37「蜘蛛 十三」
◆
「うぉおおおおおおおおお!!!なんとかしろ!!蜘蛛の化け物なんだから、あの触手だって溶かして捕食できるだろ!!」
「無理だ!! エリーゼちゃんは蜘蛛を模しただけの人造魔獣だ!! 溶かすなんて……そんな下品な食べ方はしない!!」
「魔獣に品の上下とかあるんか!?」
盲車蜘蛛の背の上で、子供の何十倍もの体積をもった紫触手が間断なく襲い掛かってくるのを、メテウスとヤトリムは必死に迎撃している。
落ちるたびにグノークスが拾い上げて投擲しているらしく、子供の上半身だけを残した触手の塊が何度も空中に舞い上がっては弾かれて落ちていく。
ジリ貧だった。
「斬ってもくっついてる!? 盲車蜘蛛に命令して触手だけでも食わせろ!このままじゃ逃げきれんぞ!!」
「無理だっつってるだろ!! 呪い子の呪いには負けんが、エリーゼちゃんは……猿に似た哺乳類以外を食うとお腹を壊す!!」
「生態が兵器なんだよ! 完全に人間をターゲットにした化け物じゃねえか……!」
「悪口を言うな!!蹴り落とすぞ!!」
ドルツカ基地はいまや昼間よりも活気があった。
盛んに警鐘が打たれ、夜空が紅蓮に燃えている。
高い位置から見下ろしているけども、ちょっと心得のある兵士が投槍をつかえば殺されかねない距離で、安心感はまったくない。
基地を破壊しつつ逃げる盲車蜘蛛が姿を隠せるわけもなく、基地の兵たちが足元でいちいち攻撃を加えるため、思ったようなスピードにならない。
「先ずは一本!」
グノークスの低い声が響く。
地面から強烈なエーテルの気配が高まったかと思うと、ガクンと盲車蜘蛛は態勢を崩した。
キ、キィィィィ──!
耳障りな高音が響き、ヤトリムは半泣きで訴えかける。
「な、泣いてる……!エリーゼちゃんの足が一本飛ばされたみたいだ!」
涙ながらの訴えかけに、メテウスは無の表情で答えた。
「気にするな……どうせまた生えるだろ?」
「この薄情者がァ……! 川に飛び込むか!? エリーゼちゃんを救うためにはそれしかない気がする……!」
メテウスは顎に手をやり、冷酷な目で答えた。
「呪い子とグノークスが、川ごときで諦めると思うか? あいつらが泳げない可能性に命を賭けるのか?」
「少なくともエリーゼちゃんは泳げるし……! 水の中で追ってこれないかもしれないじゃないか!!」
「たしかにエリーゼちゃんはタコみてぇだが、触手まみれの呪い子のほうがもっとタコみたいだし……ダメだ。少なくともエリーゼちゃんの足が半分残ってるうちは、相手のエーテルが切れるのを待ったほうがいい。おれの長年の経験がそう言っている……」
「巫山戯るなおまえぜったい長命種だろ!!!」
今度ははっきりと進行方向にグノークスの巨剣が見えた。
宝核武装特有のエーテルをため込む気配がしたかと思うと、またもや盲車蜘蛛の態勢が崩れ、スピードが落ちる。
ヤトリムは半狂乱で叫んだ。
「二本も! エリーゼちゃんの美しい足がァ!」
「お、落ち着け。エリーゼちゃんは『まだ頑張れる、ご主人様のためなら足なんて気にしない──』って言ってる……気がする」
「エリーゼちゃんはそんなこと言わない!!」
「アンタたち、この化物をそんな名前で読んでるの?」
二人はぎょっとしてガレアーンをみた。
自己治癒を最大限働かせたのだろう、瀕死で縛りつけられていた少女は、なんとか座り込んで剣を握っている。
ジト目で、緊張感のない男二人を睨みつけていた。
「ハァ……呪い子を殺して、グノークスも殺す作戦を考えたわ。
逃げてちゃ倒せない。止まって戦うわ。従いなさい」
大上段からの物言いに、ヤトリムは怒鳴った。
「ちょっと待てよ!もう作戦はご破算だ!逃げるんだよ!」
「従わないの?」
「なんだその物言いは!俺とエリーゼちゃんが助けてやったんだぞ!この四等星冒険家であるところのヤトリム様の協力がなきゃ死ぬんだぜ!?そこんとこよく考えて話せよな!?」
