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不滅を狩るる ~ 終末の傭兵に二度目があったなら?→闇堕ちJK!→メクルメクク!~  作者: 六津井パラピポチ


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15「悪夢 十五」



>メテウス


 おれは腰に固定していた斧を抜き放つ。


 ──彼我の距離は400レヌテ。まだ霞む距離。


 沈黙鳥〈デンダー〉は黒い嘴をかっぴらき、首を曲げて大空に悍ましいエーテルを解き放った。

 エーテル波はその色と密度でほぼ言語に近い情報を放てる。紫色の光が空へ放射された、周囲の敵は五分もあれば雲母と集うことだろう。


 手から斧へ魂膜レイを這わせる。

 ただ折れにくくするだけの素朴な強化しかできないし、長持ちはしない。だが魔獣の強固な頭骨を割るためには必要なことだ。


 ──街道まで150レヌテ。


 化け物の巨大さが威圧感を伴う。沈黙鳥〈デンダー〉は老貴婦人のような品のある垂れ眼でこちらを目視し、一本足を曲げて器用に飛び上がった。水棲哺乳類が水を蹴りだすようなしぐさで大地を蹴って、砂煙を巻き上げこちらへ突進してくる。巨体をものともしない優雅な動作。


 ──ぶつかるなら、一撃目は受け流すと決めていた。


 彼我の距離は50レヌテに迫った。次の瞬間には殺されかねない。家屋ほどもある沈黙鳥〈デンダー〉と並べば、おれなど牛の前の鼠だ。沈黙鳥〈デンダー〉の不気味な顔の目めじりが皺を深め、青い瞳を輝かせる。ひどく人間的で優しい目。パっと見の印象など信頼してはならないという好例だ。


 ──距離、0。

 衝突ッ! 大木が折れ曲がるような鈍い音が響く。


「グァッ!」


 計算づくだから冷静なつもりで、衝撃を受け止めた。だが斧と骨を合わせたにもかかわらず、衝撃に耳鳴りが走り、肺から情けない悲鳴が生まれ、おれは回転しながら大空を舞った。


 本来ならば、衝突と同時に視界外へ消える予定だった、敵はインパクトの瞬間に工夫をしておれを跳ね飛ばしたのだ。

 勝利を確信した沈黙鳥〈デンダー〉は、舞い上がる鼠をくわえようと鳥頭を空へ突き上げる。


 ──ようやく油断したッ!

 敵が死んだと思い込んだのだろう。知恵ある魔獣は厄介だが、人間と同じように騙されることがあるという弱点も存在する。


「……ォラアァッ!!」


 エーテルをここぞとばかりに振り絞り、体を強引に捻じ曲げる。

 再度、衝突の瞬間に足裏へエーテルの爆発をつくりだし、ベクトルを背筋で捻じ曲げ渾身の斧をふるった。


 ──逸れたッ!

 ──くそ、避けやがった!


 明らかにおれの動きをその目で捉えていた。

 額から頭骨をえぐるための一撃だったが、斧頭は沈黙鳥〈デンダー〉の巨大な目に吸い込まれる。


 ──グジャッ!

 人間の頭よりも巨大な目玉が潰れ、水晶体が飛び散る。

 鳥とは思えぬ優し気な顔を苦悶に歪ませ、化け物は地に倒れこむ。

 おれは前転して衝撃を殺した。風が顔をうち、土草の匂いが鼻の奥へ突き刺さる。筋骨を強化して爆発力を強制的に叩き込んだので、全身がギシギシと痛む。エーテルを大量に使ったが……


「ハァ、ハァ……! 畜生、殺れてなかったか⁉」


 全力を振り絞った一撃に疲労困憊のおれを差し置いて、沈黙鳥〈デンダー〉はぐぐと羽を広げ立ち上がろうとしている。


 想定よりも強い。

 魔獣は頑丈で、頭や心臓を潰しても生きている場合はある。目玉を潰したところで戦闘不能になるかは五分というところだ。


 しかし野生の魔獣は痛みを我慢することを知らないから、大怪我を与えれば怒り狂ったり怯えたりして隙が生まれるもの。例外にこういった軍用の使役魔獣は、度重なる調教によってそういった弱点を克服している場合がある。沈黙鳥〈デンダー〉は探知型とはいえ、、まさに一級の軍用魔獣だった。


「仕方ねえ。見せたくなかったんだが……!」


 ガレアーンに奥の手を見せたくはなかったが、そうも言っていられない。

 片目だけ瞑目し、右手を握りしめて心臓に近づける。祈りの所作。才能のないおれは神々の手を借りることでしか強い奇跡を発現できない。エーテルと祈りをささげると、やがて遠くて近い形而上のエーテル界に巨大な気配が生まれた。


