「贄なるもの 十一」
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「村を見てきたが、病人が多い。きな臭い話もある。来てくれ」
戻ってきた戦士マイティに連れられて進んだ。
賊がぞろぞろロープで繋がれているので歩みは遅い。
ガレアーンがぼそっと「始末しますか?」と問うたが、「だめだ。人死には避けるものだろう」と正論で言い返され、少女は珍しくしゅんとする。
メテウスは「いまさら?」とつぶやき、ダンテは狼頭を変な表情にして耐えていた。
怒りを堪えているようだ。
仲間が爆散したり首を切り落とされた直後で笑っていたら、それはそれで怖いので反抗的とはいいがたい。
やがて大地に刻まれたクレバスに行き当たった。水が轟々と流れる峡谷に沿って、なだらかになっているところを下り、草木もない赤土の川沿いをすすんだ。やがて底に行き着き、空が亀裂の間から覗くようになるまですすむと、崖がヒサシになっているところへ築かれた石掘りの街がみえてきた。
「入んないほうがいいよ、天幕を立てて離れよう」
出迎えた戦士イドシオンが言う。甲冑が血に汚れていた。
遠目にも死体をひきずる村人の姿がある。人影は十人を超えない。
「男は縛ったけど、女たちに世話と死体のかたずけをさせてる。いちおー油断しないで」
「奴らに触れていないな?」
「あたりまえでしょ?あれ、はやり病だよ」
……病か。
メテウスはすこし感傷的になった。
想像する。
〈異界〉から逃げ出したフルーシャ族の残党は、街を襲った一派に見捨てられ、食うに困って追いはぎをしていた。そして流行り病にかかったあげく、戦士に返り討ちにされて全滅しかけている。
未来がなさすぎる。とても他人事とは思えない。蛮族の奴隷として監視されたあげく、謎の仕事に従事させられているメテウスの未来だって明るいわけがなかった。
「現時点で、判明したことを共有しておこう。この女を見ろ」
手招きでおそるおそる近づいてきた村女、手をあげろと合図され上げた手は……緑がかった痣で覆われていた。
ガレアーンが首をかしげる。
「打ち身?違うわね……?」
「〈異界〉で生まれた奇病らしい。フルーシャ族があんなお粗末な略奪をして、にっちもさっちもいかなくなったのは、この病が流行った土地を放棄したからだろう。
生き残ったこいつらも、けっきょく伝染って全滅しかけている。村を奪ったはいいが略奪しかできないから略奪をしていたようだ」
ダンテが憤懣やるせなしと立ち上がる。
「ネェ旦那様ぁ。口答えをできる身分じゃありやせんが、ずいぶんな言いようというもので。話を聞いていただけやすかい?」
「ダメだ。黙ってないと殺すぞ」
ダンテが逆送りのように座りなおした。生意気な口をきいたら本当に殺されるといまさら気付いたらしい。
「〈異界〉のせいで村は放棄されていたとこいつらは話しているが、足弱の老人なんかは残っていたみたいだ。それを殺して……」
「殺してないわよ」
手を痣に覆われた村女が言う。
「勝手に村に住みついたのはほんとだけどね、捨てられた寝たきりのジジイに耄碌したババアに痩せたガキども。あたしたちだって人間よ、飯くらいやってるっての」
「……ということらしいが。意見はあるか?」
戦士イドシオンが言う。
「だる……〈異界〉、もう近いし……
明日〈異界〉の調査をすませて引き上げない?」
マイティが頷く。
ガレアーンが優等生さながらに手をあげて発言する。
「後顧の憂いを断ちましょう。
放っておいてもこいつら賊になるんですから、全員殺して任務に戻りましょう!」
一点の曇りもない真面目くさった顔。
優等生みたいな顔して、言ってることは殺人鬼だった。
「……マジで?」
メテウスがぼそっというのをガレアーンがげしっと足でたしなめる。
マイティは真顔で試案する。
さっきから上半身裸になって、日焼けした肌と筋肉をテカらせているので、シリアスな顔が似合わない。
「……妥当ではあるな。法に照らせば賊とその家族は死罪か奴隷送り。一つの提案ではあるがな。せっかく〈異界〉に詳しい人手があるんだ。使うべきだと考えていたが?」
「病にかかっているんだから、生かしておくだけで我々も危険では?」
「病にも種類がある。そのあたりをイドシオンに調べてもらっているのだが……」
「だっる……こんなビョーキしらない。村のやつら怯えて話にならないし……念のため殺しておいてもいいかもね」
メテウスは狼頭のダンテに干し肉を手渡した。
怪訝な顔をしたがぱくっと食べたダンテに、「いまなら身の上話を聞いてもらえるぞ」とゴーサインを出して立ち上がらせる。放って置いたら村がまるごと殺されそうなので言いたいこともあるだろう。
「マイティ様。こいつから話があるようで」
「どうか御慈悲をたまわりたく! 代わりといってはなんですが、なんでも聞いてつかぁさい」
マイティがダンテの手を縛るロープを切り落とした。いちおうは話を聞いてやる、ということ。
「異界と病のことだけを選んで話せ。役に立てば賊働きを見逃して放っておいてやる、どうせ他人の領地だからな」
