17「悪夢 十七」
「頼みがあるんだ。敵の兵士が持ってる武器を手に入れたい。徴兵された奴らに配られる規格品で、小さいものがいる。ナイフか、藪分け鉈あたりがいいな。手に入るだろうか?」
◆
「待て、待て……」
繕い作業を中断したグラインは、正気をたしかめるようにメテウスを見つめた。
「……どうして他人に頼む?自分で探せばいいだろう?」
「事情があってな──自分で探すわけにはいかない。
グラインなら新入りの孤狼児たちに言うこと聞かせられるだろう?
略奪品のなかに絶対あるような、敵のものだとわかる武器が一本ほしいだけなんだ。だめ?」
「だめ?じゃねえよ。気安く言いやがって……」
ほとんど物理的に目視できる厄介事の気配に、グラインは目元の険を深くした。
「兄さま。怒らないで」
むすっとしたグラインの腕をリンツァが引っ張る。あどけない顔をみて怒りが消えそうになり、グラインは下を向いて怒りゲージを保った。
二人は並ぶと、兄妹だとよくわかる。ともに色素の薄い金髪で、ともに冬の海のような深い藍の瞳。屈託のないリンツァと、苦虫をかみしめ続けているグラインは、印象が真逆なだけで、並べば顔立ちは華やかでそっくりだ。瓜二つである。なぜかというと……
「──おまえら双子にしては似てないよな……。とくにグライン、世を恨んだクソガキみたいなツラになってるぞ? リンツァの、〈わかってないけどわかってます!〉みたいなすまし顔を見習え」
「うるせえ!なんだこいつ、ずうずうしい……!リンツァ!こんなこと言うやつほっとけばいいだろ!?」
「あは……このまえ作業でかばっていただきましたし。ね?兄さま、だめ?」
「だめ?」
「リンツァ!おまえは騙されている!
メト!テメェが可愛く言っても悍ましいだけだ!
こいつ、前から思ってたけど普通のガキじゃないぞ!普通の十歳児はこんなこと言わない!!たぶん長命種が化けているんだ……!」
ふー、ふーと肩で息をするのを眺め、メテウスはなだめるように何度も頷く。
はやく怒りを鎮めて武器を用意してくれ、としか考えていないので適当な頷きだ。
メテウスは大雑把なところがあり、整理整頓とか苦手だし、責任という言葉の意味を理解できない。深く物事を考えないリンツァと話が合う。
逆にグラインは見た目よりずっと繊細で、繕い事が特技になるほど几帳面。雑談を時間の無駄と断じる性分で、義務を怠る人間を嫌うし、責任感がある。
いまもメテウスが適当にうなずいているのを見抜いて、イラッとしていた。
リンツァはいつの間にか用意したカルバイン草のお茶を二人に押し付けてにこっとする。
「お、サンキュ」
「いいえ、どうもです」
「湯加減がいいな」
「沸騰させてしばらく置いたあと注ぐのがコツなんです!」
「へえ。お茶くみの天才か──」
「えへへ」
能天気すぎる二人のやりとりは何も考えていなさそうで、グラインはさらにイラッとした。
「……こいつにお茶なんかださなくていいぞ」
「ね、ね、兄さま。私たちが孤狼児に馴染めたのも、メテウスのおかげじゃないですか。ちょっとした頼み事くらい、聞いてあげてもいいでしょう?」
「うるさい。不気味すぎるだろ……!なんだよ敵の武器を用意しろって……!そんなの……!」
「うーん……メテウスって年下って感じがしないけど……年下なんですよね? ね、ためしにお姉ちゃんに話してみてください。どうして敵の武器なんて探してるんですか?」
リンツァって鈍いとこあるよな、そこが愛嬌なんだけど。メテウスはうなずき、それらしい話を二秒で考えた。
「……おれの部隊に敵の武器をコレクションしてるやつがいてな……良いやつなんだ。今度、誕生日プレゼントを送りたい……もちろんサプライズプレゼントだから自分で集めるとバレてしまうかもしれない、頼めるのはおまえたちしかいないんだ……!」
「そうなの?」
「そうなんだ」
「へー、そうなんだ」
「そうなんだ、じゃない! 騙されるな! 敵の武器なんて、使い道は一つだけだろう!
メテウス……テメェ、味方殺しをするつもりなんだろう?
