「贄なるもの 四」
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いよいよ避難民の大群とあたってしまった。
バロートはムール芋のおかげで飢えることだけはないものだから、田舎の都市でも農村の次男三男が集まり人口が膨れ上がる。
緩やかな山道は地獄への道を歩いているかのようだ。
行き交う人影のほとんどは恨みの籠った目を向けてくるが、旗を掲げた戦士の荷馬車に歯向かう人間は少数。
口先の気休めを言うのはガレアーンの役割ではない。家財を乗せた豪勢な馬車を五台ほどひきつれ、道を譲らない相手と問答のすえ、馬車ごと崖下へ投棄しなければならないこともあった。馬車に乗っていた財産は邪魔なので、避難民に融通をきかせる資金とする。
気苦労の連続に疲労が溜まる。
山林を凝視すると首を括った影がときどき見えてしまう。
腰より下の背丈をした子供が弱っている姿には、さしものガレアーンも優しく振舞いたくもなるが、放置するほかない。全員メテウスみたいなものだと思い込むことで同情を抑えた。
避難民の本流と逆方向に向かうのはひどく苦労が多い。
農村に親族のいない人間は都市に向かうほかないが、旅装もなにもないからパニックに陥っている。これが一人ならば助けてやろうという気持ちになっても、雪崩のような難民たちに対して個人の力は無力であり、むしろ警戒しか浮かばないし、実際、ガレアーンが戦士でなければ難民に荷を略奪されていたであろう。
子供の死体を手放さない親もいれば、生き残るために足の遅い子供を道端に置き去りにする親もいる。
荷馬車に赤子を放り投げてくる女たちには辟易とさせられた。いちいち反応もしていられないため、道端に置いておく。母親が拾わないようならメテウスが走っていって無理やり押し付ける。慈悲を乞うなら相手を選べと説教まですることになった。
ガレアーンの余裕のある姿をみて、会う人間すべてが食料を奪おうとあの手この手で話しかけてくる。それは図々しいというより、善良な人間であればあるほど、介護する身内のために必死で食料を求めてくる。
川水にあたって腹を壊せば食料も体力もない人間は簡単に死ぬもので、衰弱した身内を持つ人間はなりふり構っていない。
妻子だったり老いた親を持つ男は焦燥感で狂って話が通じないので、メテウスが一律に棍棒で足を砕いた。
だが赤子を抱く女は別だ。男に逃され、奴隷として捕らえられれば赤ん坊を殺されると知って気が狂いそうになっている母親たちには同情の余地しかないため、一口の食事を与え、川沿いで待っていれば救援が来ると言い聞かせる。
普段なら女が泣きわめいている姿などガレアーンはイラっとして鼻先をぶん殴るだけだが、赤子を抱いて号泣している身寄りのない女は、さしものガレアーンとて殴れない。これが戦場や敵地なら、間違っても同情などしないのだが。
◆
いよいよ、危険の匂いが痛いほど漂いはじめる。
さらに一日進むと、痩せ始めた男たちが荷馬車を遠巻きにうろつくようになって、これ以上は危険と判断。しつこく追いかけてきたので、ガレアーンが矢を射て数人殺すと正気に戻ったように逃げ出した。彼らはブウェイック家の庇護を受ける民であり、何人返り討ちにしても誉れもない。
それよりも、敵がどさくさに紛れて戦士の命を狙っている可能性がなにより恐ろしい。百に一つの油断でも百回すれば死ぬものだと教えられている。
危険を冒した甲斐あって、食料と貨幣を餌にする聞き込みは成果をあげ、状況も整理できた。フルーシャ族は街を占領し続けているということが判明した。ということは、略奪ではなく戦か交渉のためにやってきたと考えるのが妥当。現地で確度の高い情報を得たからには、早く伝えなければならない。情報収集は手仕舞いとする。
軍隊が街から逃げていったという話もあるが、仲間割れでもしたのだろうか?
