38「蜘蛛 十四」
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──レアの策は尽きた、か……。どう料理するか、決めねばならんな。なるべく苦しまないように殺してやりたいものだが……。
基地の外縁を駆けて暴れまわる盲車蜘蛛を、グノークスは機械的に追い詰めていった。
殺すだけなら簡単な話だ。戦術級の高位術式を叩き込み、地形を変えればすむ。だが、呪い子にガレアーンを食わせなければ裏切りが露見する。可愛い身内が暗殺されれば? ブウェイック家は呪術の大家であり、神々の干渉を挟まなければ、必ず下手人を見つけ出してしまうだろう。
業いはカルマの糸となり、因果は縁となる。
はるか上空のエーテルネットを通じて、神々が地上へと干渉しているように、この世には目に見えない糸があって、すべてに繋がっている。
縁を辿る術を持つような大貴族や化け物を殺すことは、報復とは無縁ではいられない。だからこそ呪輪兵器には一等の価値があるのだが……
また盲車蜘蛛の足を切り飛ばしたが、側面に残った足を均等に配置しなおして、盲車蜘蛛は走り続けている。
──芸術的な古代の兵器。魔獣調教師も孤狼児も、けっして侮れる相手ではないか……。
あの魔獣を従えているというだけで、どこにいっても破格の高給取りになれる。逃亡されれば面倒なので、ドルツカ川に落ちるようなことがあればリスクをとって本気の攻撃をしたほうがよいかもしれない。
さらにいえば、この戦闘についてきた孤狼児はもはや子供ではないことを確信している。経験豊富な長命種であることを前提にすれば、まだ隠し玉の一つや二つはあってもおかしくなかった。
グノークスは腹を決めた。時間をかけるということは戦場において新たな変数の発生を許容するということだ。いまはノーリスクな手段を選んでいる場合ではない。残存エーテルの半分を使ってでも、足を止めてケリをつける。
未来を考えている。
呪い子の暴走から命からがら逃げだしたという体で帰った後の事後処理に、親族を守れなかった無能として贖罪を示すこと、戦闘なんかよりもずっと精神力を使う作業だ、こんなところで足を止めてはいられない。
まかり間違って呪い子が致命傷を負い、真の姿である〈竜血の触主〉として呪いを振りまけば、周囲の人間は全員発狂するし、ガレアーンが自死する危険がある。
──思えば哀れな娘だ。
抱くべきではない感傷だ。
グノークスはあのような愚かな人間ではないが、赤ん坊の頃からみている親族の娘なのだから、情も湧くし似ている部分があるとも考えてしまう。
親族に白眼氏された自分を重ねてしまっていたのかもしれない。
浅薄で無意味な情を好む俗人のように、心のどこかでガレアーンを娘のように考えてしまっている。
だが──義務、そう、義務というものがある。
グノークスには、可愛い親族を殺しても成し遂げねばならない目的がある。いまブウェイック家に追われる身になるわけにはいかなかった。
──つまるところ、対価を支払わずにいられるのは、願いを持たない人間だけだ。
我々は宇宙の心臓を探し出す。
そのためには、贄が必要なのだ。
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「倒れるぞォオ!」
グノークスの空を割る剣線で、盲車蜘蛛が無様に倒れこむ。
大橋の中腹あたりで家屋に突っ込む盲車蜘蛛から、一行は飛び上がってなんとか着地した。
──作戦どおりにいけば、生き残るのは一人か……
メテウスは間に合わせの鉈を片手に飛び上がり、グノークスの足止めを買ってでた。
「安心しろ。苦しめずに殺して進ぜよう」
「あ、ありがたい話だが遠慮しておくよ……」
──この期に及んで浮かべている人の良さそうな笑みを浮かべているグノークスは、恐ろしいを通り越して滑稽だった。仮面にしか見えない。
柄になく高揚していて、強がりじゃない笑みが顔に浮かぶ。
「そうだ。グノークス様。おれは裏切ることにした、話をしてくれないか?」
「戯言には付き合わん!」
構えた鉈が一瞬でへし折れた。
咄嗟の反射で、二撃目を柄に腕を添えて受ける。
神秘の武具でもなんでもない鉈にはうまくエーテルが通らない。無理やり攻撃を受けたため、衝撃で地面が抉れる。
「──!」
激痛が足を取った。
転がりそうになるのを、地面を殴りつける反動で体制をとり戻す。
──なぜ……!?
