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不滅を狩るる ~ 終末の傭兵に二度目があったなら?→紅をぶった斬れ!!!~  作者: 六津井パラピポチ


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幕間「ロワットラの憂鬱」



おまけです。ロワットラさんの個人的な話なので、飛ばしても問題ありません。






 幕間「ロワットラの憂鬱」




 >ロワットラ



 大河の氷が割れた春先、冬眠を終えた我が戦士団は戦の準備を行う。


 今年は巨人ホートスの群れが多く出没して村落を襲い、戦士団が疲弊してしまった。深い雪を徒歩でかき分け、転戦を繰り返した戦士団には休息が必要。私も去年からの戦の後始末で城を離れられず、計画が大幅に遅れている。これ以上の遅延はどこかで無理をして血で支払う結果となるため、寸暇を惜しんで働かなければならない。


 んんと背伸びしてチラッと大机を見やる。


 手紙と裁可を問う書類の山はこんもり積もっている。

 書類。嫌いだ。

 百年前は交易路も発達しておらず、紙が高価で質もよくなかったため、竹簡や口頭での伝令が重視されており、遠隔地を任せた権力者がすぐに裏切ったり独立を果たしたというが、それも良し悪し。

 紙の書類で情報と人が動くのは便利だが、その代償として私の机には書類の山がでてきる。


 上意下達を実現するための、マンパワーの不足。

 先のアペイロンとの大戦で、一族の長老連中が九割がた死滅したため、意思決定を行う人手が足りていない。

 引退した老人が判断を下すべき仕事が私のような人間にやってくる時点で、ブウェイック家の人的資源は払底しつつある。兄弟たちが外地で軍隊をとりまとめるために、武官に文官を連れて行っているので仕方のない話ではあるのだが、先代から今代に続く拡張政策が祟っていた。


 とりあえず書類に手をつけはじめた。

 有力者からの手紙の返事は祐筆に任せるから清書の手間はないが、内容を考える脳に血が集まってひどく疲れる。とくに判断材料が霧の中のまま物事を動かす場合、ある程度の誤りは前提として判断を下すため、あれでよかったのかと夢に見てしまう。


 斥候の眼が届かぬ戦場で指揮をとるのと同じで、いくら情報収集をしても盲目の霧が晴れることはない。確信がなくとも動かなければならないし、その成否すらも定かではないまま仕事が続く。

 たとえば、二百人の兵隊を動かせばよいところを千人動かしてしまって、別の戦場でリソースがなくなり死人が増えたこともあれば、多く兵隊を動かしたおかげで損耗をゼロに抑えられることもある。

 もちろん、何年後に考えなおして、そうだったのだろうと思い返すこともあるだけで、当時はそれが失敗だったのかすらもわからない。


 結果のでない仕事はやる気をそぐ。

 損得や出来不出来を問うような、安逸な仕事と違って正解がないのだ。神ならぬ卑賎な身の上の私は、目先の免罪を求めて、なにかわかりやすい成功があるものと思い込んでしまう。部下をたくさん殺しているのだからこれが正しい方法であったと信じたい気持ちが捨てきれない。その妄想を真実として信じられるほど、私には自分に対する確信がなかった。


 どんなにうまくいったとしても、可愛い兵隊たちが確実に死ぬであろう意思決定。


 そんな書類仕事を何件も裁可するうち、書類を見るのも嫌になってくる。


 単なる命令書や報告ならまだしも、間諜からの報告書など絶対に無視できないため、うっすら赤い判が押されていて不吉。気分も下がる。


 白湯を口に含み、途切れかけた集中力を高めなおした。

 静的な集中は意思でコントロールできない。だから条件を整えることに終始する。

 極端な集中は体のほうがついてこないため、エーテルを遣ってまで体力を補い、どこまでも思考の海に潜れる集中力を維持する。

 集中と瞑想は似ている。

 まるで世界に光りの糸が繋ぐような集中の世界は好きだ。

 だが──仕事そのものは全く興味が湧かないものだ。


 父からの簡素な指令というか、情報提供というか。

 端的にいうと『東部で不作の予兆あり』らしい。

 旧王家に客将として招かれている父は遠隔地の政治に忙しい。領地の政務をとれない。私が対応を考え、実務に落とし込んでいく。


 無名帝国とアペイロン王国の穀物貿易を邪魔し、相場への介入を行うための段取りを考え、20に及ぶ手紙を作成する。祐筆のエミールはこの分野の天才だからおおよその内容を伝えるとさらさら清書してくれるが、あまりにも面倒ごとだ。思いつく端から脳をふりしぼって、ある程度のところで打ち止めにしておかなければならない。伝令も時間も無限ではないのだ。仕事には、時間という制限を設けなくては、成せることも成せずすべて台無しになるもので、そうして九割の完成度で満足した私の仕事が、また兵隊の命を奪う。でも、しかたがない。納得できるかどうかという感情と、どうすべきかという問いかけは、峻厳に別の問題として扱わなくてはどうしても甘えた見通しに操舵される。


