24「決戦兵器! 六」
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「──ヒッ」
目が。
全員が、メテウスを凝視していた。
怯えたメテウスは、すぐその目の持ち主たちがなにを考えているかに思い至る。
「おっ──おれを試金石にするつもりか!? おれなら死んでも構わないと……!」
メテウスを囲む大人たちは、いきなり優しい声で多弁になった。
「みな、おまえしかいない、と認めてるんだ」
「呪い子と契約して、お酒を飲ませたんだから、呪われるようなことはないでしょ?」
「坊主、男の見せ所だ。へへっ羨ましいゼ」
「魚を焼いておいてやる。俺の奢りだ」
「こ、こいつら……!」
大勢の人間が、強いてだれかに貧乏くじを強要するさいに生まれる、あの嫌な空気だ。
断りたい。なのに断れない。
というか、下手なことをすれば手足の一本を切り落されたあと説得されそうで怖かった。
この場では、メテウスの命は呪い子以上に安値なのだ。
「……くーん」
進退窮まり、叱られた子犬みたいな悲しい目で周囲を見つめていると、ため息を吐いたグノークスが肩を叩いてきた。
「私も行こう」
……気安く触りやがって。
怪しい。男気を見せるとか、あまっちょろい論理が通用する人間には見えない。
……なにか企んでいるんじゃないか?
「そんな顔をするな。とっておきの酒を持っていく。いざとなったら、抱えて逃げてやる」
じゃあおれいらなくないか?と頭に浮かんでも口にはできない。
二人で、遠くの木に縛られている呪い子へ近づく。
「よお。話があるんだが」
「おさけは?」
アル中のロクデナシみたいな第一声である。
くりくりした青い目の、小さな子供だ。呪い子と知っていてもやりにくい。
縛ったままで交渉が成り立つとは思えないので、ロープをほどくと呪い子は小首をかしげた。
「?」
「ちょっと頼みを聞いてほしいんだが」
「さきにおさけ、やくめでしょ。
おさけをくれたら のろわないし はなしもするよ……」
「こ、こいつ!また脅して……!」
呪われしアル中みたいになった子供に戦慄していると、グノークスが小声で言う。
「(〈べインレーテルの掟〉によって神々は、契約を必ず守る。呪い子また神々の理に縛られているはずだ。契約のことを持ち出してみろ)」
なにがなんだかわからないが、メテウスは言われたとおりにしてみた。
「ほんの一時間前に酒をやっただろ? 契約で呪わないって言ってたじゃないか。あれは嘘だったのか?」
酒瓶を取り出した。
「む……けいやくだから 呪わないけど……じゃあ はなし 聞くだけね……」
ためしに目の前で酒瓶を揺らすと、催眠術にかかったみたいに目が揺れる呪い子の様子に、メテウスは勝利を確信してうなずいた。酒を渡す。
「ぐびっ……ざつみがある もっといいの ないの?」
幼子の体よりデカそうな酒瓶をラッパ飲みする姿に安心したのか、グノークスが代わりに話をすすめた。頬を朱に染めて、目の据わった呪い子はアルコール漬けにされた子供にしか見えず、メテウスは倫理的にどうかと思った。思うだけの正義感なので無料である。
「私はハヴォックのグノークスという者だ。契約の話をしたい」
「いやだけど?」
グノークスもまた蔵遮腑から酒を取り出す。
「私も酒を持ってきた。君が飲んでいる酒の百倍の値段と味のする上等な酒だ」
「いいよ?」
アルコールに弱すぎるなこいつ……。
「交渉だ。君には、しばらく大人しくしてもらって、ときがきたら暴れてもらいたいと考えている。君は命を喰らう呪い子だ、悪い取引ではないと考えているのだが?」
輸送するときに暴れるなという話だ。
だが子供は、馬鹿な話を聞いたとばかりにため息をついて首を振る。
「たいして美味しいわけでもないえさなんて いくらあっても い・み ないよね……
これだから、しろーとは……
カノンをなっとくさせたいなら アペイロンの人間をたべさせないと」
「交渉決裂だな」
「うっ」
どさっ。
グノークスの右手が蛇のようにうねり、呪い子の首元を叩いた。
こぼれた酒の海に溺れて気絶した子供を、グノークスが蹴ってたしかめる。絵面はヤバイ。
「判断がはやくない?」
グノークスはいくら物腰が柔らかく理知的にみえても、交渉決裂の速度がワンテンポだった。
「大丈夫なんですか?目覚めたとき、呪われない?」
「呪われる。だから仕掛けを用意してある」
虚空から首輪を取り出したグノークスは、呪い子の首に装着した。ここまで五秒とかかっていない。
その首輪には宝石のようなものが埋め込まれていて、グノークスがエーテルを込めると鈍く光った。
──聖環か。神々の奇跡が介在する、星輪具の一種である。効果は──
「しにたいの?」
呪い子が人外の回復力で跳ね上がった瞬間、グノークスは怒鳴った。
「〈隷謁〉!」
「ッッッ!?」
子供を全身を硬直させた。
