「贄なるもの 六」
◆
「──愛だよ。愛がすべてを解決する」
「…………」
城の一室に着くなり、ロワットラは言い放った。
両腕を柔らかく広げてガラス窓から景色を見下ろしている。まるで架空のなにかを奉戴している新興宗教の教祖みたいだった。
「…………そうきたか」
メテウスは顔を覆って防御の構えをとった。
いくら巫山戯ているようにみえても、ロワットラが暇なはずはない。つまり……
「怯えているのか?
メテウス、おまえは獣のようだなぁ。
獣は人を殺すもの、生き血を啜り、魂に欠乏し魂を奪って恥がない。
それが獣の美徳だからだ。美しい生き物たち──だが人間の美徳ではない。
──人間に生まれてケダモノとして生きること、それを罪という。人の形をしたケダモノを、悪人と呼ぶ。
愛に選ばれなかった彼らは、いくら身内を愛し慈しもうとも、土台が呪われた種族だ。その血を継いだ無垢の赤子に至るまで、呪われて迷いの中を苦しんで死ぬさだめにある。
世の人は、悪党に報いなどないと嘯くが、正確ではない。その愛の欠如そのものが罪であり罰として機能している。だから人は悪党を憎み殺そうとするのだ。己の中の悪を斬りふせるが如くに、死こそが最大の慈悲であるがゆえに、そこに正義はなくとも正義を信じるがゆえに悪を憎むのだよ、くくっ……
人に生まれてけだものの生を送る者は哀れでならぬ。人の求む愛は罪と相容れぬ。おまえのことだぞ、メテウス。そこで優しい私は、一つお得なプランを用意した。聞きたいな?」
「……正気か?」
それっぽいことを言ってるくせして、なんか、よく話をきくと、無垢の赤子を殺すとか言ってる。そんなん邪教のサバトでしか聞いたことないわ。
メテウスは腕だけの防御では足りないとみて、耳を塞いだ。だがロワットラの声は骨を震わせて響く。
「辛い思いをさせたか?
だが、辛く当たるのも愛あればこそ。
愛だよ。
人を愛することを学びなさい。
(2000字略)
人を殺せ!
それが運命だ!
善悪に基づいて人を殺すということはない。ただ必要だから殺すだけ。そこにいかなる善悪も介在しない。
そうして赤き春は顕れるのだ。
獣と人の境界線が、水平線に似て彼我の果てに混交し、その黄金の輝きはこの世を赤き荒野とするであろう。殺人はとても美しい……。
おい、話を聞いているか?」
こくこく。
途中から血に酔った殺人鬼にしかみえなかったし、メテウスは意味不明な化け物をなだめるつもりで頷いた。
ロワットラにはなにかしらの論理はあるようだが、その論理が人間的じゃなさすぎて、説明されてもさっぱり理解できない。
……この女、悪意の塊なのか?
血が赤色じゃない感じで生まれてきた悪魔なのか?
悪人がどうとか言っておいて、けっきょく人を殺すのは美しいとか言ってる。ド直球の邪悪すぎて逆にそういう化け物にしかみえない……否。
まず間違いなく人間っぽい姿をしているだけの化け物だろう。
メテウスは夜の化け物に襲われた子供の気持ちでロワットラを上目遣いで見上げる。
「その顔、納得してくれたようだな……。
こほん。つまりは、だ。人間様になりたいのなら、私を信じろ。私の命令を聞けば、おまえは尊厳を得ることだろう……! そうじゃないか!?」
「……………………違うんじゃないか?」
「だから頷けよ!この平民が!目をみてわかっていたが、まだ反抗的なままか。生意気な若者は好きだが、私にも我慢の限度があるのだぞ?」
「……………………」
「ところで、授けた金は使ったか?500万グラチカはあったはずだが」
「……………………」
「ふふっ。子供に金をかけた親というものは、それを愛情だと思い込むものらしい。むべなるかな、私に子はいないが、もしも子供ができたらこんな気分なんだろうな……」
「…………………………………………」
「なにか言うことがあるんじゃないか?」
「…………………………おれは自由だ!」
大物ぶって窓に向かって話しかける背を隙とみたメテウスが、ダッシュでドアを開けると使用人にぶつかった。
「どこに行かれるのですか?」
「あわわ……」
尻もちをついてみあげると、メイドのリージェントが微笑んでいた。
メテウスは心底震えあがる。
立場上、命令をされればたいてい従うのだ。なのに念入りに脅しにかかるロワットラの目的を量りかねている。
「こら、強制したって意味がない。なんだって本人にやる気がないと困るからな。うん?期待されて、やる気がでてきたんじゃないか?」
メテウスは服を引き裂かれた少女のように体を腕でかばった。
「お、おれになにをさせようっていうんだ!金なら出世払いで返す!解放してくれ!」
「はぁ。やはり勘違いしたままか。私はチャンスをやろうと言っているのだ……」
「チャンスやるって言うやつ絶対チャンスくれないだろうが!」
チャンスをやるとか言ってくる他人を絶対に信じないという信念がメテウスにはあった。チャンスくれないからだ。口先で踊らされて痛い目をみたことがある苦い過去の賜物だった。
「お、おれなんかアンタらにとってみれば無意味だろう!放っておいてくれ!」
「おまえは前世の記憶があると言っていたが、このぶんだと大した重みもない一生を送ってきたようだな。世をひねたクソガキめ。おまえはなにも理解していない。だから真剣みが足りない。知恵もない。尊厳もない。愛がないんだよ。そこで、仮にも姉である私が慈悲をやると言っているのだ」