 小麦の値の上下で戦争を予測している商家も多数あって、私の行いは彼らに間違ったメッセージを与えるものだ。それとなく味方に利益を与えたいが、馬鹿正直に相場介入をすると匂わせるわけにはいかない。頭をしばし悩ませる。


 十年来の敵勢レナツァイト家は、バロートの大地からすこし外れた穀物の育つ領地を持つ代わりに、飢えと無縁のムール芋を栽培できず、暖かい北の大国から穀物をよく輸入している。


 だから不作になるとの予測に合わせ、家の商団に指示をだして穀物を買いあさり、値を吊り上げて餓死者がでない程度に高値になったころに売り払う作戦を計画する。レナツァイト家の国庫にダメージを与えるだけでなく、多くの人間が破産するだろう。実務者にはできるだけ隠ぺいさせるが、こんな露骨な嫌がらせ、バレないわけもない。


 ……昨年の戦争ではさんざ悪玉みたいに罵ってやったが、どっちもどっち、相手も表面的な憎しみはあれど、恨みも大きくはないだろう。


 これが私掠船に船を襲わせ、敵地に餓死者を出すような介入をすると当然ながらその十倍の人間が苦しむため、あまりにも徳がなく敵を増やしてしまう。

 戦場の恨みが民族的な恨みに醸成されるほどの行いは、双方暗黙の了解で行わない。略奪沙汰はよくても皮を剥がれた死体を並べるような戦いは現時点ではタブーだし、嫌がらせも一応は隠蔽する。

 互いが争っていることを自覚しているが、争いを避ける姿勢を互いに見せようとしているため、この建前が機能する。絵図を描いて指示を出し、託すべき人間に託さなくてはならない。財務の指揮を執る血族に全容を描いた手紙を送りつけ、事後承諾をとりつけることにした。これが他人ならば文句の十や百は生まれるが、血族同士では手紙一つで通るのだから楽なものだ。


 一息ついて、白湯を口に含む。


 ……この仕事に何かしらの意味があるかというと、おそらく存在しない。


 こんなこと文官の仕事だし、必要だからしているだけで、別に私でなくてもできる仕事だ。個人的な興味も全くわかない。心底意味の無いくだらない仕事としか思えない。こんな無意味なことに時間と人生を使っていることがときおり馬鹿らしくなるのだけども、無意味すぎて、かえって集中力がどこまで高められるか実験をしている気分にもなる。集中を追うことには快楽があり、なにかを探究して己を高める小人の歓びは、罪がなくてひどく心地がよい。


 私という人間が、小人として生きるようにできている、ということなのだろうな。


 太陽がじりじりと動く。


 一応の段取りを組み終わって、次の書類を開く。付随する手紙も開いてゆく。

 レナツァイト家の関所が関税をまた変えたため、こちらの関所も関税を割り引かないと交易路が廃れるという警告。


 ピレー聖山を超えた先の北部は、近年に気温があがって南国化リバースしつつあり、無名帝国へ続く東部陸路は需要が大きく高まっている。北に行きたい商人に貴族はたいそう金を持っており、その流れは無視できない。


 そうでなくとも、民の流れはそれだけで金になるため、旅人の安全を確保し敵を捉える関所の役割は多大である。

 係争地の税など金銭の面ではいっそゼロでも構わないが、メンツの面では弱腰ととられるため、下げづらい。上げ過ぎるのと同じで下げすぎても弊害が多いため、できれば近場の領地を持つ文官に任せたい。他国との貿易摩擦が起きぬよう物品別に幅広い見識を振るう必要があるため、現地の専門家の仕事だと考える。


 だが、当事者利益に関わる文官の作成した書類は、客観性を保持しようとしているとしても、高い地位にある文官ほど指針を勝手に決めているもので、その根拠となる情報も色眼鏡で見るようにする。それが彼らの生業なのだから否定は出来ないが、すべて受け入れることもできない。

 おおむね現場判断を追認するにしても、質問をいくつか挟んでおく。小うるさい姑のように方針にネチネチ口を出すのが仕事だ。


 上からの目が見ているぞ、という暗黙の警告である。


 誉れ高い憧れの戦士は「上がいちいち口出しするな!現場に任せろ!事件は現場で起きているんだ!」と反論してくるが、そんな何も考えていない馬鹿は大それた裏切りをしないので好きだ。


 逆に都合の良い動きをする戦士は警戒している。

 意に添わぬ仕事に従順を装える人間は、裏切るときさえ従順な顔をしたままなのである。


 バロート民族のいない面倒な土地なのでパワー系の人材は派遣されていないと信じたい。希望的観測だが……。


 東部ハレン回廊は歴史的に小国が乱立していて、鹿王ハレンの係累を名乗る木端貴族がポコポコ建国するものだから、戦士をまとめて送りつけて支配するわけにもいかないのが面倒なところ。

 外敵に対しては恨みを忘れて一致団結する土地柄なのだ。侵略者に対して一致団結しない貴族は全員滅んだとも言える。その中に敵勢レナツァイト家の策源地があるものだから、対応は面倒極まる。文官適性のある戦士が関所を護っている……はず……だ……。顔も知らない部下に、血族の差配した人事も多く、そうであってほしいという願望だった。