小さな体をばたつかせながらふたたび倒れこむ。
目には何も映らず、口から胃液を吐き出していて、下半身はじわりと尿で濡れていった。
グノークスは当たり前のような顔をしている。メテウスは鈍い怒りで視界が暗くなるのを感じた。
「これで大人しくしているだろう。〈盲車蜘蛛〉に縛るのを手伝え」
「──聖環を使う必要は、あったんですか?」
聖環。奴隷をしつけるための道具だ。専門の工房が大量生産し、高価で禁忌とされながらも、どこでも普及している。定められたワードを聞かせれば、懲罰を与えたり、快楽を与えることができる。
人間を道具として調教するための、メテウスには馴染み深い首輪だった。
「うん?なんだその目は?なにか、気にいらないのか?」
「──気に入りません。あなたは聖環の懲罰を受けたことがないでしょう。だから平気な顔をしていられる……」
〈隷謁〉。強制的に恐怖を叩きこむワード。
強烈な恐怖を刻まれ、心身ともに麻痺して凍り付くあの感覚──。
恐怖は長々とトラウマになり、人から尊厳を奪い取る。
夜中に悪夢をみては跳ね起きる。
奴隷を調教する館で、同じ部屋にいた子供が、毎日そのせいでおねしょをしていた。
そのたびに怒鳴られ、さらにそのせいでおねしょが治らなくなった子供が、病んだ犬猫のように裏庭で首を折られ、埋められるのをみたこともあった。
暗い記憶が、メテウスの心臓を変にバクバクさせている。
「ああ……得心した。きみは奴隷上がりだったか。だが、少し考えればこれが必要な措置だとわかるだろう?呪い子の暴発がどれほど危険なことか、わからないのか?」
──そういわれればそうなのだろう。
土台、自分は、人の世の不条理に怒り狂うほど慈悲深いわけではない。
しかし理屈ではないのだ。
こういう道具をチラつかされると、真っ暗な闇の底に落ち込んでいくような気分になって、なにもかも台無しにしたくなる。
メテウスの呼吸は乱れ、怒りを抑えているのに、目を見開いてグノークスを凝視したままだった。
グノークスが笑みを崩し、片手をゆっくりと持ち上げる。
呪い子が崩れ落ちた後、いつまでも問答を続ける不穏な空気を察した一行が、近寄ってくる。
「おまえ、なにその目は!なに逆らってるの!?」
くるりと首を回したメテウスの目に、少女は気後れした。
緑色の目の瞳孔が見開かれれ、暗い光を放つようにギラギラねばついた殺意を放っている。
明白な殺意。ガレアーンは化け物といきなりであった気分になって、うっと顔を歪める。
「落ち着けェ。
そういや奴隷商から逃げ出した孤狼児だと、シエドラから聞いたなア。使われたことがあるのかァ?」
使われた、なんてもんじゃない……。
怒りで頭が圧迫され、感情過多で涙があふれ、頭痛までしてきたメテウスに、そっとヤトリムが耳打ちした。
「坊主、分が悪いぞ。ほら、グノークス様の手がまた手刀の形になっている」
「……ちらり」
やたら実績のある手刀が目に入った。
メテウスはこのままだと一瞬で気絶させられることを認識し、すっと怒りが遠のいた。
「……問答無用ですか? 人間らしい話し合いとかはないのか?」
「下仕えと問答するほど私は暇ではない……そうだ。おまえに武具をやる。それで気を収めろ」
「えぇ……」
なんか、金ほしさにクレームを入れたみたいな扱いである。
いつでも気絶させられる孤狼児のことなど、本当に道具としか考えていないのだ。
メテウスはなんとか会話を続け、実力行使を阻止しようと試みた。
「アンタ……武器なんて一つしか持ってないじゃないですか」
「私は炉心の淵からエーテルが漏れない〈ワングの病〉だ。エーテルを消費するために蔵遮腑へ余分なものを入れている。ほら、戦場で拾い集めた武器だ、いらないか?」
「……ちらり」
グノークスは一本の宝斧を取り出した。
刀身が青く透き通った片刃の斧だ。メテウスの体格で持てる小ぶりな手斧だが、柄の石突にあたる部分に複雑な文様の刻まれた真っ青な宝石が光る。
「──宝核付の斧……売ったら高いんじゃないですか?」
メテウスは露骨に動揺してぷるぷる震えた。
魔獣の中でも特異な個体は宝核と呼ばれる小さな核を生成する。それを中心に神秘の功績で鍛え上げた、まさに一点物の武具であり、売れば貧民なら十年は食える金になる。
「敵から奪い、兵へ褒美にやるために持っているものだ。惜しいものではない。いるのか、いらないのか?」
「そんなものでおれが懐柔されるとでも……」
倒れた呪い子を見やる。四肢は動いていないが、目は混乱から脱していた。
寝転ぶことに飽きたのか、あくびをして眠そうに船をこいでいる。
メテウスはすっと頭が冷えた。
しょせん、人間とは相いれない呪い子なのだ。
「──すみませんでしたグノークス様。とつぜんのことで混乱してしまって。いや、あらためて考えれば呪い子なんて首輪つきじゃないとあぶなっかしい、当然のことでしたね!!」
