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不滅を狩るる ~ 終末の傭兵に二度目があったなら?→闇堕ちJK!→メクルメクク!~  作者: 六津井パラピポチ


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12「悪夢 十二」


 ──眠りは苦痛だ。

 この体になって以来、人生を追憶する夢ばかり見る。

 まるで過去をなかったことにして忘れたい気持ちを罰するように……繰り返し、繰り返し半生を思い出す。







 >???


 ──薔薇色の空がどこまでも続いていた。


 戦斧を杖のようにして歩いた。何日も、何日も……。かつて生命の営みにあふれた土地は、根こそぎワーム型の魔獣に汚染され、残されたものは均一化された荒野だ。紫がかった暗褐色の地面は陰鬱で、無限の果てまで続く煉獄を歩いている気分になる。


 杖代わりにしている戦斧が重たくて、ひどく煩わしかった。

 いっそ投げ捨てたいが、武具を捨てるわけにはいかない。穢炉エーテルに染まった緋色の空は、地平線の彼方まで魔獣が蠢いている証明だ。


 たどり着ける場所はないだろう。

 なのに、武具を捨てるなんて……否、戦って死なないなんて、恐ろしいことだ。


 怯えていた。

 おれは死ぬことではなく、戦って死なないことに怯えていた。


 人類は絶滅した。凡人だからこそ、何の因果か生き延びている。魔獣にとって魅力ある餌でもなく、決戦で戦力になるわけでもないから、戦友が全滅してしまったあとも、道化めいて死場所を探していた。


 疲れ果て、倒れこむように眠り、また歩き出すだけの日々。

 しかし、ある日に目覚めると、変化があった。


「おや。まさかと思って来てみれば……生き残りに出会ったのははじめてです」


 女の顔がのぞき込んでいる。声をかけられ、まず疑ったのは幻聴だ。

 飛び起きると、笑みを浮かべた女が突っ立っていた。

 アッシュグレイの髪をショートにしていて、場違いに典雅なゆとりある白いローブを羽織った若い女だ。女……いや……本当に人間か……?


「傷ついたけだものの目をしている。ふむ、眠ってもらいましょうか」

「なに言ってる?俺に法術が効くとでも……スヤァ」


 おれは意識を失った。



「そろそろ目覚めなよ。ねぼすけ」


 肩を揺らされる。

 風が髪をくすぐる感覚に、意識が急速に覚醒していく。


 目を開けると、おれはいざり車に座って、小高い丘の上にいた。

 力の入らない体。首から上だけが動く。

 背後にいる声の主へふりむくと、深いフードをかぶっていて顔がわからない。


 ……経緯を思い出す。


 あの女よりも背が低い。

 目覚める前の相手とは、別人のようだ。


 ……妙に冷静なのは、意識を失った後、何らかの〈術〉か〈呪い〉を受けたのだろう。精神錯乱を強制冷却する術を受けた特有の感覚があった。


「ハロハロ? 君、地上でよく何ヶ月も生き延びていたね。定命の者にしては悪運が強い。いや、幸運というべきか。だって君はぼくたちの仲間になるんだから」


「なにを……いっている……?」


 わからない……こいつはなにを言っているんだ……?

 ここはどこだ……?

 なぜ滅んだ大地に、木々に野原が広がっている?


「鈍い人間の相手って苦痛だよねえ。あたりまえのことを説明しなくちゃ話が通じないんだから。

 きみはぼくたちに助けられた。なぜって?かつては何億といた不快な動物が全滅したいま、わざわざ希少な生き物を殺したりはしない。奇特な趣味をもってコレクションしたがる人もいる。そう、老人のいない世界では昔のことを知っている人間は貴重だからね。


 歴史の生き証人というやつだよ。

 うん?なに?

 そうだよ、お察しの通りぼくは不滅者だ。君のような哀れな生き物とは違う」


 おれは叫び声をあげたつもりだ。

 しかし、金縛りにあった肉体はなにも動かず、声も風にかき消えるようなか細い声。

 指を差してこちらを操る女は、ローブの下から不気味な金色の瞳を輝かせてニマリと笑みを浮かべる。


「ちょっと黙ってくれよ。

 だから、君にかけた術を解かないと動けないんだって。椅子から転げ落ちても助けてあげないよ。


 その年で学ばなかったの?