 すべてを把握できていない。政治に適性のある人間ならばすぐに顔に名前が思い浮かぶだろうし、頭が回るなら、ハレン回廊が係争地になると見越して、領主なり戦士を人選していただろう。だが、天才でもなければ書類仕事も得意ではない私が、血筋で祭り上げられた地位に見合った仕事をしているだけだから、場当たり的な対応が限界だ。


 そう考えてしまうと気分も陰鬱になってしまうが。

 どちらにせよ手紙は気楽。

 直接人の死なない、身内へ渡す書類はあまり文面に気を使わなくてすむ。

 この部屋の中で完結する仕事がくると楽をしている気分になるが、頭が疲れ耳鳴りがはじまったのでしばし休息をとる。


 一つ一つが運命を占うように面倒ごとだから、いっそ放り出して自然に任せたほうがよい気さえするが、この役割を担える人間がほかにいないのだからしかたがない。いっそストレスで発狂したふりでもできれば気楽になるのだろうが、私は、何万という人間の人生を左右する案件を差配しているというのにら大したストレスすら感じていないのだ。心の底ではどうでもいいと考えてしまっている。とことん適性がないのだろうな。


「姫様、緊急の伝令が手紙を。先にお目を通されますか?」

「ああ」


 次の案件は戦争にしようと思えば戦争にできる事案。

 ベルレーシ海の南、湾岸都市ロジサードからの嘆願は認められない。

 『兵役を拒否する』など体面からしても実利からしてもありえない。

 ありえない話が私のもとまで上がっている時点で異常であり、いくら理由を連ね、妥協を引き出す交渉材料としても、度が過ぎている。意表をついたり無理難題を言ってみせる交渉術が通用するのは、相手が武力を持っていないか、重要ごとでないか、力関係が拮抗している場合だけだ。

 都市ロジザードの嘆願はそれらに該当しない。

 古来より、〈異界〉によって人間の動線は寸断されてきた。ゆえに飛び地の都市を支配する方法が洗練された。


 ブウェイック家において、飛び地の管理は、ある都市から抽出した兵隊を別の都市に派遣して、遠隔地の支配を回していく古代バロート王国の伝統的な方法。

 都市たちの猜疑心を煽る、オーソドックスな分割統治である。

 その一輪が拒否の姿勢をみせている、ということがブウェイック家にとってどれほどの逆鱗であることか理解していないのかもしれない。都市の中の論理で物事をとらえた、無知な者たちに意思決定がなされた可能性がある。

 明白で公平な罰がなければ、人は倫理観があやふやになり、子供を喰らい生き血をすするようになる生き物だから、本来は一罰百戒を意図して過剰な罰を与えるべきだが、悩みどころ。


 新市長の見識不足であることは明らかで、されど有力者たちが助言していないということは、政敵たちがそそのかしてブウェイック家の権威を都市内の政治に使おうとしている可能性がある。

 あるいは他国からの干渉か?ないだろうが、ありえないとは断言できない。

 当然存在する税のごまかしを指摘して理不尽に強い圧力をかける段でもないので、戦士を派遣して、商家を一つか二つ潰して見せしめにするよう指示することにした。


 新市長の親類がよいだろう。それで意見を変えないなら市内の同胞に殺されるであろうという予測。いくら憎たらしくても宗主国に面と向かって逆らう愚か者は少ない。


 だが──くふふ。

 愚か者が権力を握るということは、ままあり、その愚か者がなぜか弁が立ち、容貌素晴らしく金稼ぎの才能もあり戦に強いということもままあるので、油断はできない。

 私をみればわかるように、愚か者がそれらしくしていて手を出せないということは本当によくあることなのだ。


 祐筆に考えるままの言葉を命令書の書式にさせる。この書式というやつに従わない適当な手紙を書く身内も多いが、次世代のことを考えて書式の見本を配る心算で作成する。


 注意事項として、派遣する戦士には大商会には絶対に手を出さぬよう言い含めておかねばならない。

 脳まで筋肉でできているような誉れ高き崇高なる真の戦士は、とくに商家をないがしろにすることがあるため、商会の保護を強調しておく。


 軍規を重視する直属の戦士団ならまだしも……。

 紛争にでかけた戦士が、猛り狂った兵隊を可愛がるあまり、味方の豪族や商家を略奪させて、財に美男美女美童学者を奪いとり、『敵の責任です』とか言い出すこともあり、とにかく統制を怠ると一瞬で問題が発生してしまう。『これをするとだめだよ』みたいな可愛い言葉で戦士は止まらない、決まり事を破ると私が殺しにいくという直截な文言でないと彼らにルールなど伝わらないのだ。真の戦士とはかくあるべし、だが、統制するとなると頭痛がする。大自然に任せて、戦士たちを厳しい自然すなわち敵地で放牧したほうが楽なくらいだ。


 前例がある。ある征服地の貴族夫人を人質にとり、輸送を任せたら、勝手に娶って子供をつくったやつが結婚を認めてくれとか言ってきたときは、さしもの私も驚愕し「マジか」と言ってしまった。

