48「ザップ 八」
◆
──ガギン!
金属音の残響が響く。
城主がいるという、広々とした部屋に入室した。
四方の篝火に照らされた上半身裸の男が二人、抜き身の剣と斧を交錯させ戦っていた。古い決闘のように、後ろに三人ずつの介添人をつけ、表皮に赤い傷を作りながら益荒男が笑って闘っている。
壁に踊る巨大な二人の影絵の戦いは儀式じみていて、メテウスを怯えさせた。
「えぇ……殺し合ってる……?」
素直な疑問を発したメテウスの肩に、ロワットラの両手がズンと乗る。丸太が乗った感じだ。振り返ると、姉(仮)の灼眼が人間型の筋肉二人前がぶつかり合うのを凝視していた。
……あ、明らかに血に興奮している……後門の虎とはこのことか。
「見ろ。剣を使う方が、今日よりおまえの名義上の父となる男だ。血縁でいえばおまえと私は遠いが、ブウェイックを名乗る者は寝台で死ぬことなど稀ゆえ、直系の血にこだわらぬ。血族の中で素質ある子供だけが、〈飛ぶ蠍の如き戦士〉、あのデュラン・フェイ・ブウェイックの子となるのだ……!」
……ああ、そういう……そういうアレね……。体に泥を塗りたくった部族の戦士とかそういうノリね……これは死んだかなぁ。
蛮の気配を濃密に感じたメテウスは諦め顔で二人の戦いを眺めた。
この世には真剣に悩めばどうにかなることは多々あれど、真剣に悩んだくらいでどうにかなったような問題はしょせん大した問題ではなかった仮説がメテウスの頭に浮かんだ。だってなんか筋肉で戦ってる。こんなん知性とか気合でどうにもならんわ。
「こなクソ、やるのう!」
戦斧を両腕に握りしめた男が、腕を交錯させた上段から二つの金属塊を叩きつけると、無骨な剣の背を左腕で支えた当主は、血管の浮き出た足と腕で衝撃を受け流し、バオと咆哮を発して膝蹴りを放つ。咄嗟に腿で受けた斧使いはニィと笑って、斧を放り出した。
「老いたな!だがまだ闘えるようだな、デュラン!」
「グノープス! 今のは殺す気だったろう! 私はおまえのような武人ではないのだ、手加減しろ!」
筋肉と筋肉が熱い抱擁を交わし、肩を叩きあう二人に従者たちがせっせと汗と血を拭い、水を渡す。
斧使いは短い銀髪からぶるぶる水を被って大笑する、60は超えているだろう偉丈夫である。
ブウェイックの当主──「自分は武人ではない」とかヨタ話を抜かしてるほうは、灰色の長髪を背で括った肌の白い壮年である。キツネに似た狡猾な顔つきをしていた。
満足そうに頷いたロワットラが、「父上!」と怒鳴ると、父より先に斧使いのほうが破顔した。
「おお! ロワットラか! こたびの戦では『呪いの巨人』を屠ったと聞いたぞ、やるのう!」
「いえ! エーテルなくその双斧を扱えるグノープス殿には及びません!」
「ムフゥ。ブウェイックの血は安泰だな。凛々しい女になった。ガハハ、婿探しには苦労しそうだ」
「それは余計なお世話というもの! 旧交を暖めているお二人には申し訳ありませんが! 父上、バハイ殿が例の子を連れてきました! ほら、前にでろ!」
……声でかい。燭台がビリビリ鳴ってんのよ。声量が絶叫なのよ。そしておれはこんな蛮族を家族にもった覚えもないのよ……
と、メテウスは文句を言いたいが、十人ばかりの大人に凝視された肌に痛い無言の中、前に出た。第一印象で生死が変わりかねない。マントの下で手を握りしめ、努めて無表情で叫ぶ。
「お初にお目にかかります! ハルニバルの息子、メテウスと申します!」
絶叫である。
ふむんと頷いたブウェイック家当主は、見聞するようにこちらを凝視したあと、無言で頷き、腕から金属の腕飾りを外す。
「前々代の四男、マフトゥーガの血族だったな。あの家も、あれで最低限の教育は受けさせていたようだ。バハイ殿、では、コヤツで間違いはないのだな?」
「ヒェッ、ヒェッ。イディマーンの福音にかけて。生死の境を彷徨ったこともあって、メテウス様の器は巨大じゃ。神々もきっと気にいるじゃろうて」
「……この腕飾りを与える。ブウェイックの血族として励め。生活の仔細はロワットラに一任する。姉を頼れ。ロワットラ、おまえは兄妹に辛く当たりすぎるから、潰れぬよう世話をしてやれ。人を教育できない者が上に立てば禍根となる、この……メテウスといったか?で学べ」
「ハッ」
……神々ってなに? 初耳なんだが……。
……ロワットラは兄妹に辛くあたりすぎる?
