「贄なるもの 十」
◆
「ちょ、ちょっと小便いってきます」
ダッシュで戦士たちの傍を離れ、先行するガレアーンの龍馬の後ろに飛び乗った。
「!? にゃに!?」
「あの山の彼方へ!このまま二人で逃げましょう……!」
少女の腰にガシィと腕を回し、離さないぞと気合を伝える。
「にゃ、なんなの!? さわるな!!馬車に乗ってなさいよ!」
「嫌です! あっち、居心地悪いんですよ!すっごく気まずい!!」
「私だってそうなんだけど?
ほら、来ちゃったじゃない!
なんで笑って手を降ってるの、あの人。
マイティさん苦手なのよ(小声)」
「おれだってそう(小声)」
戦士マイティが幌馬車を巧みに操って近づいてきた。栗毛の馬のつぶらな瞳と、戦士マイティの明るい笑顔が怖い。2つの脳を持った邪悪なケンタウルスみたいだ。
「悪い悪い! やあ、イドシオンを悪く思わないでくれ。本気で任務をやめようというわけじゃない、あれで照れ屋なんだ。はっは!
──ところでハヴォックの。気づいているか?」
「な、なんでしょうか?」
「気を抜いていたのか?なっちゃいないな。オレの指の先。見えるか?」
マイティが指さす先、そこには……芥子粒ほどの影。
街道沿いに、人影がある。
「あっ。人、倒れてますね」
「二人だ。姫様から、できるだけ君に指揮をとらせて経験を積ませるよう頼まれている。さあ、どうする?」
「うーん……」
近づくにつれはっきりとした。
若い男女だ。ともに衣服に血の跡があるが、胸が上下していて死体ではない。
ガレア―ンは龍馬を止めた。ついでにメテウスを腰のひねりで馬から落とした。
「ッ!」
「難民でしょうか?」
「現時点ではわからん。罠だと考えたほうがいいな」
「物取りがいるような道ではないのですから、行き倒れかもしれません」
「罠だと考えておくのが無難、という意味だ。選択は君に任せるよ」
メテウスは思わず口を出す。
「……おい、罠だ。騙されるなよお嬢様」
「お嬢様いうな! ……なぜわかるの?」
火を見るよりも明らかだ。
できるだけ簡潔に説明する。
「持ち物をみろ。
ナタやら外套が残ってるから物取りに漁られていない感じがして嬉しいし、いかにも戦から逃げてきた感じで、財産を隠しているという期待値がある。
ぶるっとしちまうだろ?金の匂いがあって怖いくらいだぜ。
お宝の構成を見ろ。
女が一人行き倒れていたら、それはもう絶対に罠だから警戒心しか抱かないが、男女のペアで夫婦みたいな物語性があって自然だし、なのに若い女がいて換金物は保証されているというお得感があり、そのうえ血がでてるからパッと見弱っていて抵抗がなさそうだ。死んでいたら儲けが減るから急いで助けようという気持ちにもなる。
な?
あれは天然ものじゃない。素人の作品じゃないな……いわば養殖の行き倒れだ。
サクッと儲かる感が演出されているが、賊の匂いがある。
ゆるせねえよな。
罠にかけるなんてよ……!
なんだ?
なんだ、その怪訝な顔は?
おれを信じてくれ……!
こんな都合の良い行き倒れなんてありえない!あんな行き倒れ、厳しい自然界に存在していたら子孫を残せるはずがないだろう……!
