「贄なるもの 二」
◆
雨に見舞われていた。
ガレアーンはホロを荷にかぶせて固く縛り付け、荷馬車にしがみつく少年を蹴りつけて御行台に座らせたあと、自分は道案内として前を歩いた。
毎日、足を動かして汗を流さないと落ち着かない性分だ。
ベルレーシ海からの風がピレー聖山にぶつかって雲となり、その雲が雨となる。
雨は夜も振り止まないとみたガレアーンは馴染みの農家を目指して歩いていた。
「早いけど野営しませんか?寒くなってきましたよ?」
銀髪の少年が無駄口を叩くので、石つぶてを拾って軽く投げた。
戦士としての融礼名をガルゥジン・レア、昔にはただのレアだった少女は、いまはガレアーンと呼ばれている。名が体をあらわし基本的に短気だ。
「痛っ!石めっちゃ回転してる!殺す気か!」
「黙ってついてきなさい」
細かい説明はしない。
戦場で徴用される子供、孤狼児として生き延びてきた少年メテウスは小賢しいところがあって、いまの返事で宿のあてがあると理解したのか、それからは無言で歩いた。
ハヴォック家の領地と、ブウェイック家の領地のちょうど境目に町があった。低い山超えを前にして皆が泊まるのだけども、南北を繋ぐ交易路の動線と外れているため、たいして発展しているわけではない。粗末な小屋や崩れかけの水車小屋なんかが点在する、よくあるのどかな町だ。
ガレアーンは馬を宥めつつ小屋がいくつも寄り集まって杭で囲まれている一角へ寄り、問戸を叩いた。
「なんでぇ?」
眠たそうな若者が小さく門を開く。
旅装の子供二人に怪訝な顔だ。
ガレアーンはビシィと指を突きつけた。
「宿を借ります。ルクタックを呼びなさい」
「はぁ?親父になんの用で?」
「いいから入れなさい。雨に降られた旅人に軒先を貸すは徳のある行いです。徳を積ませてやると言っているのよ?」
傲慢な物言いに若者は唖然とする。
少年メテウスはこっそり少女の肩を叩いた。
「あのう、名乗ってあげては?」
「むぅ……そういうのって従者がやるものじゃないの?」
「いや、ジブン、このあたりのしきたりも何も知らないんで。手本をみせてください」
「はぁ……見てなさい。こうやるのよ?」
ガレアーンは胸を張って腕を組み、高らかに宣言する。
傍目には女の子が偉ぶっている姿にしか見えない。
「……私はガレアーン。おまえもハヴォック家の庇護を受けているのだから、ガルゥジン・レアの名は知っているでしょう? フフン」
「いんや知らね」
「はっ倒すわよ!!そんなにあたしに殺されたいの⁉」
「ああ?お嬢ちゃん、強い言葉を使うなよ……阿呆にみえるぞ」
メテウスがガレアーンのお腹に両腕を通して体重をかけ、斜め60度になって少女の突撃を止めた。
それを細目に見守った門番の若者は、肩で担いだエーテル銃をぽんぽんと叩き、ゆっくりと首を振る。
「読めてきた。てめぇら乞食のガキは、旅人きどりで親父にたかろうってんだな?教えてやるがよ、町には宿屋ってもんがあるんだ。情けない托鉢じみた真似はやめて、金をだして泊まりやがれ。それと……そっちの目つきの気色悪いガキ。てめぇ、盗人崩れの孤児だろう。はやいとここの町から出たほうが身のためだな」
メテウスは腕をパッと放した。
ガレアーンがたたらを踏んで振り返り、メテウスと目を合わせる。
テレパシーが通じた。
(……おまえはなにも見てない、いいわね?)
メテウスは両手で自分の顔を隠した。見ざるの構えである。
そのあとは石像になった気持ちでサウンドオンリーの惨劇を聞き流す。
「──この百姓の青二才!!!
私をガレアーンと知っての狼藉か!!
好き勝手言ってくれたわね!!
でも私は領民に優しいから!!!
