「ミディアムレア 三」
◆
「またここで寝てたのか。お嬢様が呼んでるぞ」
「……?」
メテウスは目覚めた。
寝ぼけ眼にうつるのは、がっちりとした体格の十五歳くらいの少年だ。大人と変わらない体格だが、肌が若く髭も薄い。名をナハトと言って、牧場の逸れ者仲間だった。
「なんだ、ナハトか……。もうすこし昼寝したいし、『メテウスは見つからなかった』って言っといてくれないか?」
「嫌だ! オレがガレアーン様に殴られるだろ。早く起き上がれ、オレが殴られてもいいのか!?」
「別にいいが……?」
「なんでそんなこというんだよぅ! ガレアーン様、怖いんだよ! ほらみろ、手が震えてやがる……!」
ナハトは赤髪をしていて、顎がごっちりとした頼りになりそうな顔つきをしている。
そして頼りになる大男という第一印象に相反する小動物の魂を持っていて、強きものに怯えていた。
「わかったよ……」
藁を落とし、母屋への道を歩いた。
「走っていかなくていいのか?」
「なんでおれがメスガキの呼び出しで走らなくちゃならないんだよ……」
「うーん、メテウスはお嬢様に怯えないのがすごい。
やはり戦に出ると度胸がすわるものか?
来年こそオレも戦に出ると思うんだが、アドバイスとかないか?」
ナハトは距離感がぶっ壊れていて、至近距離で話してくるのでメテウスは顔をそむけた。
三十人の一人の割合でいる、同性だというのにやたら至近距離で話しかけてくる鬱陶しい種族にメテウスは蹴りをいれる。
「痛っ!」
「近い近い、離れろ」
「そんなこと言うなよ。牧場で浮いてるもの同士、仲良くしようぜ……」
ナハトはねっちょりとした声を出した。
メテウスは泣きそうになった。
異国の牧場で知り合いもいない、馬にも懐かれないのに、赤髪の根暗のマッチョに懐かれているのが意味不明だ。
「おれは浮いているんじゃない。溶け込める理由がないだけだ。牧場で育っておいて溶け込めないおまえと一緒にするな」
「みんな噂してるぜ。ガレアーンお嬢様が戦で拾ってきた孤狼児だから、ちょっとしたことでナイフを抜きそうで怖いってな……」
メテウスは悲しい気持ちになった。頼まれてもいないのに下働きをして、溶け込む努力をしているつもりだったのに、まったく効果がないようだ。
「陰湿な田舎モノタチ……! もう少し大きくなって金をブウェイック家に返済したら、こんなとこ一瞬で出ていくからな!」
「ど、どうしてそんなこと言うんだ。オレを置き去りにするっていうのか!? 一人じゃ不安だから、一緒に戦にいくつもりでいたのに! オレたちは運命共同体、一蓮托生だろう!?」
逃がしてなるものかとナハトが肩をがっちりつかんでくるのを、メテウスは身震いして振りほどく。
「運命共同体にするな!
おれには夢がある。都会で大物になって豪邸でウハウハの美女と美食に囲まれた生活をするんだ!」
「身の丈に合わない阿呆みたいなこと言ってるやつって、だいたい地獄に行くと思うんだが……オレと一緒に堅実な羊の世話をしたほうが未来は明るいんじゃないか?」
「うるさい!おまえは無駄に年をとって、陰湿な村を好む虫みてぇな皺顔の田舎者と狭い地域に閉じ込められて、一生このクソ田舎で他人のセックスの噂話でもしてろ!!ぺっ!!!」
「ひ、ひどい!!
