「贄なるもの 七」
◆
「振れッ!振れーッ!フレーッ!」
「騙された……!」
真夜中の豪雨だった。
真っ白なエーテル灯に照らされた屋外。石畳の上に並ぶようにして、ずぶ濡れで鍛錬する集団がいる。百人に満たない男女だ。年齢は年嵩から若者、はては子供までいて、その中の一人が弱音を吐露していた。
「なんで雨の外で鍛錬するんだ……! こんな根性論でなにがわかるというだん……!」
「なにごちゃごちゃ言っているんだ! 剣、振れ! 剣をッ剣を振れ! 貴様剣の才能がないな⁉ ならば槍でも斧でもいい! 振れ! 剣、振れ! 振れ! フレー!!」
(クソッ! 応援されてるみたいだ!)
がむしゃらに剣を振れば降るほど、少年は才能がないとどやされていた。
「畜生がッ!おれは昔から剣が下手なんだよォ!!」
「うるせえぞガキ! まだ、はじめたばかりだろう! まだまだ続くぞッ! この地獄にッ!泣き言を抜かすなッ!!」
隣の青年が泣きながら叫ぶ。泣いてるのおまえじゃねえか、と少年は内心で突っ込んだ。
(……逃げるか!?いや、逃げたら殺されかねない……!)
「振れッ! 振れッ! 振れーッ!」
身の丈2レヌトを超えた、堂々たる体躯の女が教官役をしていた。筋肉の隆起した女戦士は、気合が入りすぎて額に寄り目ぎみの武者の面構え。もう見るからに理屈が通じそうにない。
女戦士は、マサーヒィと呼ばれている。
ブウェイック家の女である。ロワットラの親戚だ。
貴族感は一切ないが、反抗したら殺してきそう感はめちゃくちゃある。
メテウスは傭兵として数十年を生き抜いた男だ。そんじょそこらの人間のこけおどしに腰は引かない。だが──
「気合だッッ!!気合が抜けたやつは拙がたたっ斬るからな!!」
(──教官、怖すぎる……!)
びしょ濡れになり、鎧兜を着込んだ訓練生たちは白い呼気を吐き出し、エーテルの光りに照らされた横顔は狂気が見え隠れしていた。
ドシャリ、また一人倒れた。
冷たく濡れた石床に突っ伏した男を、教官は腹から蹴り飛ばして叩き起こした。
「役者をやってたら殺すぞ!」
「う゛ぅ……」
血を吐いた男が、本当に殺されるという生命の要請によって立ち上がる。
「雑魚をいくら治したところで拙のエーテルは尽きない! 安心してぶっ倒れろや!」
優しい光に包まれ癒やされた男は、白目を向きながら雨の夜空に叫んだ。
「ご指導、感謝しますッ!!!」
(煉獄の責め苦かな?)
メテウスは、また弱音をつぶやいた。
「騙された……! こんなはずじゃなかったのに……!」
◆
「訓練も受けていないメテウスくんが、マサーヒィ様の教練を耐えられるとは思えません。
四人目もダメとなったら、ロワットラ様の計画が頓挫してしまいますよ?
助けたほうがよろしいのでは?」
「率直に言え」
「メテウスくん、可哀相です」
酒杯を傾けつつ、自堕落に座ったロワットラが鼻を鳴らす。
「リージェント、おまえは人が理性で動くものと勘違いしている、明白な欠点だ。
気づいていなかったのか?
メテウスをまともな人間だと思うな。人間に生まれた甲斐のない目つきをしていただろう?
