01「悪夢 一」
◆不滅狩りの終焉◆
「きみを殺してあげる。だからぼくを殺しておくれ」
主題はそれだ。
不死のおれたちはみんな消えたくって、だからなにかに没頭している。暇を与えさせない目的に、浮世を忘れさせてくれる快楽に、愛着を補う他人に、日常生活の小さな幸福に。
美しい陶酔に――夢物語に縋っている。
けれど、それが自己喪失でなくてなんだろう?
それが代替物でなくてなんであろうか?
情熱は死に似ている。
信念は死に似ている。
みずからの魂の振る舞いを規定し、白熱に身を投じることはすなわち疑似的な死として機能している。
ここに魂の車輪が廻っている。
車輪は回転が速まるほど、空虚に徹して回転以外の所作を失う。
人は強固で崇高なものを求めているふりをして、本当は空白を維持することに精力を注いでいるのだ。
こじつけにすぎない?
否、これは真実の話。生命は生きることを賛美するが、同時に死を希求している。
ひねくれた考え?
否、いまはピンとこなくても、これからわかる。
どう戯画化したって人間は、死の手触りに、濡れるような栄光を感じているんだから――
「情けないけれど、なぜだか自分では死ねないんだから。ねえ、きみ。この哀れな神様を殺しておくれ」
彼女は真実の敵だ。不倶戴天というやつ。
でも、おれたちはきっと似た者同士だった。
なら、答えは決まってるだろ?
「――おまえを殺してやる。だからおれを殺してくれ」
主題はそれ。
◆
>メテウス
──神経が灼熱に焼けている。それ以外、なにも考えられない。
「バウッ!ハウッ」
敵兵の死体に群がった青目犬を眺める少年がいて、名をメテウスといった。
まだ十歳かそこらの少年は、犬の頭を撫でて呟く。
「よく食えよおまえら……肉を食わせてもらうことなんて滅多にないだろうから」
魔獣にとって人肉はごちそうだ。調教された魔獣でもそれは変わらない。愛らしい青目犬の毛並みを撫でつつ、焼け焦げた神経を鎮めていると、のそりと隣に人の気配がする。
「よぉ坊主、息災みたいだな」
中年男が話しかけてきた。
肉厚の体格に傷だらけの鎧を着こみ、黄金色の髭を生やして、筋の良くない顔つきをしている。
この男はアブヒムといって、メテウスの部隊の隊長であった。
「……息災、って言われても、別に元気じゃないけど」
「両手両足があって目も見える。玉も竿もちょん切られちゃいねえ。兵隊なら健康を喜べよ」
一戦終えたあと。血まみれ姿だが、大きな負傷もなく犬を撫でているのだから、ある意味アブヒムの言う通りではあると頷いた。
どう大目にみても堅気ではない、向こう傷の目立つアブヒムの顔を眺める。街なら関わり合いになりたくない顔だが、戦場では頼りがいのある優男かもしれない。気まぐれに聞いてみた。
「……ほかに孤狼児の生き残りは?」
メテウスは戦争に投入された狼なるものの一人だ。
孤狼児、戦の下働きに駆り出される孤児たちの総称。
このあたりの土地は貧しく口減らしも多い。戦争ばかりだから孤児もよくいる。そういった食い扶持のない子供は、放置すれば当たり前に盗み殺し犯しを覚えるものだから、狼なるものとして戦に連れていく風習があった。
メテウスは少し気がかりにしていた、戦で成り上がると言っていた孤児の末路を尋ねてみたが……
「このあたりの孤狼児?ほとんど全員死んだみたいだな。知り合いでもいたか?とにかく我らがブウェイック勢の勝利だ。基地に戻れば褒賞もある、犬なんか撫でてないでガキらしく喜べよ」
「褒賞?喜べって?」
感情が抑えきれず、頬が火照る。
ブルブルと震える手を抑え、メテウスはアブヒムを見上げた。その目はあどけない子供の体とは真逆だった。暗い翠の瞳は、饐えたヘドロが纏うぎらぎらの油膜のように暗い感情をたたえている。
「……殺し合いまでして貰えるのは銀棒?馬鹿らしい……罪もない敵兵を殺すくらいなら、味方の偉いやつを殺したいくらいだ」
「おい、聞き流すにしても限度ってものがあるぞ。お偉方はぶっ殺すのが難しいからお偉方なんだ。大きな声では言うな」
メテウスは笑う。
「孤狼児。半日前まで、十人はいたのに、生き残りはおれ一人?ちくしょう……」
メテウスは憎んだ。
具体的な憎しみではない。この世のすべての人間を憎んだ。自分が底冷えのする夜、凍えていたあの夜に、街でぬくぬくと暮らしていたすべての人間のことを憎んだ。
そして他人の都合で口減らしの戦に連れていかれ、虫よりもみじめに死んでいくすべての孤狼児に身勝手に同情した。彼らから尊厳を奪い取った酷薄な世を憎んだ。無念の死を遂げたであろう子供たちの代表としてすべてを憎んだ……。
「と、とても子供とは思えない悍ましい目つきをしている……」
「おっと」
目をパチクリさせていたいけなお目目にもどす。
――ぼく悪い孤児じゃないよ。戻ったか?
メテウスは目つきの偽装を行ってごまかしたつもりだったが、アブヒムは、十歳かそこらの子供の目と憎悪を恐ろしく思った。単なる害意ならアブヒムは恐れない、だが、この子供の憎悪にはアブヒムの心胆に響くなにかがある。
――賢いから目をかけていたが、やはり孤狼児は戦に出されて正解だ。このメテウスなんて、人間様ってより獣だものな……。
「メテウスよォ、テメェにも餓鬼ながら思うところはあるだろうが、悩むやつから死ぬと戦場では決まっている。こんなところでたそがれてないで、飯を食わんとな」
飯?
死体を嬉しそうに食む、あの犬のように?
メテウスは思う。
確かに犬だ。
おれは犬だ。
──おれは傭兵だったから、死んだあとも魂の底から汚れていて、犬として生きるしかないのだ。
見も知らぬ他人の都合で泥まみれの殺し合いをしたあと、自分が生き残ったことを安堵している犬。他に居場所もない。そのことに違和感を持っていない。
でも、それでいい。
自分の悲惨さに感情移入して、真剣に何かを恨むには……〈年を食いすぎた〉。
カーン、と。
唐突に甲高い鐘の音が空に響いた。
カンカンカン!騒々しく連続する。集合の合図だ。
いつまでも座り込んでいるわけにはいかない。
十歳かそこらの少年には似つかわしない顔で、憂さ晴らしに死体の頭を蹴り飛ばしながら、メテウスは立ち上がった。
「呑気に死にやがって。
──どうせ人類全員もうすぐ滅ぶんだ。
楽に死ねたんだからおまえは幸運だぞ」
メテウスを横目にした部隊の同僚たちは、ひそひそと囁く。
「不気味なガキだぜ」
「性病か?呆けか?どっちにせよ頭が腐る年じゃないよな……?」
「戦場育ちのガキってのはやっぱりおっかねえよ。なあ、俺の後ろには立つなよ?」
周囲の白い目をメテウスは気にしなかった。
世界は滅ぶ。自分の命さえ大した価値を感じないのだから、少年にとってすべては些事だった。
「悪ガキども!!基地に戻って休め!!どうせ明日もこき使われるんだからよ!!!」
すべてが滅ぶと知っているのだから、心配事などなにもない。
メテウスはぐっすりと眠った。
深い眠りは、死にも似て……過去と現在が交錯する。
◆
──不滅を狩るのだ。