大人になったらバディになるっていう約束はどうなったんだ!?」
「そんな約束しとらんわ!!」
「それにしてもメテウス。その年で借金なんてあったのか。馬鹿なやつ。二人で返済計画を立てないとな……」
ナハトが真顔で頷いていると、頼りがいのある男みたいな顔をしているから不思議だ。
言ってる内容はなにかネチャッとしているのでメテウスは手をパタパタした。
「ブウェイック家に押し付けられた借金だ。いざとなったら金だけ持って逃げりゃいいだけだし……一人で返すから放っておいてくれ」
「素直じゃねえんだからなぁ。気を付けろよ。牧場でいろいろ身支度してただろ。金がある、って噂になってたぜ」
「なんでも噂になるな、小さい共同体は……ていうか、どうやって噂を仕入れてくるんだ? いつも遠目に、人の輪からちょっと離れてるのを目撃してるんだが……」
広大な牧場といえど、固定で顔を合わせる人間は決まっている。
その中でナハトが一人微妙な距離感で切り株に座り、仕事のときだけさも仲間みたいに話しかけられているのをみて、メテウスは無駄に心を痛めていた。
「ふふ……食堂で一人で食うのが居たたまれないから、メテウスがいないときは炊事場の小部屋で食ってるんだ。聞こえてくるぜ、色々とな……」
凛々しい顔で情けないことを言うナハトに、こいつは野生で生きていけるのだろうか……と、勝手に心配になるメテウスである。
柵で区切られた牧場道を歩いていく。
道すがら益体もないことを言い合っていると、なぜか気が合う錯覚がするので不思議だ。
雲一つない空は巨人の血を垂らしたように真っ青で、清冽な風が髪を嬲った。
「寒いけど天気いいなぁ」
「オレは晴れより雨のほうが好きだぜ。雨が降ってると、隠れてるみたいで安心するんだ」
「好陰性の虫かな?」
とつぜんナハトは顔を険しくした。
「シッ! メテウス、警戒しろ……!」
すわ盗賊かと見回したが、道向こうから五人ばかりの人影が歩いてきた。一頭だけ荷馬を連れている。
メテウスは顔も知らないが、ナハトは知り合いのようだ。
五人は笑い声をあげた。二人は女で、甲高い声も混じった。
「ナハト! チビ捕まえて大将気取りか!?」
「戦に出たこともねえのに、厚顔無恥とはこのことじゃのう」
白い歯の目立つ伊達男と、浅黒くて恰幅の良いオッサンみたいな青年がナハトをはやし立てた。
「だっさ~」
小柄で八重歯の目立つ少女が半笑いで追撃する。
ナハトがぷるぷる震えたはじめたのを、メテウスは不安げに見守った。
反撃してもよいことにはならない。
五人は、見た目からしてハヴォック家郎党の牧民だ。
純粋な牧童とは違って牧民は戦争となると馬や食料の家畜の世話についていくため、戦士予備軍としての側面も持っている。練度は未熟なれど戦場で家畜を任されるだけあって、エーテル遣いが多く、将来の幹部候補生として大きな顔をしていた。
すれ違いざま、手で押されそうになったのをナハトが避けた。
「な、なんだよ……!?」
「なんだァ? ンなところでサボってるのが悪いんだろうが!」
「戦に出れもしねえ、仕事もできねえって、どうなんだよ、えぇ!?」
ナハトの頬に脂汗が滲むのを、メテウスはとても不安げに見守る。
小心者がいきなりナイフを抜いて人を殺す光景を思い出していた。
「ユード、つっかかるな!! オレだって戦に出たいって父ちゃんに言ったんだよ!だめだって言われたんだ、しかたないだろう!」
「わりぃ、腰抜けの言い訳に興味ないんだわ」
「この前の野盗狩りでも、後ろに逃げて殺さなかっただろう!」
「えぇ!?人も殺したことないのー?」
「ださだっさ~」
メテウスは密かに戦慄する。二十年以上傭兵として生き延びてきた記憶があるため、若い青年たちは子供と変わらない顔つきにしかみえない。普通、人を殺して平気なやつはそれ相応の顔つきをしているものなのだが、かれらはドブ底を生き抜いてきた人間のひん曲がった顔つきをしていない。なのに人を殺したことのない他人を馬鹿にしている光景にカルチャーショックを受けていた。
ということは、バロート人の一般的な家庭の生まれ育ちの人間もみな似たような価値観を持っていて、すきあらば人殺しの経験を積もうとしてるということなのだろうか?
