22「決戦兵器! 四」
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「おなかすいた ちょうだい」
二人はギギと顔を見合わせて、合わせ鏡のように上を向く。
声は、盲車蜘蛛の腹から聞こえた。
その不気味な蛸口から発せられた可能性も考えたが、すぐに気づく。
「たべもののにおいがする……ちょうだい」
また、聞こえる。
感情の起伏がないのに、幼児のような舌足らずな声だ。
声は盲車蜘蛛のさらに上から聞こえている。
空を覆う円形の胴体のさらに上、荷物のようにくくりつけられているものは──
──呪い子。
薬で眠っているはずの呪い子が、腹を空かして二人に話しかけているのだ。
首を小刻みに降って拒否反応を示す二人を置き去りに、事態は進行する。
ぽてっ。
大蜘蛛の淵から落ちてきた物体に、二人の目は釘付けになった。
縄が全身に絡まった子供だ。
縄はほどけており、目隠しがハラと舞っていく。
その五歳ほどの子供は、真っ白な髪をしていて、青い瞳を輝かせて二人を見つめていた……
「 ご は ん 」
「ウギャアアアアアアアアアアアア!!!」
「のっ呪われる!たすけっこらっおれを置いて逃げるなァ!」
腰の抜けたメテウスを即座に見捨てて、魔獣調教師は逃げだした。
咄嗟に蔵遮腑に手を突っ込み、とりだしたロープで輪投げしたメテウスは、ヤトリムの右足を器用に引っ掛ける。
どたばん!と転げたヤトリムは怒りに震えて叫ぶ。
「こ、こんのガキィ!道連れにしようってのか……!根性が腐りきっている……!」
「うるせえ!仲間を置いて逃げるなんて信じられん……!」
「テメェの仲間になったつもりはねえ! こらっ!離せッ! このっこのっ!」
「畜生蹴るなッ!!! おれたちはチームだ!二人で解決策をみつけるぞ!!!」
細いロープをずるずると手繰るメテウスの顔を、ヤトリムが何度も蹴り飛ばし、吹き出た鼻血が靴底を真っ赤に染めていく。
修羅場であった。
ぽかんとする子供が呟く。
「……あのさ 呪わないから……ごはんくれない?」
ぷるぷる震えた男二人は、身を寄せ合って小さな子供を見つめる。
薄汚れた白い髪の下、クリクリした子供の青い瞳に、小動物の骨のように白く細い手足。
小首をかしげた姿に、害意が削がれた。
「は、話が通じるのか……?」
「油断するなっ擬態だぞっ!」
「それ……くれない?」
指さされたのはメテウス特性の味覚を考慮されていないサンドイッチだ。
……ぽいっ。
震える手で地面に投げ捨てられたそれを、子供は拾い上げて食べ始める。
「うま うま」
「(おい、なんか普通に食ってるぞ?)」
「(とりあえず、理性はあるのかもしれないな……)」
「もっと ちょうだい? たべものくれたら 呪わない よ……」
「(いや……騙されるな。あんな小さな子供が理路整然と話しているのが不気味だ。恐ろしい子供を信じることはできない)」
「(鏡をみたことがないのか?俺からすりゃおまえも同じくらい恐ろしいし不気味な子供なんだが……)
ほらっ、食えっ!」
ヤトリムの投げつけた真っ赤なフルーツに子供はかぶりついた。
パニックが治まり、思考の余裕が生まれる。
メテウスは子供が食べ終わるのを見計らって問いかけた。
「おれたちを呪わないっていうのは、本当か!?」
「……べつに、呪う意味がないし……。『二匹』ぽっちたべても、なんにも満たされないし……」
「(食べるとか言ってるぞ!?おい、人間様を匹で数えたあげく、食っても満たされないとか言ってる!食われるんだ!)」
「(お、落ち着け!食べないって言ってるだろ!)」
「だから たべないって……。おまえたち、アペイロン人じゃないよね?」
意味のわからない問いかけだ。
南の大国、アペイロン王国の人間ではないならば、なぜ食べられないのだろうか?
子供は足腰をふらふらとさせていて、つまらなそうな顔で二人を見つめる。
筋肉が育っていない弱そうな立ち姿に、かえって恐れが湧いた。
小声で話したところで超人的な聴覚で聞かれているようだから、二人はパントマイムで合意に達した。
メテウスがおそるおそる問いかける。
「まず聞きたいんだが……おまえは人を食う呪い子なんだろ?
よくわからんが、邪神と契約して人を食ってるんだろ?