 反抗的な態度は十代で卒業するのが賢い生き方というものさ。


 くすくす……なんせ、虫けらの感情に力なんてない。力のないきみは無力で無害だから周囲は大目にみてくれるだろうけれど、弱さとは醜さなのだ。醜いところは隠すのが礼儀だよ。弱者はせめて不快の姿をしていないでほしいというのが、周囲が弱者に望むたった一つのことなのさ。


 うん?反抗的な目だ。ばかだなぁ。生き延びるための礼儀を覚えることを卑屈とは言わないものだよ。


 いや、言ってわかるわけがなかったね。

 百年もせず無意味に死ぬ哀れな生き物に、高望みはしていない。かわいい犬猫に話しかけるのと同じようなものだよ。


 言葉は通ずる、されど吠え声の一種としてしか通じない、ってね。

 文字は読める、されど文盲なのだ、ってね。


 さあ。そんな陰気な顔をしないで。

 社交では明るい顔をしないと、周りに迷惑だってわからない?


 わからないかあ、馬鹿なんだなぁ。

 ま、いいさ。馬鹿とハサミはなんとやら、てね。

 せっかくだから、救世主さまにみてもらおうじゃないか


 ──われらが闇の救世主〈マシュムレド〉様にね」


 戯言はいい。だが、一つわかった。


 ──不滅者に、救世主。

 ここには超越者が集まっているのだろう。


 様々な理由で死を克服した人間がいる。神族の血筋にある化け物や、錬金術の果てに死を克服したものもいる。呪われて死ねなくなった人間もいる。

 共通するのは、やつらは人間とは別の生き物で、ひどく有害だという事実だ。


 喉が開いたので、ためしに挑発をした。


「お喋りはうそつきと相場は決まっているもんだ……

 超越者なんて、魔獣との戦争でほとんど死に絶えたはずだろ?

 どうしてのうのうとおまえは生きているんだ?」


「ふふん?

 愚かな定命の人間は想像力もないみたいだ。みてわからない?」


 目の前の背の低い女は、もしかしたら肉体的には若いのかもしれない。

 だが感じる気配は化け物のそれ。肥大化した魂が、現実に比重の影だけを落とし、不可視の巨人がそばにいるような悪寒がある。

 エーテルをなんとか廻して探ると、そういった化け物が、そう距離を開けずたくさんいることが感じられた。


 こういった超越者はとても強い力を持っているから、魔獣との最終戦争ですべて死んだはず……だった。


「……そもそもここはどこなんだ?」


「ようやく聞いてくれた。ごらん。ぼくたちは君たち人間が長く戦っている間、バカンスしていたのさ。あはは。時の移り変わりを眺めるだけの穏やかな日々、晴耕雨読というやつだね。安心するといい──ここは安全なんだから」


 いざり車を押される。

 両脇に車輪がついていて、介護者が押せて自分でも動ける上等なものだ。


 やがて視界が開けた。

 丘から見下ろす平野には、のどかな村があった。

 子供の甲高いキャーキャー。笑い声がする。清廉な風の匂いが顔をくすぐる。


 石造りの昔ながらの家がだんだんとなって立ち並び、広大な農地には黄金の穂が茂っていた。

 小さな生活用水路には水車が回り、子供たちが水遊びをしていた。小さな子供が遊んでいるだけなのは、裕福と幸福の証でもある。


 ──なんだ、これは?

 胸に汚濁をたらされたような不快感が止まらない。


「──ここは……」

「ぼくたちの街だよ。いや、まだ村、かな?でもいずれ都市になる。子供もたくさん生まれた!いやあ、こうしてまじまじと眺めると大昔の戦争のない時代を思い出す。すこしの犠牲はあったのだけれど、子供の笑い声を聞くと自分は間違っていなかったと思える。和やかな気持ちになるよねえ」


 理解した瞬間、おれはこの村を破壊したい衝動に駆られた。

 人類は絶滅するまで極限の戦争をして負けたのだ。


 そのあいだあろうことか、不死者どもは自分たちだけ生き残っていやがった。

 和やかだと?邪悪だ。

 すべての人類が種族存亡をかけて命を捧げる中、小さな楽園をつくっていたら、それは邪悪なのだ。


「そんな顔をするなよ偉そうに。

 ふふん、主上どの。気持ちはわかるさ、けれど考えてもみておくれよ。どうして安堵してくれないんだ?人間が滅んでしまったなんて最悪の事態よりも、よほどよいことだろう?

 ねえ御前どの、発作的な怒りを鎮めてくれよ。それはやつあたりというものだ。人類を救えなかったなんて非難はだれも受け付けられないからね」


 たしかに。

 この怒りはやつあたりかもしれない──


 眼下の村には笑う子供たちがいる。ここに問いがある。子供や身内を守るためだったなら、やつらの行いは邪悪であるとまで言い切れるだろうか?