 身重はらぼてのまんざらでもなさそうな婦人をみて「マジだな」と頷き、頼りになる凛々しい笑みの若武者が婦人の肩を抱いているのを凝視して、また「マジか」と言ってしまったくらいびっくりした。

 『人質に手をだしてはいけませんよ。無用な戦争になるので』と言っていなかった私の責任もなくはないので(本当にあるか?)、けっきょくびっくりしたまま結婚を認めてやったが、以後、私は部下の見識に頼ることをやめた。出自も教育も様々な戦士に、自分と同じ常識があるものと考えてはいけなかったのだ。


 私は学んだ。大局観があれば丸く収めるのが当たり前の対処だとしても、部下ならわかるだろう、うまくやってくれるだろう、という思い込みは必ず痛い目を見ることになるため、母親が子供にそうするように言い含めておくのが大切。しつこいくらい子供に言ってうざがられる母親くらい口出しするのが唯一の正解だ。なぜならそれ以外の方法がない。


 外交に慣れている戦士ばかりではないのだ。過去に西部辺境の戦士が、歓迎の証に妾を殺して肉を提供するとかわけのわからない実例もあり、こう、悪意なくそんなことが起こると困ってしまう。うまいのか?とも考えて一口食べたが、別にうまくもなかった。もはや意味がわからない。


 休憩がてら寝台に寝そべりながら祐筆に好き勝手言っていたが、昔のことを思い出すと心配になってきたので、しつこいくらいに、万が一に戦闘になっても港を攻撃しないよう指示。疲れで無用な心配をしている気もするが、配下への手紙なのだから遠慮はしない。


 母なるベルレーシ海に港を持つ都市は無数にあるが、〈十六都市同盟〉や〈無名帝国〉が使う巨大な貿易船をつけられる都市は限られており、湾岸都市ロジサードはそういった施設のある国際港で、要は外国勢力の資本も注入されている無形の財産。手厚く保護しなければならない。


 国策企業の側面を持つ大商会や、水上黄金都市の商会群は、必要もないのに敵に回していると家が滅ぶ程度には強いチカラを持っている。


 流通の大本を回す大商会や、他国の大資本はあまりにも魅力的なのだ。

 そして都市ロジサードを治める支配者層とはいえ、一つの都市を策源地とする商家などいくら金を持っていても替えが利く存在であることも事実。

 同じ商会と名はつくが、それらは別の存在なのだ。都市の支配者層がそのことを理解しているかどうかも別だが。


 地方の有力な商会は、豪族や地主や富豪と同じで、その地域では絶大な権力者だとしても、見せしめに潰すにはうってつけの対象となりえる。


 だから普通、私のような戦争屋には媚びるものだが、人間はとにかく多種多様。

 顔を合わせるほとんどの人間に傅かれ、百年贅沢できる富と千人の私兵を持っただけでいっぱしの武力勢力になったつもりでいる馬鹿は案外多いものだから油断できない。自分を大人物だと信じているくらいなら微笑ましいし、実際に無能ではないのだろうから褒めるくらいはしてやってもいいし、なんの害もないが、そうした生活を送っていると、人は妄想がこうじてしまい、世界の動向や国家間の政治に、自分が関与していると思い込むことがある。権力者の病だ。実際に都市一つ分くらいの行く末を決める権力があるケースだと、たちが悪い。


 何事も役割というものがある。

 経済の回る大きな力をスムースに伝えるギアや動力は重要だし、法を実効させる実務者も大切だが、その人間そのものはどれだけ巨大にみえても替えの効く存在であるということを当人たちは理解しがたい。


 私はすこし考えを改めて、肝いりの戦士を送ることに決めた。

 あらためて道理を教えてやらなければならない時節なのかもしれない。

 湾岸都市ロジサードが傘下に加わった前大戦から12年余、ブウェイックが流した血を軽くみられるほど、時が過ぎたということだ。


 方針さえ決めてしまえば楽なものだ。

 それにしても都市長みずから兵役を拒否するなんて、無理筋にしてももっとこうあるのではないか?と呆れてしまう。

 方法なんていくらでもある。どんなに状況が悪くとも、我々に支払うはずの税を用いて傭兵を雇い出兵させ、税の遅滞は別の言い訳をすればよい。兵役の拒否は支配の否定だが、税の遅滞は怠慢で単なる借金。厳しく叱責されるとしても族滅に値するほどの罪ではない。


 どういう意図が隠れているのだろうか?

