかを無視してくるので、メテウスはそういうのが嫌いだった。炎を纏うエーテル遣いにたいそう苦労して鉄砲水をぶっかけたら、なぜか水を燃料に炎の勢いを増すとか馬鹿みたいな目にあった経験がある。
「うぉおお!」
「……惜しい、惜しいぞ。その年で……! 中の上の才能はあるとみた……!」
「中の上!?」
「二十人に一人、それくらいの才能がある……!」
「微妙に嬉しくない……」
「姫様が目にかけるだけはある。オレたちに敵意はない。わだかまりはあるかもしれんが、鉾を収めれば、生きて帰れる。それ以上のことはあるまい?」
「信用できーん!!」
メテウスは二十人に一人、そこらの村に何人かいるくらいの才能と反骨心を見せつける。
「戦士ガレアーン、従者を説得してくれないか?」
気の進まぬ様子の少女は、剣をデンと地面に突き刺して言う。
「はぁ……止まりなさい。
おまえ、戦士マイティを信用できないから抵抗しているんでしょう?
これだから親なしの平民は……。
バロートの戦士階級が戦の場で嘘をつくわけがないわ。信じなさい」
「信じられるか!!苔食わされたばっかりだぞ!!」
「……まあ、それもそうね……」
すん……と納得してしまったガレアーンは静かになる。
あまり諍いを止めようという意思が感じられない。メテウスは『もっとがんばれよ!』と内心で罵倒する。
「命令を聞きなさい。おまえは姫様の部下で、私の従者なのよ?」
苔まみれになって一人広場で武器を構えるメテウスはいきりたった。
戦意に呼応したエーテルが体を傷つけ、破裂した毛細血管から血が流れ出す。
「なにが部下だ……!」
「もう……引っ込みつかなくなってるだけでしょ!意地をはらないの!」
「今日からおれは独立愚連隊!孤立無援の自由市民だ!
バカどもめ!タダで死んでやるものか!一緒に死ね!」
愚連隊?ってなんだ……?と微妙な顔をするガレアーン。
メテウスと付き合いのあるガレアーンと違い、イドシオンとマイティの目には、口と目から血を流す恐ろしい形相の忌み子が死を覚悟しているようにしかみえないため、緊張は高まる。
「……こっわ……少年、めちゃくちゃじゃん……」
「これが孤狼児か。
負の感情に操られている……!
静まれ!憎しみに乗っ取られるな!おまえは人間だぞ!」
「意味不明なことを言うな!なんだその言い草は!?おまえに言われなくてもおれは人間だ!勝手に種族を改変するな!!」
猛り狂うメテウスは、また手斧を引き抜き苔を塗りたくった。
かといって、このまま戦えば殺される。
死にたくはないので、停戦の糸口を探してもいる。
微妙に一歩引いているガレアーンに目をつけ、説得を試みる。
「ガレアーン……いや、我が主!お嬢様!!どっちの味方なんだ!こいつら、おれたちを実験台に使うつもりだぞ!二人でなんとか生き残らないか!?」
ガレアーンが微妙にへの字の口をしたまま、テクテク歩いてメテウスの後ろに回った。
……どうやら不信感が高まり、こちらの味方になったようだな。説得が成功した……。
メテウスは得意げに手斧を叩いた。
「見たか!バカどもめっ!これで二対二だ。これから最低でも死体が──二つ出る!」
「いい加減になさい!」
「!?」
ブンッ!
背後から精妙な身体操作で顎先をハイキックされ、平衡を失ったメテウスは地面に手をついて丸まる。
いよいよ殺されると考え、体内のエーテルを無秩序に膨らませていく。
近場の人間をできるだけ殺傷するよう、全力を尽くす……。
「──介錯してあげる」
パァン!
イドシオンが手品のように身長大の特大エーテル銃を取り出し、発砲した。
メテウスは後頭部に衝撃を受け、全身の力が抜ける。
はっきりと後頭部が砕かれたのがわかった。
遠くから、ガレアーンの怒声が響く。
「ハァッ!? 殺したの!?」
「……少年、自爆しようとしたから……」
「イドシオン、減点だ。姫様に怒られるぞ……戦士ガレアーン、剣を下ろせ。もう死んだ」
──畜生、頭を砕かれた。この傷で生きているわけがない。おれ、死ぬのか──?
自嘲するとともに、意識が消失する。
すべてが暗黒に包まれる。




