02「悪夢 二」
◆
「起きろ!」
「痛っ」
翌朝、メテウスは小突かれて目を覚ました。
「起きろ。雑用に孤狼児を集めろってよ」
「あ、ああ……わかったよ」
寝ぼけ眼にうつるものは、土の壁。薄暗いエーテル・ランプの影に揺れていた。
法術で築造された家屋特有の暗い土壁の広間で、メテウスはのそのそと起き上がる。
「早く用意しろ!まだ子供のつもりか?」
兵隊にしては若いマクスという同僚が、獣じみた顔つきで睨みつけてきた。
メテウスは皮肉な笑みを浮かべる。あどけない少年の顔立ちが、皮肉にひん曲がる姿は、周囲に異様な印象を与えている。
「つもり?つもりじゃない。どう考えても俺はまだ子供だ」
「口答えするな!」
「まだ十歳くらいだ」
「……本当に十歳か?とにかく口答えするんじゃねえ!」
「事実を指摘してるだけだよ。それが口答えに聞こえるなら、マクス、貴方の問題だ」
「理屈をひねるな!ぶん殴られてえのか⁉けっ!年上を敬うってことを知らねえな!可愛げのねえクソガキだぜ。隊長のお達しで、雑用を免除してやるからさっさと仕事をしてこいだとよ。ありがたく思えよ?」
「うん。ありがとう」
「急に素直になるな!びっくりするだろ!ほら、いっちまえ。こんなクソガキを殴らないでいてやるオレは優しいったらないぜ」
――ほんとうに優しいな。〈餓狼〉ことマクスは、獣じみた性根をしている。意見を引っ込めるくらいなら殴り合いを選ぶ人種だ。
「……あ、もしかして……」
ふだんは破落戸じみた言動のマクスが、自分に優しいのはなぜか、唐突にその理由に気づいた。気づいてしまった。
(あ、あいつ……おれを死体(※予約)だと思ってやがるんだ……他人の優しさの裏側っていつも知りたくないもんだな……)
要するに、強制徴募された十歳かそこらの孤児など、ほぼ確実に生き残れない戦場が待っているのだろう。
メテウスは暗い顔で小屋を出た。
◆◆◆
軍隊の野営地を歩くメテウスの脳裏は過去の悔恨に襲われている。
──世界は滅んだ。
なのに、なぜ自分は生きている?
メテウスという少年の脳裏には、違う人間として生きた記憶があった。
ここは過去なのか?はたまた──
あるはずのない記憶を持っている少年は、ただ脳裏で過去を思い返し、暗い顔で雑務に向かった。
基地に屯する兵たちは、酒を片手に雑談している。
「……生体兵器が、また味方を殺しまくって暴れたってよ……」
「……レナツァイト家は恩寵者を揃えてきてる。ブウェイック家に出陣してもらわないと押し込まれるんじゃないか……」
「……拾った宝核剣だ。高く売れるぜ。どっちの死体だって?野暮なこと言うなよ……」
ここ数か月つづいた戦争は、いよいよ終盤らしい。
いま軍隊が駐屯している、杭と逆茂木で囲まれた前哨基地は、兵士が数千人は逗留できる大規模なものだ。川沿いの要塞跡地に素早く建造された。
古代文明が栄えたとされるバロートにはこういった城西跡地が点在していて、戦のたびに活用されてきた。メテウスの属する、五大血族ブウェイック家の兵士たちは、勝手知ったる平原にいくつもの前哨基地を築いて、敵勢レナツァイト家へ圧力をかけている。
無理やり徴兵されたメテウス当人には、どこまでも他人事の戦争だったが、勝敗が自分の命に直結している以上、無関心というわけにはいかない。
「ごほっ……こんな野蛮人どもの土地とはいち早くおさらばして、文明的で最低限の尊厳ある人間らしい生活を送りたい……」
「メテウス……またわけのわからないこといってる……反抗的だって、また怒られるよ……」
「おれの反抗心は不滅だ……げほっ」
愚痴を言う喉が焼ける。メテウスは火葬された灰の山をかき分ける雑用を命じられていた。死体には人体に組み込まれる神秘の武具が残されていることがあり、死体を焼いた灰の山を孤狼児たちが漁る。
魔導陣が瞳に刻まれた義眼、浮彫が光る銀色の金属骨、単なる金歯、義肢刀……武人は武具に金を惜しまない。魔獣の核から生成された高価な宝核武装は焼け残ることが多く、数百人の死体からざる一杯の金目のものが採れる。
放置すれば殺し合いが起こるほど稼げるのだ。だから財産の回収をかねて、奴隷のような孤狼児が駆り出されている。
「うわ、くさい」
「ぜぃ、ぜぃ……ここら生焼けだ……」
周りには十人ほどの孤狼児が同じ仕事をしているけども、誰も生焼け区画には近寄らない。食欲をそそる肉の焼ける匂いと糞尿がブレンドされたうえ、腐り始めた死体に蝿がブンブン飛び回り、正気ではいられない様相を見せていた。
躊躇する孤狼児たちを見つけた、やせぎすの監督役が叫ぶ。
「なにをしている孤狼児ども! 早く終わらせろ!」
メテウスは叫び返した。
「十人長さま! このあたり生焼けです! 掘り出せません!」
ボォ!
返事は火球だった。メテウスの耳をかすめて高温の奇跡が死体にぶち当たる。
「オォ⁉ あぶないだろうが!!!」
またしても火球が飛ぶ。今度はメテウスの近くに着弾した。爆風に吹っ飛ばされて三回転転がり、メテウスは気が狂いそうになりながら十人長を睨んだ。
……なにやら数人で指をさし笑っている。仲間たちと冗談の種にしているようだ。
メテウスは血管がブチ切れそうになった。
「やっ……やめてください! 仲間殺し! これは仲間殺しの一種だぞ! なかまごろしーっ!! やめてくれ!!」
「黙れ!孤狼児ごときが、口答えなど許されん!望み通り死体を燃やしてやった!さっさと集めろ、愚図ども!」
細身でねじり髭を整えている、爬虫類の目つきをした十人長に反論することをメテウスはあきらめた。
男は笑っている。
およそ人をなぶることを楽しむような人間は、暴力以外で解決しない害獣だ。しかし本格的に反抗すればメテウスは殺されるだろう。
屈辱とみじめさ、怒りで体が焼けるようだ。
──一度死んだってのに、馬鹿らしい。屈辱を我慢するのか?
だいたい、たいして生きる価値もないっていうのに、なぜこんなゴミみたいなことをしなくちゃならない?
……わからない……でも、逆らえば殺されるのは確実だ……。
メテウスは死体を棒でつく作業に集中した。
広大な灰の山をかき分け続ける。汗と灰がまじりあい、体中に張り付いて不快だ。やがて頭が霞み、夢見心地になってきて──
「よしそこまでだ!あらかた攫えたな⁉ 孤狼児ども、持ってこい!」
気が付けば、太陽は真上に昇り、灰漁りの仕事も終わっていた。
灰塗れの子供たちが監督役の十人長に集う。
そして遠目に、それを眺めている少女と戦士がいた。
『──あの中から一人選ぶの?』