 理解不能な話は、つい敵の謀略を疑ってしまうが、しょせん大神殿もなく、まつれる神もなく、超越者もいない都市でこんな工作をする意味があるか?というと微妙なところ。上への見せかけの功績のために始まった工作というのはありえない話ではないが。


 歴史の英雄や鮮やかな謀略家を学んでいるとつい誤解しそうになるが、追い詰められた凡人の近視眼的な動きは意外と世界を回しているもので、やはり勘違いの可能性が高い。穏便に済ませるべき案件とあらためて判断し裁可する。


 私は平均的な人間より能力は高いけども、それもせいぜい戦士が何人かいれば空きを埋めることのできる平凡な駒だ。


 大局を無理に動かそうとしても、自然災害に等しい大国の動向や、他国の策略で簡単にやりたいことが頓挫してしまう。


 戦でいくら人を殺せても、戦争で負けることも多くある。

 だから凡人の失政には優しく対応すべきだと考える。自分も失敗をよくするからだし、失政など避けて通れるものではないからだ。


 無知は罪とよく言われるが、それは「弱者とは罪」というのと同じ意味であり、知性を持った人間が決して口にはできない言葉でもある。実際に、無知は罪ではない。単なる弱みだ。人の弱みをみて悦に入るような残酷な人間になりたくないので、私は無知からの失敗ならばできるだけ寛大に対処すべきだと考えている。

 いや、正確に言うならば。

 私人としてはどんな理由だろうが私の邪魔をしたり不快にさせた人間など、シンプルに家族まるごと全員殺せばいいと考えているが、公人としては許さなくてはならない。私は戦士だから、個人的な感情よりも信条を優先させなければならない。どんなに気に食わなくとも……。


 都市ロジザードの嘆願は気に食わないが、そうするにいたった背景は調査しなければ判明しないだろう。

 やはり都市内の政治では?と考えているが……実感がわかない。

 武力ではなく権威に根源を持つ都市内の政治家は、いちいち政敵を攻撃して、失政を成功とみせかけ、叫び声をあげて存在感を示さなければ立場をつくれないとは聞いたことがあるが、実感がわかない。そういった権力闘争の兼ね合いで、外部からは意味不明な政策が生まれることがあって、それも凡人の私の頭をよく悩ませているのですこし憎たらしい。


 しかし、いくら言い訳をしてみても、こんな事態が起こることそのものが失敗だ。層の薄さの証明だな。本来は私の机の上にでるまえに、部下に使用人が使者を送って警告しておくべき話だ。意思決定を行える人間が、いよいよこの城から消えているのか?


「面倒だ。長老がすこし飛び地に気配りすれば未然に防げる問題だったというのに。みんな勝手に死にやがって」


「デュラン様の治世が安定してからは、長老衆は戦で死ぬ機会を探していたので、しかたないでしょう。派遣する戦士は誰を選びますか?」


「ミゾディルクの次男。あの二股髭でいいだろう。船を動かす金くらいはくれてやれば喜ぶだろうし──補佐にハヴォックの長男をつけろ。兵役拒否の意味合いを教えてやれる知性派が必要だからな。はぁ……はは」


 他人のいる場所では絶対につかないため息をついてしまう。ついで、から笑い。祐筆のエミールは他人というよりも右手なので気にしない。私は戦傷の後遺症で文字が読めなくなった時期があり、対外的に文盲で通しているので、祐筆はそこらの戦士より選んで大切にしている。


 政務の真似事などするつもりはなかった。


 まだ私が世間の穢れを知らず、幼くって。

 ブドウ畑を駆け回り、汗みずくになって、冷たい井戸水を飲んでいた頃、猟犬の背にまたがって、広大無辺な世界を探検していた頃、大地に恋をしていた頃は、毎日が未来への希望に満ちていた。

 いつか戦場で二十歳にもならず若く死ぬような薔薇色の未来が待っていると勘違いしていたものだ。


 現実は違う。なんか書類とにらめっこしている。二十歳を過ぎて無様に生き延び 、未来は暗黒に満ちている。もう、生き続ける理由がときどきわからなくなる。重苦しい義務や現実を無視し、剣一つ持って戦場に出ていたころがとにかく懐かしい。




 老いてしまったのかもしれない。


 現実に縛り付けられている。


 自由になりたいという衝動が日増しに強くなる。


 ふと気を抜くと、すべてが厭わしくなる。


 こんなことを続けて、なんの意味があるんだ?


 このままでは、このままの世界が続く。


 あげく、年を重ねたあと、”それでも悪い人生ではなかった”とうそぶき、偽りを信じこむようになるのか?


 体が疲弊し、寝台にすがりつきたくなるような萎えた気力。


 転じて、そのような現実を認められないため、バラバラに破壊して殴りつけたいような、自己破壊的な気分になる。


 むろん理解している。

 そんな暴力的な気分は、誰にでもよくある衝動だともわかっていた。日常に倦んでいるだけで、美食や運動や殺人でストレスを発散し、無視をするしかないのだ。私は根が凡人だから、気をはっていても弱気になることがあるというだけだ。


 窓を開けて大気を取り込む。ブウェイック城は大昔の城だから、ガラス窓を簡単に収納できる、よくわからないからくりがついている。その小気味の良い仕組みで、音を立てて開いた窓から吹き抜ける風が心地いい。


