「ミディアムレア 五」
◆
「罪人を連れてきました父上。晒しものにする許可をください」
馬の自由意思を奪おうとした天罰がくだり、折られた頬骨を必死で治癒するメテウスがリヤルトの前に引きずられる。
ガレアーンの直情的な怒りは、一切の理性が混じっておらず、メテウスをして畏れを抱くものだ。
反撃しない人間を殴り続けられる人間が少ないことを知っていたのでメテウスは無抵抗を貫いたが、不幸にも、ガレアーンは無抵抗な相手を殴りつけることに躊躇を感じていなかったので、無抵抗は無駄に終わり意識が消えそうになっていた。
事情を聴いたリヤルトはうーんと唸る。
腕を組んで顎に手をやる、その所作は親娘で奇妙なほど似ていた。
「馬に薬を使う、か……。我々の魂を乗せて駆ける、友たる馬に。いかにも外道だが、それしかないと焦ったんだろうね」
「父上、そんな可愛いものじゃありません。こいつ、賄賂とか鼻薬とか言ってました。戦士の名誉を守るために重い罰を与えてください」
「うーん……」
リヤルトは腕を組み、子供たちを観察する。
子供らしくない暴力だが、治癒能力のあるエーテル遣いにとって殴り合いはコミュニケーションの一種でありうる。
ガレアーンは、思っていたよりも、ずっとメテウス少年を気にかけているようだ。
我が娘ながら、殺すことに躊躇をみせない気性の強い人間だ。
これだけ殴ってなお殺そうとしないのは、隣にいて不快とまでは感じていない証。幸先が良いと言えた。
「メテウス君。以前、馬に乗れたということは確かなんだね?」
「もちろんです、旦那様」
「ならば原因は十中八九、呪いのせいだろう。胸を見せなさい」
黙って上半身をはだけた。
右肩から胸にかけての赤黒い痣が目立つ。神々が世界に刻んだしるし──
「その神象──いずこの神とも知れぬ。
レナツァイト家との戦で使われた呪い子のものとも違うと聞いている。あるいは神々の気配に馬が怯えているのかもしれないね。こういう神秘のことは専門家に任せるのがよろしい。望み通り、バハイ殿に会わせてあげよう」
……やったぜ。
メテウスは内心小躍りした。馬に乗れないだけならまだしも、ほとんど殺意すら感じる濃度で侮られ続けるのは耐えがたいことだ。
「レア──ガレアーン。メテウス君を案内してやりなさい」
「父上!こんなやつ勝手に行かせてやればいいんです!」
「おまえも戦士になったのだから、冬明けの参内に赴かなければならない。私よりも先に城に顔をみせて、ハヴォック家の名代として挨拶をしてきなさい」
「そういうことなら、もちろんいきます!」
「うんうん、決まりだ。レア、私の部屋に来なさい。旅の計画を立ててあげよう」
◆
リヤルトは自室で娘と向かい合った。
「姫様に挨拶をしてくるといい。道中、油断してはいけないよ。最近、狼頭のフルーシャ族がうちの領地まで略奪にきた。もしものときは、メテウス君を囮にしてでも帰ってくるんだぞ」
ナチュラルにメテウスは囮扱いされているが、万一にも足手まといを助けようとするかもしれない娘を心配する親心でもあった。
娘はむすっとした顔をしたままだ。
心配した言葉をかけると常ならば嬉しそうにするものだから、リヤルトは小首をかしげた。
「不可能です。あいつ、私がいくら命令しても危ないとなったら逃げると思います……」
「あの少年にそんな度胸があるのか?しょせんは神々に記憶を植え付けられた子供だろう?」
そう伝えられている。
神々の記憶操作は無理も多く、狂人を生み出して大事件は起こせても、身の丈に合わない戦の経験を与えられたところで身につくようなものではない。
メテウス少年の傍若無人な態度も、そういった不具合に原因があると察していたが……
「配下から耳にしたが、牧場では嫌がらせを受けているとも聞く。
反撃しないそうじゃないか。
侮られるのも当然というものだ、ノーマック族の長老たちにも反論しなかったし……あの少年は、気が弱いのではないか?」
「……気が弱い?メテウスが嫌がらせ?されてるの?大丈夫なんですか?」
目線を反らして口元を結び、なんだか嫌そうな顔をしている娘は、リヤルトがあまり見かけたことのない様子である。喜怒哀楽のはっきりした娘が、常ならず言いにくそうにしている。
狼じみた娘がみせた人間味にみえて、リヤルトは素直に嬉しい。
メテウス少年はブウェイック家の係累と言っても、年に十人も死ぬような膨大な血族の一人。気を使う必要などないし、リヤルトにとってはガレアーンが戦で見つけてきた手下という側面が大きい。
「うん?情が湧いたのか?牧民たちに飯にゴミを混ぜられたりしているようだ。私が手を出すと大事になるから、暴力が伴わないうちは放っておくつもりだったが──配慮したほうがよいか?」
ガレアーンはきょとんとした顔をみせた。
張り詰めた凛々しい意思が抜けると、普段の戦士然とした顔がとたんに幼く見えて、リヤルトは娘の幼い頃を思い出す。その娘の口から飛び出たものは、予想外の言葉だった。
「いえ。私が大丈夫かと気になったのは、嫌がらせをしている者たちのこと。メテウスは手加減をしないでしょうから、このまま放っておけば殺人沙汰になるのでは?」
「ふむ……?」
リヤルトは額に皺を寄せた。十歳の子供が、一人前に仕事をしている牧民を殺す?