「へい、それはもうご希望どおりに。
あの〈異界〉──冬前に生まれたもので、我々は〈血吸い虫の巣〉と呼んでいます」
峡谷から見上げる崖に挟まれた直線の空の先、ちょうど遠望できる山をダンテは指さした。
春先だというのに血を垂らしたように紅葉していて、〈血吸い虫の巣〉と言われると不気味だ。
「ご存じのとおり、〈異界〉には主となる魔獣がおりやす。
おれっちは商売の伝手もあったもんで、この土地はもう終わりだと諦めて取引のあった街に逃げたんですが、故郷の者どもは血みどろになって征伐しようと闘い、破れたのだとか。なんせあっしら渾沌人ですから、山を下りれば犬扱いされます」
狼頭ながらシリアスで悲壮な顔をしたダンテに、マイティが頷く。
「道理だ。業病の呪われた獣もどきなど、土地にいれたがる人間などおらんからな。犬頭ならともかく、狼頭は人を食うというではないか」
ダンテがさらに深い悲しみを秘めた目で周りを見回した。
メテウスはあんまりなので口をだす。
「マイティ様。渾沌人は人間を食うのもいますが、大半は獣の特徴を持った単なる人間ですよ。ほら、ダンテが悲しそうな眼をしています」
人族19系統に属さない渾沌人。
一説には、古の呪術師、渾沌府を開闢した聖王ナーハバンーンの遺産なのだという。
それぞれ獣の特徴を持つ彼らは、交わった相手の特徴を受け継ぎ、野放図に獣じみてゆく。
曾祖父の代の血が隔世遺伝したりして、種族的な特徴が容易に捻じ曲がるため、純血というものがない渾沌人は動物混じりと蔑まれる。
だが──それは美点でありうる。
直系の血や親類という観念がなければ、人間はどれほど人を慈しめるだろうか。
たとえば男が、別の男の種子を我が子と呼べるなら、どれほど救いがあるだろう?
たとえば女が、自らの子と他の女の子を区別しなければ、どれほど争いは減るだろう?
現実はそうではない。だが、渾沌人は違う。
彼らは獣じみているものの、同胞に優しいという美点を持っている。聖王ナーハバーンの子という同族意識。たとえその美点が、人族たちへの敵意の裏返しだとしても、美点に救われた者がいるということは嘘にはならない。
そして──欠点もある。
人族19系統と違い、神々の呪いか呪術によって獣の姿をしている渾沌人は、極限の恨みと命を代償に、敵を渾沌人の姿に変える呪術を本能的に用いる。
渾沌人を蔑んで虐殺すれば、その虐殺した者も渾沌人の姿に変えられる。
だから、迫害はされつつも理由なく殺せない渾沌人は、呪いを跳ね返せるエーテル遣い以外にとっては『迫害できない流民』という憎たらしい立場にあった。
顔が違い、習慣が違い、宗教の違う人間が移り住んできて恐れを抱かない人間はいない。農作物を盗み、婦女子を犯し、水を汚す異郷の人間が勝手に自分たちの土地に住み着いて、危機感を抱かない人間は単なる馬鹿だ。なのに渾沌人は殺すことができない。
渾沌人たちもその立場をかさにきて、人の土地を放浪しては勝手に集落をつくり、芸事で路銀を稼ぐだけならまだしも、放浪者という立場を用いて平気で人を騙す者も多い。生きているのだから生きようとするし、それにつけこんで土地の敵がかれらに武器を与えてけしかけることもある。今日において、かれらの獣じみた姿をみてスリを警戒しない人間はほとんどいない。
総じて、習性の違いさえ飲み込めば単なる人間。
だが呪いを脅しに流民としてそこらに住みつき、人間を食う渾沌人もいるので、悪評は妥当であった。
メテウスは流れの傭兵という、渾沌人より忌み嫌われる賊と似たような階級にいたので、渾沌人に同情的だった。傭兵には渾沌人など珍しくもなかったから、彼らへの偏見がない。
「ほら、ダンテだって別に悪いやつじゃない。五分くらい見てれば愛嬌もある気がしてくる」
メテウスが合図するので、ダンテはニコォ…と歪んだ笑みを浮かべた。
マイティは嫌そうに見る。
「賊だぞ?」
「運の問題でしょう。おれは渾沌人に恩を受けたことがありますから、あまり痛めつける気になりません。案内してもらうなら飯くらい食わせてやりたいです」
「へっ、へっ、へっ……慈悲深いお坊ちゃん。今日び渾沌人に優しいなんて、さぞ高貴なお血筋と見受けしました。おれっちにはわかる、これからは御曹司と呼ばせてください」
「御曹司⁉これが⁉」
ガレアーンが超びっくりしてメテウスを指さした。メテウスはなんとなく重々しく頷き、ガレアーンに頭を叩かれる。
「まあ、御曹司ではないが……おれは昔に渾沌人の将軍の下で戦争したことあるだけだ。滅びの神、激情の守護神〈〝開獣〟ギャジー〉の寵愛を受けた亜神さまでな。あの鷹とライオンの混じった異貌のもとで、何年も戦ったもんよ。都合、五年くらい部下だったな」
「へぇ⁉これは失敬、長命種のお方でしたか!へっへっへっ」
「長命種ではないが……」
「おまえ、それは無理があるでしょ」
一行は天幕を張り、ダンテを道案内に〈異界〉へ入ることになった。
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