「心配しなくても、叔父様が生き残ったらアンタぜったい殺されるわよ? 異国に逃げたくらいで、9つの領土と42の都市を支配するブウェイック家の追手から逃げられると思ってるの?」
「うぐぅ!」
貴族の力をフル活用して命を狙われるという絶望を突きつけられ、ヤトリムは情けなく顔を覆う。
またしてもガクンと盲車蜘蛛が態勢を崩し、速度が落ちる。
「な、なんてことしやがる!3本目だぞ!?俺のエリーゼちゃんがァ゙!ひどいと思わないのか!?」
「うんうん、ゆるせないよなー」
おざなりに頷いたメテウスへ、呪い子がまたしても飛んできた。
青白いエーテルをジェットのように噴き出し、空中に滞空する巨大な触手の塊は、まるで悪夢の産物のようだ。
「フブッ!」
空を舞う……蒼炎を纏ったドドメ色のタコ。物理法則を無視した加速で襲いかかる呪い子を、メテウスは宝核斧で迎撃する。
この瞬間のためにずっとエーテルを廻していた一撃は、質量差を無視し、甲高い音を立てて呪い子をカッ飛ばした
「六回目か?なんか慣れてきたかも……アァ? 斧が……」
呪いの触手を何度も弾いたせいだろう。
宝核斧に入った小さな罅が広がり、見る間に神秘を失った武器は自壊して金属片と化した。
メテウスは大口を開け、ぷるぷる震える手で唯一残った柄を凝視した。
「お、斧が……!!!おれの財産がァ゙!許さん!絶対に許さんぞォォ!!人道に反した呪輪兵器め……!!!八つ裂きにしてくれるわ!!」
「なぁエリーゼちゃんのときとテンション違くないか?」
腑に落ちぬ顔のヤトリムを無視し、メテウスは問いかけた。
「お嬢様。グノークスの糞野郎、どれくらい強いんだ。三人で戦って勝てる見込みはあると思うか?」
「……馬鹿なの? 叔父様は私を呪い子に殺させたがってるだけで、本気をだせば私たちなんて殺せるのよ? 百人長の中でも強いと聞いたわ」
「百人長……? 戦争で活躍したとかはないのか?」
ヤトリムが半笑いになる。
古い言葉だが……百人長。ヤトリムの故郷でいうと軍曹か曹長か、そこらの階級だ。上下に一目置かれる有力者だが、士官や権力者ではない、という印象がある。
むっとしたガレアーンが記憶をたぐりよせ、つぶやいた。
「ええと……たしか……アペイロンの19禁将を1人討伐したとか聞いたことあるけど?」
「ハァ!? 禁将!? アペイロンの最強戦力だろ!? どうやって……本当か?」
「だから、百人長だって言ってるでしょ!! 馬鹿なの!?」
話は平行線だ。
双方の食い違いを理解したメテウスは重々しく引き継いだ。
「うん……無学なおまえに説明してやろう。バロート人の戦士ってのは、つまり地縁のある豪族だ。そいつらが地元の人間をまとめて軍隊になる土地だから、階級がないんだ。だから他国の感覚で階級を捉えるな。」
「それ軍隊じゃなくて部族じゃないか!」
ガレアーンがイラッとする。
「そうだ。ノリで戦っているやつらが、ちょっと小綺麗に統率されているだけだ。百人長は、だいたい将軍が一緒くたにそう呼ばれているな……なんなら所属を持たないフリーの百人長までいるはずだぞ」
「それってもう称号じゃないか!!蛮族め!!!」
「うん、蛮族なんだ」
「おまえら失礼じゃない?」
ガレアーンが不機嫌に鼻を鳴らして話は終わった。
基地の外周を盲車蜘蛛は走り回り、施設を避けているが、石橋を渡ろうとするとグノークスの攻撃が急に苛烈になり基地の中に押し込められる。
わかりきったことだが、グノークスと正面から戦えばまず負けるし、ガレアーンの命を呪い子に食わせたいだけで、本気もだしていない。
かといって全力で逃げたところで逃げ切れるほど敵は素人ではない。
呪い子がエーテルを貯めこむたび、襲撃がはじまる。
また呪い子がフワッと飛んできたのを、かろうじて左腕だけで剣を振り回せるまでに治癒したガレアーンが迎撃する。
何度も弾き飛ばされ、子供は工夫をしたのだろう。
体積を無視して伸びる、ぬめぬめとしたドドメ色の触手から、真っ白な液体が噴出した。
ビュワッ!
