27「蜘蛛 二」
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作戦の第一段階。橋頭保の確保は順調だった。
川底に潜ませた盲車蜘蛛に掴まり、人気のない一角から這い上がった一行は、最後のミーティングを行う。
「敵が得た神族製の兵器は、回巣だという情報がある。本当なら、もう魔獣を生み出しているだろう」
グノークスの言葉に、ヤトリムが頷いた。
「〈回巣〉、戦で聞いたことがある。
魔獣の群れを生み出す種みたいなもんだろ?
噂は本当だったんだな。
希少な蜘蛛が大量発生していると噂で知って、この辺りで仕事を探したんだが──アタリだったな!?」
後悔を忘れ、興奮しているヤトリムをみつめ、メテウスはボソッとつぶやいた。
「その好奇心は職業病か?
どうせ不治の病だろうし、ここで生き延びても先は知れたもんだろ。蜘蛛と一緒に墓に入れるといいな?」
皮肉はメテウスの持病である。
バチコン! 冗談ではない全力で頭を叩かれたメテウスは、鋭く脛を蹴り返した。
足を抑えジッとしたあと、ヤトリムが言いかえす。
「仮面をつけた蜘蛛の群れがいる──そう聞いて無視できる魔獣調教師はいねえ!
十中八九、伝説の蒐魂蜘蛛だぞ!
光冥府の作り出した、地上の魂を収集する美しい蜘蛛たち!
全世界100万人の蜘蛛愛好家の憧れだ!」
「愛好家の数盛ってないか?100人の間違いだろ。
だいたい蒐魂蜘蛛ってなんなんだ。おぞましいなぁ」
「これだからパンピィは!」
グノークスが温和な表情で、言いあう二人を仲裁した。
「褒賞は期待してよいぞ。その存在を巷に噂されているようなら、〈回巣〉はすでに起動しているということだ。神族謹製の〈回巣〉など下手をすれば国が滅ぶ代物。確実に潰さなければならん」
二人は居住まいを正した。
報酬に釣られたのではなく、邪魔だと判断されれば切り捨てられてもおかしくないことを思い出してしまった。
「作戦通り、呪い子を運ぶ本命と、陽動役の二手に分かれましょう。もちろんわたしは呪い子を運ぶわ」
ガレアーンが指揮官である。
戦場で迷わないのは指揮官の絶対条件だ。次々に配置を決めていった。
「ヘジケーは陽動を指揮して。盲車蜘蛛と魔獣調教師はその指示に従ってちょうだい。騒ぎを起こした後、頃合いとみたら合流地点に逃げ込むこと。本命が遅れるようなら先に逃げなさい」
「ああ、任せろ」
「よっしゃ、逃げていいのか!」
「叔父様はどうされますか?」
「しばらく遊撃として攪乱を手伝うつもりだ。私はあくまで見届け役、頃合いをみておまえたちに合流する」
「では──」
ガレアーンがゆっくりとこちらを向いた。
年頃の少女なのに、腹の据わった立ち姿だ。
砂色の髪を闘気に波打たせ、いよいよ初陣の本番とあって生気がみなぎっている。
夜闇に溶ける少女の横顔は、現実味がなく美しい。空色の瞳は曇りなく輝き、かがり火のオレンジをにじませて、メテウスを凝視している。
綺麗な目だ。
……メテウスは嫌な予感がした。
「おまえ。呪い子を背負ってついてきなさい」
「⁉︎」
──背負う!?爆弾代わりの呪い子を!?
驚きと同時に、冷たくて苦い覚悟が胃の腑に落ち、時がきたことを悟った。
自らの意思で動かなければ、殺されるだけという時が人生には度々訪れる。
こうなったらもう、頃合いをみて、やるべきことをやるだけだ。
「呪い子は目覚めてしまっている。
幸い、呪い子と契約しているおまえは呪われる心配がない。適任でしょう?」
メテウスにとっては、異議があるどころの話ではないが、筋だけは通っていた。
従順に振舞えば疑われる。いやいやという顔を隠さず、低い声をだす。
「断っても、意味ないんだろ?
逃げたら、殺すんだろ!?
じゃあ、やれって命令してくれよ!