腕一本で許してあげるわ!!!」
「ンギャアアァアアアアアア!!」
雨の音に混じった叫びは長くつづいた。
◆
「馬鹿者がッ! ハヴォック家の直系にして麒麟児、ガレアーン様を知らんやつなど我が家にはいらん!!」
頭を地面にこすりつけて謝る片腕の門番を、家の主であるルクタックが杖でブッ叩いて背に赤い筋を何条も刻んでいた。
「すみませぬ! 末の息子は都に出していたもので、お顔を知る機会に恵まれなんだ。ソーサ、おまえは絶縁じゃ!!!」
ちらっ。
ぜいぜい息をあげながら、ルクタックはガレアーンを見やる。裕福な百姓といった風情の母屋には、六人の息子とその妻とその子供たちを合わせると三十対にもなろうかという大勢の人間が集結していた。全員がガレアーンを凝視して無言である。
ガレアーンは無言の嘆願を無視して言い放った。
「湯あみがしたいわ」
「いま用意させております。お顔をみるのは去年の夏ぶりですかな。ガレアーン様の成長をお目にできて私も嬉しいものです」
ほほ、とルクタックはにこやかに応対したあと、クルッと顔を変えて「早く酒と乾物をもってこんか!!」と女衆に怒鳴った。
メテウスは悲しい顔でガレアーンの上着をせっせと暖炉にかざしていた。
ルクタックが末の息子の腕の行方を気にしていることは間違いない。
ガレアーンが戦利品のように荷物の上に置いている腕は、エーテル遣いが適切に治癒すれば、いまならくっつくのだ。
「酒はいらない。荷物にうちの牧場のハムとか持ってきたから、宿代として好きなだけとっておいて」
「ほほ、とんでもない。宿代など貰えませぬ。ガレアーン様が戦士になられたと聞いて、うちのものはみな大喜びしたものです。宿代なんて…………え?ソーサのやつに乞食扱いされたから金は払う、と?
は……はは……は! ま、ま、そう申されますな。
リヤルト様は天幕を好まれますが、この町をお通りになるさいは昔からわたくしが食事のご用意をさせていただいておるもので、ええ、いつも過分なものをいただいております、ガレアーン様から宿代をとるような不届き物はまったく私の子ですらありませぬ。
お望みならすぐにでも家から叩きだしますよ、ええ……まだか⁉愚図め!スープだけでも先に温められるだろうが!おまえも捨てられたいのか⁉早くお持ちしなさい!!」
ガレアーンは顔をしかめ、椅子に腰かけながら面倒そうに手をしっしっとした。
ハッとしたルクタックは一族全員をどこかへ散らせた。息子たちとその妻子がそれぞれの小屋に戻ったのだろう。炊事場でスープを温める老婆をみて、ルクタックは怒鳴り散らして叱責したあと、にこやかに椀を差し出した。
「お口に合えばよろしいのですが」
「あとこいつ、メテウスっていうの。私の従者になったから。こいつにもなんかやって」
「ただいま」
メテウスは具材が山盛りになったスープを受け取りながら、いたたまれない気持ちになった。頭を床にこすりつける、まだ髭も満足に生えていない青年をガレアーンは許すだろうか?おそらく、どちらでもよいと考えているのだ。だから中途半端な処遇になる。
ルクタックもさすが裕福な街人というべきで、ガレアーンに慈悲を乞うような真似はしていなかったから、メテウスは取りなす希望があるものとみた。
「なあ……ガレアーン様。そいつの腕くっつけてやらないか?」
ルクタックが鳩みたいに首だけクルッと回転させ、潤んだ目を見開いてメテウスを凝視する。鬼気せまる目つきにメテウスはびくっとした。
「はぁ?首がくっついてるだけで感謝してもらいたいけど。こいつ、私を乞食呼ばわりしたのよ?私だって領民を殺したいわけじゃないけど、戦士なら殺さないと馬鹿にされる事態でしょ?」
「領地の外ならそうでしょうが、おれたちしか知りませんし……めちゃくちゃ反省してるじゃないですか。腕を切られて血止めしただけなのに、泣き言一つ言わない。これは男とみました。ルクタックさんたちも言いふらすような馬鹿な真似はしないでしょうし……ねぇ?」
「そっ……それはもちろん!このような馬鹿な息子に情けなど必要ありませんが、ハヴォック家の善き領民として恐れ多いことは考えられません!」
メテウスは基本的に誰が死のうが自分の知ったことではないと考えているが、目の前で無辜のオッサンが必死で末っ子の生命を助けようとしているのをみて、心が動かされないほど無情でもない。他人の命を助けるのに金をだそうとは思わないが、多少の手間をかけるだけで人間が一匹助かるならそれ以上のことはないのだ。
「うーん……」
ガレアーンが顎に手をやって悩む。
ガレアーンだって勘違いしただけの若者を害したいわけでもないことはメテウスも察していたし、たぶんルクタックだって理解していた。
一線を越えて侮辱されたら報復しないとならない、そんなバロート戦士の行動原理がガレアーンの思考を縛っているのだろう。それは戦士として生きるための倫理観みたいなもので、明文化されない法でもある。
メテウスは雨に濡れた服をさっさと着替えたかったので、直線的に話を通すことにした。
「あまり悩むこともないでしょう?