……メテウスといったか?で学べ?
……先行き不安すぎる。
──わかるだろうか?
『この馬はうまく育てば使えるかもしれないから、ロワットラが育てる練習台にちょうどいいか……代わりはいくらでもいるし』みたいなナチュラルかつ無慈悲な死生観の違いを感じる。
競技馬は走るために生まれてくる。足を折って大地に突っ込めば、それは残酷な死神のベーゼなのだ。我々は馬を競争させるが、人間も同じなのかもしれない。血族とはまさしく……。
メテウスがブラッドスポーツの残酷さに想いを馳せていると、斧使いの老人がふいに膝を折り、メテウスの顔を岩みたいな手で掴んだ。
「今日は目出度いのう! ブウェイックに新たな子がやってきた! 歯応えのある戦士に育てばいいが!」
「不吉なことを言うな。強い戦士になれば、戦でおまえたちと当たったとき殺されるだろう。ほどほどで良いのだ。戦士三人前ほどになればブウェイックとして恥じることもない……ロワットラをみろ。使えん。並のほうが使いみちがあるものだ」
……なに言ってんだか意味不明だがこいつらは人様をなんだと思っているんだろうか。
脳筋たちに馴染むまで、あるいは城から逃げ出すための準備ができるまで、生き残らなければならない。メテウスは様々な不安を封じ込め、無表情で子供の手には重く大きすぎる腕飾りを受け取った。腕飾りは輪ではなく螺旋状になっていて、剣を受け止めた形跡のある逸品である。
……蛮族がジャラジャラしてるあれかな?
「ヒエッ。メテウス様、初対面で血族の証を与えられるとは思いませんでした。推薦したこのバハイも鼻が高い」
……こいつ、看病してくれたのは功績を上げるためだったのか?
あらためて観察すると露骨に怪しい格好である。好々婆といった態度をあらためて信じないほうがよいと心に刻んだ。
「おい、デュラン。あのババア、闇教のまじない師なのか?」
「カノンシフの。礼を気にされる方ではないが、まじない師呼ばわりは失礼にあたる。九姉妹の子だぞ」
……ババアやっぱり敵っぽいな。
メテウスはわけのわからない状況に萎えていたが、ふつふつと怒りと生きる気力が湧いてきた。
◆
退室し、ロワットラとバハイに連れられる。
礼儀とかそういう貴族文化はみられない。実用一辺倒である。
通路の分岐でバハイが止まった。
皺の入り組んだ白い肌に、突き出した鍵鼻。
緑の目を頭巾の下から覗かせるバハイ…あらため魔女は、ロワットラに礼をした。
「では、儂は自室に戻ります。以前の話と違って、メテウス様は少しは教育を受けていた様子じゃ。生き残りもした。ロワットラ様、多少叩いて壊れるようなら器としては使えませんから、甘やかしてはなりませぬぞ」
──魔女が……!
「もとよりそのつもりだ」
──なんで? なんでそのつもりなの? 当主が厳しくするなって言ったでしょ?
メテウスは靴を鳴らして格好良く歩く、武者姿の女に必死についていった。子供の歩幅など一切気にしていないうえに早歩きである。
ロワットラの体はマントに包まれ、飛び出す前の猫科動物のように肩は丸まり、傲岸と前に進む歩き方をしている。覇王かなにかかな?