「じ、慈悲?」
……冷血動物がいう慈悲は人間がいう慈悲と同じなのだろうか?違う気がする。
「ちょうど血気はやる若者たちの訓練団──春の戦士志願団が集まったところだ。馬も乗れないおまえはそのうち実戦に出て、哀れにも死ぬはずだったが、訓練してやると言っている。黙って従えよ」
「絶対嘘だ!ウオーッ!」
パリン! 腕をクロスにしてガラスをぶち破り逃げようとしたが、血まみれで地面に叩きつけられたところを上から降ってきたロワットラに捕獲された。
「放せ!」
「ちょっと……びっくりしている。頭が足りないのか?逃げられないことくらい、わかっているだろうに」
「うるさい!逃げられるかどうかなんてどうでもいい、極論、あの世に逃げられるかもしれないだろうが!おれは不当な暴力には屈しないぞー!」
「ひとつ試してみよう」
「えっ?」
◆
顔を1.5倍に膨れ上がらせたメテウスが不当な暴力に屈し、『これ前にもあったよな』とデジャビュにうちのめされ、三角座りになっていると、リージェントが冷たい布を持ってきてくれたので素直に礼をいって顔をふいた。血とかリンパ液とかいろいろ漏れている。
「ありがとう、助かりました」
「えぇ……ねえ、大丈夫なんですか?汁が漏れてる……」
「痛みはエーテルで軽減させているから、見た目ほどではありません。歯も時間をかければ治る。なに、ガレアーン様にもさんざ殴られて慣れましたからね。もう蚊に刺されたようなもんです」
「この子丈夫すぎる……」
ロワットラが白湯をもってきたので、素直にすする。
「ふぅ……落ち着く」
「なに落ち着いてるんだ。ちょっと本気でびっくりしている。
もうすこし考えて生きたらどうなんだ?反抗心だけで行動していたら順当に死ぬぞ?私はあまり慈悲深いほうではないんだが……これも年長者の務めか。なぜ死のうとするんだ?精神分裂系の問題か?どうだ、姉に相談してみろ?」
ロワットラが頬杖をついてダルそうに話しているので、メテウスもフラットな気持ちで話す。
「人間には引いてはならないときがあるものでしょう?それがいまだ!と思ったんです」
「錯覚じゃないか?」
「結果的には錯覚でしたが……自分にも守るべきものがあると信じたんです」
「それは自分の命よりも大切なものを持つ人間の言葉だが」
「おれにだって大切なものくらいあるはずだ。心とか」
「とかってなんだ。とかって。『あるはず』って。おい、真面目に話してるんだよな?」
「心外な。だいたい、血の繋がりもないのに姉とか本気で言っているんですか?」
ロワットラは両手を開いて苦笑した。
やれやれ系の仕草にメテウスはイラッとする。
「伝統だよ。私のような本家入りした人間は、将来のために血族を教育するものなんだ。訓練し、戦にだして、血の融礼で将来を占う。面倒だから適当に子供を選んだつもりが……命令一つ聞かせるのも苦労するとは思ってもいなかった。はぁ……」
ロワットラが心なしかしゅんとしているので、メテウスはいたたまれなくなった。
いつもは背筋の通ったロワットラが、気だるそうに肘をついて愚痴る姿にメテウスは”おれなんかやっちゃったかなぁ?”と居心地が悪い。
「!? ロ、ロワットラ様が気落ちしている……⁉婚約者を殺したりご親族を誅したときでも気にしていなかったのに⁉うっ嘘でしょ⁉」
リージェントが最大リアクションで戦慄していた。
◆
「おまえは不本意なんだろうが……言うことを聞いておいて損はないぞ?
戦士志願の子供なんて、血の試練を受けずに血筋がいいだけでその気になった子供が多いものだから、簡単に死んでしまう。私が教育した子供なんて、もう三人死んでるし……」
命が安すぎる。メテウスは悲しい気持ちになった。
「今度は変わり種もいいと思ったんだが……生意気すぎる。おまえはもしかしたら逆に長生きするかもしれないな」
逆にて。逆にて。逆ってなんだよ。メテウスは心の中で突っ込んだ。
「あるいは神象を使いこなせるようになれば、本家入りする可能性もある。おまえ、もしも本家に入ったら私の派閥に入るんだぞ?裏切ったら本気で殺すからな」
「いや、ブウェイック家とかおれに関係ないし……」
「そんなことは言ってられん。血だ。血からは逃げられん。死んだっていいつもりだから好きにしているんだろうが、どうせ戦に出される。おまえはまだ自分の運命を理解していない。訓練くらい受けておいて損はないぞ?」
「そういうものかなぁ」
リージェントがすまし顔でコクコクしているので、メイドさんがそういうならとその気になったメテウスは訓練を受けることにした。
バロートの支配階級の常識を学ぶには、戦士の訓練というのは最適だ。
反抗するのにもエネルギーがいるし、メイドさんはあまり酷薄には見えないから、最悪の事態は免れると期待したのだった。
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それがすべて完全な詐欺だと判明したのは、翌日のことだった。
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