おれは詳しいんだ」
「…………おまえ。もしかして賊だった?」
ジトリ。
ガレアーンはこの上ない半目だ。
「きっも」
「少年、君は賊だったのか?」
大男の真顔と、ジト目でみつめる二対の女性の目に、メテウスはハッとした。
うっかり完全な追いはぎサイドの視点で話していた。
◆
「ま、賊でしょ……だめだったら謝ればいいだけだし。そらッ!」
イドシオンが光殻を纏わせたナイフを投擲する。
刃の煌めきは、寝転ぶ男の肩に吸い込まれた。
「ぎぃーッ!」
光殻は使用者の意図に応じて指向性を持つ。
ナイフは根本まで突き刺さり、転びながら逃げ出した男に、女もあわてて立ち上がり追従する。イドシオンの二投目が女の太ももに突き刺さる。
「キ゛ャーーーッ!!」
高音域の叫びは耳を塞ぎたくなるほどだ。
女はエーテル遣いのようで、加速して逃げ出したのを、イドシオンの三投目が胴体に命中。戦闘訓練を受けていないエーテル遣いは〝村の力持ち〟でしかなく、パタンと男の横に並んで倒れた。痛みに慣れていない。
「じゃ尋問するか……うん?」
かなり遠くの林から、ぞろぞろ人影が顕れた。十五……六人。賊だ。人の頭より、渾沌人の狼頭が多い。武器を持っているが足も遅く、鎧兜も着ていない。
「矢が来るぞ」
「正気か?」
弓矢が数本、見当違いな方向に飛んでいく。
偶然あたりそうになったのをマイティが剣で振り払った。
「素人だな。子供を食わせるためってか?泣けるねえ」
マイティが好戦的に笑う。いくら人あたりが良くみえても、戦士である。
小川沿いの街道に隠れる場所がなかったから、賊は間抜けな姿を晒しているのだろう。ぜったい素人だなぁ、とメテウスもぼやきつつ手斧を構えた。
傭兵としての経験から、芸術的な行き倒れ姿に技術指導があったものと考えていたのだが……なんというか、食い詰め者丸出しのお粗末さ。飢饉のあとには旅人を狙ってよくこういう賊もどきが発生するから、対処は慣れたもの。
飢えた人間は人を襲う。
焼け出された人間は人を襲う。
旅人は一財産持っているものだから、まず一番に狙われる。
だから、旅をする人間の大半は、数人の賊に負けない護衛か戦闘力を持っているもので──
マイティがいつのまにか着用していた軽鎧をパシンと叩き、歩き出した。
さっきまでタンクトップだったのに⁉とメテウスは目を疑う。
「みな、待っていてくれないか?
彼らも賊に身をやつしたとはいえ、元は善民だろう。殺さないですむなら、それ以上のことはない。
すべて〈異界〉が諸悪の根源なんだ。
幸い、強力なエーテル遣いもいないようだし、オレに徳を積ませてくれ」
ガレアーンが律儀にうなずき、イドシオンは「りょ」と言う。
「よし──見せしめに一人殺せば降伏するかな」
「……? いや言ってることおかしい……それ徳あります?」
メテウスの疑問に、マイティの白い歯がキラリと光る。
「人死にもでないうちに頭を垂れるようなら、生かす価値もない。
女は狙わん。男が一人死ねば相手も降伏できるだろう。なら、その一人をできるだけ残酷に殺してやるのが慈悲というものだ」
「あんた言ってることめちゃくちゃだぞ?」
「少年、常識がないのか?オレのやることを見ていろ」
だいたいそのとおりになった。
◆
頭が砕け散った男の残骸に泣きわめく残党を縛った。
そのうち九人が狼頭だ。
話を聞くと、フルーシャ族の残党なのだという。
故郷を追い出され、されど略奪についていけなかったため、逃げているうち廃村に住みつき旅人を襲っていたのだとか。
廃村に住みつく賊をサクッと攻略してくるというマイティとイドシオンを見送り、縛られた賊たちの持ち物をガレアーンと見分する。
「酒もない、武器はなまくら、金は小銭だけ。手軽に売りものになる若い女もいねえ。ガレアーン様、こいつらクズです。ちょっとは奪う側のことも考えろってんだ!」
「えぇ!? そんな殺生な……!」