「きもっ!?」
ジュワッ。
白い液体は粘着質で、空気に触れると糸のシャワーと化して一行を襲い、糸に触れたイナクアが焼けた。
──ギィ! キ、キ、キィ──!
「炎も弾くエリーゼちゃんの装甲を貫くなんて……化け物め!」
「……糸じゃん!なんであっちのほうが蜘蛛みたいなことしてるんだよ!!エリーゼちゃんは糸とか吐けないのか!?」
「素人が適当いうな!エリーゼちゃんは下品な糸なんて吐かない!」
「じゃあもう……こいつ蜘蛛じゃないじゃん!!! 足12本だし! 謝って!詐称を早く謝って!」
「な、なんてことを!おまえこそ謝れ!エリーゼちゃんに真剣に謝れ!」
ガレアーンはブチ切れた。
「うるさーい!!!!
ほんと馬鹿、馬鹿ども!
次に襲い掛かってこられたら、いよいよ殺されるわ!黙ってわたしの話を聞きなさーい!!!!」
一行はもはや運命共同体である。
二人の男は怒られてシュンとして作戦に聞き入った。
だが、ガレアーンの語りだした作戦。それは常軌を逸したものだった。
「俺は嫌だ!!!残してきた家族がいる!!まだ若い俺には未来と未練があるんだ!!絶対に嫌だ!!!」
「わがままいうな!」
「ぅブッ!」
反論したヤトリムは問答無用で顎を殴られた。
ヤトリムとて只者ではない。
血の唾を吐き、凶暴な目つきでガレアーンを睨む。
死地で仲間割れをしかねないポンコツたちに、メテウスはあきれ顔で仲裁にでた
「おい、トチ狂うな。仲良くしろ」
「アァ?」
「わたしに命令しないで」
「チッ……お嬢様、知ってるか? 男が風邪をひくときは、はじめに金◯だけが熱くなる。だから熱が出る前になんとなくわかるんだ……知ってたか?」
「? ……!?」
「面白いだろ?おれが言いたいのはそれだけだ」
「おまえほんとなんなのよ!!!!状況わかってるの!!!??」
ガレアーンは狂気のような怒りを込めてメテウスを睨んだ。
小粋な傭兵ジョークで場が和むと思い込んでいたメテウスは焦るが、ヤトリムはあきれ顔をしている。
「おい、落ち着け!ジョークだ!ジョーヒデブッ!」
左のジャブが飛んできて、メテウスの剣歯が吹っ飛んだ。
ショックで頬を打たれた初夜の娘のようにプルプル頬を抑え、涙目で怯える。
「なんなのこいつ! きん──そんなこと知ってるわけないでしょ!!」
「お、おい、落ち着けよ。ちなみに、小僧の言ったことは真っ赤な大嘘だ」
「嘘なの!?意味わからない!!」
「俺もわからん……なぜいきなりそんなウソを?」
メテウスは涙目で応答した。
「……場が和ませたかったのに、どうして殴られたんだ……わからない……」
いまいち締まらないまま、なし崩し的に作戦がはじまった。