どいつを殺すんだ!?さあ、吐け!」
バレた。
数秒、みなが固まったあと、リンツァがつぶやく。
「……あっ」
「あ、ってなんだ!?リンツァ、なにか知ってるのか!?」
「うーん……」
「(ふるふる)」
首を振るメテウスと兄を眺め、リンツァは困った顔をした。
メテウスはさらに小刻みに首を振って〈だまってろ〉の合図を送るも、マジギレ五秒前で睨む兄の視線にリンツァは口を開く。
「……十人長のシエドラ様とメテウスが喧嘩になってですね……そのせいかと、はい……」
「シエドラ!?あんな奴と揉めてるのか!?」
孤狼児を嬲ることにかけて、シエドラの右に出る者はない。
子供たちに悪魔より恐れられている。なおこの世界に悪魔は実在してるのでこんなことはめったにないことだ。
メテウスはしぶしぶうなずいた。
「ちょっと、な?」
「な?じゃねえだろ!? ……それで、殺すつもりか!? 十人長を!?」
手下を連れた戦士を十人束ねる十人長は、他所の国でいう百人長かそれ以上の立場である。部下に囲まれた十人長の暗殺は難しい。戦場に放り出された孤児がひとりで十人長を殺そうといっても、普通は笑われるだけだ。しかし……
「……グライン。別に断ったって文句はない。無理強いするつもりなんてまったくないんだ。ただ、協力するか、しないのか、どっちなんだ?」
グラインはメテウスに気圧された。
銀髪をした端正な顔立ちの少年。あどけない肌や年齢を打ち消すほど目つきが悍ましい。緑の瞳は笑っていてもヘドロのような色をしていて、気味が悪い。
ギラギラと虹色に光る油膜のような憎悪が目に浮かんでいる。
グラインは口元をひくつかせ、ここにきてようやく気付く。
──こいつ、本気だ。自殺するなら一人でやれってだけの話だが……こいつは本当に殺すかもしれない……
このメテウスという生意気な少年は、こと戦ごととなると、想像の上をいくのだから。
グラインは不気味な年下の少年をしばらく睨んだ。
──借りがある。世界の最果てに逃げ延び、なんの益もない戦争に参加するしかなかった兄妹二人が、恩まで忘れてしまえばどうなるだろう?獣になり果てるに違いない……
「……助けたい気持ちはある。でもよりにもよって、シエドラが敵なんだろ?
おまえが失敗したら僕たち兄妹も殺されかねない……だろう?」
メテウスは頭を下げた。
「すまない。おれが敵の武器を探していたと噂を立てるわけにはいかない。頼めるのはおまえたちだけだ」
「兄さま…」
明らかに場の空気に乗せられただけの妹を無視し、グラインは平坦な声で必要なことを言う。
「もしもシアドラが生き残ったら、報復する相手を探す。僕たちが関与していることくらい、十人長なら気が付くかもしれない。
うまくふいをついて殺せても、不自然な死にざまを憲兵に嗅ぎつけられたら?
シエドラなんて、孤狼児の恨みだけは王様ほどに買っているやつだ。僕たちは真っ先に捜査される。わかるよな?」
交渉事の気配があった。不利益と利益を明白にした後、要求を相手に伝える。その率直さにメテウスは好感を持った。
「ああ。だから、うまくいったらなにかしら礼をしたいと思う。おれにできることで、なにか望みはあるか?」
グラインは黙っていた。沈黙に違和感を覚えるほど黙っていた。だが結局言った。
「……僕たちは父母から〈炉心〉を受け継がなかった」
「まあ、そりゃお気の毒」
──〈炉心〉
人が人を超えるための臓器。
人間がこの幻魔蔓延る大地で、なぜ生存権を得ているのか?
個人が時に軍隊を屠る時代に、なぜ貴族が力を持つのか?
その答え。
炉心、それはエーテルの受け皿であり、貯蔵庫であり、エーテルを燃やすための機関だ。
人類は神秘の臓器を育て上げ、次世代にその性行を継承することで、力をも継承することに成功した、唯一のエーテル親和性種である。
家に伝わる炉心を失ったと聞いたメテウスは腑に落ちたという顔をする。
「道理で名家から来ましたって顔してるのに、ヘナチョコだとおもった」
「おい、おまえに気遣いという概念はないのか?」
人には往々にして、自分でわかっていても他人に指摘されると激怒してしまう玉傷というものがある。本気で怒ったグラインの肩を、後ろから妹が両手でもみもみして抑えた。
「兄さま。心遣いを期待してはいけません。人には生まれついてデリカシーを持てない人間もいる。できないことを責め立てるのは、酷なことかもしれない……メテウスから私は学びました」
「……えっ?」
メテウスはびっくりしたが、さもありなんと頷く兄妹には何か共通の認識があるようである。
(自分は一度大人になった経験があるから、そこらのガキより他人に対して配慮溢れる心遣いをしている……)という自己像が危機に陥っていた。
グラインは重々しく話し出す。
「そうだな……迂遠に話しても意味がない。
メテウス、おまえは大人に混じって戦働きして、平気な顔をしている。
〈エーテル〉を、大人なみに扱えるんだろう?