白銀のマントに深く首をうずめ、狂気のように前方を藪睨みしている姿はちょっと近づきたくない感じだ。
警備や使用人たちは微動だにせずロワットラから目をそらしている。
使用人見習いだろうか、お仕着せを来た子供が緊張から立ちすくみ、ロワットラのブーツに吹っ飛ばされてこけたが、歩く速度が変わらない。
……か、可愛い子供を踏んづけて歩いて行った……。女とは思えねえ。こいつを女とは思わないほうがよさそうだな……。
迷路のような通路をたどり、羅紗の布で入り口を仕切られた部屋に入室した。
入口の上には『生か死か、常に選択せよ』と警句が書かれたタペストリーが掲げられている。
「ここまでくるとジョークだろ……メッセージ性が強すぎるんよ。そういうギャグか?」
メテウスには一発ギャグにしか見えなかったが、おそらくギャグではないのだ。
赤錆の浮かんだ鉄扉を開けると、巨大な寝台とたくさんの椅子が置かれた部屋だった。寝椅子には幾重にも布が垂らされていて、居心地のよさそうな空間だ。
なにも問わずロワットラの背に続いて入室する。
ロワットラが手のひら大の鈴を鳴らすと、どこからともなく現れた使用人がロワットラの鎧を脱がせて鎧櫃に収めてゆく。
メテウスは手持ち無沙汰に部屋を眺める。奥の壁にはサソリの意匠のタペストリーが掲げられ、右の壁には剣や斧などの武具が飾られていた。蛮族にとっては風流なんだろうなと推察した。
ガラス窓から景色を眺める。逃げたい。まるで蛮族の城に放り込まれたような気分だ、っていうかそのままだ。
「腹が空いたろう。食え」
振り返ると、肌着姿になった女が豪快に干し肉にかぶりつき、顎で対面の椅子を指していた。
女はシルクのような生地のインナーと、暗褐色の下履きを履いている。太ももがやけに太いのが動物じみた生命力を感じさせた。
年頃は20歳そこらのはずだが、肉の付いた足と腕には武の鍛錬をしている人間特有の絞られた力強さがある。丹田を中心とした体重捌き。瑕疵なく整った容貌は貴族的すぎて、肌着姿なのに、女らしさを一切感じない。だが女の恐ろしさだけは強く感じた。
メテウスはけっして怖そうな女を侮らない。気持ちの優しい女と冷酷な女は別の生き物なのだ。残酷な女はどこか股間を切り刻んできそうで、メテウスはそれがとても恐ろしい。
内心をひた隠すことに全力を尽くした。
ロワットラは明らかに怯えをみせれば苛立つ種類の人間である。
──この姉…なるものを同じ人間として考えると痛い目を見そうだ。そう、蛮族……。
蛮人……!
いよいよ、自分の運命が説明されると思い込んだメテウスはごくりと生唾を飲み込む。
「少ないが、おやつだ。喰らうことは戦士の第一の仕事だぞ、常に食え」
おやつの時間だった。
無骨な机に、鎮座するものは硬い肉である。
おやつという概念からも、そして机からも若干はみだしている赤黒い干し肉を、メテウスはあきらめ顔で机の上にぶっ刺されたナイフで切り分けパクつく。ジューシーかつスパイスがたっぷり効いている。
……これ、燻製肉だ。煙の香りといいい、職人がすべてに手を加えた肉の味だ。めちゃくちゃ旨い……。なお皿の類は見当たらない。
無言の食卓は、このあとの暗い話し合いを暗示している。
食べ終えると、ロワットラが肉と杯を置き、メテウスを見据えた。めちゃくちゃ気の強そうな橙色の瞳は、明るい炎に似て揺れ、顎には届かない艶のある栗色の髪が、なぜかライオンの鬣に見えてしまう。メラメラ生命力を燃やしているような女だ。
……魔人か何かかな?
「メテウス、父の目に叶ったな。これより姉上と呼ぶが良いぞ。
お前にはまだ何がなんだかわからないだろう。だが聞け。ブウェイック家は広く一族から有望な者を集め、血縁の利害から切り離したのち一族の子とし、兄妹として教育する伝統がある。
戦功を立てれば本家の子として認められる。
励め。
そうなるか死ぬかまで私の預かりだから、行儀よくしていろ。
ちなみに、本家の兄弟は六人いるが、私はほとんど全員嫌いだ。仲が悪い。
しかし、血族は血族なのだ。その絆は永遠であり、人に血が流れるかぎり神聖なものだ」
……牧場の牛さんみたく放牧した中から使えそうなのを選ぶって血族って言えるのかなぁ?