 まだ大気は肌が痛むほど冷たいが、どこか春の陽気が忍び寄っている気配がする。

 寒冷化がすすんでいるというのに、今年はもう北では氷が解けて暖かいのだという。

 異常気象に、大国の混乱。

 戦の予感が強い


「はぁ──私も、自由になりたいなぁ」

「……? 姫様。あなたは一番自由に振舞っておいでですが……?」

「うるさい」


 戦士団を引き連れ戦を行いたいというのに、戦争を行うための準備がとにかく面倒。飛び地の都市などすべて略奪し人間も金にかえて大戦争を行えればどれほどよいだろうか、と理想を夢想してしまうほどに面倒。


 可愛くて健気な私の戦士団に、大きな都市を略奪させて十年遊んで暮らせる金と美女の山を与えて山賊親分みたいに尊敬され、哄笑したいという欲求があるのだけども、現実にはそんなボーナスタイムは運に恵まれなければやってこない。


 昔は敵地で最高に楽しんだ無制限の殺戮や略奪も、為政者の立場になると害が大きく、単なるラッキータイムとして扱うわけにはいかなくなってくる。略奪を楽しめないなら兵隊になるなんて馬鹿のやることじゃないか、と素で考えてしまうこともある。


 現実と理想の差異が私を打ちのめす。

 戦士というのは、なんかこう、敵をぶっ殺して略奪してればハッピーなのではないのか?敵の子供を蹴り殺して家畜を奪い、味方の子供に与えて尊敬される、そんなシンプルな話じゃないのか?なぜ私はブウェイック城の城主などやっていて、陰気な書類を処理し、あげくのはてに生意気なガキの教育なんてしているんだ?鬱だ……


「はぁ……鳥になりたい……」

「姫様。ため息をつくのはみっともないものです。貴人の行いではありません。そして鳥にはなれません」

「わかってる、うるさい。はぁ……」


 政治担当に、資金担当ではないだけマシかもしれないが、戦争をするのに理由が必要だなんてこの世はつくづく狂っている。

 

 社会が狂人の群れにすぎないと理解したのはいつからだろう?

 子供の頃、社会というものはまともな人間と、まともな理屈に運営されている場所だと勘違いをしていた。

 世界が正しく廻っているものだと、無知ゆえに信じていたからだ。

 いまは違う。

 社会が狂人の群れだと感じるようになったのは、世界が正しいものだと感じなくなったから。

 世界は、理屈も正義も関係なく、単なる惰性で回っていて、最低限のあるべき正しさすら社会には期待できないと感じている、ひいては、この世に正義があるということを信じられなくなっている。いますぐご破産にしたって、もともと終わっているのだ、私はこの社会にも世界にもさしたる価値を感じていない。


 病は根深く、治療の方法もわからない。


 哀れな迷子のような大人になってしまった。

 駄々っ子のように、正しいことがあってほしいと、それでもまだ私は信じている。

 同時に、だからこそ私は絶望している。

 正義を信じているのに、この世にはあるべき正義が一つたりとも見当たらない。


 この世になにか一つでも、信じられるものがあるのだと叫びたいのだ。

 おまえたちの死には、おまえたちの苦しみには、おまえたちの犠牲には。おまえたちの無意味な最期には。

 それに見合うものがあると、可愛い戦士たちに言いふくめてやりたいのだ。

 なのに……世界は狂っている。

 たとえば……戦争のために国家があるというのに、愚か者は国家のために戦争を行おうとする。


 まともな考えをしている人間というものは、案外少ないものなのだろう。

 まともに考えているならば、戦争のために社会があるのだと気づくものだろうに。

 なぜだ?なぜ戦争を避ける?彼らはなんのために生きているんだ?


 世には、戦を厭う男がいると聞いたことがある。

 剣も満足に扱えず、畑を耕し家畜や子供の世話をするだけの男など、最高にみじめではないか?人を殺さない男など生まれてきた意味すらないのではないか?


 世には、美食や性交を追求することを栄養とし、子孫を繁栄させて満足する人間がいると聞いたことがある。

 何故だ?その感覚がわからない……


 世には、家などいつかは滅ぶものだというのに、死力を尽くして家を守る女がいると聞いたことがある。

 なぜだ?戦のために子供を産んだはずなのに、我が子が死ぬと泣き叫ぶなど、恥を知らないのか?

 あるいは、自分が産んだから、血縁だからと特別に感じるような俗人には、恥などないのか?


 いみじくも人に生まれて人を殺せないなどとは、生まれてきた甲斐がないではないか。若いうちに戦で死なせてやるのが幸福というものだろうに。死んでほしくない子供を家に閉じ込めて家畜のように言うことを聞かせたいなら、太陽の下に出すなというだけのたわごとに思えてしまう。太陽の下では人は殺し合うものだからだ。 


 父親というものは、孫の顔を眺め、息子と一献交わすことがなによりもの楽しみなのだという。

 母親というものは、腹を痛めて生んだ子供が死ぬことがなによりも辛いことなのだという。


 だから、邪魔をする。

 我が子に人殺しを教えない父親なんて存在する意味がない。道理を知らないのだろうか?

 戦のために生まれてきたバロート人の子供の手を引いて、哀れっぽく女が母の涙をみせて邪魔をするだなんて、誇りを知らないのだろうか?