ああいう馬鹿者は、縛り付けたところで反発するだけだから、大きな枠で囲われた家畜のように誘導して使うのが上策だが──どのみち、恩を売られたというだけで殺意を返送する獣のたぐいは操り人形に向かない。
いまは死ぬほど忙しくさせておけば、そのうち駒として使いやすくなる。納得できないか?」
「わかりかねます。メテウスくん、強がっている男の子にしかみえません。意地を張っているところが可愛いし、悪い子にはみえません。」
「悪くはないぞ。これでも褒めている」
「えっ?」
「意味を持たない人間は運命の注ぎやすい杯のようなもの。神々が気に入るだろう。
──スモルクの贄とするに、最適というわけだ」
◆
理不尽なんてものじゃない。
ろくな説明もなく 、戦士になる若者が集う青年団──メンネルブントとやらに放り込まれ、交流すらなく、ひたすら剣を振り回して訓練するのが十日ほど続いた。半分ほどの訓練者は心が折れて消えた。
深夜になると、身体の疲れは治癒の奇跡で癒され、露天で倒れこむようにそれぞれ雨にうたれながら意識を消失させる。意識を失ったかと思えばつぎの瞬間、朝の銅鑼が響き渡り、また訓練がはじまる。
肺から血の匂いが漂う。神経がプチプチと切断し、脳が発火したかと思えば冷たくなって気が狂いそうになる。その場から正気はじょじょに消え去り、発狂する者もあらわれた。
メテウスは逃亡する見込みがないから耐える他ない。
最悪な事実は、これが悪意や攻撃ではないということだ。
ブウェイック家に属する戦士志願者は、メンネルブントと呼ばれる若年同胞団の試練を潜り抜けなければならないのだという。
教官を束ねるユーリ・マサーヒィ・ブウェイック という女は、痛覚が存在しない人間だった。必然として他人の痛みに無頓着だ。
「拙の腕を斬れ」
「えぇ……」
「なにもぞもぞしてるんだ、早くしろ」
訓練者が腕をちょん切ると、即座に腕を生やして拳を握りしめ、ドワフッと風を切って殴りつける。訓練者は吹っ飛んだ。
「四肢を切断したところで、本物の戦士は隠し玉を持っている、絶対に侮るな!
拙のような〈不死身〉もいる!」
そう、マサーヒィは”不死身”と呼ばれていた。尊称は誇張ではない。
ある訓練で、自分の首を器用に斬り落とし、操り人形のように首なしの体が動いて遠投すると、落着地点で首から再生してそのまま素っ裸で戦闘を続ける女の勇姿を目撃したメテウスは白目になった。
仮にも人間がやっていい戦法ではない。
”神食礼賛”のマサーヒィ。
彼女には人間的なものが薄く、代わりに闘争心と戦友への友情だけがあった。悪意がないだけ恐ろしい化け物だ。
人間の傷つきたくないという願いが当人の体質と合致して、エーテルの奇跡によって異常治癒能力を顕現した人間を、〈再生〉能力者と呼ぶ。
マサーヒィは強烈な自己治癒だけでなく、他者への治癒も会得した、小国に一人いればその国がちょっと栄えるレベルの使い手である。その頬には、【神々の狼と謳われし〈シャークンシーナ〉】の神象が刻まれている。メテウスと同じ、恩寵者なのだ。
メテウスがブウェイックから逃げ出すと、こんな伝説の化け物たちに追われるのだ。
なお、素っ裸で髪をたなびかせ、格好良く腕を組むマサーヒィの姿は神代の戦士みたいで、バロート人たちは感激していた。
メテウスは彫像みたいでエロくない残念な露出狂だと考えていた。
再生能力を使うたびにすこし体が縮んでいるような気はしたが……何百回殺せば死ぬのだろうか?