メテウスはその疑問を口にするほど命知らずではなかったが、どう考えても正常な貴族の家とは思えない。
ロワットラは手に持った杯を逆さにした。
手元からとくとく垂れるワインは、石床の網目を通って流れ落ち、あみだ状に床を広がった。
綺麗な馬の毛並みのような髪を逆立て、ロワットラは残ったワインをぐいっと飲み干した。目元をほのかに酒精に赤く染め、言う。
「見ろ。葡萄酒は神の血と呼ばれている。人の魂を昇らせるからだ。しかし神の血でさえ大地の力という理に頭を垂れ、滴り落ちる。
低きに流れる水の有り様、なんと美しい摂理よ。
人もかくあれば罪などなかったろうに。
だが、人の血は逆らう。本性として堕落し、そして昇るのだ。人の血は高きに流れ、理に抗う。ゆえに、ブウェイック家に兄妹殺しは存在しない。死地に身内を送ろうとも、たとえ親殺しがあろうとも、兄妹殺しは存在しない。
兄妹はこの地上で、唯一無条件におまえを助ける身内だ。
知っての通り、他人はおまえが苦しみ抜いて死のうとも気にせぬであろう。
親はおまえを勝手にこの荒野に生み出した怨敵となりうるであろう。
愛らしい子は、出来損ないならば禍根とならぬよう処分せねばならぬであろう。フフ――聖なるかな! この寒空の下に生まれた、人間なるけだものよ!
だが、兄妹はおまえを殺さぬ。人に生まれて兄妹を殺す者はおしなべて獣よりも下等である。
獣は時に生き残るため兄妹を喰らうもの。
天使と獣の間を行き来することは人に与えられた業であるが、一線というものがここに引かれる。
人が後天的に奉ずる兄弟の助け合いは、そうして祭祀となるのだ!
さあ、杯を空けろ。
義兄弟をつくるときは彼のために死んでも良いと叫びながら杯を飲むのだ、メテウスよ、これこそ血の杯だ。
我々バロート人は穀物の育たぬ地に根付く民族だ。魔獣と戦うため税は重く、ブウェイックを含め軍閥は同胞であろうと戦を厭わない。人は飢えれば裏切りや人殺しを行う、従うだけの家畜ではない。当たり前のことだ。盲目者の服従を賛美するだけの去勢法などバロートには存在しない。だれもがだれもを食い殺せる、それが神の法なのだからな。
だが、兄妹はおまえを裏切らない!
兄妹を殺した者は神々に呪われる。このバロートの地において、兄妹を殺すような人間を誰も認めない。それは、聖なる契約なのだ。
この誰も彼も裏切る荒んだ世の中で、いけ好かない兄や姉がいようとも、兄や姉を憎む弟や妹があろうとも、兄妹はおまえを守る。
他人がおまえを裏切り、恩人と呼んだ者がおまえの腸を売り払うときでも、血族だけはおまえを裏切らぬであろう。共に死ぬだけとわかっていても、おまえが愚かさによって谷に落ちるとき、兄妹はおまえのために共に谷に落ちる。ただ一人で死なせないがために、親を捨て、妻子を捨て、一族を飢え死にさせようとも、共に死ぬであろう。
誇りに思うがいい! ブウェイックの血族はそうして『祭壇と炉の為に』生き、やはり死ぬのだ!」
「……はい」
……はいしか言えねえ。なに言ってんだ、この血に酔っ払ったクソ女は……。
オレンジの瞳を爛々と輝かせた肌着の女は、まるで冗談みたいなことを言っていて、とても恐ろしい。
……親殺しは許されても、兄妹殺しは許されない? なんのためにそんな掟があるのか、推測すらできない。
その重い因果を真にメテウスが理解するのは、まだまだ先のことだった
ロワットラは酒を杯についでは一気飲みして、目元を赤らめている。上機嫌で、鼻歌でも歌いそうで、つまりメテウスのことなど欠片も気にしていなかった。
……なんだろう、とても感じる、蛮族みを。そうか、コミュニケーションそのものが人間と蛮族では違うのか……。質問なんてできる雰囲気じゃないしな……。けっきょくガレアーンとか呪い子とか、どうなったんだろうか……?