ちょうど山頂部で道をそれ、ブウェイック家の方角に向きを変えると、やはり難民。
避難のための正しい方角、領主の城に向かって歩いている人間たちだから、やみくもに逃げた一団よりも富裕層が多い。
平野にくだり、道がグッと広くなると、身なりの良い人間まで途方にくれて道沿いに座り込むようになり、数十人の一族まるごと道ぞいに寝そべり、騎兵を抱えた名家とおぼしき集団までキャンプをはっている。規律があるとみて情報交換を行うために近づく。
怪訝な顔をしていた一団もハヴォック家の戦士と理解すれば対応は変わる。
「戦士様。我々はかろうじて逃げ出せましたが、街の者は奴隷として連れていかれました。救援を求めにいかせたのですが、戦士団の方々はこられるでしょうか?」
ハンカチで汗を拭く肥えた男には気品まであり、高い立場にあると知れた。ガレアーンも居住まいを正す。
「救援と報復、間違いなく果たされることでしょう。城には食料が蓄えられていますから第一便で食料不足は解決します。無理をなされる必要はありませんが、焼け出された方々は生きていればまた街を取り戻したときの力となる。自暴自棄にさせてはいけない。食料が届くまで徳のある行いを期待します」
名家の者はよくわかっていて、文句も言わずにさっそく虎の子の食料を配りだした。口に入るのが数口でも、腹にものが入って救援があると聞かせれば暴徒が一人減る算段だ。
メテウスはこっそり聞きだす。
「本当にブウェイック家は救援なんてだすのか?」
「最低限の食料支援は間違いなく。出せなくても助けが来ると言っておいて損はないでしょう?」
ガレアーンは直情的なのに、どこか計算高いところがあってメテウスはそこが気に入らない。ふんと鼻を鳴らして荷馬車に座りなおした。ガレアーンは苦笑いして少年の背をみつめる。嘘も方便ということがわからない田舎の平民の実直さ、義理堅さはほとんど牛のようである。
そうして話が終わった頃、身なりの良い老婆が歩み寄り、口をはさんだ。
「高い税をとってるくせに、肝心なときに役立たずなんだから。
こんな小娘が戦士だなんて笑わせるつもりかしら?ねえ、私は十二代続いたサーブ家の者よ。同じ貴族として要求します。馬くらい渡してもらえないかしら?まさか私に歩かせるつもり?」
ガレアーンはしばらく真顔で顎を撫でたが、くいっと小首でメテウスに合図をだした。
面倒そうに少年は口を開く。
「あのう、忙しいんで黙っていてもらえませんか?」
「はぁ?あなた、だれにものを言っているかわかっているのかしら?
小娘にお似合いの従者。曲がりなりにも高貴な身分に仕える者なら、義務というものがあるでしょう?ほら、受け取りなさい」
棒銀を地面に数本投げつけた老婆に、メテウスはこくりと頷いた。
「──おれの義務は気に食わねえ人間をぶっ殺すことだけだ!!死ね!」
いきなり斧を抜いたメテウスが身なりの良い老婆の膝を叩き割り、悲鳴が響き渡る。
ぎょっとした護衛があわてて駆け寄ってくるのを、肥えた男が「絶対に剣を抜くな!!戦士の方だ!!!」と怒鳴り、脂汗を吹き出して土に額づいて謝るので手打ちとした。
「申し訳ない……!」
「身内の手綱くらい取りなさい。警告ですませるのは一度だけですよ?」
「義理の母はバロート人ではないのです。平にご容赦を……!」
メテウスは全力で膝を叩き割ったというのに、単なる警告扱いされていることにびっくりした。
◆
「おまえフルーシャ族と仲良くしていただろう!」
朝から数えると何度目かわからない騒動に目を向けると、一人の狼頭がリンチされていた。灰色の毛皮に血が垂れている。獣の特徴を持つ亜人、渾沌人だ。ガレアーンが顎でくいっと指したので、メテウスが動き出す。
「おい、あんたら」
「なんだァ?ガキが口出しするんじゃねえや」
基本的にみな荒んでいるのでこちらが声を荒げると簡単に暴力沙汰になる。メテウスは従者ぶって話した。
「おれはハヴォック家の使いだ。戦士の方が話を聞きたがってる。あの渾沌人がなにをしたんだ?」
「はぁ?ガキ……」
荷馬車に座る、戦闘衣装のガレアーンをみて男は数秒静止した。ハヴォック家の家紋である太陽紋を旗に掲げているので見る者が見れば偽物ではないとわかる。
