39「蜘蛛 十五」
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──あのお嬢様、死にやがった。高度な治癒術式を使える人間なんていない、蘇生なんてできないだろうな……。
いよいよ──ええっ!?
「っ!?泣いてるのか!?」
生気を失った少女を抱き上げたグノークスは涙粒を頬髭に垂らしていた。
メテウスはドン引きして問いかける。
「お、おい!自分で殺しておいて、なぜ泣いているんだ……?」
「……レアのことは生まれたときから知っている。心が痛む。ましてや、魂を呪い子の贄に捧げるのだからな……
幼子の魂まですり潰され、二度と生まれ変われない。
冥府で再開することも叶わぬ」
──じゃあ、殺すなよ……!
メテウスは言いたいことをぐっとこらえた。生まれた時から知っている女の子の魂を贄にするとか言っている人間に、尋常の言葉が通じるとは思えない。
──たまにいるよな。やりたくもないことをやって馬鹿な目をみてるやつ。殺したくもない相手をなんの因果か殺すことになって、笑うに笑えないやつ。陰気だから近寄りたくないぜ……。
グノークスはピクリとも動かない触手の塊に近寄り、無造作にハラーの首を切り取った。
血が吹き出て、そばの木が斑に染まる。
血は赤というよりも紫で、夜明け前の青い視野の中に銀色のように目立った。
「な、なにしてる?」
「こいつは聞かん坊でな。〈竜血の触主〉に食わせたいなら、これが確実な方法なのだ」
ほとんど死体となったガレアーンが横たえられ、弱々しく最後の咳をして身動きをしなくなる。
その胸の上に子供の生首が置かれた。
子供の生首は小さすぎて生きているようにさえ見えたし、実際、目を開いたうえ、喋りだしたのも驚きというほどではなかった。
「……ごはん?」
「ああ、食え。暴れていいぞ」
──そうはさせるかよ。
◆
──作戦会議での言葉を思い出す。
晴れ晴れとした表情の少女は、もっともらしく頷いた。
「私が死ねば、叔父様は油断するわ」
「えぇ……」「そ、そう……」
どうやらエリート蛮族にとって、死は大したことではないらしい。
傭兵だったメテウスは、都市の人間にさんざ野蛮人扱いされてきた経験がある。実際、攫った子供を非常食として連れ歩いて犯して食う傭兵や、殺した人間の肝を干して売りさばく闇タイプの傭兵もたくさん見てきた。それでも15かそこらの小娘が平気で死ぬと言っているのをみると、引いてしまう。
「おまえたちはどうやっても叔父様を殺せない。だから放置されている。でも、私は訓練を受けた戦士よ。格上だって隙をつけば殺せる。私が動けるうちは絶対に叔父様に隙はできない。だから……私が一番にやられる!それが作戦の第一段階」
「なんて作戦だ……。おい……それでいいのか?」
「はぁ?なに?及び腰になってるの?逃げたって殺されるんだから、覚悟を決めなさい」
「いや、葛藤とかは……」
「やるしかないんだから、やる。それだけ!」
そのとおりになった。
◆
「やれ!!! エリーゼちゃん!!」
頃合いをみたヤトリムが、死んだようにみせかけていた盲車蜘蛛を飛び上がらせる。グノークスはくるりと回転して巨剣で足を切り飛ばし、盲車蜘蛛の胴体に突き刺した。盲車蜘蛛は大河に突っ込み、流されていく。
”キ、キ、キィイイイイイイイ!!”
「馬鹿者が。レアの援護なく私に勝てるとでも?」
──宝核剣ヌエンキは所有者のエーテルに反応して斥力と引力を発生させる。ガレアーンから宝剣の所有権を譲られていたメテウスは、ありったけのエーテルを込めて叫ぶ。
「こい!!ヌエンキ!」
グノークスの背後から、距離を埋める速度で宝剣が飛んだ。
──きぃん!
