「ミディアムレア 六」
「さて、本題に入ろうか。レア──ガレアーンのことをどう思う?正直に言ってくれていいよ」
パンやチーズや塊のハムを雑嚢に突っ込んでいる少女をみやる。
下男のエギルを呼びつけて荷馬車の準備をさせていた。
砂色の髪をした、すこし年上の小戦士。片側の髪を編んでいるのにお洒落な姫っぽさは一切ない。毛並みの良い猟犬といったところか。すぐに人に噛みつく。
空色の瞳は目尻が切れ長で、意志力を感じさせる。
血筋の高貴さえゆえか、彫像のような品のある顔立ちだが、あの顔が激情に染まったとき、メテウスはちょっと死を覚悟した。
──総じて、恐るべき子供だ。
傭兵生活では、すぐにナイフを抜く悪相の男どもを相手にしていたメテウスでさえ、ちょっと肝が冷える手の速さ。
こういう生まれながらの捕食者がいつか人間界の頂点捕食者になるんだろうなぁ……。
言葉を偽ればかえって警戒される可能性がある。
メテウスは正直に言った。
「怖いです。女とは思えません。力仕事をしている自分より力がありました。リヤルト様のお子ということですが、失礼ながら、鬼かなにかの生まれ変わりかもしれません。嫁にはいけないだろうから婿を取られるのがよろしいかと」
従士たちは耳だけで聞いていた話でぶっ!と酒を飛ばしてしまい、領主の娘を笑うわけにもいかず気まずそうに酒を啜っている。
リヤルトは、ちょっと正直すぎないか?と感じたが、それだけ心を開いてくれているということにした。
「あの子は家を継ぐ立場にないが、ハヴォック家を背負って担う戦士になるやもしれぬ。なのに、いつも一人でいるだろう?あの子には従者がいない。従者になれるものがいないのだ」
……ん?
メテウスには話の流れが読めなかった。世話をする従者がいない?
いくら人間性がゴミカスでも、血筋だけで、この牧場の若者が全員従者候補になれるくらいじゃないのか?
「……ハヴォック家といえば高貴な家柄。交易路を有し、遊牧民の長や古い王家と血を交えたこともあると聞きます。譜代の家臣の子なんて、いくらでもいるのでは?」
リヤルトはすこし情けなさそうな顔をした。
「いるにはいる、だが、いくらでもはいない。
同年代の血気盛んな男児、将来は戦士になると決めている少年が六人はいた。
ガレアーンの従者として育てるはずが、みな逃げた。いまは職人や牧童になることを望んでいるという……」
「……あっ!」
いきなり殴りかかってきたガレアーン。
口答えするとすぐ牙を剥くガレアーン。
ハイキックしてきたガレアーン。
瞬間的な感情のボルテージで人をぶん殴るガレアーン。
メテウスの脳裏に映る姿は、冗談ではすまない暴力をジャブみたいに放ってくる少女の姿がある。
……まだ十代前半の女の子。分別がついてこれなのだから……
メテウスは話を理解した。
恐ろしいことに、あの少女は六人も男児の心を折ったのだ。それも教育を施された出来損ないでないはずの子供を。
「……心を折られましたか」
「家臣とはいえ、従者は友人として育つもの。
私は少年たちに直接、もしも争いになればレアと戦ってよいと言ったのだ……だが。ガレアーンには容赦や臆病心というものがない」
……マジでない。
さっきまで顔面が二倍に膨れ上がりドドメ色の球体になっていたメテウスにはよくわかる話だ。
メテウスはエーテルで痛覚を軽減し、内傷を治すコツを知っているから恨みに思わないだけで、普通は心が折れる。反骨心があればまだいいが、本当に恐ろしい暴力を前にすると、人は恨むことすらできないものだ。
……いや?
よく考えたらいくら貴族の娘といえど、郎党の子にそんなことをしていいのか?
「それって、少年たちの親は……?」
「察しがよいな。子の不出来を詫びつつ、六人も戦士になるはずの血の良い子が折れたとなれば、わだかまりが残る。私は詫びなかればならなかったし、ガレアーンの従者となる者は、もう一門からはとうぶん出さない」
「はぁ……自分になぜその話を……ハッ⁉」
察しの悪いメテウスといえども気づいた。
「次なる犠牲者⁉ いやちょっと自分は──」
ガシィ!