放牧中の牧民はエーテル銃を担ぎ、外敵をみつければすぐにエーテル銃をぶっ放す民兵のようなもの。ときに遊牧民の家族が縄張りに入ってきたのを幸いとばかりに、小遣い稼ぎに殺して、問題を起こすような者ばかりだ。
たいして、メテウスの印象は、孤狼児として生き残っただけあって賢く、自分の立場を弁えた子供。
神々の駒にされたというだけあって、子供らしい愛らしさがないかわりに、子供の煩わしさもない。立ち回りで戦場を生き残った孤狼児なのだろう。目つきの悪さは育った環境ゆえのことだ──と考えていたのだが……。
「理由を聞いてもいいか?」
あの目つきの悪さは、ともすれば第一印象のとおりなのかもしれない。
「父上? 騙されてはいけません。あいつ、偉い人の前ではよい子のふりをしているだけです。
戦場で十人長に逆らって殺されそうになったのを徴用した孤狼児ですよ?
牧民なんか相手にもならない。嫌がらせを黙って受けているのは……もしかして、殺すための言い訳をつくってる……?」
「そんなまさか……」
半笑いのリヤルトは、次の言葉で方針を決めることになる。
「姫様から聞いてなかったんですか?あいつ、弱くはないですよ。叔父様──グノークスの剣を何度も受けながら、私と連携できましたし、人間なんか平気で殺すでしょう。そういう目をしています。前世の記憶がすこし残っているっていう話を、私は信じています」
「……ふむ。それなら、決まりだ。彼は──」
◆
母屋の吹き抜けの食堂でぼんやりしていると、二人がやってきた。
リヤルトの顔をみて大人たちが寄ってきて、ガレアーンの顔をみて若年の者たちが素早く消えていった。メテウスは人望の差に悲しい気持ちになった。
供廻りの従士を侍らせ、リヤルトはどっかと座った。
ガレアーンは赤毛の『おっかさん』に普段より少しだけ甲高い声で『任務だからお弁当はおいしいの!』と言って頭を叩かれている。子供返りしているみたいだが、実際に子供なのだから、普段のほうが気を張っている姿なのだろう。
「メテウス君。姫様が私に君を預けたのは、レアの件があるからだけじゃないんだ。君の父君太陽の如き・ハルニバルと面識があるからだ」
……そうなの?
メテウスは記憶の片隅にもない実の父など、なんの興味もなかった。
「はぁ……」
「一目でわかった。顔立ちが父君の幼い頃に似ているよ」
なぜわざわざ話などするのか?
雑談で本性を暴こうとしている可能性がある。
「そんなに昔からお知り合いだったんですね」
「同じく戦士として育った。同じくお館様の伴廻りを務めた間柄だ。親しくはなかったが、ハルニバルは戦士として死んだ。その生き様は忘れられぬ」
メテウスはロワットラの言葉を思い出す。
『ハルニバル、裏切り者として有名だ』と。
「聞いてもよろしいでしょうか?父は、裏切り者だと聞きましたが」
「フ……あれに忠誠心などなかったからな。エーンセナ侯爵家との戦争中、自分の戦士団を連れてころっと敵の貴族になった。笑ってしまったが、あれは裏切りというより御館様がいけなかった。ハルニバルは昔気質の男で王様になりたがっていたから、自分の土地が欲しい、と言っていたのに、戦に勝てばやる、と返したものだから、恨みに思っていたのだろう。
あれは単純な男だった。人を顧みるということを知らなかった。
華々しく戦い、戦で死ぬことだけを望んでいた。
賢く財を成し、賢く生きながらえようと考えたこともなかっただろうな。
話には聞いたが、君は母親に捨てられたんだって?」
リージェントの調べたところ、母が実家に帰るさい、伯父に預けられ、のちに奴隷として売られた、という証言が得られた。妹なんかもいたが村から消えたらしい。もうメテウスには他人事で、生涯顔を合わせることもないだろう。
母のことも、前世の記憶がよみがえったあとは記憶の片隅に『なんか昔いた』くらいの感覚だから、メテウスは、「伝え聞くところによると、実家に帰ったようですから、あまり知りません」と正直に言う。
「あっけなく一家離散か。君には悪いが、ハルニバルが自分の死後など考えるはずもないから、順当な顛末だろう。あれが良い夫だったり、良い父親だったはずがない。気にくわぬことがあると、すぐ相手を殺そうとする。良い人間ですらなかったからな」
……な、なんてことだ……良い人間ですらないとか言われる故人あんまいないぞ。すぐ相手を殺そうとするなんて、人間に生まれた甲斐がないだろう。そんなやつは早く死んじまったほうが世のため人のためかもしれないな。
メテウスは大きめのブーメランを放っていたが、その自覚はない。
リヤルトは朗らかに笑う。
「だがね――私はあの男が好きだった。戦士ならばああやって生きたいと一度は考えるものなのだよ。戦士団では、嫌われると同じくらい、尊敬されていた」
メテウスは奇妙な気持ちになった。ハルニバルという人間は、血の繋がった父親ながらとても親しみが持てるような人間ではない。
なのに、リヤルトの顔には素朴な好意が浮かんでいる。
どのような生き方をした人間にも、それ相応の理由があり、災厄として忌み嫌われた人間にも、理解者がいた。そういった事実に、なにか変な心地がしたのだ。
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