痛みで冷静さを失えば死ぬ。
まともに立っていられないほどの激痛に、”痛みを和らげろ”と原始的なエーテルをこめて痛覚を和らげた。
足首が折れてしまっている。
グノークスは僅かに足を引いた残心を取っている。
蹴りだ。
意識していない箇所の身体強化が脆弱であることを狙われた。
──逃げられないようにするためだろう。やはり地力が違いすぎる……
本当はすべてを置き去りにして逃げ出すべきだった。
混乱に紛れれば、あるいは遠国へ脱出できる望みはある。
しかし、それはできない。
メテウスは命を捨てるという決断をしてしまった。
──ガレアーンは糞生意気なメスガキで、何度も殴られた、恐ろしい蛮族の娘だから、死んだって気にはならない。
だが、死地をともにした戦友なのだ。
死のうがどうでもいいが、見捨てるわけにもいかない。
──なによりおれは、失わなければならないのだ。
いましがみついているものすべてを失うために、血を流さなくてはならないのだ。
命を文字通り賭ける戦いなんて本当はしたくない。
それでも血を流して痛み苦しみ、片輪になり、恐怖に怯えて悪夢に魘され、無様で惨めな気分になってでも、知らない場所に行かなくてはならないんだ。馬鹿みたいだが、惰性で生き延びるよりはマシだと感じている青い部分がまだ自分にも残っていたみたい。衝動に身を任せたくなっているんだ。
馬鹿らしい感傷。だが、座して失われていくのを見守ることだけはできない。
自分からすべてを失わなければ、きっと一度死んで曖昧になってしまった自分の矜持とかリアルな生きている心地とかを取り戻せないのだ。それは言葉遊びではなく、真剣に血を流す何かを通してしかできないことなんだ。
メテウスは極度に滑稽な気分になってしまうが、死ぬにしても死に方というものがある。
殺し合いで死ぬというのは、寝台で看取られて死ぬよりは上等な死に方だった。
──闘って死ね。戦神スモルクの聖句が脳裏によぎる。
──なんだ、これじゃクソ蛮族のバロート人どもみたいだ。いけない、こんなことじゃ、蛮族どもを笑えないじゃないか……。
「ははっ!」
「強がりで笑ったまま死ぬ。大勢見てきたよ。許してやろうではないか。なぜって孤狼児、君はこれから死ぬんだからね」
──おれはなおも笑ってみせる。グノークスはもうその手は通じないとばかりに無造作に近寄る。だが、おれにできることは一つしかない。曖昧に言葉で弱さや強さを装って、それを真実だと見せかけるだけだ。
「おい後ろ、危ないぞ!」
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宝剣ヌエンキに縋り付くようにしてガレアーンは落下する。
メテウスの軽口に苦笑するグノークスは、気が緩んでいるようにみえた。
頭上からの、死力を尽くした一撃だったが……。
歴戦の戦士相手に隙をつけると信じるほど、自惚れてはいなかった。
だが、まさか手傷も追わせられないとは。
ガレアーンは自分の胸に突き刺さった、何の変哲もないナイフを見つめる。
目を向けもせずにグノークスが投擲していた。
魔法のような手管だ。どうやったのかまるでわからない。
ごぼりと喉奥から気泡混じりの血が溢れる。
肺をやられた。口内を鉄の匂いでいっぱいにする灼熱が口元から溢れ、生命の火が急速に消えていく脱力感で尻もちをつく。ナイフには治癒を拒むためのエーテルが纏わせてあって、それを取り除く余力はない。見上げるグノークスの顔は、なんだかとても悲しそうにみえた。
──怨恨なく、義務で身内を殺すこともある。それが戦士の業か……。父上の言っていたことは徹頭徹尾、真実ばかりだったわね……。叔父様のことは、嫌いになれそうもない……。
囮となったメテウスが目をまんまるにしているのが目に入り、笑いそうになるが、口からは血あぶくしかでない。イレギュラーで何度もころしたくなったのだけれど、小賢しい孤狼児ではなかったし、戦場で裏切ることもなかった。逃げれば生き延びる目もありそうなものなのに……。
獣のように生きている人間は、どうにも嫌いになれそうにはない。せめて生き残ってくれればいいのだけれど……。
──自分の命を使った作戦は成功するだろうか?
恨みも怒りもなく、ガレアーンはただそれだけが気がかりだった。
視界の端から暗黒が広がる。
手足に力が入らない。
取り落とした宝剣が、ずずと動くのを見つめ、少女は微笑んだ。
──わたしはなにもできずに無様に死ぬし、心残りはたくさんあるのだけれど、戦って死ねたなら悔いはない。
死は全く恐ろしくはない。
──幼い頃に憧れた戦士となったけれども、初陣で死ぬような格好のつかない失態をおかしてしまった。されど、戦場には仲間がいた。だから、未練はない。
いまはそう、次のことでも考えよう。
死期を悟っては竜船に乗りこんで、ひとり北海へ船出する、あの古の美しい戦士のように。次の戦いに旅立つだけなのだから。
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