死地に突っ込め!ってさぁ!」
胸を叩いて、役者もかくやと言わんばかりに訴えかけた。
やはり曇りなき眼をしたガレアーンは、『?』という顔になる
「命令、してるけど? もっと直接言わないとわからないの?」
「…………え?」
メテウスは言葉を失った。
普通、死を命令する人間は言葉を飾るもので、ガレアーンの言葉はそれにあてはまらない錯覚がしていたが、よく考えたら、爆弾を背負って死地へ突撃しろと言われている。完全に錯覚だった。
その率直さに怒りが削がれたのと、反意を察知されないよう、メテウスはうなずいてみせた。
「……わか、りました……」
「それでよし」
──この女。貴様に情けはないのか?殺してやる……。
メテウスがさっと顔を隠し、ロボットじみた動きで呪い子を背負いにいく。
柔和な表情でグノークスがついてきた。
「しばらく呪い子は動けないだろうが、万一のため、管理者権限を君に渡しておこう。隷属言を唱えれば、動けなくなるはずだ」
「──⁉︎」
直感がまず理解したあと、背筋の怖気と共に意識が理解した、
緊張した筋肉がギシギシと鳴り、動作が一瞬遅れる。
動揺を隠すため、へつらい笑みを浮かべてグノークスに向き直った、
「……おれなんかが、呪い子の手綱を持つなんて恐ろしいことです。ありがたい申し出てますが、やめておきます」
「そうか?」
深いテノールの声。
手入れを欠かさぬ黒髭を蓄えたグノークスの面持ち。鷹揚な口元の笑みに、柔和な目尻の皺。いかにも親しげな振る舞い。そして、今の言葉。
メテウスは確信を得た。
──こいつには思惑がある。
作戦の根幹部に関わる呪い子の手綱を、ポッと出の孤狼児に任せると言ったんだ、こいつは。だれか気づいているだろうか?視線を向けても、メテウス以外の人間は、違和感を感じていない。
──錯覚?いや……。何かが土台ごと間違っているのだ。
おれはまだ、なにか気づくべきことを気づけていないんだ。
極度の緊張で歩き方もわからなくなっている。腹のあたりに打撃を打たれたような不安があり、内臓に滴りつづける暗い粘液質の不安に腹筋が痙攣して吐きそうだ。この震えが嘘をつくはずがなかった。傭兵を何度も生かしてきた危機察知能力だった。
たとえば女を抱いていて、女がしきりに扉を気にしているとき。
たとえば負け戦で逃げ出した先、川の匂いが鼻をついたとき。雇い主な指示された配置が、戦場から外れているとき。たとえば──
──たとえば終末戦争で、空中都市から魔獣たちが急に離れていったとき。
メテウスはいつも咄嗟に逃げ道を見つけ出したから、世界の終末まで生き延びた。
ぐったりとした呪い子を背にロープで固定しおえる。
メテウスも子供だが、エーテルで強化された体に五歳かそこらの子供は軽い。
全員が用意をすませていた。
いよいよ基地内部に襲撃をかけるとあって、ガレアーンは緊張しているようだった。手が武者震いし、ベジケーの姿をしきりに視界に入れている。グノークスが肩を叩き、励ましている。
「大丈夫だ。私とガレアーン。二人が死なない限り、片方は任務を果たす。おまえの初陣は失敗しない」
「……はい!」
鋭敏な集中を内に秘め、叔父を見上げて瞳を輝かせた少女。
それを眺めながら、メテウスは思いついてヤトリムに駆け寄った。
「ブルっときた。小便いかないか?」
「ハァ?作戦が始まろうってのに……いや、そうだな。一人ぼっちのおしっこはさみしいモンナ……?」
ともに真顔だ。
メテウスの必死な目つきを察したヤトリムが、謎の寂しさを口にしつつ、二人は物陰に走った。
「素人みたい!」
ぷんぷん怒るガレアーンを、ヘジケーが小声で諫める。
「仕方ねえヤ、ブルっちまっても。戦士じゃねんだからヨ」
戦士たちは、素人だから仕方ないという目で二人を見送った。
一分も経たないうちに戻ってきた二人を迎えて、作戦が始まった。