 神々は偏在する。エーテルを通して人の祈りを受け取る。

 世界に刻まれた神々の権能を呼び起こす鍵の呪文(オープンセサミ)を唱える。


「──輪の調停者、〈光冥のエイロ〉よ……

 カピアノスの嘆き像として知られる 偽りの魂ハラムを罰した

 気高き威光を いま此処に──〈雷球アビール〉!」


 いつもこの瞬間は怖い。


 ──たとえば夜の海。小舟の下に巨大な捕食者が近づいてきたときのような根源的な恐怖がある。巨人の指先で撫でられるような感覚がさっと背筋を撫でる、自分の矮小さに怯えたあと。


 胸奥からエーテルがごっそりと奪われ、代わりに紫電を纏った青白い光球が顕現する。

 雷属性法術第三域【雷球〈アビール〉】、エーテル界に偏在する神々の一柱〈光冥のエイロ〉が、祈りとエーテルを対価に己の権能を行使したのだ。


「喰らいやがれ!焼き鳥にしてやる!!」


 緩慢な動きは避けられる。振り絞ったエーテルで即席の筒をつくり、底で爆発を起こすことで即席の魔砲として〈雷球アビール〉を射出した。


 ジン、と空気が焼ける匂い。

 目視できる速さで疾走する紫電球。


『──ばぁ、らぁ!』

 化け鳥は嘴をまたしても開き、原始的な魔象陣を形成して〈雷球アビール〉を受け止めようとした。

 だが、無駄だ。雷の奇跡は魔獣に解析されるほど単純ではない。ぶつかりあい、一瞬だけ金色に輝いたと思うと、雷球は嘴を崩しながら鳥頭へ侵入し、頭の中をバチバチ焼き尽くして爆発する。


 そうして顔中の穴から煙を吹いた沈黙鳥〈デンダー〉はずんと倒れ伏し、動かなくなった。


 ……殺した。

 だが、休んでもいられない。沈黙鳥〈デンダー〉の発した警報がどこまで届いたかもわからないのだ。残ったエーテルを魂膜レイに回し、ガレアーンの隠れる木立へ走り抜ける。


「やってきた!これでいいんだろ⁉ 逃げるぞ!」

「ふん……」


 なぜか不機嫌なガレアーンに睨まれ、びくっとする。

 少女の強気そうな空色の瞳が光り、真っ白な肌に影を落としている。

 ゆらゆらと揺れるスカイブルーがこちらを睨む。

 当然のようにエーテルを熾しているのだ。


「来た道、戻るわよ」


 それ以上なにも言うことなく、二人で遁走を開始した。


「──喜びの底にある苦しみよ。

 人なるものの業に憐みの衣を与え給え──〈深紅の衣(トラリオーン)〉。

 ほら、陰行をかけたから最低限の強化でついてきなさい」


 無属性闇術第三域〈深紅の衣(トラリオーン)〉は、エーテル使いが発する痕跡を力技で中和する燃費の悪い術だ。逃走するために必要な最低限の身体強化でさえ〈深紅の衣(トラリオーン)〉の陰行を使うと一時間と持たない。だが、犯行現場から素早く逃げるにはうってつけの技だった。


 ──この女、この年で闇の術式まで扱えるのか……。


 無属性の術式は神々の介在しない奇跡、純粋に当人の技量が必要となる。


 ガレアーンの才能に恐れおののいてしまった。

 盗賊や暗殺者はよく〈深紅の衣(トラリオーン)〉を使えて一人前という風潮がある。一流の盗賊になる素質がある……これは天才か……はては盗賊王……と尊敬の目でみてしまうと、ガレアーンはやはり不機嫌な目でこちらを睨みつけた。


 なんで?






 ──長命者との噂、根拠のない話ではない。


 ガレアーンは、少年の手慣れた戦闘に危機感を抱いた。

 戦慄を禁じ得ない。不意をつかれれば、自分でも殺されるかもしれない手管がある。


 ──生意気な態度も、虚勢ではなく本当にこちらを殺すつもりだったのかもしれない。


 ガレアーンは十四歳だ。剣を振り回して体を鍛え始めたのが六年前、本格的な訓練を受けたのは三年前の春になる。

 ブウェイック家の領土から広く集められた、血筋と負けん気を認められた子供が集められた訓練は、やがて過酷さを増し、冬の最終選別となると、五人に一人は死ぬような厳しい訓練となった。

 その経験は今となっては裏打ちされた自信としてガレアーンを鼓舞するが、当時はこんな訓練に耐えられる子供がほかにもいるという事実に世間の広さを知ったものだ。

 エーテルの力は年齢や性別に関係なく人に力を与える。

年齢制限はないから大人たちもいたけども、だからこそ才能ある子供はガレアーンより年下なのに楽々と訓練をこなしていた。


 死人がでて当たり前の訓練は、戦士候補生に命の価値を教えた。

 人の命はつくるのにすこし手間のかかった矢玉のようなもので、いざというときに使えば当たり前に壊れる消耗品だった。その原材料である子供は、子だくさんの貧乏人から無限に供給されるため、常時戦争状態にあるバロートにおいて子供などとても使い勝手の良い資源として扱われる。