一度恨みを抱いたら千倍にして妻子に親類縁者まで拷問するようなやつもいますが、そんなのはあまりいません。パッと治してパッと湯あみしてパッと寝れればいい、それが早いし楽です」
ガレアーンはジト目になった。
「おまえ面倒だからって適当言ってない?」
「て、天地天命に誓ってとんでもありません……ただ、ガレアーン様に仕える従者として最善を尽くしているかぎりです」
メテウスはぱちくり澄んだ目を偽造してガレアーンを見つめた。
「心にもない口からでまかせよね?私ね、二枚舌って大嫌いなの。ちょっとこっち来なさい。舌が何枚あるかみてあげる」
「うっ……」
メテウスがおそるおそる近寄ると、ガレアーンはパチン!と頬を叩いた。
紅葉顔になったメテウスは反射でパンチを繰り出し、少女の顎を揺らそうとしたが、首だけで避けられたので、澄んだ目をうるうるさせた。これ以上やると血が流れるので我慢するしかない。
「まあ……気分も晴れたし、これでいいわ」
……人を殴って気分がよくなるっておまえそれはどうかとおもうぞ⁉
メテウスはまた殴られたくないので心の中だけで突っ込みを入れる。
◆
四肢の欠損ならともかく、繋げるだけなら面倒な手間はない。
五分後には末っ子の腕はくっつき、三十分後には湯あみを終え、一時間後には豪勢な食事をとって二人は眠った。
翌朝、メテウスは謎の歓待を受けていた。
「メテウス殿。どうじゃ、ビルワ貝の干物を戻したやつじゃ。なかなか旨いものでしょう」
「う、うまいけど、こんなの貰っていいんですか?」
「お気になされるな。ガレアーン様の正式な従者といえばわたくしらにとっては領主様の家来。馬鹿なルッツも許されましたし、今日は良い日和ですのう」
「ははっ……」
老境にさしかかろうとしているこのルクタックという男、場をいい感じに収めたメテウスへの感謝は本物らしいが、目が全く笑っていない。商人にも似た目だ。
もうちょっと気安いアットホームな感じで話したかったが、警戒心がハリネズミみたいになっている相手には難しい注文なので諦めた。
「今朝は息子に言いつけまして、ええ、よい鉄頭魚を仕入れることができました。味はよいが庶民的な魚ですので、ガレアーン様のお口にあえばよいのですが。それだけは心配ですなぁ」
「野営が続いたので喜ばれるかと。ガレアーン様は些細なことを気にされる方ではないので、口に残るような突飛な味付けでなければ、心配する必要もないと思いますよ」
「そ、それは重畳というもので」
もちろん、末っ子をことさらに心配する必要はないという意味だ。
農民はピンキリが激しく、寒村なのに学も知恵もあって聖典を暗唱する賢人じみた老人がいたかと思えば、豪農なのに文字もまともに読めない石器がお似合いの原始人もいる。
素朴な百姓相手なら迂遠な言葉は通じなかっただろうが、ルクタックは明らかに世事にこなれている。下手な態度をとらなければ心配はないという警告は通じているで安心した。
ルクタックはすこし目をきょろきょろとさせたあと、メテウスの耳元囁く。
「一つ、小耳に入れておきたいことがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「今朝がた、市場に足を運んだ商人が噂をもらしておりました。東の山向こうにルモネという小さな街があるんですが、略奪の憂き目にあったとか。城壁を備えた街でしたので、単なる賊とは思えませぬ。ブウェイック城の方角ではありませんが、逃げ延びた難民と行き会うやもしれません、ご注意を」
「それは──貴重な話を。聞けておいてよかった、ありがとうございます。ガレアーン様に伝えておきます」
「ほほ、あくまで噂ですので」
「ええ、それはもちろん」
「行くわよ。世話になったわね」
雨も上がり、朝日が頭を出した頃に二人は出立した。
「またおこしください。ハヴォック家の方々を我が家はいつも歓迎いたします。ほほ」
ルクタックはにこやかに見送る。本音のはずはないが、突っ込みをいれても誰も幸せにならないのでメテウスはぺこりと頭を下げた。
◆
「腕を斬るのはやりすぎじゃない?」
「本来は手打ちよ?ギリギリのところで踏みとどまったんだから」
「いや冷静に考えて殴るだけでよかったんじゃないか?単なる勘違いに腕斬らなくてもよかったんじゃないか? ちょっとやりすぎたって自分でも思うでしょ? どう? あってる?」
「おまえに私のなにがわかる!!!」
余計なことを言って蹴られながら、道を急いだ。