僕は目的のために力を必要としている。本来は他人に教えるものではないだろうが……この問題が解決したら、エーテル遣いとして稽古をつけてくれないか?」
「なるほど、そうきたか」
メテウスは腕を組んだ。
悩むことなど、ひとつもなかった。
◆
運命の車輪は回転する。
本来なら死ぬはずだった双子は、本来いるはずのない少年に未来を託した。
その縁は
◆
メテウスは生真面目そうなグラインの顔を見つめながら思う。
……本当に才能のあるエーテル使いは、幼少期から凡人とは違う道をたどる。
グラインに大した才能はなさそうだ。だが、それは自分と同じ。
──メテウスは凡人だった。
終末期に活躍していた極星の如き超越者には、まるで敵わない。
メテウスの記憶に焼きついた光景は悍ましい。
──バビオドの司令官、光輪を抱いたベロニカの姿。神々から見捨てられた人類が人倫を度外視して開発した魔象技術の極致を操る外法師。
──魂を模造するダークエーテルの塔。塔によりかかった巨大な蛹から生まれた偽りの魂の獣はその業を全うした。
──大地に根付いたメヒドの心臓は巨人となり、侵竜を貫いた亜世界樹の枝は穢炉エーテルを放った。白蛇ダーングインの海嘯が低地をさらい、神々の寵愛を受けた救世主に傅く原罪人形と天使人形が飛んだ終末の空。
その光景は人類の罪だった。
種族が存亡の危機にさらされると、あらゆる価値観の虚飾が剥がれ落ちる。いつしか人倫という言葉は、余裕のあるときにだけはびこった大昔の無意味な錯覚として扱われるようになった。
百年も存続しない、その地域で流行っているだけの価値観に、人類史に通底する規範まで含まれていると錯覚していた我々はどれほど愚かだったのだろう?
民間人が戦のための資源として餌や囮や実験に活用されるようになったのはいつからだっただろうか?
人の牧場で生産された子供が使役魔獣の苗床として使われ始めたのはいつからだろうか?
諦め顔の老人や、戦えず子供も産めない女がみずから望んで死体を提供するようになったのはいつからだろうか?
万人の民を文字通り餌として与えた人造の使役魔獣は、すべての国で見られるようになった。
業魂兵は思い返すだけでも忌まわしい。
新生児の脊椎から脳を取り出して結合し、魔獣の体に植え付け、疑似的なワンマンアーミーを実現した業魂兵たちは、最後に人類を滅ぼして魔獣の仲間となることを選んだ。
たとえば戦争が人類の技術を飛躍的に高めるというのなら、人類の滅びをかけた最後の二十年は、きっと何百倍もの濃度で時計が進んだに違いない。
──あれがすべて嘘になった?
いや、ここが過去だというのなら、どうせ現実になる……。
──本当に?
あれが単なる白昼夢なのか、本当に未来なのか、メテウスは確信が持てなくなっている。
あるいは未来の魔象技術の一つでも、他人が使うことができたなら……自分の記憶は、真実だったということにならないだろうか?
「メテウス!頼む!僕に戦い方を教えてくれ!」
メテウスはグラインの不安と希望に満ちた顔を眺める。
このままなら、こいつは死ぬだけだ。なら──失敗しても損はない。
「そこまでいうなら……エーテルの扱い方を伝授しよう。良い実験台になるからな(小声)」
「わーい!私もお願いします師匠!!」
「実験!?おい、こいつ実験って言ったぞ!僕は訓練をつけてくれって言ってるんだ!」
「じゃ。おれは水浴びをしてくる」
水浴びを終えたメテウスは、半数が酔いつぶれている部隊の小屋へ忍び足で戻った。
「おい、いま帰ったのか?」
「へへっ……」
「何笑ってんだこのクソガキ?不気味だな……」
仲間と呼ぶにはいささか抵抗のある、むくつけき男たちが酒を飲むなか、寝床に向かった。不潔で暴力的で煩いが、子供の尻を狙う人間がいないというだけで外よりは安心できる。
一度寝転ぶと疲労は全身を鉛のように重たくしている。
薄い毛布と外套につつまり、泥のように眠った……。
◆
──不滅を狩るのだ。




