31「蜘蛛 六」
◆
──ぜったいただの孤狼児じゃない……
ガレアーンはジト目で観察をつづける。
少年は呪い子を背負いなおし、大蜘蛛に向かって歩みだした。
バルフト神族の神象について語った後、急に膝をついて頭を抱えていた銀髪の孤狼児。
あまりにも怪しすぎたが、ガレアーンはなんとなく〈人を騙したりする賢さはなさそうだな〉と直感している。
はじめは、なんらかの思惑を持ってこのような態度をとっていると考えていた。
人の態度には意図があるのだ。人の行動に理由があるのと同じで。
だが……どれだけ観察しても少年に深い思惑などなかった。
普通の人間が、自分は怪しいものではないというサインを発してふるまうのとちょうど反対に、怪しまれる行動を避けずに直進しているから、結果的に微妙に怪しいだけだ。
都市でそんな馬鹿を見かけるのはよくあることだが、戦場でその態度を貫いている愚か者は珍しい。暴力の支配する場所で他者の機嫌をうかがわない人間など順当に死んで淘汰されるものだから。
メテウスという孤狼児は、稀な生命力で生き残っている愚か者らしい。
……紛らわしすぎる。そしてシャクってなんだ。
ただ、嫌うような不快感はない。
ガレアーンは直情型の人間だ。自分のような力ある人間が感情を隠すことを、無駄で愚かだと考えている。
同時に、大半の人間がそうでないことも理解している。力がないか、そこまでの感情がないか、どちらにせよ弱者たちは何やら小賢しい取引を好むものだった。
その点、メテウスは賢さがない代わりに小賢しさもない。
言い換えれば単なる馬鹿だ。
だが、己よりも露骨に本能で生きている人間を、愚かと思いつつ、どこかガレアーンは尊敬してしまう。犬や猫をみるときのような視点ありきだが、そんな愚かな生き方に憧れてしまう部分がガレアーンの中にはあるのだ。
まだ15歳なのだ。
青い衝動を肯定する部分が擦り切れるほど、感性が擦り切れてはいない。
緊張が途切れていた。
浅く呼吸を繰り返して神経を押しつかせる。
安堵がある。初陣はもう成功したようなものだ。これから自分が死ぬとしても、任務だけは達成できるのだから。
◆
蒐魂蜘蛛は大人しかった。
神族製の兵器──生命ではない──として、命令なく人間を攻撃しないよう調教されているのだろう。
おそるおそる近づいてくる二人に、その仮面を向けるだけで、いまもなお小蜘蛛たちに尻のあたりから給餌している。
「きっしょくわるいなぁ」
メテウスは、これくらいでよいだろうという距離で、呪い子を地面に横たえた。
ロープを解いて、あたかも生贄に捧げるように置く。
長く微動だにしていない子供の肢体は夜気にさらされて冷たく、玩具のような小さな手足は白く凍っていた。握りしめると芯から痛い冷たさが伝わってくる。
尋常の人間ならば、苦痛を感じているはずだった。
だが、青白く光る眼だけを動かして、こちらを真っすぐに見上げていた。
五歳かそこらの女の子の姿をした──化け物。
……目線を外す。
いくら災厄とはいえ、子供の姿をしているとやりづらい。
メテウスはできるだけ苦しまずに殺してやろうと考えた。
「わたしがやるわ、どきなさい」
異論はない。
無造作に剣を抜いたガレアーンが、その緋色の宝核剣を振り上げ、軽く振り下ろした。
──がちん!
「えっ……?…弾かれた、のか?」
「こいつ、生意気に!」
まさか本当に凍っていたわけではないだろう、呪い子がエーテルで体を硬化させたのだ。
顔をしかめて剣を保持しなおしたガレアーンは、腰と肩を入れて、瞳をエーテルに光らせ第二撃を放つ。
──ガヂン!
岩を叩くような、鈍い音が響く。
今度はハッキリと呪い子は腕をかざし、剣をはじいていた。
子供の細腕が、人体を両断できる大剣をはじいた光景は物理法則に反していて違和感がある。
直感が警鐘をかき鳴らす。
それは経験的なものだ。
戦場にいる子供の姿をしたエーテル遣いは、本物の才能を持った子供か、長命種である。メテウスはそういった化け物みたいな子供のことが大嫌いだったので、支援としてナイフを抜いて投げたが、やはり弾かれた。
「クソ……。すんなりとはいかないか」
──こういう形とは予想していなかったが、やはり……
「ふわぁ」
聖環で動けないはずの子供は、ゆっくりと立ち上がった。
夜闇に輝く青い燐光を目に宿し、やはり真っすぐな視線で、なぜかメテウスを見つめている。
全身から青白い光がぶわとふくらみ、子供は本性をあらわにして口端を数度ほど歪めていた。
──キン!と大剣がまたも弾かれる。今度は腕も使わず、頭に直接ぶつかった大剣がキンと障壁に弾かれた。高位のエーテル遣いが魂膜を体表から浮かして防護とする、極めて高等な技術、光殻だ。
「おい大丈夫か?やれそうか!?」
「こいつ、固ったい!! 大技を使うから抑えてなさい!」
「お、おれが!?」
──おれが!? 慌てて斧を引き抜き、子供の前で構えた。子供の後ろにいる大蜘蛛が、斧の敵意に反応したのか身じろぎしたので、あわてて斧を地面に向ける。結果、斧はこころもち下方45度くらいの角度になった。どうすりゃいいんだ……。
子供はにんまりとして地面に手をつけ、骨を披露。
「たくさん しんだ
ここで たくさん ほんとうに たくさん にんげんの 死んだにおいがする──」
全身から青白いエーテルが湧き立ち、いまにも動きそうだ。
「ちょ、動くな!!」
呪い子から放射された、青白いエーテルが自分に触れた。
──瞬間。感じたものは嘲りだった。
遠くから顔のない千人に嘲られるような、クスクス笑いのさざ波。
耳を液体で栓されたような圧迫とともに、嘲りが頭蓋で反響し、己が一気に正気を失っていくのがわかった。
──あ、ああ、畜生、呪われた、ってことか──
──狂気の嘲りがこだまする。
──たとえば。自分が、死ぬために生まれた無意味な存在で、それを笑っているなにかがこの世にいると感じたことはないだろうか?
それは人間ではなく、いつも肩に止まっている小鳥のようなものだ。
小鳥は罪の蛾をついばんでは、いつも耳元で嘲りの歌をさえずっている。
人が時として他者を受け入れがたいのは、その存在がいるせいで、人が他人を嫌うのは、他人からその嘲りの歌が聞こえてしまうからではないだろうか?
「わたしは サザの子。いみごだよ。
みんな すべてのひとは のろわれている──」
──おれは発狂した。