巨剣を回転させ、グノークスは簡単に宝剣をはじいた。
簡単にやっているようにみえて、そこらの達人では行えぬ絶技であった。
──やはり地力の差はいかんともしがたい。だが……
「……芸は終わりか?」
振り向いたグノークス。
メテウスは、走っていた。
「もう足掻くな」
投げられた短剣が、メテウスを背から貫く。
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──死ぬのか、おれは……。
グノークスの投擲した短剣は肝臓を抉っていた。
倒れこむようにして、ガレアーンと呪い子の生首でしつらえられた祭壇へ手を伸ばす。
──悍ましい。だが……。
「ゥグ……!」
足がわけもわからなくなるくらい痛んだ。
目をやると、巨剣で両足首を切断されていた。
盲車蜘蛛の上から、ヤトリムが魔導銃を連射するのを剣ではじきながら、グノークスは無力化を確認した。肝臓を螺旋状にえぐられて生き残ることは、専門の術者にかかるか特別な治癒能力がなければまず不可能。確実に死ぬ傷である。
「そうまでするなら、レアと共に死ぬといい。チッ──あの魔獣調教師、逃げ切れるつもりなのか……?」
グノークスがぶわっとエーテルを纏って飛び去る。
巨大な怪鳥が去ったような気配だ。
──死ぬんだ、おれは……。まあ、なにもかも計画どおりとはいかない……。
祭壇に目をやった。
呪い子の首から触手があふれ、少女の肉体を喰らおうとしている。
──悍ましい。けど頼もしいぜ。
「お、おい……ゴホッ! 聞こえてるか……?」
「むぅ……なに? 食事中 なんだけど?」
白い髪をした子供の生首は、やはりつまらなさそうに半分まぶたを閉じている。
──こいつだけは、最初から最後まで同じ態度だな。人間の殺し合いなんてどうでもいいんだろう……。だからこそ……。
「ち、血が欲しいって言ってたな……。ほら、おやつだぞ」
手首を噛みちぎり、血を口元に垂れ流す。
脳が限界を超えて興奮しているせいで、痛みも感じなかった。
視界の端が暗い。頭を動かす血が足りていない。
「うま うま」
首から生えた触手の足でちょっと近寄ってくる生首は、それはもう気持ち悪かった。赤紫色の触手がちゅぱちゅぱと手首に吸い付く。
「……ヒヒ。い、命を食わせたら何でもしてくれるってのは本当か……?」
「おまえには アペイロンの血が入っているからね……けいやく?」
「ああ、契約だ! おれの血をすべてやる! グノークスを殺してくれ!」
キョトンとした生首は、青白い目を輝かせて言う。
「おじはころせない
おじとの契約に反する……」
──やっぱり契約していやがった!あの詐欺師め!!
指示もしていないのに、呪い子がグノークスのいいように何度も動いていた。
だから、これは予想の範囲内だ。
そして、この呪い子は契約に真面目じゃない……。
酒をやったのに呪ってきたことからわかるように、心底人間の命に興味がないのだ。
「──じゃあ、グノークスの手足を奪うってのはできるか?」
「うん……うーん? それ、ころすってこと?」
「いや、手足がないくらいじゃ人間は死なない!足を切られたおれが保証するぞ!ほら、血をもっと飲め!! 基地でみつけた、とっておきの酒もやる!! できれば顔の皮とかも剥いでほしいが、そこまで無理はいわんぞ!」
「ぐびっ……うまうま……じゃあ、けいやく ね……」
生首から、青白いエーテルがあふれ、ぶわと呪いの気配が広がった。
意識が掠れる。
血を失いすぎた。
間近で呪いにさらされ、発狂するまで間もないことを悟る。
「ついでに、この女を助けてやってくれないか?」
「うん? うーん……うんむ……」
──あいまいだな、こいつ……。まあ、やれることはやったか……。
目の裏に光がちらつき、薄白に意識は沈んでいった。
それは優しい眠りに似ていて、自分の命の終わることに、ただただ安堵を覚えた。
──悪い……悪い夢だった。でも、終わる段になればこれでいいような気もする……。ようやく休めるのか……?
遠い叫びが聞こえる。
──不滅を狩るのだ。
紫の巨人が暴れている。
世界がひび割れ、悪夢が終わりを告げた。
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第一話終わり!
第二話へ続く
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第一話にお付き合いいただきありがとうございました。
第二話はのんびりする予定。
第三話から戦争やら領地やらになるはず……