人類滅亡に際して特級の戦人が集った〈心臓架構要塞バビオド〉でも一線を張れる戦士である。
◆
訓練が二十日を超えた頃。
夜中に眠ることがなくなり。
かわりに祈る時間が増えた。マサーヒィに強制的に礼拝に参加させられるため、食事のたびに手首を切ってシャークンシーナに祈りを捧げさせられる。邪教に強制的に入信させられた感じだ。
訓練の挫折者は多い。朝から晩まで剣を振るくらいならまだしも、「死んだ仲間を食わなければならないときもある。サア!拙の肉を食え」と涙目で言い出したマサーヒィ。首無しの人体を解体し、人肉を食わされ、どうしても人肉を食べられない人間もいた。ちなみに乳房はみなが放置したので、メテウスがもぐもぐ食べた。脂肪っぽくてあまり美味しくはないが、栄養をとらなければ死ぬと感じていたので感慨もない。古今東西すべての地域で人間は飢饉に陥るたび人肉を食べてきたので、慣れの問題だと考えて多少嫌な気分になりながら食べた。
ある朝、広場に集う人影が30人を下回った頃、マサーヒィは一人一人を見るようになった。
隣で剣を振る女の訓練生が声をかけられる。
「やっぱり遊牧の民は目がいいな。剣を目でとらえて避けている。才能があるぞ」
「はい!ありがとうございます!」
マサーヒィは女訓練生の肩をポンと叩き、次にメテウスに近寄る。
「最年少のチビ。おまえ、剣の才能なくない?」
「⁉」
「目だ。おまえは目が悪いんだ。その藪睨みの目つき、性根もあるだろうが視力が悪いせいだろう。なんかもう、まったく剣を追えてないから達人と戦ったら一瞬で殺されるぞ。剣術はあきらめたほうがいい。才能がない」
「⁉」
メテウスは剣を諦めるように諭され、持参した手斧を振ることになった。
──じゃあ今までの訓練なんだったんだよ⁉
この世の理不尽への呪いを一振り一振りに混め、狂気の訓練は続く。
極限状態が続き、幻覚と喋る者が珍しくなくなったころ、教官に剣を向けたり発狂して逃げ出す人間もいた。
メテウスは発狂したふりをしてマサーヒィに恨みの籠った一撃を叩きつける。
太ももに斧を受け、大腿骨を割って血を流しながら、なぜか笑顔になったマサーヒィはメテウスの頭をポンポンした。
「にこっ。その闘争心、ナイスだね!」
「ウガー!モガー!(人語をしゃべれない怒りに襲われている)」
痛覚のない人間は暴力を暴力と感じないらしく、恨みは一切の効力を発揮していない。
「今期の神象持ちはおまえだけだから、拙は心配していた……。
ひょっとすると腰抜けなんじゃないかと。
遠縁とはいえ、ブウェイックの血を引いているというのに、恥をさらすんじゃないかと。
杞憂だったようだ。
その目つき……どうやら神象の代償で、なにかしらの感情が欠落しているようだな」
「⁉ もがっ……」
メテウスは暗に人間的な欠落があると言われた。
そんなはずはない、もがもが首を振る。
「祝福を授けた神と対面したら、聞いてみろ。おまえ、絶対になにか代償を払ってるぞ?
そういうやつは良い戦士になるものさ……ふふっ」
微笑ましいものをみるようにうなずいたマサーヒィ。
「⁉」
メテウスは誹謗中傷に耐え兼ねすこし泣いた。
やがて地獄にも終わりが訪れた。
「よく耐えたな!
春のメンネルブントは終わりだ!
おまえたち21人は拙の誇りだ!
このまま夏、秋、冬の訓練をそれぞれ耐えればブウェイック家の認めた上級戦士になれるぞ!
へへっ……毎年のことだが泣けてきやがる。
愁嘆場は嫌いだぜ。言いたいことはすべて訓練に込めた。傷跡がおまえたちの未来を証明するだろう……!
解散!」
メテウスはダッシュで抗議に向かった。
◆
【春のメンネルブント】
戦士志願の若者が29夜のあいだ武具を振り続ける。
冬明けのブモーネの月に照らされ、若武者たちはだいたい心が折れる。
ブウェイック家の戦士の品質を保証する訓練の一つであり、心身ともに精強なる戦士候補を選抜する儀式。毎年開催。
疲労は幻覚につながり、困憊は浅薄な言葉を剥ぎ取り、真の理念を浮き彫りとする。
疲労困憊のせん妄状態で嘘をつけるほど人間は器用ではないため、間者のほとんどが物理的に消えていく。他国からの評判はめちゃくちゃ悪い。
心か体、どちらかが突出していれば突破できるため、悪名高い秋のメンネルブントや、死者を出す冬のメンネルブントと違って記念受験も多い。春と夏のメンネルブントは戦士として最低限の資格みたいなもの。
古代には男性のみが全裸で剣を振り続ける儀式だったが、エーテル遣いは男女ともに戦闘者に仕立て上げるので、近代では未婚の女性に配慮され服を着ることになった。
なおその代償として、名家の女性が「箔付けにいってこい」とそそのかされ、号泣しながら剣を振る姿もよく目撃される。悲しい。




