21「決戦兵器! 三」
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四度目の襲撃だった。
「避けろよぉッ!! 後ろだ!!」
素早い人影がヤトリムの背後に迫っていた。
メテウスは駆けだす。だが度重なる戦闘で疲労しきった足は思うように動かない。
「荷運びってレベルじゃねーぞ! 本当に生きて帰れるのか……!?」
魔獣調教師は、当然として調教する魔獣以上の戦闘力なくしては成り立たない。
弱音と反対に素早く魔導拳銃を抜き放ったヤトリムは、銃身を支えて人影の爪を受け流す。
がちん!と金属音が高鳴り、背から倒れこんだ姿に焦ったメテウスは叫んだ。
「動くな!! いまどかしてやる!!」
ガス欠寸前のエーテルを絞り出し、片腕と斧に魂膜を集中する。
肩後ろから尻に届くほど大仰に振りかぶり、風切り音とともに投擲された手斧は、人影の大口に突き刺さる!
『ッ、ジャァ──!』
「ふぅ、はぁ……! この化け物が、人間みたいな声だしやがって……!」
背筋で跳ね上がったヤトリムは、取り落とした魔導銃をお手玉のように拾い上げ、連射した。
ばつん、ばつん、ばつん、ばつん──
「撃ちすぎるな! 魔導銃は燃費が悪いだろ、エーテルが持たないぞ!!」
「糸繰人獣なんて気味悪い代物、どこからこんなに湧いてきやがった!!!」
ヤトリムが激発したまま人影を蹴りまくる。
襲い掛かってきた人影は、歪な生命を得た特殊な魔獣〈糸繰人獣〉であった。
静止したその姿は異形そのもの。頭を爆発させ、青の血まみれになった機械人形は女らしき顔をしていた。ただし球体関節をしていて、四肢は人間の二倍ほどの長さがあり、真っ黒な肌をしている。
どうみてもまともな創造主に作られたとは思えぬ頭は、六面に様々な表情で描かれた顔に穴が開き、内部にある球体が目としてぎょろぎょろと動き回る。
「飼い主の性根がいいとは思えない、油断するなよ!」
使役者を必要とするこういった人形型の魔獣は、個体ごとに来歴や外見が違うため、総じて糸繰人獣と呼ばれ、一定の需要があった。人は崩れたヒトガタを恐れる。主に民を弾圧する悪徳貴族や奴隷商に人気のある使役魔獣である。
「なあヤトリムさんよぉ……こいつらの弱点も、魔獣調教師ならわかるんじゃないのか?」
「知るかよ!! 生き物じゃねえ魔獣は専門外だ!!」
「四等星冒険家ともあろうものが、そういうもんか? 高位冒険家はめっちゃ有能だって印象があるんだが……」
「舐めるなよクソガキがぶん殴るぞ!! 俺ぁまともな人間なんだ!! 一等星や二等星あたりの化け物と一緒にすんな!!!」
軽口は止まらない。
人死にがでる鉄火場では異常な精神状態に陥らぬよう意識して軽口を叩きあうものだ。
ヤトリムは、あらためて十歳かそこらの目つきの悪い少年を観察する。
──孤狼児と聞いたが……戦場で育っただけで、こんな場慣れた子供になるものだろうか? うちの子なんて同じような年でもたまにおねしょをしていた。いや、子供だと考えるから違和感があるのだ。長命種か……? どちらにしろ、バロートのイカレ戦士どもと違って、まだ話が通じるのがいて助かった──
「ちょっと……静かにしろっ」
メテウスの小声に、反射的にヤトリムは静止した。
木々のざわめきと、かすかに届く小川の水音。
それだけでは──いや、鳥の羽音?