リヤルトは逃がしてなるものかと眼力を込めてメディウスの肩を掴む。理知的な仮面を捨て去り、犬歯がむき出しになっていた。
「……どうだね?君は賢い。子どもとは思えぬ。血も確かだ。ブウェイック家の傍系ハルニバルの子。申し分ない……。
従者になれなどと、強制はしない。
というよりできない。強制すれば逃げられるだけだとわかっている。
だが、見込みがあるのだ。
ガレアーンと殴り合って心が折れなかった少年をほかに知らない。
給金も、食事も、満足するぶんだけ与える。
呪い子じみた神象持ちとして無下に扱われたこともあるだろうが、戦士となれば、それは資質だ。神の祝福を受けた者が侮られることなどありえん。この百人長。ハヴォック家のリヤルトが言っているのだ。すべて名に懸けて約束しようではないか」
(……め、めっちゃ押してくる……!)
ここぞとばかりにプッシュしてくる壮年の権力者に、メテウスはなんとか断りをいれようと試みた。
貴族の一門に連なり、年上の見麗しい少女の世話をして生活する……とか、字面にしてみれば悪くないが、メテウスはメリットを超越するデメリットを感じていた。というか殴られた顔がまだ痛い。
メテウスは平穏な牧場生活を守るため、必死で抵抗をおこなう。
「そ、そう急かさないでください。それに……そうだ。女性の従者のほうがよいのでは⁉ ガレアーン様も男だから気に食わなかったんですよ。いやぁ男なんて全員ろくなもんじゃありませんからね!同年代の少女ならば殴られるということもないでしょうし──レディファーストという言葉もある!!残念ながらこの話は」
「あの気性では戦場に入り浸る。戦場にでたい女などそう都合よく身内におらん。女戦士になるべくしてなるような女はそう多くないのだ」
「あっそうだ。自分はロワットラ様に戦に出ろと言われているんでした。これはしたり、この話はなかったことに……」
「姫様には了解をもらっている」
──あの女ろくなことしねえな!
「さあ、ほかに理由があるなら聞こうではないか。だが理由がないのなら……ガレアーンの従者になるという話、受けてほしい」
これが都会の権力者の頼みならメテウスはいくらでも即答で断れた。
衛兵に囲まれても逃げることができるし、屋敷を燃やして復讐することもできるからだ。
だが、蛮族の、自分の生命を左右できる権力者の意向である。
個人的な(嫌だ)とか(怖い)が通用するはずがなかったし、役に立たないとわかれば、どういう扱いになるかわからない。生来から闘いに向いていないとか、人を殺したくないとか、適当な言い訳をできる空気ではなかった。
……なにより、ハヴォック家の後ろ盾を間接的にでも利用できるというのは巨大なメリットである。感情的な理由をのぞいて、メテウスには断る理由がなかった。
周りを見回す。
ハヴォックの護衛をする従戦士たちはスープなど啜りつつニタニタ面白いそうに見守っている。敵の仲間だ。
アナスタシアは露骨に聞き耳を立てながら机など拭いている。止める気配もない。敵Bだ。
ガレアーンは……部屋の隅で雑嚢を広げ、装備を点検している。その顔をみてピンときた。
「――ハッ。
良い話ですが、よく考えたら、ガレアーン様がぼくを気に入るはずがありません!恐れ多くも生意気な口を何度もきいてしまいました!残念ながらこの話はなかったことに──」
「レア!こい!」
「――はい」
トコトコ近づいてきた少女に、リヤルトは問うた。
「おまえも戦士になったんだ。供廻りの何人かも連れないと格好がつかないだろう。どうだ、この牧場に従者とするような、親しいものはいるか?」
「い、いません。消えました。戦士になるはずだった、アタシの従者たち――みんな逃げた!根性なしばっかりです!」
「なに、悲観するな。運命は時に人を嬲るが、慈雨を与えるのもまた運命なのだ。
私はおまえに形だけでも従者を用意してやろうと思っておる。
ところで、このメテウスという少年。血筋もたしかだし、戦で役に立ったのだろう?
どうだ?おまえによく逆らうというが、逆らうだけの根性があるということでもある。
おまえがよければ、従者として取り立ててやってもよいのだが」
「ウーン?」
不機嫌極まりない少女に、ジト目で睨まれたメテウスは、まるで肉食獣を前にしたかのようにそっと目をそらした。
「………………………………。
そう、ね……。
従者がいないと不便だし……。
……多少見劣り……
……囮役……疑似餌……
……死んでも惜しくは……
……生意気……殴って調教すれば……
……間に合せの品……
父上、こいつでもいいです」
「決まりだな」
(決まったの?)