 この世に正気の人間は少ないのだと、つくづく身にしみている。


 徴兵した兵卒がたくさん死ぬと、恨み言をいう人間がたくさん都市にあらわれ、大声で文句を言ってくることがある。

 そういった市井の人間の習性を私はいまいち理解できていない。

 戦で死んだ家族は誇らしいものだ。

 それがどれほどみじめな最期でも、戦で死んだというだけで完璧に生命を全うしている。

 戦で死んだ名誉をなぜ褒めてやらないのだろうか?

 悲劇の役者になったつもりで泣き叫ぶ彼らは、どうして剣をとらないのだろう?


 戦に出たなら人が死ぬのは当然だが、彼らは出征を見送る時点ではそれを理解していないのだ。なんか、遺髪をにぎりしめて泣いたりしている。もはや意味がわからないが、罰を与えるとダメだと父に言われたので無視することにしている。


 だが……彼らの言葉に共感する人間が世に大多数であることも理解している。

 人間とは闘争する存在であるのに、命に等しい金のやりとりは飲み込めても、直接命をやりとりする戦争には、なぜか感傷を持つ一派がいて、そういう人間は殺し合うことに理屈が必要なのだ。



 愚かなことだ。

 人が殺し合うのに理屈なんてないのに、それを理屈で制御できると思っているのだから、阿呆もいいところだろう。というか、どういう思考をもってその結論に至ったのか、本当の所理解できていないので、的確な罵倒すらできない。とにかく不気味だ。悪夢の中で恐ろしいものに襲われた感覚に近い。理解できない人間とはそれほど恐ろしいものだ。


 理屈がなければ戦に出ないような人間たちのことはついぞ理解できた試しはないが、多くの人間はそれらしい見せかけの話を頭から信じて動いてしまう、ということかもしれない。いわば一つだけボタンの掛けがねを間違えているだけで、やはり根っこでは私と同じなのだろう。確信はないが……。


 おそらく潔癖症で、死体に集うハエやウジに耐えきれないから、それが醜いことだと誤認しているのだろうな……という推測をしている。

 潔癖症とか、それに類いするよくわからない原因が複合しているのだろう。そうでなくては説明がつかない。


 なぜこんなにもバカげたことが通るのだろうか?

 しかし現実として、いくら道理に合わなくとも、そういった人間が納得できる理屈がなければ、大軍は動かせないのだ。


 だから私は理屈を学んでいる。

 成長している。その証拠に、昔よりずっと人を理屈で動かせるようになった。

 理屈を使いこなせれば、正しい方が勝つという確信がある。


 いつかこの世のすべての人間が死滅するような大戦争を起こすために、いまは雌伏のときだ。

 

 焦ることはない。

 この世の終わりを見てみたい。そんな気持ちがわからない人間など、この世に存在しないのだから……


「クフフ……」

「また姫様が邪悪な笑みを浮かべている……」


 大いなる計画に向けて、まずはブウェイック家を掌握したいが、この歴史だけは無駄に古い家の血族は全員が曲者で、命令を出せるようになるころには老婆になっている気がしてならない。


 ブウェイック家の本家筋はそれぞれが異なる方面を担当している。

 実の子にこだわらぬ戦乱期の慣習が拡大し、直系に拘泥しない戦国の気風をいまなお受け継ぐ。


 血族から広範に戦闘者を募り、生き残りを本家として認める伝統は、お家存続を貴ぶ正統貴族からすれば化外の蛮族の如し風習でもある。


 彼らの考えはある程度正しくって、直系のほかに権力を与える王朝はすべて滅んだから、この世の王朝はすべて直系相続なのだ。

 さらにいえば、ほとんどの王朝が男子の直系相続に限定されるのは、まさに血の相続という観念が理性ではなく本能に故を持つことを示す。


 直系でも、女の腹だけでは血が薄まるという感覚は、庶民なら理解できずともすべての王侯貴族が生まれる前から理解している。


 神より滴った血が、腹を使って、次の世代に滴り続ける。

 精液や経血を通じて神の血を継ぐ。

 輝きを纏うようで、ひどく血なまぐさく穢らわしく、神聖で美しい。

 論理すら及ばぬ本能に訴えかける。

 男も女も一緒くたにそのために何千何万と死と血を捧げて王朝は呪術のように血を継ぐ。

 血なまぐさい女性器から生まれた魂が、次の女性器に魂を注ぐ光景。

 子宮こつぼ精液たましいが封入されるさま、蠱毒のような呪術でもあるのだろう。

 それは人間という呪いの究極で、とても高貴で血なまぐさく美しい。

 

 だからブウェイック家のような、直系にこだわらぬ家というものは理解を得られない。


 バロート人は、とにかく兄弟の絆を大切にするという前提がなければ理解できない話でもある。

 バロート人に兄妹殺しは存在しない。とくにブウェイック家ではとある理由からありえない。


 兄妹とは、政治的に敵対していても、本拠地から遠く離れたところで権力を与えても安心できる稀有な存在だ。レナツァイト家との戦争を呪い子(ハラー)のような兵器で台無しにされても、敵対とはいえない。儀式でつながった本家の兄妹は敵になりえないからだ。


 だから、この前の戦争を呪い子(ハラー)とメテウスを使って台無しにされた報復はいまだなされていない。


 ……敵ならば殺せばすんだ。

 怒りで平衡を失い、頭がグルグル痛む。

 発散されない怒りで体を痛めそうだが、気晴らしが存在しない。

 気鬱とはこのことか?