「――来るぞ!」
だんだん耳にはっきりと音の判別がついた。鳥が一斉にはばたく音だ。それが連続して近づく。しかし足音は聞こえない。隠密行動をしているのに、野生動物に警戒される姿。敵の正体はすぐさま予想がつく。
「……しつこいな!」
構えると同時、恐ろしい素早さで地を這う影が近づいてくる。
人影──否、人形型の魔獣〈フォーサイス〉の追加だ。二匹の人影が四足をカサカサと動かし、瞬く間に這いよる様は、巨大なヒトガタの油虫が這いずるようで嫌悪感をかきたてられずにはいられない。
敵の姿を確認し、二人は余裕の表情で待ち構えた。
正面から少数やってくるだけなら、怖い相手ではなかった。
「──エリーゼちゃん!!! やっちまってくれ!!!」
ヤトリムは叫ぶ。すると林に隠れていた巨大な影が屹立し、その十二本の足を動かして突進する!
──ヤトリムの愛獣〈盲車蜘蛛〉である。
厳密には蜘蛛ではなく、蜘蛛に似ているだけの魔獣だ。黒地に白ストライプのある饅頭のような体にキチン質の足をつけた、分類できぬ異形は、馬車を円形に並べたほどの巨躯をしている。
質量はそれだけで強大な武器となるもので、円形の胴体から12本生えた黒光りする足が数本、直立したかと思うと、鋭く伸びて人形に襲い掛かる!
──キンッ! ザッ ザクッ ザクリッ
「よし!!二匹ともやったな!偉いぞエリーゼ!!」
一匹は頭から砕け散り、もう一匹は腹を貫かれ、そのまま運ばれ〈盲車蜘蛛〉の根本に吸い込まれていった。
くちゃ、くちゃ、くちゃ……
メテウスはエリーゼちゃんの蛮行にドン引きした。
「く、くってる……!」
「いい子だエリーゼちゃん! ちゃんと好き嫌いせず食べて偉いぞ! さすが俺の娘だ!!」
「なぁ。そのエリーゼっていうのやめてくれない? 全然かわいくないし……娘。娘て」
「うるせえ文句いうな可愛いだろうが!!! 〈盲車蜘蛛〉にあこがれる全国の蜘蛛愛好家に蹴られるぞ!!」
「そんな強烈にマイノリティな異常性癖者たちの話されても……というかあいつ蜘蛛っていうより異次元からやってきた気味の悪いタコじゃないか?おっと、まて!エリーゼ!エリーゼちゃん!!おれを狙うな!!もしかして言葉わかってんのかこの化け物!?」
「たりめぇよ。そんなに怖がるな、子犬みてえにじゃれてるだけだ」
「猛獣に襲い掛かられるより怖いわ!!!」
くちゃくちゃ、くちゃくちゃと音だけを響かせ、人型魔獣が〈盲車蜘蛛〉の根元に吸い込まれていくのを見物していると、メテウスは腹が空いていることを思い出した
敵の気配はないが、念のため〈盲車蜘蛛〉の影の下に入る。タコの口にあたる部分、牙の並ぶ円形の吸い込み口から滴り落ちる青い体液を避けてメテウスは座り込んだ。
「ちょっと飯食うわ」
「うん?」
蔵遮腑から固め焼きのブラヌ(芋に塩や香草を練って焼いた保存食)をとりだし、薄めたワインをぶっかけ、ふやけさえて食べ始める。道すがら狩猟した肉を噛みちぎり、たまねぎも齧って野菜をとるのも忘れない。口内を強化しなければ噛めない固め焼きのブラヌに味を求めているわけではないので、機械的に咀嚼していった。
「もぐもぐ……」
「なんでこの状況でランチはじめてるんだおまえ……頭パーか?」
「次いつ落ち着くかわからないし、食っといたほうがいいぞ。戦場の心得だ、おれみたいな子供でもわかることだぜ」
「こんなんぜったい長命種だろ……馬鹿にしやがって……このヤトリム様は騙されないぞ……」
生きるための本能を刺激されたヤトリムが、舌をチッチッと鳴らすと、〈盲車蜘蛛〉の足が伸んで胴体を高くあげ、側面に開いた感覚器を広げて警戒をはじめた。
……蜘蛛というより……古代文明の兵器じゃない?