決まりだった。
近くブウェイック城に赴くということが決まり、ひとまず解散した。
◆
出立の直前、ガレアーンは父に抗議した。
「父上、あのバカ、渡してやった保存食にケチをつけて『同じものを食わせろ』と抗議してきました。生意気です。従者を雇うならもっと従順な者をつけてくれませんか?」
リヤルトは整えていた口髭を撫でて思案する。
またしても『そんなことあるか?』と思うが、微笑ましい話でもある。
ガレアーンは粗野な言動とは反対に人の話を聞くし、学ぶことができる。聞かせるための言葉を選んでいた。
「御しがたい人間を御す練習と思えばいい。
それとも、完全な従順を望むのか?
しかし、おまえは何人も従順な付き人を追い出したではないか。私が従者を用意しなかったのは、おまえには素直な人間を扱う度量がないとわかったからだ。
何事にも別の一面がある。使用人であるならば従順であることは長所である。民草であるならば従順は賢さかもしれない。しかし戦士であるならば話は別だ。才人や善人は好かれるが、彼らは礼儀をわきまえ、時節にあわせて柔軟に己の信念を付け替える人間だから善人でいられるし、富を築き長生きができる。
戦士の美徳とは違う。
父母や権力者に従順で、波風立たぬことを優れたる証と信じる人間が、戦士として大成することはあまりない。
少年が反抗的?大いに結構ではないか。
畢竟、戦士とは獣なのだ。おまえに従順な従者などつけても苛立ちで殺してしまうだろう、多少は生意気でも、戦友として戦えるほうがよほど役に立つ」
むすっとしたガレアーンは、ぽつりいう。
「でも、平民が口答えするんですよ?
小突くだけならまだしも、殺そうとすれば平気で剣を抜く。このまえ殴った時なんて、『最近、治癒術式がうまくなったのでちょっと見てくれませんか?』とか言ってました。すごい速さで適応していてイライラします。そのうちうっかり殺してしまいそうです」
リヤルトは髭を整えつつ、幸運を思う。
ガレアーンに殴られて心の折れない従者が手に入ったのは、まず喜ばしい。
どのような人間も環境や使う者しだいで価値が変わる。
村では愚鈍な木偶として扱われた男が、戦では誇り高い戦友になるのはよくあることだ。
メテウスという子供は自分の運命を担うリヤルトやガレアーンに対しておざなりな敬意しかみせない。領民なら罰する、だが、戦場では使い道があるものだ。
本当に殺されるかもしれないと理解していて口答えをするのは恐ろしく愚かだ。
だが、普通の人間にそんなことが可能だろうか?
並の子供が成長したところで並の戦士になり、才知ある子供が成長したところで才知ある戦士になるだけではないか。
狂愚もまた素質。奇貨を殺してしまうのはまことに惜しい。
狂人に愚か者が万と骨を晒した上に、一人の真の戦士が生まれる。
戦場にて頭角を表すものは理外の化物だ。
頭のネジの数段外れた戦士たちが、バロートの歴史を動かしてきた。そう、コロディナのハルニバルのような――リヤルトは常に上半身裸の戦友を思い出し、子に性質が受け継がれていることを確信している。どのみち、ガレアーンが戦士になるというのなら、まつろわぬ人種を配下にせねばならない。
これが自分の経験になるとわかっていない娘の不満は子供じみていて可愛らしいものだった。
リヤルトは笑った。
「レア。愚か者に使い道を見つけられないなら、上に立つ資格がない。
ものを知らないわけでもない人間が、ハヴォック家に逆らえるというのは、愚かさを超えて才能とみなすこともできる。
狂愚まことに愛すべし、というべきかな。
殺してしまうならしかたがないが、しばらく従者として扱いなさい。これは決定だよ、下がりなさい」
ガレアーンは納得したふりをしてしぶしぶ頷いた。
ああいったが、せっかくできた子分を殺すつもりはないのだ。
父に試されているとも感じる。
守役のヘジケーが死んだいま、一人で任務に出るよりも、小生意気な足手まといを連れるのも悪くはないのかもしれない。