ナハトは多少根暗で人間不信で小心者でビッグマウスなだけで、人格に強烈な問題のある人間ではない。だが、蛮族では人を殺したことがないというだけで責められ、ナハトは日増しにコンプレックスでナメクジみたいな感じになっているのだろう。
……溶け込むためには、価値観を合わせないと難しいよな……。
メテウスは、カモフラージュでもいいから蛮族レベルを上げて周りに攻撃されないようにする必要性を悟った。
だんまりを決め込む二人に、五人は足を止めて話し始めた。
「それにしても、まさか”あの”ガレアーン様が子供趣味だったとは」
「気狂い女の情夫ってのは、気の毒だが」
「おいチビ、教えてくれよ。孤狼児がどうやって取り入ったんだ?」
「……こいつの目つきヤバくないか?」
「ひねくれたショタ……じゅるり」
「……え、おれなんもしてないのに……」
メテウスは身の危険を感じた。
「なにもしてないだと?」
側面を刈り上げ前髪を後ろに撫でつけたリーダー格の青年が、メテウスの首元を掴んでぶらさげる。
「ぐぶっ、ちょ、まてよ……!」
息が苦しくなり、メテウスは足を振り回す。
エーテルを熾してやり返すか判断に迷い、突然の事態に動転していた。
「孤狼児なんかがうちの牧場でなにしてるんだ?って話だ」
いきなりマジギレされたメテウスは、首を振ることしかできない。
「孤狼児なんざ盗人だろうが。ナハトと一緒に出て行けよ!」
「オレも!?おまえら、ユーゴを止めろよ!こいつは今姫様に呼び出されてるんだ!遅れたらおまえらのせいだって……告げ口するぞ!!」
周りが慌てて仲裁に入る。
「やりすぎると姫様に殺されるぞ……!」
「アァ!? 」
「ユーゴくん落ち着いて」
「ね?」
手を離されたメテウスは地面に腰を打ち、息を荒げながら面倒な気分でいっぱいだった。
……連中、クソ田舎で戦ばかりだから若者が荒んでやがる。あまり事を荒げないほうがいいな……。
メテウスが冷静になったタイミングで、時間遅れでナハトが激高した。
「ユーゴ、やりすぎだろうが!!! まだ子供だぞ!! 孤狼児でも、こいつは悪い奴じゃないんだ!!」
「殴ってもいねえ。話しただけだろうが、そうイキがるなよ……。
だいたい、おまえも前の戦でジャシカが死んだの知ってるだろうが!
あいつ、孤狼児にやられたんだ。
草むらに隠れてやがって、弓だけあてて逃げやがった。かわいそうにジェシカのやつ、身ぐるみ剥がれて裸でそのまま焼かれたんだぞ。おまえ、それがどうでもいいっていうのかよ、えぇ!?」
「それ……おれ関係なくないか?」
「なにシラ切ってんだ!!テメェも孤狼児だろうが!!!」
「狼の餌にされてえのか!?」
「そうだよ!!」
五人はうっすらと敵意を持ってメテウスを睨む。
……無茶苦茶な理屈だが、理由はわからなくもなくない。
メテウスには理解できた
友達が死んだ。原因がある。その原因に似たやつがいた。だからそいつは憎い。悪いし殺したっていいくらいだ……。
とんだとばっちりだが、よくあることだ。
憎しみの行き場に道理など関係がない。
たとえば、ある国の人間に親が殺された。だからその国の人間が憎い。そんな考えを持つことは誰だって理解できる。
その延長線上に、嫌いな人種や、忌々しく醜い業病、国や性別や年齢と続いて、あげくのはてに方言や昔嫌いだった人間に似た顔つきまで嫌い抜くようになる。
そういった偏見は罪がないものだが、罪がないからこそ、若いころは心の底では無意味だとわかっていたはずの偏見をいつのまにか信じ込み、真実だと思い込んでしまうということがよくあるものだ。
果ては、自分より金を持っているというだけで無性に他人や他人の子供を殺したくなるほど憎む人間などいくらでもいる。
苦しみは人の性根をひん曲げてしまう。
理性では不条理だと理解できる。だが、もともとそういう考えに違和感を持たない人間はいるし、すこし追い詰められれば誰の中にだってそういった不条理な憎悪があらわれる。怒りは、苦しみや恐怖への特効薬でもあるからだ。
世では不条理は悪いことと教え込まれるものだけども、人間の本能に刻まれた強い力に、そのような理屈など通用しない。
苦しみに原因がないよりは、悪があってくれたほうが人間はこの世をまだ我慢できるものだと感じられる。
