「贄なるもの 三」
◆
ガレアーンは旅を急いではいない。近場で紛争の噂を聞いたものだから、戦士が情報を集めるのも仕事であると割り切り、寄り道を決めていた。
東進すればブウェイック家の領地に行き着く街道をあえて逸れて、襲撃されたというルモネの街への道をゆく。往復五日ばかりの道になるだろうか。
「なんでおれまで付き合わなくちゃならないんだ……」
「働かずもの生きるべからず、よ」
「生きるべからず⁉殺されるの⁉」
「この餅おいしいわね、むふぅ」
「無視するな!」
ぶつくさ文句を言うメテウスを先行させて様子をうかがわせる。
口うるさいが仕事は無難にこなすので、ガレアーンも細かいことは口出ししない。
安全やメンタルに配慮しなくてもよい手駒は貴重である。癖のある部下を使いこなすことも戦士の責務だし、女というだけで侮る無学な兵隊と比べれば、愚痴がうるさくても叩けば正常に動作するメテウスは使い勝手がよい。いまはポンコツでも調教の成果がでていけば、そのうち殴る前に黙って動作するんじゃないかと期待していた。
「高貴な嬢ちゃん!食い物を分けてくれないか⁉」
「食べ物を売ってあげてもいいけど、何があったか教えなさい」
「すまねえ!あまり出せねえが」
少額貨幣を集めて食べ物を求める難民に安値で食料を売って情報を聞きだす。
──山間の街ルモネは田舎街だが、近場の村人にとっては華の都だった。
主に山向こうからやってくる他国の人間と交易していたところ、その商売相手の一つであるフルーシャ族に襲われたとのこと。
ガレアーンは調査を続けるか悩んだ。
真正面から数百の賊と出会えば、いかにガレアーンといえど死ぬだけだ。手練れのエーテル遣いがいないわけもなく、捕捉された時点で逃げ切ることは難しい。
賊軍がトチ狂って進軍を続けている可能性は低いが、地理もわからない指導者が軍隊を迷わせるというのはない話ではないので、悩みどころ。襲撃者の意図さえ判明していない。
フルーシャ族単体の略奪か、背後に支援者のいる攻撃か。
あるいは街の阿漕な商売に怒った正義の略奪か?
難民の言うことは全員違っていて根拠がなく曖昧。殺人沙汰の報復からレナツァイト家の工作まで噂が流れている。
根拠のない噂。子供の使いではないからそんな情報を持って帰れば馬鹿を見る目でみられてしまう。
道に焼け出された難民が増えはじめた。
鎧兜を着込んだ一団があらわれ、偉そうに荷馬車に近づく。
「緊急事態だ!馬と貨物を徴発する!おとなしく……」
「私は戦士よ。死にたいの?」
兵隊たちはびくっとした。
街の衛兵かなにかだろう、切羽詰まって旅人を襲っているだけだ。戦闘訓練も受けていない街の兵隊など脅威にもならない。
破れかぶれに剣を抜き始めた兵隊たちに、メテウスを顎でけしかけてみると、一人の膝を斧で叩き割ったあと『ハヴォック家と知っての狼藉か!』と怒鳴ったのでガレアーンはいらっとする。他人の権威を平気で使うくせして、ガレアーンの命令を素直に聞いたことなどないではないか。
絶望の淵から突き落とされた衛兵たちの武具を剥ぎ取り、座り込ませると「食い物がない」「妻と子供が飢えてる」「仲間を看取りたい」だの泣き言をいう。
顔をくしゃくしゃにして、「食い物がない、チビどもが死んじまう。ガキだけでも乗せてやってくれないか?」
彼らは山賊になりかけているが、まだ四捨五入すれば被害者の範疇なので、「そのうち救援が来るから猟でもしてしのぎなさい」とつぶやいて先を急ぐ。
「猟⁉できねえよ……」街育ちの人間は嘆くが、たいした量もない食料をバラまいてもなんの解決策にもならないため無視をする。
メテウスはガキだけにでも飯くらいやればいいんじゃないかとも考えているが、やはり道をゆくにつれ無限にあらわれるであろう避難民の子供に一食の食事を配りはじめる姿を想像すると、これで正解なんだろうと納得する。正解であるべきかどうかはともかく。
ぽつぽつ死体を見かけるようになった。放火されたのか、造成林が煙をあげていて空気がいがらっぽい。淀んだ川に死体が流れるのを目につく。
情報を聞き出そうと近寄る人間には二言ほど交わして足を止めない。
傷が悪化したり、家財や家族を失って座り込み呆然とする人間には同情してしまうが、慈悲を乞うて荷馬車に手を出す人間も多くいて油断ならない。
棒切れで腕を叩いても、飢え死によりはマシだとしつこく手を伸ばすし、子供は陰にかくれて近づいて甲高い声で食料をねだる。