「──死んじまえ、テメェらは人間じゃねえ。人間は滅んで、化け物が笑っている、それだけだ。死んじまえ──」


 ──おれは死罪に値すると考える。拷問に値すると考える。全員殺すべきだ。

 たとえそれが人類を絶滅させることだとしても、あの村をぶっ壊してやりたい衝動に駆られている。

 理屈や損得ではない。

 何億という人間が苦しみぬいて死んだ。子供の潰れた死体を埋葬した親がどれほどいただろう?無念の死を遂げているあいだ、ひっそり生き残ってるやつらがいたらそれはどさくさに紛れて殺したほうがいい。


「ずいぶん悪しざまに罵って見せるねえ。でも、きみはどんな正しさでぼくたちを殺そうというのさ?」


 だってそのほうがすっきりするし……。

 そういう、個人的な感情だ。

 土台、正しいか否かなんて、おれには興味のないことだ。


 正しいというテクスチャを張り付けただけの人間を、無条件に片っ端からぶん殴れたらどれほどすっきりするだろうか?


 社会的な正しさと正義を混同して恥じない人間のことをおれは邪悪だと考えている。

 こいつらがおれの生死を握っているのも関係ない。


 本当は何もかも関係ないんだ。

 ただ、悲しいから殴りつけるのだ。

 この世に存在する空よりも巨大な悲劇を受け止めるなんて不可能で、人間は弱く小さいものだから、代わりにすべてを滅茶苦茶にしてやりたいだけなのだ。


 畢竟、対象なんてどうでもいい。おれはそっちのほうが少しすっきりするから怒りに身を任せているだけだ。


「皮肉だねえ。弱いから怒るしか方法がない。滑稽だね?」


「うるせえ。人間もどきが。それにしてもおまえら、どうやって逃げたんだ……?

 魔獣はおまえら悍ましい不滅者を好んで食うはずなのに……」


 気になったのは、魔獣の探知から逃げ出す方法だ。

 人間の魂を餌とする魔獣は、この大地を埋め尽くしている。

 自分が気絶していたとはいえ、もう大地に人間の住める場所が残っていたとは思えない。ここはどこで、どうやってこんな村を維持していたんだ?


「あはは。愚か者。

 ぼくたちが逃げた、だって?

 逆だよ。逆」


「逆……?」


 いやな予感がする。

 人間には、衝撃に備えるためだけに直感があるのかもしれない。耐えきれない衝撃に、耐えなければならないときのために。


「ぼくたちは魔獣から逃げたんじゃない。

 なぜって、ぼくたちにとって魔獣は敵じゃないからねぇ。

 不死で数の少ないぼくたちが逃げ出す相手は、いつも人間や神様なのさ。

 だから、ね……?

 どうか驚かないでおくれよ」


 ローブを脱いだ女は、黒髪で金色の目をした、作り物めいた少女だ。

 目の下にクマがあって、化粧のようにも見える。


 愛らしい少女の声と顔をした化け物は、ほっぺたを両手でささえて照れているような顔をした。挑発のつもりだろうか?


「──魔獣をつかって人間を全滅させてしまえば、ぼくたちの楽園ができる。


 そういう計画があったんだ。


 不死の楽園ができる。そういう計画が。


 この村をみればわかるだろう? だれも不死であることに怯えていない。


 これから世界はきっとよくなる。


 命に限りある生まれながらの下等生物が死滅した世界では、争いはもう起こらない。寿命から解き放たれた楽園で、人という生き物ははじめて本当の讃美歌ハレルヤを歌える。


 顔の皺に心の中で泣きわめく、かつての少女はもういない。

 いつか訪れる死を受け射られず、みじめさに発狂した動物はもういない。

 老いに納得しているふりをしなければ正気も保てない、哀れな老人はもういないのさ。


 寿命なんてものがすべてを縛っていた、残酷で滑稽な原始時代に生まれたきみには納得しかねるかもしれないが、それはもう運が悪かったのだと納得してもらうほかない。

 きみは原始時代に生まれてしまった、哀れな旧時代の遺物だから、納得なんてできるわけがないんだけど、それが現実というものさ。

 飲み込みがたいものを飲み込むほかないきみたち原人はほんとうに哀れだし、納得できるはずもない死を受け入れたふりをして尊厳を保とうとする姿はもう涙を誘ってしかたないんだけれど、まあ、生まれてきた君たちが悪いんだからいたしかたない。ね?


 喜んでくれよ。きみたちの犠牲があって、不死の楽園が生まれた。


 この世は不公平な代物だが、それでも未来の人間は公平を目指すべきだ。

 どのような犠牲も足を止める理由には足りない。

 たとえ現在のすべての人間が死のうとも、未来の千億の魂の自由で贖われるだろう──いやあ、寿命のある下等生物には、すこし難しい話だったかな?」


「そういうとこよ。おまえら、ほんとそういうとこだわ。不死が目の敵にされたのもあながち理由がないわけじゃないよな……実際、魔獣で人類を絶滅させてるし……おまえら最悪じゃない?」


 おれは素で納得した。こいつら普通に殺したほうがよくないか?