「……ハヴォック家の⁉ 聞いてくれよ。こいつ、フルーシャ族と通じてやがった」
「なるほど。本当か?」
リンチで一家まるごと殺された跡なども見てきたので、特段に感想はない。冤罪か否かなど暴徒が気にするはずもないのだ。
「間違いねえ。こいつの商会がフルーシャとでかい取引をしたってことはみんな知ってる。そうだろダンテ⁉ 通じてやがったんだろ⁉この小汚い渾沌人が、街にいれてやった恩を仇で返しやがって!!」
「ま、待っでぐれ……! 違う!ただの取引相手だ!」
「なにが取引相手だ!!テメェが街に入れたからこうなったんだろうが!!」
これ以上争わせても意味がないので仲裁する。
「フルーシャの情報を持っているかもしれません。この渾沌人、もらっていきますよ?」
「へぇ⁉妻と娘の仇だぞ⁉渡せるかよ!」
ガレアーンが肘で御者台を叩いたのでメテウスはぎょっとした。
「みてくださいあのイライラした顔。短気そうでしょう?あの方は簡単に人を殺します。ハヴォック家の戦士に殺されたいんですか?冗談でしょ?」
「うっ……」
男の一団は憎々しい顔をしながら渾沌人を解放した。
あとメテウスはぶん殴られた。一分で青タンを回復して気にしない姿にガレア―ンは逆にちょっと腰が引けた。孤狼児の適応力は侮りがたい。
◆
渾沌人の男はダンテ・リッチーと名乗った。
「へぇ、オレっちの知っていることはなんでもお話いたします高貴なお嬢様。だから命ばかりはお助けを。
見ての通りオレっちはフルーシャの出の商売人でね。
フルーシャの族長が大口の取引をしたいって言うんで連れてきたんでさァ。
護衛は十人もいなかったっけな。消えたと思ったら、大勢引き連れて街に火をつけやがった。フルーシャとの取引でオレっちの商会は儲けてましたんでね、もう犬同然に首輪をつけられて領主につきだすってんで連れてこられましたが、助かりました。途中で殺さそうでしたからね、へっ、へっ、へっ……」
真っ赤な舌をだした狼男は、ひどく姑息そうな顔をしていた。
この狼頭が無罪かどうかは全くわからないし、ガレアーンも胡散臭そうな目でみているが、ひとまずブウェイック家まで連れていくこととする。
「これ以上事情を知ってる人間も見つからないでしょ。ブウェイック家の審問官なら嘘をあばけるし、縄をつけて持っていくわ」
「へっ……?」
腰に縄うたれ、荷馬車にくくりつけられた渾沌人の男は悲しそうな目で必死で走ってついてくることになった。メテウスは暇つぶしに干し肉を投げたり水をやったりする。
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翌朝、ブウェイック城が見渡せた。
山脈を背にして裾野に広がる城壁。幾つもの尖塔が城下町を睥睨していて、二重の城壁があり、川を引き込んだ水堀に橋が渡されている。
ブウェイック城は兵隊を駐屯させる戦時の城なので、城下町もあまり栄えてはいない。難民の一団をまとめて城壁の外に集めている兵隊にガレアーンは事情を話しにいく。
「おう、ハヴォックの娘 。面倒なときに来たな。うん?あっちから来たのか?」
闘牛のような戦士が快活に笑って敵襲のあった街の方角を指す。
「はい、ヒルモケネス様。道すがら事情を聞き出してきました。千か二千は焼け出されています。早急に食糧支援が必要かと」
「ふむ、何事も段取りだ。我々は兵隊を集めているところだが……輜重隊を余計につけよう。敵方は何人くらいだろう?」
「五百はくだらないでしょうが、千人もいないでしょうね。
狼頭のフルーシャ族に雇われた、流れの戦士が集まったと聞きましたが、事は単純とは思えません。フルーシャ族の略奪という話が広まっていますが、街を占領しているという話もありましたし、ただの略奪ではありませんね」
「やはり略奪目的ではないか。考慮しておこう。あとで姫様が事情を聴きに行くかもしれんから、あまり離れないようにしろ」
「ハッ。了解いたしました」
メテウスは理性的に受け答えするガレアーンを驚愕の目でみつめる。その目に気づいたガレアーンに背後からエルボーを入れられたが、みずから前転してショックを受け流した。
「あと、この狼頭の渾沌人、街にフルーシャ族を手引きしてきた疑いアリとのことで、連れてきました」
「審問官に廻しておこう」