これが旅慣れた人間ならガレアーンのような軍装の人間とは関わらないが、かれらは街育ちの人間だから、手を出して良い相手かどうかもわからない様子。すこし街道をはずれれば魔獣などいくらでもいるから、戦う手段のない人間はとことん街や村から出ないもので、かれらは驚くほど外の世界に無知なことがある。
盗みにきた子供は蹴り飛ばして悶絶させるだけですますが、荷馬車に乗り込もうとする図々しい大人は問答無用で腕を折り、それでもついてくるようなら足を切り落とした。治癒者がいればくっつくように切ってやっていて、まだ優しい対応の範疇。混乱がなければ賊働きをする民ではないという面が大きい。
みな飢えつづけた人間ではないのでいきなり矢をかけてくることもなく、ガレアーンにしてみれば平常時とたいして変わらない。
だが当人たちは必死だ。
冷たくなった乳児を抱えて泣きわめきにくる女などはまだ同情の余地があるけども、財産を守れない戦士に意味があるのかなどと恨み言をいいにくる老人など、可愛げもないので殴り殺したくなるし、いちいちの対応も面倒になってくる。
実際、屁理屈をこねまわして食料を奪おうとする爺の頬をぶん殴ると首が折れて死んだあとは、さっと人が離れたので、優しく対応しているだけでは道を進めないと割り切り、以降は近づく人間にはまずメテウスをけしかけることとした。
「ほら、仕事よ。ゴー!」
「おれぁ犬じゃねえんだよ!」
自暴自棄になって街道を座り込んで封鎖する一団にメテウスを送り出すと容赦なく殴り飛ばしていて頼もしい。
「助けてくれ!乗せてくれ!死んじまうよぅ!」
「助けない!乗ってきたら殺してやる!さっさと死ね!」
飢鬼じみた目つきの少年が、哀れを催したくなる老若男女を街道からどけていくさまは爽快で、平時ならば街に入れたくない人種でも戦時には使い道があるとわかる。共同体で使い道のない人間に戦場を用意してやるのも戦士の務めである。
あと、ガレアーンは二度と子供を相手にするとき油断しないだろう。業魔府から這い出た餓鬼のように容赦のない姿に、渡る世間に鬼はいるという教訓をひっそり胸に刻む。
避難民には女性や子供の姿が目立った。
死にもの狂いの男たちに逃がされ、着の身着のままの子供や女が無数にいて、足や気力が萎えて呆然としている。
これ以上歩けないと徒党を組んで座り込み、それを守るように生き残った男たちが警戒心むき出しで睨みつける。
自分の子供を守ると誓った父親の怒声は真に迫っていて、「子供が死んじまう!どうか食べ物を!」プッシュにはさしものガレアーンも嫌味は言えない。実際、食べ物がなければ病んだ子供など簡単に死んでしまうもの。
見るからに食べ物に困っていないガレアーンから、食料を得られないとわかった男たちは殺気立つ。もはや役立たずの戦士もどきなど殺してもよいとささやきはじめる。彼らの行動はあさましくもなければ間違ってもいない。奪わなければ身内が死ぬ段になって奪わない人間をガレアーンは正しいとは感じない。
だが同情もしていない。
暴力に慣れていない街人は外で戦士に逆らうということがどういうことか理解できていない。
やはりメテウスを突撃させると、無慈悲に老若男女の区別なく腹を蹴って道をあけさせている。溺れるほどの血を吐くほど蹴っていないので手加減はしているようだが、絵面がヤバイ。
邪悪な緑目の餓鬼が人を蹴散らしている。倫理観に反するものがある。老婆など人に化けた魔獣か、祟りと勘違いしてしゃがみこみ、神々への祈りを唱え始める始末。
その場はそれですむが、しばらく進むと、また同じような一団に会ってしまう。
みな、いきなり焼けだされたという被害者意識が強く、このままでは家族が死ぬという切迫感があったし、領主や戦士はこんなときに民を助けるからこそ支配者なのだ、という無言の嘆願を匂わせる。
さらに、衰弱した子供までいれば黙っていることはできない。
子供を守ることは心地よくて一切の悪がない。他のなによりも崇高な使命をまっとうしている気分にさせるものだから、食料を求めて反抗する人間たちには正義に裏打ちされたパワーがある。
……メテウスはそういった葛藤と無縁にみえた。
ガレアーンだって本音では正義サイドに廻りたいが、それは戦士の仕事ではなかった。
「戦士様とその従者が、歩けぬ民を足蹴にするとはどういうことじゃ!?」
「失せろッ!道で座ってたら……なんかこう、邪魔だろッ!?轢かれたいのかッ⁉」
「そのような物言い、道理が通らん!落ち延びた民を……!」
「能書き垂れやがって!
