30「蜘蛛 五」
◆
……やる気がでてきたな。
この任務に放り込まれてからはじめて自発的な動機が生まれていた。
──バルフト神族は嫌いだ。いや、不滅者というだけで大嫌いだし、死ぬべきだが、バルフト神族は特別に嫌いだ。その関係したものも、生きていようが死んでいようが兵器だろうが化け物だろうが、人間だろうが、破壊したくてしかたがない。
神族と呼ばれる、不死の人々がいる。
その血族はエーテルに祝福され、神々の理に精通し、万年を生きるという。
長生きだから、常人が生涯を通して研磨するようなことにいくらでも卓越していて、生き残って名を通しているのだから、たいてい強い。滅んだ文明の知識を持っていることもあって、人知及ばぬものを生み出すことで有名である。
その恩恵と害悪は、神々に超越者、邪仙や彼我獣に次ぐものとされる。
神族の絶対数は千に満たないとされるが、生まれながらの超越者が大人しくしているはずもなく、組織の重鎮になったり、事件や功績で名を成すことも多い。
プラスの面では伽藍開拓公司の創設者にして、現世界冒険連盟の会長ゴボード。
マイナスでは大国を乗っ取り、数百年にわたって国中から集めた子供を神に捧げていた巨人のサヤメロなんかが有名だ。
彼らの発生原因は謎めいている。
普通の親からある日生まれた神族もいれば、神族の両親から生まれた神族もいる。
肉体が滅んでも別の体を渡り歩く者もいれば、国を乗っ取り影の支配者として生贄を求めて生を繋ぐ者もいる。
共通するのは、頭と心臓を潰したくらいでは殺せないということ。
メテウスも一般常識以上のことは詳しくは知らない。だが、バルフト神族といえば──
「──ッ」
脳髄がズキリと痛む。
ほの暗く真剣味のある殺意とともに、終末の記憶が一瞬蘇った。
◆
──不滅の化け物どもは、地上の人類を滅亡させて、天空に楽園を築いていた。
地上をさまよっていた俺は捕まり、やつらの『救世主』とやらの前へ引きずり出された。
「じゃ、ぼくは救世主さまに会いたくないから、頼んだよフレア」
「よろしいですが……仲直りしては?」
二人の不滅者がなにやら相談し、俺はいざり車で運ばれた。
季節を無視して黄金の実る畑のある一角。
「よお。俺は、マシュムレドっていう。あの地獄で生き残ってたんだってな?」
上半身裸で畑仕事をしていた男が、土を払いながら近づいてくる。
快活な笑顔。
漆黒の蓬髪を金紐で編んだ、体格の良い男だった。
俺は激怒に駆られエーテルを廻そうとした。だが、体内で不調和が生じ激痛に呻いた。
「ぉほっ、ゲホッ!」
鉄臭い血が臓腑から逆流してくる。なにか、術をかけられているのだ。
「大丈夫か? フレア。なにした?」
「別になにも?単なる光縛術ですよ」
俺を地上で見つけた女、フレアと呼ばれている、アッシュブロンドの女は目を細めている。
長命の人間を数人知っている。
あいつらの微笑みは、いつもこれだ。
自分はすべてを知っている。だからこの世にもう興味深いことはないのだという、静かな微笑み。
──気に入らない。どうせ殺されるんだ。
おれは口内の血を集め、頬をすぼめて女に飛ばした。
「……ペッ。へ、はは……」
奇跡だ。ほっぺに直撃した。
奇跡が起こった!ざまあみろ!!
真っ白で無垢な少女のような頬に、真っ赤な血が不着している。
痛快だった。
「はは!」
なぜか、マシュブレドと名乗った男まで指を差して笑っている。
「やられてやんの!」
金色の目をした男は、女と反対に裏表のない笑い顔をしている。
不滅者にしてもまだ若いのだろう。人間的な感性が消滅するにいたっていない。
「救世主さま。わたくし、笑っていませんよ?」
「そう怒るな。あの地獄を生き残ったやつを、無理やりつれてきたんだろう? そりゃあ怒るよなぁ」
「──バルフト神族として、下民にこのような仕打ちを受ければ、黙ってはいられません」
バルフト神族?
女は綺麗な笑みをしたまま俺の髪をわしづかみにし、至近距離で目をのぞいてくる。スミレ色の瞳に映る自分の間抜け顔がみえる。化け物の目に映り、恐ろしい心地になる。
「思慮に欠けた行いを、どうか後悔なさらないでくださいね。
わたくし、地上世界ではささやかながら商会を営んでおりました、フレア・フレアと申します。
ちょうど無垢の人間が少なくって。楽園の同胞を実験動物にするわけにもいきませんから、助かります。
ゾクチェンが欲しがっていましたが、見つけたのはわたくしですから。
あなたをわたくしの実験動物にしてさしあげましょう。こんなに名誉なことはないでしょう?」
俺は爆笑した。なんだか聞き覚えのある名前だと思ったら──
「──フレアって……どこかで聞いた名前だと思ったら!
おまえ、〈戦争差配人〉のフレア・フレアか!
犬畜生にも劣る!武器商人のフレア! ク、クフッ、一千万人も殺したって!身内争いを煽って、アペイロンを内乱の渦に叩き込んだ人外じゃねえか! 悍ましい化け物め、人間様のふりをして話しかけんなよ、ペッ!」
キスをするような距離だ。
唾は女の顔を滴る。全く表情が変わっていない。唇に唾が滴る。ぺろりと舌でなめとられた。ニンマリと笑う。血の味が美味しいのか。どんなに笑って見せても、こういう人間は巨人と同じで、人間扱いをする必要はないのだ。
「よく、よくわかりました。バルフト神族の名誉にかけて、あなた様を調教してさしあげましょう」
「馬鹿じゃねえのか?」
フレアと名乗る女の衣服には紋様が刺繍されていて、引っ搔いたような三角形を四つ重ねたその意匠は、俺の記憶に深く刻まれた。
長く刻まれ続けた……。
なぜって──長い拷問がはじまったからだった。
◆
「ヒ、フゥ──」
過去の記憶を思い返すことは、割れるような頭痛を伴った。まるで規格の合わないものを無理やり挿入したかのようなチグハグ感。
目の奥に重たく耐えがたい痛みが湧きだし、膝をついてしまう。
視界にカラフルな閃光が迸り、いくら目を抑えても眩しさが反響する。
耳奥から水が垂れ、あふれる鼻水を手で拭った。脳がおかしくなってしまっている。
「な、なにしてるの?」
「……ちょっと立ち眩みがしただけです」
怪訝な顔を隠さないガレアーンが、そっと頭に手をあててきた。
首を振って払い、立ち上がる。数秒で頭痛は収まっていた。過去を思い出すと、いつもこうだ。
「えぇ……おまえ本格的に胡散臭いわよ? 自分でわかってる?」
「持病のシャクです。それより早く終わらせてしまいましょう」
「シャクってなに……?」