「う、嘘だろ?一瞬で買収されやがった……」
ヤトリムが驚愕で目を見開き、ガレアーンはジト目でみているが、メテウスは気にせず宝核武具を受け取ってペコペコした。
「すみません!ありがたく頂戴いたします!銘をなんといいますか?」
いきなり率直になった少年に、さすがにグノークスも疑念を隠し切れない目で答えた。
「……銘は知らん。打撃の瞬間にエーテルを込めれば凍り付き、衝撃を何倍にもする宝核武具だ。売っても構わんぞ」
「いやあ嬉しいなぁ!あらためてこのメテウス、グノークス様に忠誠を誓います!」
「……君はガレアーンの部下だが」
メテウスはハッとしてガレアーンにぺこりと頭を下げた。
安すぎる頭に、少女のこめかみに青筋が走り、どかどかとメテウスに近寄る。
「なんですかホォッ!!」
回し蹴りで吹っ飛ばされたメテウスは、小川の水面を二度跳ねて対面の木にぶつかって静止した。
「おまえ生意気で無礼なのよ!!!」
「お、おい、死んだんじゃないのか?」
「死んでもいいわよ!!それに、あれくらいであの孤狼児が死ぬわけないじゃない!! ばかにしてるの?あんたも殴るわよ!!!」
「嘘だろ!? やめてくれ!」
ヤトリムは年下の少女に頭を下げて許しを乞うた。
不機嫌全開で少女が去ると、代わりにメテウスが戻ってきた。
殴られ慣れてしまって、とくに精神的な衝撃も受けず斧を磨き始めたメテウスを、ヤトリムがさらに驚愕の表情でガン見した。
「だっ──大丈夫なのか?」
「へんっ。このおれ様にあんなメスガキのパンチが効くわけないだろ!」
「吹っ飛んで全身あざだらけになっとるが……」
「体は屈しても心にくる重みがなかった!!しょせんは小娘、拳に魂が籠ってないんだよ!ぺっ!!」
遠くから鋭い声があがった。
「聞こえてるわよ!」
「ガレアーン様の指導でおれは正しい道に立ち返ることができたんだ!喜ぶで痛みなど感じるわけがないじゃないか!」
「よろしい!犬だって怒られたらお腹を見せるんだから、次は仰向けに寝転ぶのよ?」
「へへぇ!」
──この女。いつか隙をみて場末の売春宿に叩き売ってやる。
メテウスは静かに報復を決意したが、それが実行できるかどうかの自信はなかったので、へつらい笑みを浮かべた。
ヤトリムが邪悪な気配を放つメテウスを嫌なものを見る目で見守っている。
さらに後ろでグノーシスが冷静に観察していた。
──あのレアに殴られて平気な顔をしている孤狼児がいるとは。
ガレアーン――ガルゥジン・レアは、ハヴォック家でも扱いに困っている〈先祖返り〉である。
自分よりも弱い人間の話を聞かない。習い事は放り出し、すぐに暴力に訴えかける。とくに乳母の婆以外の女性に説教をされたら、狙って顔を殴るせいで、だれも少女に婦人らしい習い事を覚えさせられなかった。
仲の悪い牧童に喧嘩を売られたときは、あっさり相手を殴り殺したものだ。
そんなガレアーンに大して、まったく物おじしない同年代の人間は貴重で、そして危険だった
──バロート人らしいバロート人というものは激情家で、血族以外は信用せず、けっして恨みを忘れない。
グノーシスが観察するところ、メテウスという孤狼児は確実にバロート貴族の血を引いている。
一つ、言って聞かせておかなければならないだろう。
グノークスが呪い子をつまんで持ち上げ、「隷謁」とつぶやくと、やはり呪い子は壊れた糸人形のように痙攣した。
悪趣味な所業に、会話が途切れ、全員が黙りこくる。
真っ白な髪に青い目をした、愛らしい五歳ほどの少女。
だが、呪い子と知れば、だれもその子供を愛らしいとは感じないだろう。
……理性では。
「君たちは理解していないからそういう顔をする。
見た目に騙されてはならない。
この呪い子は、原罪人形や繭虫人〈ゴラクム〉と同じで、人間ではない。
呪い子とは人の形をした災厄であり、神の理に足を踏み入れた、端末なのだ。
『神は神であって人ではないし、人ではない』
ノヴェイク・シーヴァーの至言どおり、神格とは量れぬもの。神に人格のようなものを期待するほかない哀れな人間の期待など一顧だにせず、神は人間的な感覚を持たない。
神の理を人は絶対に理解できない。なのに、人は神に理屈があると信じ込む。
神の天秤と人の天秤は違う。人間が虫を踏み潰すことを躊躇しないように、神と取引を行うという勘違いは無意味であるばかりか呪われてしまう。
ある日、百万人を殺したかと思えば、一人に救いを与える。神だからだ。
呪い子はそうした神の理に属している。
人間的な同情などいかほども与える意味はない。
管理に失敗すれば百万人が死ぬと心得よ」
だれも納得していない顔をしている。それでいい。
グノークスは、これだけ言い聞かせても、愚者が理屈でものを考えられるとは、一つも信じていなかった。
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