道理なんぞおれの知ったことかッ!
だいたい、なにが民だ!弱った時だけ泣きまねをする分際で!
シンプルに邪魔なんだよ!!!
失せろッッ!!!! 抗議したいなら道端で腹をかっさばいて勝手に死ね!!!
おまえらなんか焼け死んだほうがずっと面倒が少なかったんだぞ⁉
それを優しい顔をしていれば……!殺さないだけ慈悲とありがたく思え!これ以上ぐちぐちいうなら片っ端から頭を叩き割るぞッ!!ちゃんと目を開いてみろ!おれが同情したがっているようにみえるのか!? ちゃんと見ろ、まったくおまえらの命に興味がないぞ!?」
ガレアーンは「えぇ……悪役みたいじゃない……」とつぶやく。
善き隣人としてふるまう必要ない人間は、かくも露悪的になるのかという驚きもある。
というか、普段のうっぷんを晴らしているようにしかみえない。そういえば孤狼児ということは元は孤児ということで、街人にどのような扱いをされてきたか、その荒んだ顔からも察するにあまりある。
反論していた老人は、口論している相手が露骨に邪悪な顔をしているため善の確信を得たようで、
「もはや我慢ならん!子供とて容赦せんぞ、天誅!!」
剣を抜いてしまった。
……素人というものは怖い。ガレアーンはちょっと手をだそうか迷ったが、やはり黙って見守る。
老人は多少腕に覚えのあるエーテル遣いなのだろうが、孤狼児は斧を抜いて無造作に頭をかち割った。
メテウスはあれで実戦経験豊富なエーテル遣いだ。
ただの軍属崩れでは相手にもならない。
結果、目玉の飛び出た老人から血が飛び散り、絶叫と怒号が響きわたる。
……居心地がめちゃくちゃ悪い。
ガレアーンは無関係を装いたい気持ちでいっぱいだった。
女の甲高い叫びはガレアーンには耳障りなだけだが、子供の泣き声には精神を直撃する何かがあって、「無慈悲すぎないか?」と自分を棚にあげて苦々しく思うが、手加減する余裕などないのだと納得もしている。
一度、問答無用でぶった切るのやめない?と提案したが、「できるだけそうしますが……手加減して殺されたらバカみたいなので、期待はしないでください。先制攻撃するなっていうなら、代わってください」と答えが返ってきた。ガレアーンは代わるつもりがないので黙り、ぷいっと顔をそらした。反抗的な態度は気に入らないが、やはりメテウスの飢えた野良犬じみた性根は頼もしかった。
「ァアアアアアア!!! 父上!!」
「じい様がッ!おい、いくら戦士といっても……!」
「しかたねえ、やっちまえ!」
「囲め囲め!!」
「この人数相手に抵抗なんて……!」
少年は、一帯のヘイトを集めすぎてタコ殴りにされそうになるも、容赦なく斧を振り回して応戦し、予想外の流血沙汰にざっと群衆は遠巻きになった。
子供とみて侮った街人が適う相手ではない。
死人は数人しかでないが、手足の骨を叩き割られて呻く人間が増えていくと、みな正気に戻って荷馬車の道を開け始める。
血まみれのメテウスが微笑んで荷馬車に戻ってきた。
「ささっ、ガレアーン様。いまのうちに通ってしまいましょう」
「……………………」
そうして、血まみれの道を闊歩する荷馬車を民が畏怖の目で見上げた。
恐怖の視線を全身に受けたガレアーンはめちゃくちゃ肩身が狭く、流血のデスロードを通るあいだぷるぷる震えた。
やはり焼け出されただけの民間人だという意識がどこかにあるガレアーンと違って、メテウスは難民を有害な流民として扱っているため同情すらしていない。
孤狼児にとって、味方の民など存在しないのだろう。生まれ育ちの違いを痛感した。
以後は狙われる危険があるとしても騒動が起きぬよう、ハヴォック家の家紋を掲げてすすむこととした。
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