なのに、アペイロン人じゃなかったら、なぜ食わないんだ?」
「カノンは……アペイロンをほろぼすために、神様と契約したから……
アペイロン人はすべて殺すけれど、そうじゃないなら、べつに殺す意味もないし……
なにより、二匹ぽっちじゃおなかが空くだけだし……ふわぁ」
眠そうにあくびをして、地面にくたりと座り込んで膝を抱いた呪い子を二人で見守る。
二人はパントマイムで相談し、今度はヤトリムが問いかけた。
「カノン、ってのがおまえの名前なのか?」
「カノンの名をよぶな……のろうぞ」
「す、すまん。のろわないで……。なあ、おまえを……こう、運んで、人間がいっぱいいるところに置いていく予定なんだが……大人しくしていてくれるってことでいいんだよな?」
「しらない……目隠しをしたり、縛ったりするのはやめてほしい……痛いし……」
「お、俺たちがやったんじゃねえぞ!なにも知らねえんだ!ただ、おまえを運んでるだけの……一般人なんだ!許してくれ!」
「一般人……?」
ヤトリムの無理がありすぎる自己弁護を聞いたメテウスは、ちょっとクスっと笑った。
「のろわれたいの……?」
「呪われたくねえっっつってるんだヨォ!!」
嘲笑をもらすメテウスを血走った目で睨みつけたヤトリムが、震える指でメテウスを指さす。
「……犯人はこいつだ!みろ!こいつはおまえを捕まえて利用していたバロート人だぞ! 俺はバロート人じゃないし、無理やり連れてこられただけなんだ!」
「貴様なに言ってんだ!?仲間を売るような真似を……!」
「おまえなんか本当の仲間じゃない!」
「いまの聞いたか!?このオッサンは家畜にも劣る裏切り者だ!たっぷり油の乗っている男だ、子供のおれより食いでがある! このさっぱりする玉ねぎもつけてやるから、食うならこいつから食え!」
「おいこのクソガキ! 玉ねぎを投げるな!! 俺の付け合わせに玉ねぎを出すなんてどういう了見だ!?」
玉ねぎを投げつけられたヤトリムが怒り狂って玉ねぎを投げ返し、雪合戦の様相をていした二人の男をぽかんと見つめた呪い子はつぶやく。
「いや……たべないって言ってるのに……」
「「信じられるか!?」」
「そんなに不安なら……契約する?
食べ物をもっとくれたら のろわないよ
これほんと カノン うそつかないよ」
無茶苦茶疑わしい目をした二人は、とりあえず食べ物を持ち寄って子供にささげた。
◆
「全部食われた……」
メテウスは悲しい目でぽっこりと膨らんだ呪い子のおなかをみつめた。
食料はすべてあのふくらみの中に吸収されてしまった。腹筋の育っていない幼児の腹は食べれば食べただけふくらんでいる。拳を握りしめ、サンドバッグみたいに全力でぶん殴りたくなるのを必死で抑えた。
「のど……かわいた」
「そこに川があるだろうが! のめ! かわ!」
「なまみずは……飲まない。カノンがそう言うから……」
「贅沢なガキだな……!」
茫洋とした受け答えをする、真っ白な髪をした呪い子に近づく。
メテウスは手癖で子供の頭を叩いて蔵遮腑から飲み物を取り出した。
「ほらっ!」
「たたかれた……こくっ……なにこれ、毒の味がする……でも、カノンに毒は効かないよ……」
「毒じゃないぞ?水代わりの薄い酒だ!」
「さけ……?なにそれ……ぐびっ」
真っ白な肌をした、整った顔立ちの子供の顔は、だんだんと血が上って薄ピンクの顔色になっていく。
「お、おい……酒なんて飲ませて大丈夫なのか?」
「知るかよっ!! おまえも飲み物をだせ!! おれを呪い子の餌にして逃げようとしたことは忘れてないぞ!」
「ンモウ怒るなよ……それにしてもこの呪い子、話が通じるじゃねえか。ほら、俺の酒もやる。だから呪われないでくれよな?」
「うん……契約だし……ぐびっ……おいしい……なんだかたのしくなってきた……ふふ……」
「笑ってるぞ……」
「ご機嫌だな……」
「おさけ、おさけちょうだい。おさけくれないと 呪うよ……」
「究極の悪がらみだ……」
「もっと与えてみよう……」
「……ん。……けいやく、けいやくだよ。おさけ くれたら呪わないから……ふふ」
「……こいつ、酔っぱらってないか?」
「……いっそ酔いつぶしてみるか?」
二人は見つめあう。脂汗の浮いた真顔だ。
生死のかかったゴーノーゴー判断であった。
とにかく、このままだと呪われる気がしたので、やってみようということになった。
「ささっ、呪い子様。グビッといっちゃってください」
「うん……」
「こっちの酒は蒸留酒だ」
「うわっ……毒の匂いが濃い……」
「これは酒の匂いです。毒じゃありません」
「毒っぽいけどなぁ……ぜったい毒だけど……これ……」
「へへっ。子供に飲ませちゃ害があるが、呪い子様なら大丈夫でしょう」
「ぐびっ……ぐるぐる回る……おいし……」
「でしょう?」
「ぐびっ……」
「ささっどうぞ。いやこれ絵面やばくない?」
「見てくれなんぞ気にするな。生死がかかってるんだぞ」
「さっどうぞ呪い子様」
「酒を捧げます……しずまりたまえ……」
「ぐびっぐびっ────きゅう」
パタン。顔を真っ赤にして倒れた〈呪い子ハラー〉をみつめ、二人は達成感で笑いあう。
五歳ほどの幼児を酔いつぶし、笑いあう二人の男がそこにはいた。絵面はヤバイ。
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