「ふぇっ⁉」
狼男は悲しい顔つきで連れていかれた。
メテウスは餌付けしたペットがドナドナされていくのを悲しい目で見守る。
二人は難民を尻目にして城下町へ足を踏み入れた。
「なんか……平常運転だな」
馬車が行き交える中央路をゆくと、普通に道を歩いている行商人も民もまったく慌てていない。というか、聞き耳を立てても話題にあげている人間も少ない。市場も平常どおりの賑わいである。
「本物の戦じゃないからね。山向こうからちょっかいをかけられただけなら戦にもならないし、警戒する理由がないわ」
「⁉ いや、山越えで兵隊をこの城に送られたらどうするんだ?」
「ブウェイック家の本拠地よ?本家の方も戦士団も詰めてるんだから、10万の軍勢が一年かけても落ちないわ」
──文化が違いすぎる……どうやら一つの街が略奪の憂き目にあってもイベントですらないらしい。
ガレアーンがてくてく先導するのについていくと、一つの屋敷に到着した。
「ここ。私の家だから。覚えておきなさい。ママがいるから失礼のないように」
「ママ⁉」
言ってしまった瞬間、殴られる未来が見えたメテウスはダッシュで馬を連れて厩舎に向かった。
「なんかもう、怒ったら負けな気がする……」
◆
馬丁がいないので勝手に馬を繋いだメテウスが戻ると、待っていたガレアーンに改めてスネを蹴られ、悶絶しつつ玄関を通った。前掛けをした平凡なおばちゃんが小走りにやってきて、まぁまぁと話し出す。
「お嬢様、連絡してくださればよかったのに。奥様!奥様!レア様がお帰りになられましたよ!」
ガチャリと扉の音が響き、二階から女が下りてきた。
真っ白な髪をしたアイシャドウの濃い女は幼い顔立ちで、30を超えていないようにみえた。くたびれた感じとシースルーの衣服がメテウスに『夜の女かな?』という印象を与えた。
「レア?帰ったの」
「はい、ただいま」
「じゃ、寝るね」
「ママ!」
二階に走って女を止めるガレアーン。
「叫ばないでよ、もう」
「半年ぶりなのに、寝るってどいうことですか⁉」
「叫ぶなって。あー、頭痛い…」
「また深酒をしたんですか⁉父上に怒られますよ!」
「うっさい……なんでこんな生真面目な子に育ったのかしら。きっとあの鬼婆のせいよね」
「ママ!アナスタシア様を悪く言っちゃダメ⁉」
「にっくきアナスタシアの鬼婆め。小さい子を取り上げられて、こんな小言をいうようになっちゃったのよ?文句を言う権利くらいあるはずよね?」
「私は心配しているだけです!アナスタシア様は関係ありません!ママはお酒ばっかり飲んで、もう!」
「小うるさいわねぇ。あたし長生きなんてしたくないんだもの。婆になるまで生きたってなんにもいいことないんだから、お酒くらい好きに飲ませなさいな。あら?あんたは?かわいいチビね?」
アットホームな感じというか、水商売の女とその子供の寸劇を眺めていたメテウスはハッとして自己紹介をはじめる。
「は、はじめまして。ガレアーン様の護衛となりました、メテウスといいます」
「あらかわいらしい。ご挨拶できて偉いわね?」
「ママ、父上が私に従者をつけてくれたの!こいつ、そんな可愛いやつじゃないから!まだ教育中だから甘やかしちゃダメよ!」
「フーン……ま、楽になさいな。使用人の部屋じゃ手狭よね。可愛い顔してるし、従者くんには客間をあてがいましょう。じゃ、あたしは寝るから…」
「まだ昼前よ⁉」
「どうせしばらく泊まるんでしょ?話すのは明日でもいいでしょう?ママね、わりとハードな二日酔いなの。貝のスープをすすって夜まで貝みたいに眠っていたいの。だからママを愛しているなら放っておいて」
「んもう、わかったわよ……」
しょんぼりしてるガレアーンの肩を叩く。
「なに?」
「おれも疲れたし寝てもいいですか?」
「ダメに決まってるだろうが!うちの使用人はデリアだけだから、おまえはさっさと馬の世話してきなさい!ちゃんと汗拭いてブラシかけてあげなさいよ!バカ!」
あたしの従者が図々しすぎる件をぷりぷり怒りながら、ガレアーンは使用人を連れて食堂へ向かった。幼少期を過ごした我が家である。言動も年相応に戻っていた。
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