化け物丸出しの異形なのに、人間の命令をよく聞いている。
メテウスは感心した。四等星冒険家の使役魔獣ともなると一味違う。それに比べて……
「にしても、あの蛮族ども遅いな……『戦士三人で警戒網をかき乱す!待ってなさい!』とか言っといて肝心の呪い子が襲われてるじゃねえか……これだからバロート人はダメなんだ……計画性がないっていうか……品がないんだよなぁ」
「てめぇもバロート人だろうが。このガキむちゃくちゃだな……いや違う。すべてがむちゃくちゃなんだ。俺は荷運びの依頼を受けたんだぞ、なのに……どうして……きまってる……金に釣られて違和感を無視したせいだ……いつもそうだ……俺はいつもそうなんだ!」
ヤトリムが頭を抱えて意気消沈していると、ポンポン肩を叩かれる。メテウスだった。
「おれだって似たようなもんだ。無理やり連れてこられた。いまさら逃げても殺されるだけだ。諦めが肝心だぞ……?」
メテウスの聖人みたいな微笑みに、死を受け入れた人間の気配を感じたヤトリムは激しい焦燥感に駆られる。
「なぁ長命種さんよ。俺はまだ荷運びをしてるんだよな……!?
たぶん気のせいだと思うんだが、がっつり戦争に巻き込まれてる気がしてならないんだ。違うよな?そうだと言ってくれ……!」
「うんうんそうだな違う違う。大丈夫だ。おれは長命種じゃないし、あんたは単なる荷運び仕事をしているだけだ」
メテウスは確信のある笑みでうなずく。
ヤトリムは口先だけでも慰められてホッと顔を緩めた。
「たまたま……同行している全員が秘密作戦中の軍人で、ひっそりと秘密兵器を運んでいるさなかに襲われただけだ。すべて偶然だ」
「ぐぅ……!」
ヤトリムの顔面に激しい煩悶の色が現れた。
「ははっ。無実なんだから大丈夫だ。なんせ、冒険家ってのは戦争に関わらないようにするのが常識だからな、うん。そのルールを破ってないんだから問題ないだろ?」
ヤトリムの目が充血しはじめ、鈍い殺意を宿してメテウスを見つめる。
やはり菩薩の笑みでメテウスは頷きかけた。
「たまたま……兵器を運んでいる無実の冒険家なんだ。もっと堂々としてろよ。敵に捕まって、拷問されそうになったらちゃんと伝えるんだぞ?
『誤解です!自分はたまたま兵器を運んでいる民間人なんです、保護してください!自分は悪くない!』ってな!」
「クソガキが……!」
「ケケケ!」
ヤトリムは兵器を輸送している人間が、拷問されながら自分は無実だと言い張っている姿を想像して吐きそうになった。
それは低くない確率で自分の未来の姿なのだ。
微笑みの皺を濃くして、いまやハッキリと邪悪な微笑をたたえたメテウスは、他人の不幸をこのえうえないスパイスとして味気ない飯を美味に感じるのだった。うまそうに飯をぱくついているのをみて、ヤトリムの緊張を維持していたなにかがプツンと吹っ切れた。
「畜生!俺も食うぞ!明日飯を食えるかどうかもわからねえ身分なんだ!とっておきの飯を食う!」
「そのフルーツうまそうだな?この玉ねぎと交換しようぜ」
「かじりかけの玉ねぎなんていらねえよ! ったく……一つだけだぞ?」
「カノンにも一つちょうだい」
「ああ?おまえのぶんはねえよ」
「んん?なに言ってんだ?」
「いや、なにも……え?」
「えっ?」
「おなかすいた ちょうだい」
「「……えっ?」」
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