それが集団となると、もはや傍目には狂気にしかみえない衝動となる。
狭い集団で醸成された感情は理屈を飛び越えて、犯人とか悪魔を探し出すまで止まらない濁流と化す。
被害者意識を募らせた集団は、被害者意識そのものが集団でいるためのイデオロギーと化すため、みな競ってやり玉を探し出すことがその集団の正義となる。それに逆らえばやり玉にあげられるのは自分だから、表立って反対する馬鹿者は少ない。
そこに道理や、多くの人間に納得できる理屈があれば、旗にだってなるかもしれない。
いつしか正義とさえ呼ばれる。かように生まれた正義は子供に継承され、無垢の正義をバトンタッチされた次世代にとっては、もはやそこに理屈など必要がなくなっている。
いきなり戦争をはじめたり、いきなり敵国をあげつらう政治はその原理の応用で、とても受け入れやすい考えだ。古今東西すべての国で同じことが行われている。
ある国に問題があって国民が不満のはけ口を探しているとき、権力者はまんじりとしていられない。
やり玉の先にならないためなら人間はいくらでも道理を捻じ曲げるものだし、そもそも国には確実に敵がいるもので、苦難にさらされた国というものはもはや潜在的にすべての国が敵でありうる、そこには道理や正義だってあるのかもしれない。
愚王や平凡な王も、遠征で勝てばいきなり名君と呼ばれるようになる。敵がいない苦しみよりは敵がいる苦しみのほうが誰だって受け入れやすい。
苦しんでいる人間に敵を持つなというのは、飢えた人間に食い物を盗むなというのと同じで、理屈の上では正しくても、一切の道理がない妄想の戯言でしかない。
メテウスは昔、洪水で半分水浸しになった村に逗留したことがある。
川の近くに住んでいた漁師一家が、魚をとりすぎたとか川の神の機嫌を損ねたとか因縁をつけられ、一家まるごと粗末な檻に閉じ込められ川に沈められたのをみたことがある。
哀れで原始的だが、珍しいことではない。
ああいうことが、あらゆる大きさの人間集団で起こっているのだ。
実際に命を取らずとも、そういう現象が常に人間の中では起こっている。
なんなら一人で勝手に悪魔探しをしては「こんなやつ死ぬべき」とか「生かすな」とかわめいたり嘆いている狂人さえいる。ソロで発生する狂人までいるとなると、もう集団とか関係なく人間に本来備わっている機能なのかもしれない……メテウスの人間不信は高まるばかりだった。
だから、メテウスは一時的にやり玉にあげられてやってもいいかと考えたのだ。
反撃してしまえば、殺し合いになりかねないため、牧場で穏便に生活基盤を整えたいならそうすべきだと……
ユーゴという男は、ナハトを軽く蹴りつけながらメテウスを見下ろした。
「フー……なあ坊主。たしかにおまえにゃ理不尽な話だ、許してやってもいい。
牧場に馴染めねえのは辛いだろう?
孤狼児だから礼儀を知らないのは仕方ねえが、俺たちに挨拶もなしにいるとは……。
ものを知らなかったんだろうが、ガレアーンのお嬢が飽きたら、仲間もいないお前はくいっぱぐれるだけだぞ。
どうだ、金を持ってるんだろ?
どこに隠してるんだ?
ちょっと仲間としての敬意を示してくれりゃ、おれたちだって無下にしねえ。わかるよなぁ?」
「たしかに」
「一理あるな」
「どーりだね!」
うんうん頷く五人組をみて、メテウスはようやく事態を理解した。
ナハトの因縁に巻き込まれたのではなく、もともとメテウスの因縁だったのだ。
彼らの顔にうっすらと浮かぶ真剣な憎悪も腑に落ちた。
牧民たちは家畜は持っていても現金は親に握られていて、不便しているのだろう。そのくせ家の都合で戦争には出される。
金を持っている、というだけで、一切の背景を無視して真剣にメテウスを憎めるほど荒んでいる。人目がなければ殺すくらいのことはやりそうだった。
ナハトもまた金が目的だと理解したのだろう。
不快な顔をして、メテウスの背を叩く。
「いくぞメテウス。こいつら、金のために因縁つけてやがる。話したってどうにもなら……メテウス? ひっ!」
メテウスは鼻頭に顔中の皺をよせ、邪悪な猿みたいな顔をしていた。
すぐさま右手で顔を覆い、表情を隠す。
……脳に金属質の怒りが湧いていた。金を奪うだと?