 気苦労の多い政治の真似事に駆り出されていて、それがとてもつまらないのだから二重に辛い。必要性を理解しているがゆえに放り出すこともできない。


 ──発作の病のように、すべてをぶち壊したくなる。


 当主デュランの裁可を問う案件がやってくると、情報を往復させるだけでもとにかく大事。譜代の家臣や使用人も兄弟たちに多く与えているので、いちいち段取りを聞かなければならない。


 仕事、多すぎないか?


 人間らしい生活があるべきだ。つまり本当はなにもしなくても戦が発生し、自然に民草が兵隊に変身して軍資金も集まり、老若男女が武芸の達人と化し、寝ているだけで大戦争が起こるように人間社会が変革するべきなのだ。


 いつか父を殺したあかつきには、そんな楽園をこのバロートに生み出したいと切に願う次第である。


「ロワットラ様。この報告をみてください。レナツァイト家はやはり武具を集めていますね」


「──ああ、春が終わるまでに一つ戦争が起きるな」




 嬉しい。

 祐筆のエミールがさっと離れる。

 私のことをよく知っているからだ。


 嬉しい──目の奥で、いつもグツグツと何かが煮立っていた。


 世界を見聞きするたびチクチク、チクチクと、鋭い針が頭の中の泡を潰して、鮮烈な感情を撒き散らした。


 チクチク、チクチク、頭の中を鈍い針で刺激されつづけているような究極の不快感。

 同時に、恍惚として我を忘れる快楽を伴う。


 光を感じるたび。

 チクチク、グツグツ。何が煮立っているのかもわからない、理性のない獣のように叫びだしたくなる。


 そのグツグツは発散させなければ沸騰して魂を煮沸してしまう。気が狂ってしまうだろう。だから代償に、他者の魂を奪いとって、この怒りに鎮魂という水を差し、冷却しなければならない。


 目の奥で煮立ち続ける泡を自分から潰すようにして睨みつけ、気に食わないものを叩き潰している時はこの上なく爽快だった。


 戦争はまさに沸騰する地獄の窯の底のようで、幾千の人間がそんなはずではなかったという顔で血を流して無様に死ぬ。


 その光景は美しい。

 美しいものをみると、自分がまるで自分以上のものになったような気分にさせてくれる、だから芸術が好きだ。

 

 戦争は、自分が死ぬかもしれないという点でも喜ばしい。


 この世の無常、寂莫、悲嘆。

 この世の聖愛、徳に情、そして快楽。


 それらが戦争というミキサーで攪拌され、泡立つ激情で煮立ち、頭の中でチクチクと泡が潰れてゆく。弾けるたびに視界に閃光が走り、天上の心地が訪れる。


 どんな性交や薬物でもこの感覚には劣るだろう。

 瞑想や臨死体験でも及ばない。


 同時に、灼熱の痛みで頭の中が焼け焦げ、この苦しみを他人に教えたくなる。この歓びを。



 ──この感覚を闘争というのだろう。


 私は戦士で、目的がある。

 闘争を満たすために寂寞の荒野を生きている。

 だから他のことはすべて瑣事だった。


 むろん、理解している。


 そんな暴力的な気分は、誰にでもある、つまらない破壊衝動だともわかっていた。


 ほとんどの人間は、そういった自己破壊への憧れを制御できるのだという。

 私が観測するうえでは。制御できない人間は自暴自棄になったり自殺をしたりするのだから、大多数の人間はこの衝動を制御しているらしい。たしかなことだ。だってこの世は業魔府みたいになっていない。


 でも、私はできない。

 不可能だ。

 こんな味がほとばしる痛みを、快楽を見捨てるなんて。


 人生の主題が、これだけでいいというほどに好きになってしまった。


 人生の使い道は予約されている。そのために人生を使い果たすのだ。


 ──命を使い果たし、運命の車輪を回転させる。


 書類仕事で頭のボケてしまいそうな冬が終わり、雪解けの春に小競り合いをはじめる。そうしているうちに戦争の夏が来る。ヘドロの中で羽虫に集られながら敵を殺して血に濡れる夏が。



 この世に重要なことなど、一つか二つしかないものだ。

 切り捨てるべきものをすべて切り捨てたあとに残るものはなんだろう?

 それを人は魂というのだ。


 恋人も血族も信念も理想も現実も捨てた先に残るものはなんだろう?

 それを神々は運命と呼んでいる。


 至上の運命がある。

 計画はなんとしても成就させなければならない。

 まずはあのメテウス少年を、地獄に叩き落とすことからはじめようではないか。



 ◆


邪悪シリーズに目をつけられたメテウスの運命やいかに。

次回「アトランティス、浮上!」

来週もコリオリ……見せかけの力に付き合ってもらう。


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