 最後の試練は記憶に焼け付いて消えない。

 冬の始まりから、まるまる次の冬の終わりまで一年間続く、戦士の選抜。

 ある日、犬を殺せと言われて殺した。

 害獣でもない犬を殺すのは人を殺すよりも心が痛んだ。

 獲物に噛みつけなかったり、無駄吠えする子犬はそうして〈神々のおおかみ〉と言われる神に命ごと捧げられるのだという。冥府で犬たちに安寧があることを祈って、殺した。


 敵地に放り出されて帰ってくる訓練は略奪ありきのものだった。夕べを囲う天幕に押し入り、抵抗されれば一人や二人は殺さなければならなかった。泣きわめく一家の食物を強奪しながら、ひれ伏して神々に祈り慈悲を乞う老婆の姿。みじめったらしくって、そんなことをしている自分がみじめになった。なんのためにこんなことをしているのか、良心が言い訳を探した。


 恐怖はやがて闘争心の糧となった。ガレアーンは恐怖を感じると、頭に快感が生じて青天井に闘争を楽しめるようになった。


 弱ければ奪われ、奪わなければ飢え死にする。

 それが真実だった。

 バロートは穀物の育たぬ土地である。かろうじて育つ芋や牧畜で養える人口を超えた瞬間、餓死と略奪ははじまる。

 なんでも、この土地はまるごと戦神の贄として血を流しているのだそうだ。

 バロート戦士は神々の供儀として血を流す。意味があると思えば救いもあった。


 そう──生贄を求めない神などいない。

 都合がよいだけの神など力もなく命をかけて仕えるに値しない。命を求めない神はいつだって偽物だ。

 もしくは、美辞麗句の裏で魂をむさぼっているだけだ。


 犠牲なくしては、なにかを得られることなどないからだ。

 代償を支払わずに得たものは無意味で、魂など宿らないからだ。


 バロートの冬はとても厳しい。北の山間部に近づけば、トナカイすら放牧できぬ死の土地になる。一冬を山で越える訓練は極限のものだった。馬にくくりつけたズタ袋。ナイフ、着火剤、そして一着の薄着だけで雪山に放り込まれ、蟲毒じみた争いで死者がでるのを目の当たりにした。だれも人肉を食わなかったのが逆に不思議なほどだった。


 魔熊を捌いて、毛皮を纏う。なめす余裕などないから、腐った肉に越冬蛆がはりつき、皮ふと毛皮のあいだで潰れる。

 だんだん一帯から食えるものがなくなり、仲間内で争いが増える。

 雪を炊かす余裕すらなく、愛馬の小便を飲み、最後は家族ともいえる馬が飢え死にしたのを捌いて喰らった。携帯食を使おうとした孤狼児ガルーの短慮に呆れ果てたのは、豊かな森で食い物がないと言い張る少年が馬鹿にしかみえなかったからだ。


 魔獣の死体の腹の中に隠れ、寒さをしのいだ夜。

 吹雪く山には月もみえない。仲間はいない。たった一人、血まみれになって、臓物の感触の残る暗闇のなか、なにも見えない……。


 血の匂いがやがて体臭となる。

 生き物の腹の中にいる。

 絶対的な恐怖が隣にある。

 無限の暗闇を魂を食われそうになる。


 恐怖が臨界点をこえつづけ、やがて神の祝福となり、闘争心だけが残る。

 死と血がガレアーンに狂気の歌を語り、戦士の資格を与えた。


 訓練が終わり、壊死した指を持ち帰ると教官が笑って奇跡でつないでくれたが、感謝など浮かばず、このような理不尽な試練を与えた教官に憎悪だけを覚えた。なぜ私の馬が死んで、こいつが生きているのだ?


 襲い掛かっても倒せないし、地獄の折檻を受けるとわかっていてなお殺したい。

 狂気のような憎悪に震えるガレアーンをみて、教官は上機嫌で、見込みありと囁いた。

 とにかく闘争本能をあぶりだし、適性のない人間は挫折するか死ぬ過酷な訓練だった。そうしてガレアーンはバロートの戦士として認められ、半ば見習いとして初陣に出されたのだ。


 ──そんな自分が殺されるかもしれないと考えるような孤狼児ガルーがいる。

 訓練もなく、戦場に出された孤児が、どのような血の試練を経てそのようになったか、想像すると、怖気を覚える。尋常の半生ではあるまい。


 沈黙鳥〈デンダー〉を真正面から叩き折るのをみて、なにも感じないわけにはいかない。臓物と隣あって眠ったことなどあるはずもない子供が、ガレアーンに恐怖を与えたのだ。ガレアーンは血の通った人間として当然の如く、メテウスを御する方法を考えなければならなかった。



 手に余るようなら、やはり自らの手で殺さなければならないのだ。





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