傭兵をしていたころから不思議だったのだが、無償労働をさせようとしたり、一切意味のない仲介金をとったり、金をせびってくる輩は、どうしてそれが命のやりとりだと気付かないのだろうか?メテウスはよく金を惜しんだ依頼者の家に火をつけていたが、その段になって被害者面する馬鹿がよくいたものだ。
前世、金で売られ、奴隷として生活し、飢饉のおり金の無駄として捨てられ、そして傭兵になった。
金を奪われるくらいなら他人をいくら殺してもかまわないという価値観がしみこんでいる。都市部の人間ならば頭を下げて生き延びることもできるだろう、だが、荒事を生業にする人間は、舐められたままにするとそのまま順当に搾取されて殺される生き物だ。戦争はあるとはいえ、この呑気な牧場にいる青年たちとも価値観が違った。
端的にいうと、その瞬間にスイッチが入った。
怒りによってスッと冷たくなった血にシャッフルされた思考が、目的を勝手に見つけ出して高速回転する。
メテウスは愛想笑いを浮かべて、静かに話し始めた。
「おれみたいな子供の金をアテにするなんて……あんたら雑兵として従軍してたんだろう?」
「……はぁ!?」
「てめっ、なんだ……?」
メテウスは立ち上がった。
小柄な子供なのに、エーテルを熾しているせいで、気配が不気味に大きい。
笑みを浮かべたメテウスは、五人に親しげに笑いかけた。
「雑兵仲間は何人死んだんだ? 考えてみりゃ、あんたらが怒るのも無理はない。そこらの農奴みたいに戦に連れていかれて、その、ジャシカって言ったか?仲間が無意味に死んだんだから。ハハッ、笑っちゃ悪いが、無駄死にだよな。うんうん、上官や敵に突撃する勇気もないんだから、孤児でもいじめなくちゃやってられねえよな?」
言葉の内容があまりなもので、うまく呑み込めなかったのだろう。
ユーゴは十秒ほど無表情だったが、首筋から血の気が額まで登り、拳を握って怒鳴った。
「ジァッ……ジャシカのことを侮辱するのは許さねえ!!
弟は勇敢に戦い死んだ!!! 冥府でも自慢してるだろう、それを、それを……!」
あまりの怒りに呼吸がうまくできていないユーゴを見て、残りの四人は腰が引けている。
ナハトが小刻みに震えながら袖を引いてきたが、なおもせせら笑った。
「悪い、弟だったか。でも、お前らを見てると勇敢に戦って死んだとは思えないんだよな。
小便垂らして喚きながら逃げてるのが目に見える。あーあ、これはもしもの話なんだが……おまえらが腰抜けじゃなかったら兄弟も死ななかったのにな……」
ちなみに初陣で小便を漏らさない人間は少ないので、定番の煽り文句だ。
心当たりがあるのだろう。
二人の男が顔を真赤にして剣を抜きかけるが、身を挺して残りの三人がかぶりつき留めている。
「おい!なんで止める!侮辱されたんだぞ!」
「もういい!行くぞ!」
「殺す気か!?」
「牧場で姫様のお付きを殺しちまったら、勘当だけじゃすまねえぞ!」
彼らの手を止めているのは、牧場で死傷沙汰を起こせば未来があまりにも暗くなるという事実だ。未来の幹部候補生どころか、一族に迷惑がかかり、追放されるような重たい罰が下されるであろうという事実が、彼らの強烈な怒りをかろうじて押しとどめていた。メテウスがさらに一言を放った。
「なんだ、口喧嘩しかできないのか?たいして死んだやつのことなんて大事じゃなかったらしいな。おまえらがこのありさまなら、死にざまもわかるってもんだ」
「こ、このクソガキ……!」
「なんて悍ましい孤狼児だ……!」
一人の女が顔を真っ赤にして叫んだ。
「おまえなんかに何がわかるっていうんだ!? 私はジャシカと結婚するはずだった!勇敢で義侠心のある男だった!それを、それを……!」
メテウスは目を細めて人間味のない顔を返した。
ナハトが若干後退りする。
メテウスの少年らしい小柄な体から、悪意が若干はみだしていた。
「恋人が死んだのは気の毒だな……でも、若いんだから股を開く相手なんていくらでもいる。もういるんだろ?だから気にするなよ、アバズレ」
女は怒りのあまり気が遠くなり、ふっと足から力が抜けて仲間に支えられた。
「……」
もはや殺すしかないという無表情で、顔を土気色にしたユーゴと、邪悪な笑みを浮かべるメテウスは対照的だった。