「せめて死ぬときくらい人の役に立てよ!礼儀ってものがないのか、賊ども!」
「ひどい……!あんまりだ!!」
「うるせえ!人様をぶっ殺して財産を奪うような賊には……なにをしてもいいんだ!!」
「やめろ、せめて苦しめずに殺してくれぇ!」
「どっちが賊かわかんにゃい……」
龍馬の頭をなでていたガレアーンは、あっと呟く。
「うん?そこのあんた……見覚えのある顔ね」
しゅりん。
少女は腰の片手剣を抜いた。
メテウスも遅れて気づく。
「あ、リンチされかけてた狼頭か──たしか、ダンテっていう」
灰色の毛皮に特徴的なぶちがある狼頭。
ルモネの街の難民に紛れていて、ガレアーンに連行されたダンテとかいう──商人(仮)だった。
変な愛嬌のある狼頭は、脂汗をにじませへつらい笑みを浮かべ、舌をつきだしてへっへっと息も荒い。
ブウェイック家に引き渡したあと、たいした罪もないということで解放されたのだろう。
だが、いまフルーシャ族と行動をともにしているということは……
「やっぱり敵だったのね。遺言はある?」
砂色の髪をした少女は、カラクリじみた動作で剣を振り上げる。
殺意すらなく当たり前のように殺されようとしていることを悟り、ダンテは叫んだ。
「お、お待ちくだせえ!あっしらには事情があったんです、深い深い事情が……!」
「興味ないけど」
やたら良い天気の草原である。
しゅりんと上がった剣の銀光にあてられた賊がひとり、とつぜん立ち上がって走り出した。
「──ッ!あ──」
魔法のような足さばきで数歩を十歩の距離に広げたガレアーンが、軽く首を切り落とし、スタスタ戻ってくる。首から噴水のように吹き出す血。賊たちが騒ぎ出すも、ガレアーンが目を向けるだけで静かになった。
「ダンテって言ったわよね。遺言は?」
「ぜぇ、ぜぇ……」
ダンテは瀕死の呼吸で首をきょろきょろとさせ、はっとした顔でメテウスを見つけた。
「ぼ、坊ちゃま!後生です!助けて下せえ、あっしは悪くねえ!敵じゃありやせん!」
「いや、おまえら、普通に襲ってきたし……敵じゃない?」
「食うに困ってのこと! 見逃してくだせえ!」
「いや、時間的に、解放されてすぐ故郷で賊になったんだろ?ちょっと情状酌量の余地がないかなぁ」
「決して悪意があったわけじゃありゃしませんぜ!へっ、へっ、へっ……」
悪意の有無は問題ではない、メテウスは目線をそらした。
別に悪意がなくとも有害というだけで人間は殺されるものだ。なんなら悪いことをしていなくても、存在するだけで不快だとかで人間が殺されることもあるのだから、まだ救いはある気もする。これから死ぬ人間と話をするのは心の健康によくないので、くるっと背を向ける。
「お、おれっちは役に立つ!
あんたら戦士様の一行だろう⁉
〈異界〉を探りに来たんじゃないのか⁉
とっておきの話がある!おいらァ〈異界〉のなかが故郷だった!詳しいんだ!」
ガレアーンが、剣を肩かつぎに胡散臭そうに睨む。貴族らしい作り物めいて整った顔立ちに、青い眼の藪睨みが堂に入っていて、メテウスは一瞬怯えた。平民の習性だった。
「話してみなさい。ただし、嘘だとわかったら……ブウェイック家の審問官に引き渡すからね」
「滅相もねえ!嘘などつけるもんか!なんでも聞いてつかぁさい!審問されたって潔白ですから問題なんてありゃしませんぜ!」
「フン……会う場所が怪しすぎるからね。別の工作員?念のため持ち帰って審問するけど、いいの?」
「無実ですからな!おれっちの望むところというもんで!で!」
メテウスは哀れな狼頭の肩をトントン叩いた。
「坊ちゃん、なんですかい?」
「審問官って……拷問官のことだぞ」
「ふぇっ?」
「プロの拷問官は情報を吐かせたあとも、徒弟の練習台につかって絶対に死なせてくれないから、もしやばそうなら自分で死んだほうがいいよ……あ、気絶した」
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