「えへへ。褒めたってなにもでないよ?

 ぼくたちの計画は完璧だった。

 ほら、紅の空をみてごらん。

 天空を覆うエーテル回流は崩落し、穢炉エーテルの脈動となりはてた。


 エーテルに偏在した神々とて零落し、冥府へ逃げ帰った。傲慢なユイフェルはもういない。


 ぼくたちは今、空にいるんだ。

 あの禁じられた星々の世界にいるんだよ。


 地上を魔獣に明け渡して、ぼくたちは天空に楽園を築くつもりでいる。

 きみは、憐れな定命の下等生物がいたという証拠として、楽園に招待された客人というわけ。


 なぜそんな顔をする?まるで被害者みたいな顔をして。


 おまえたち弱くて下等な人間が、不死を忌み嫌っているのはわかってる。

 人間、これほど嫌悪感を掻き立てられる生き物はほかにはいない。おまえたち嫉妬深くて恩知らずのけだものが、不死を好んで狩るから、ぼくたちはこうするしかなかったんだ。ね?


 ……あはは。冗談、冗談。

 そういう理屈や言い訳は用意してあるっていうだけ。

 子供たちにはそう教えて、子孫の罪悪感を軽減してあげるつもりだ。


 あはは……笑っちゃうよね。


 ん?なんて顔だ。第四世代印象派の『憎悪』って絵画みたい。


 そんなに憎々しくしないでおくれよ。

 多少残酷だという意見はぼくたちにもあった。


 でもこれは生存競争なんだから、しかたない。

 それはまるで人が害獣や魔獣を殺す時のようなもので、理由はあっても罪はない。


 どれだけ忌み嫌われようと、古今東西、食べ物に困る土地では姥捨てに赤子殺しが横行するものさ。しかし彼らは殺したくて殺しているわけではない。食う口を減らさなければ全員が先細りに死ぬとわかって、決断のうえ、老いた親を、珠の赤子を殺すんだ。そこに理由はあっても罪はない。罪悪感はあっても、決して真実の罪ではないのだよ……。


 そう、節理というやつなんだ。弱肉強食というやつなんだ。


 けっきょくのところ、ぼくたちか君たちか、二つに一つしか生き残れないのなら、人間は〈自分たち〉を選ぶものだから。立場が違えば意見も変わる、それをあげつらうのはきみが弱くて損をした立場だから。

 知っているだろう?

 不公平で得をした人間はいつも無言でにんまり笑ってる、なぜなら犠牲になっているのは他人だからねぇ。くく……ぼくの笑顔もきみの憎悪も、ポジショントークにすぎないんだから許してくれよ?


 人は泣くだろうが、笑うだろうが、そこに深くて納得のできる意味なんてない。

 それが人間の罪なんだ。

 そういうものさ。

 あはは……。

 ねえ。

 そんな目でみないでくれ。本当に悲しくなる。本当に……。


 ぼくも星を信じていた。

 ぼくも、若い頃はね、人と手を取り合うことができると信じていたよ。


 だけれどね。

 この地上に生まれた肉の手は、水のはじめから澱んでいてとんでもなく穢れているものだから、星を掴むことはできない。みなが胸に抱く、あの幻想を掴むことはできないようだよ。くっくっく……」


 恥知らずの不滅者め。

 憤怒で頭が割れそうだ。

 この人類の絶滅劇そのものが、不死者たちの仕組んだことだったら?

 何億という人間の死が、仕組まれたものだったら、その罪に見合う罰とはなんだろうか?


 それは真実の罪ではないだろうか?


 ゆるせない……。


「……うわぁ。可愛らしい! 本当に怒ってる?

 美しい憎悪だねえ。なにかを心底憎むことのできる人のことをぼくはどうしても嫌いになれない。美術品のように感じてしまう。激情を持つことのできる若人を、嫌うことのできる老人なんていないものさ。


 そうだ……ぼくのペットにならないか?

 ごはんも上げるし、なんだって世話を焼いてあげるよ。

 フレアに相談しないとね。ペットを譲ってくれないか、ってーー」


 ころしてやる……。


 おれは地獄の窯の底で煮えたぎった鉛のように憎みながらも、奇妙に冷静だった。

 こんな怒りが続くはずもない。

 こんな怒りに意味なんてない。

 究極、こいつらを殺したところで、意味なんてなにもないのだ。

 なんせこの怒りが叶わなかったことをおれは知っている……。


 なぜなら──これは夢だから。




 ──不滅を狩るのだ。




 夢は永遠には続かない。

 美酒も悪酔いもすべては同じ結末に行き着く。

 夢は終わり、また目覚めなければならないときがくるのだ。









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