しばし睨み合う。
互いに意図がわかっていた。
殺し合いに誘っているのだ。
牧民のうち、三人は腰が引けている。殺し合いを厭わない子供など、見たことがなかった。孤狼児といえど、ここまで性質の悪い子供が存在するなんて、と……。
「なあユーゴ!それにメテウスも!おまえら、ちょっとおかしいぞ!正気じゃない!冷静になれ!剣なんて抜いて得するやつは一人もいねえ!もうやめよう!」
ナハトが半泣きになっているのをみて、毒気を抜かれた牧民は背を向けた。
これ以上は死人がでると全員がわかっている。
「ふぅ―……」
メテウスが臨戦態勢を解いた。
目を拭い、再起動したナハトがめちゃめちゃ肩を叩く。
「なにしてるんだバカヤロー! まずいぞ……!ユーゴの弟を侮辱しちまった!なにをされるか、いや、殺しに来るぞ……!どうして死者を侮辱したりしたんだ!?」
メテウスは悲しそうな顔をする。
「……あっちから剣を抜けば、言い訳できる形でサクッと始末できるかと思って」
「……えっ?」
ナハトは日常にいきなりホラーが紛れ込んだような怖気を感じる。
「……予想以上に腰抜けだったな。まさか死んだ戦友を侮辱されて、五人のだれも剣も抜かないとは……。次は親か祖先を侮辱してみるか。あんなクズどもの先祖なんぞどうせ山賊か売女みたいなもんだろう、適当言っとけばブチ切れてくるだろ」
「ど、どうしてそこまでする……?」
「金だよ!!畜生どもが、おれの金を奪うだと!? 南京虫だらけの寝床とシラミだらけの御陰から生まれた十把一絡げガキどもなんて虫けらみてぇにぶっ殺してやるよ!!」
メテウスは密かにブチ切れていた。
長い傭兵生活で、金を奪われることに深いトラウマがある。
「言い過ぎだろ……! 孤狼児仕込みのやりかたは控えろ!殺し合いなんて……怖いじゃないか!」
メテウスは真顔でいいつらねた。
「いいか、ナハト。
敵には、なにをしてもいいんだ。
敵が御託を並べてる間に先制攻撃してもいいし、家族を誘拐して火をつけてもいい。
後先を考えるような余裕なんて、弱い人間には残っちゃいないんだからな。
一時的に良心をオフにして最大の攻撃を見舞わないと、負けるだけだぞ。あいつらには牧場に一族がいる、こっちは一人ぼっち。だから何をしてもいい。これはアドバンテージ、つまりチャンスだ」
「なにがチャンスなんだ!?大軍に一人で襲い掛かるようなもんだろうが!」
「……弱点が多いのはあっちだろ?」
「なにが弱点なんだ!?メテウス、でてる!孤狼児の顔がでてるぞ!孤狼児っぽさを出したら馴染めないって言ってやっただろう!今度俺も一緒に謝ってやるから、なんとか血を見ないように収めよう!」
「い、嫌だ!おれから金を奪おうとした邪悪なやつらだぞ!なにをしたっていいんだ!!」
「ダメ!やりすぎはダメだって!」
「戦の練習だと思えばいいじゃないか!」
「お願いだからやめてくれ!オレまで巻き込まれる!」
「それはマジで悪いと思ってる」
本当にすまない。謝るメテウスだが、謝るだけだった。
◆
>>メテウス
──いよいよ自分の行動がおかしい。
自分がここまで馬鹿だったとは信じられない。
なにか──なにかがおかしいのではないか?
殺し合いになれば確実に死ぬだろう。相手には一族がいるんだから、何人殺そうと報復で殺される。
本来はブルって即座に逃げなければならないような状況だ。
なのに、どうして後悔や恐怖ではなく高揚を感じているのだろう?
無意味な挑発で単なる喧嘩を殺し合いの領域にしてしまった。
愚か極まりない選択をしたはずだ。なのに、なぜ正しいことをしたという感覚でいっぱいなのだろうか?
バロートの荒野で家畜を放牧する牧民は、弱肉強食を旨とする遊牧民よりなお剽悍で手が早い。なんせ主に家畜を盗むのは遊牧民たちだ。
放牧中にはエーテル銃を担いで呑気に歩いている彼らは、近づく人間がいたらすぐに銃をぶっ放して威嚇する。遊牧民の一団が近づくと、先制攻撃で殺してしまう戦士崩れの人間ばかりだ。
バロート人の誇りは命よりも重たいものだ。
名誉にかけて彼らは自分を殺しにくることだろう。
◆
──不滅を狩るのだ。




