「贄なるもの 五」
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パンとスープを胃に叩き込み、ブウェイック城へ向かう。
疲れの抜けきれない体を引きずり、二人は徒歩で出発した。
つり橋を渡り、門番に挨拶するガレアーンの後ろに待機した。
川から水の引かれている水濠は、魚影も多く、遠目には釣り人の姿もちらほら見えた。ひどく田舎町じみている。
ガレアーンはしばらく問答していたが、顔を知る人間が呼ばれて門を通された。
顔パスが機能するほど小さな城には見えないが、行き交う人間の数そのものが少ない。戦のための城だろうから、平時はこんなものなのかもしれない。
城壁の内側は宿舎や倉庫が並び、外壁沿いの広場にはぽつぽつと人が行き交う。兵士が鍛錬する演兵場もあって、汗をかいて槍を突きあう人影にどっと笑い声が響く。
……貴族とかいないのか?
「い、戦のことしか考えてない……」
仮にも大貴族の本拠地だというのに、貴族文化のかけらも見当たらないので、メテウスはやはり蛮族という印象をあらたにした。貴族たるものどうせなら見てくれに気を配ってほしいという小市民の願望があるのだけれど、バロート人は貴族を名乗っていても他国の人間が想像する優雅な貴族とは身分そのものが違うのだろう。
迷いなく壁沿いを突っ切る少女についていくと、物々しい一段を見つける。
大天幕の前で談笑する厳つい男女がいて、真っ黒な服を着込んだ使用人が走り回って飲み物や煙草を配っていた。
特に目立つのは、輪の中央にいる栗毛の女。
片手に杯を持ち、笑みを湛えて優雅に飲んでいる。
生命力を放射するオレンジの瞳は優し気なのに、なぜか蛇の印象がある。
ロワットラであった。
聞き耳をたてると、
「輜重隊に私の戦士団を使え。物資を届けたあとは、すみやかに討ち入るから、最低限の兵隊も随伴させる。スタージオ、おまえの兵を出せ」などと焼き討ちされた町に兵隊を送る相談をしていた。
輪の外で殊勝に待つガレアーンに耳打ちする。
「待つのか?」
油断するとすぐ砕ける少年の口に諦めを抱きつつ、ガレアーンは背筋を正して横目で睨んだ。
「待つのも仕事です。待機できない人間など、遅刻する人間と同じで存在する意味がありません」
「ち、遅刻はしかたなくないか?」
「おまえ、ほんと戦士の素質がない。人前では口調を正しなさいと何度も言いました」
「こ、心得ております。お嬢様」
ぜんぜん心得てないから注意したんだろうが、とガレアーンはいらっとした。
太陽がじりじりと動くほど待つと、ようやくロワットラがこちらにやってきた。
「よく来たなガレア。用事か?」
ガレアーンは嬉しそうにしている。
……年相応に憧れているのだろうか? 相手が間違っていないか?
近況を報告するガレアーンの後ろでメテウスは気配を消していたが、馬に乗れないがために参内したことを思い出してハッとした。ガレアーンの影からひっそり顔を出す。
「うん?おお、メテウス。生きていたのか」
……死んでる可能性あったの?メテウスはもの言いたげな顔をする。
ガレアーンが、あ、と思い出して言う。
「そうでした、ロワットラ様。こいつ、呪われたせいか馬に乗れないみたいなんです。本日はその相談に参りました」
「うーん?馬に乗れない……面倒だな。使い物にならんか」
見捨てられる気配を感じたメテウスは、あわてて口を開く。
「馬が嫌がるだけなので、調教された魔獣とかなら乗れるかもしれません。たぶん」
「ああ、勘違いするな。原因はわかっている。あの呪い子に呪われた人間はそうなると聞いている。イノシシなんかも怯えて突撃してくるらしいから、気をつけたほうがいいぞ?」
「……ヒッヒッフー」
メテウスは内心の激怒をおさめるため深呼吸した。どう考えてもこのロワットラ、呪い子の影響に詳しい。
「……前例があるということですよね?」
「当たり前だろ?呪い子は次兄が管理している兵器だ、実験の報告には目を通している。 ガレアのほうは大丈夫なんだな?やはりあの仮象体は神象を刻まれたメテウスのほうが主体か……」
水を向けられたガレアーンは、拳をぎゅっと握りしめ、勇気をだして問うた。
「……あの、ロワットラ様。叔父上──グノークスは、なぜ私を殺そうとしたのでしょうか?
父上に聞いても教えていただけません。私なんか殺したって意味があるとも思えません」
メテウスは耳をダンボにして事の顛末に耳をすませた。
「考えればわかることだ。難しい話ではないぞ?
ハヴォック家の息子たち、おまえの二人の兄貴は、文官としては使えるが戦士としては平凡だからな。
おまえがいなければ、リヤルトが死んだあと、ハヴォック家の家督が転がり込んでくると計画したのだろう。
レア、おまえは戦士になったんだ。死にたくないなら、城の政治を耳に入れるようにしておけ。グノークスのやつが呪い子を使ったということは、次兄の派閥についていたということ。まあ、よくある権力争いだな。それもグノークスが死んだことで手打ちとなった」
「よくある……」
ガレアーンはくらくらして聞き入った。面倒な力の綱引きがあるようだった。そのために自分が襲われ、気の良い叔父が敵に回ったかと思うと、怒りが湧くやら情けないやら頭がこんがらがる。わかりやすい解決方法もなければ、その原因もわからない。
線の細い文官とおぼしき青年がロワットラに耳打ちをした。
額に一瞬皺をつくったあと、ロワットラは言う。
「ガレア。こちらに来る途中、ルモネの街に寄ったというのは本当か?」
「いえ、手前で引き返しました。情報を集めるため近づいただけです」
「そうか、縁があるな。あれは山間の田舎街だが、防衛契約を結んでいる以上放っておくつもりはない。おまえにも経験を積ませてやろう。
輜重隊を守る兵隊を指揮しろ。エーテル遣いを何人かねじ込んだから、よく守るように。詳細はエミールに聞け。対等な戦士と協力して仕事を進めることを学べ」
「はっ……!」
ガレアーンがロワットラから離れたので、メテウスもとことこついていく。
「おまえはこっちだ。出来損ない」
「ふぇっ⁉」
襟首をつかまれたメテウスは目を真ん丸にした。
引っ張られたので、片腕を伸ばしてガレアーンに助けを求めた。
「たすけてっ」
「うっ、純粋な目をしている……」
「馬に乗れない小僧はこっちでなんとかしておく。三日ばかりの旅程だ、小間使いもいらんだろ?」
「はい!」
……はいじゃないが。
メテウスは裏切り者を睨みつけるが、ガレアーンは含み笑いして足取りも軽やかに消えた。任務を与えられて嬉しいのだろう。情もへったくれもない少女にメテウスの好感度は下がった。