「すみません。ロワットラ様」
「姉上、と呼べと言った」
「……姉、上……? けっきょく戦争はどうなったんでしょうか? ガレアーン様やヘジケー様、それにグノークス様は……どうなりました?」
グノークスの裏切りが発覚しているかどうかすらもわからないので慎重だ。
ああ、と頷いた女は、艶めかしい足を机に放りだして話し出す。
桜色の形の良い足の爪がうにうにと動くのを凝視する。案外、足は小さい。普通、武人の足裏は岩のように厚くなるのに、足裏の薄皮は少女じみていた。
メテウスの警戒心は高まる。
──日常的に魂膜を纏うことで身体に負担がかからないとしたら、こんな足になるだろう。
「知らなかったか?
──ガレアは報告するまで生き延びたが、ドルツカ基地にいた人間は全員死んだはずだ。
グノークスは残念だった。
グノークスのやつ、出来た戦士だが、とんだ食わせ物だったな。
戦もご破算になった。
呪い子が主戦場にあらわれ、天をつく巨人の仮象体で兵士をたらふく食ったあと自壊した。なし崩しで休戦となり──巨人の残滓からおまえが発見された」
……なるほど。おれは死んだんじゃなく、呪い子に食われたまま生きていて、呪い子が戦をやめたとたん、放り出されたということか。そして目覚めぬうちにブウェイック家に捕まった、と……。
「そんな顔をするな。目覚めぬおまえを保護してやったんだから感謝してもよいくらいだぞ?
神象を刻んだ人間で、腕輪からするとうちの血縁だったからな。レアの話では、それなりに戦えるようだし、使えるものは使おうということになった。なによりその神象、世に知られぬ神のしるしだ。放置すれば災厄となりかねない。おまえも神象のことなど何も知らないだろう?」
捨てられ、雑に拾われ、そのまま再利用されるようだ。
メテウスはぷるぷると拳を握りしめたが、理性で暴力衝動を抑えた。
逃げたところで逃げられるものではないし、逃げ切ったところで、神象との付き合い方がわからなければ、あの悍ましい呪い子のようになりはてかねない。
……そう、逃げるならいつでも逃げられる。今は見だ……。
メテウスは寛ぐ女の話を聞きつづけた。
バロート人の貴族。姉になる感じはいっさいないが、姉なるものらしい。
相槌も打たずにメテウスが無言でいると、ロワットラはなぜか目を細めて嬉しそうだ。肉食獣みたいで怖い。その言葉の数々は前途多難を思わせるもので、その一部を抜粋する。
「無駄口を叩かず、無駄に怯えないのは美点だな。私の前で怯えない子供は初めてだ。かってに泣きわめく動物の相手など煩わしいと思っていたが、血族とは得難いものだな」
「厨房から宴会の料理を取り寄せてやる、病み上がりで腹を壊すなよ?」
「正当な教育を受けるには遅すぎる年だが、気合でなんとかするんだぞ?」
「それにしても見たか? 父上は老体だ。そして長く持つような体の使い方をしていない、だのにまだまだ戦えるようだな。戦えなくなったら私が決闘であの世に送ってやるというのに、じつに天晴だ。死を看取るときは譲れよ?」
「今年の春はまた戦が起こる。10日あれば人は別人になれる。備えろ。なんせおまえの成人まで、あと二年しかないのだから……」
──いや12歳で成人なの!?
メテウスはいきなり不安になった。
部屋に戻り、陰鬱な石造りの城を見回し、ガラス窓から真っ白な冬景色を眺めた。
──ダメだな。ここにいたら死ぬ。わけのわからない蛮族に利用されて死ぬ……。
「体は治ったし……逃亡するは我にあり」
──逃げるか。
……自分にとって都合の悪いルールに従うほどおれは世の中に恩を感じていない。生贄にされるくらいなら机を蹴っ飛ばしてやる。そのためにどれだけ人が死のうと構いやしない。なんなら都合が悪くなる前に先んじてぶっ殺しておいてもいいくらいだ。それにおれはまだ若い。前世なら手は汚れていたが、なぜか子供になったので手のひらは物理的に綺麗になった。無垢な罪のない子供ということだ、あらゆる人生を歩む資格があるということにある。掴み取れ!!チャンスがあるんだ。この煉獄と見まがうばかりのバロートから抜け出し、明るい未来を掴むんだ……!
決意が固まった。
メテウスの決死の脱出劇がはじまる。




