表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不滅を狩るる ~ 終末の傭兵に二度目があったなら?→闇堕ちJK!→メクルメクク!~  作者: 六津井パラピポチ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/17

10「悪夢 十」



 出発は午後になった。

 旅装のガレアーンと二人で、敵陣への抜け道を探る一泊二日の旅だ。言外にガレアーンの準備運動と、メテウスが足手まといにならいのかテストを兼ねている。


 強面に似合わない心配そうな顔をして、ヘジケ―という守役がメテウスを脅しつける。


「お嬢、いざとなったらこの孤狼児ガルーを囮にして逃げるんですぜ。

 ゴラァ坊主、命令を聞くんだぞ。これは契約で、おまえは金を貰ってる。裏切るなよ」


「…………………………。

 ………………………………。

 ………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。………………………………。……………………はい」


「えぇ……ロワットラ様がいなくなったとたん反抗的になった……」

「畜生、不安だ。このクソガキ、なんでこんな忌々しい目つきをしてやがるんだ?人選を間違ったか?」


 メテウスの目は深い緑に澱んでいて、腐りかけた苔だらけのどぶ川みたいな色をしていた。

 不安視されてしまったので、目をぱちくりして目つき偽装を行う。


「安心してください。金の分は働きます。契約は大切ですから……」


 もちろん嘘八百だった。

 メテウスは澄んだ目で綺麗ごとを言いながら、内心では怒りに震えている。


 ──なにが契約だ、人様を捨て駒に使おうとする蛆虫どもめ。

 おれは自分が生き延びること以外なにも考えていないし、いざとなったらこの少女を囮にして逃げようと考えている。信義は大切だ。しかし信義に乗じて人を利用しようとする輩は、いくらでも好きな時に裏切っていいと、たぶん宇宙の辞書に書いてある。


 おれは他人の利益になんてなりたくない。

 相互扶助なんてくそくらえだ。そのために何が犠牲になろうと知ったことか。


 そのために世界中のすべての人間が地獄に叩き落とされようと、それがなんだっていうんだ?


 なんなら先んじて生贄を捧げてもいいくらいだ。

 戦友や、顔を合わせた人間ならともかく、実際に会ったことのない人間ならいくらでも生贄に捧げても心など一切傷まんし、それが実際にこの世界で起こっているすべての犠牲者の生まれた理由でもある。


 どうせ滅ぶ世界だ。

 正しいことに関心がない。

 おれが興味あるのはせいぜい自分と、自分の股間についている息子の幸福くらいだ。なんてささやかな願いだろうか。そのためには、この世の無辜に属するすべてを犠牲に捧げてもいい。恨みだけは忘れんぞ。目にものを見せてくれる……



 メテウスは生存本能だけで生き残った元傭兵である。

 人間社会から利益を得るための最低限の賢さ(プロトコル)も持っていないため、世間一般のすべてをおおむね信じていなかった。


 想像力や理性に乏しく、倫理観に逸脱があり、人の暖かみに大した価値を見出していない。

 家族のない人間が家族のある人間を憎むように、人間社会から恩を与えられた記憶のない人間は、おしなべて自分の考え以外を重視しない。メテウスもまた人の世を虚無とみなす、あの悪しき種族の一人だった。


 ──なんなら人間とは誰しも本当のところ自己利益に根差した存在なのだから、あらゆる信義は潜在的に常に裏切られており、すべての人間が人類に敵対的な生命体であるからして、理由を置き去りにしていきなり裏切っても倫理的に問題はない気すらしてくる……この世のすべての人間が背反者であり敵なら、これほど喜ばしいことはない……だってそのほうがスッキリするし……


 悪魔崇拝者みたいなことを考えているメテウスは、ふいにとても優しい気持ちになった。


 ……なぜだろうか、敵がいると考えると、心が澄み渡る。

 怒りや恐怖といった雑念が消える感覚。


 感情が滅んで奇妙に意識が澄み渡り、ただ敵がいるということが喜ばしい気持ちになるのだ。

 血が冷たく凍り付き、純粋になれる。


 意識が平静になって、こんな自分でもまだ生きていこうと、そう思える。

 ふふ……。


 メテウスはユニコーンの駆ける泉のような澄んだ目をして微笑んだ。


「な、なに笑みを浮かべてるんだ、このガキ……?」

「大丈夫よヘジケ―。だってこいつ、とても優しい目をしている……」

「いいか!こんなっ純粋な目をするやつにロクな人間はイネェ! 太古の昔からそう決まっているんデェ……!」


 時間が押している。

 無茶苦茶不安そうなヘジケ―に見送られ、出発した。



 二人は雪の冠をかぶった山々を拝みながら、西へ向かった。


「ピレー山の雪が根本まで来てるわ」

「そうっすね……それがなにか?」


 旅装の少女は地味な外套を着こみ、空荷だった。敵地にいくというのに鎧を身に着けていないが、中指に金属の輪っかをかけて固定する長袖をしていて、それがエーテルを注げば鎧として機能する防具だということが察せられる。一目で軍装とわかる姿を避けた装備だ。


「フフン。ことしは冬が早く来るから、戦も長引かないということよ。わかる?」

「へぇ……そうなんですね、わかりませんでした……」


 メテウスのテンションは滅茶苦茶低かったが、初陣で興奮している少女はかまわず頬を薔薇色に染めてしゃべりつづける。


「おまえ、生意気だけどまだまだ子供よね。こんな話は聞いたことがある?」

「はぁ……」


 年上ぶったガレアーンの話は続く。ほぼ内容を聞かずに相槌をうち、ピレー聖山を眺めながら、原野にすっかり溶け込んでしまった古の街道を歩いた。


 バロートの北東に聳えるピレー山脈は、どこからでも拝める巨大な霊峰であり、バロート人は聖なる山として崇めている。

 ほぼ天空に屹立する壁だ。世界一高い山かもしれなかった。その山向こうは人にはとても踏み入れぬ異界であり、人食いの巨人ホートスが住まうという。古の種族である巨人ホートスたちは春の雪解けと共にバロートへ下りてきて村落を喰らう。


 あまり聖なる要素がないので、バロート人は蛮族すぎて邪教的な意味合いで聖山とか言っているのかもしれないとメテウスは疑っていた。


「放棄された道にしては歩きやすいわね。こういう役目じゃなかったから馬に乗って走りたかった。私の育てた馬は二頭いて、片方は葦毛なの。真っ白で狙われるから下等な兵士には乗れないわ。でもちょっと臆病で──」

「なるほどうんうんそうですね」

 

 人のいない道だ。遊牧民のいるような平原を旅するというのは、大海原を小舟で旅するのに似ている。現地民でもないかぎり道しるべが必要だから古代の道は無数にある。


 その道も敵対する二つの領地を繋ぐ道ということで、何十年も放置されていて道の痕跡がかろうじて見て取れる程度で、石の痕跡だけが残っていた。

 やがて道は雑木林に突入した。

 昔は人に管理されていたようで平坦なものだが、木の根や泥まみれの窪地などを避けると、十歳の体ではとにかく歩くのに体力を使った。


 戦闘も見込める一日である。

 エーテルはいざというときに使うため、とっておかなくてはならない。

 少女は迷いない足取りで、メテウスに配慮なくズンズン歩いていく。


 鍛えているとはいえ、素の体力は年上の少女に叶わない。

 やがて息があがり、膝が笑ってきた。

 弱音は言わなかったが、ガレアーンはふと振り向いてこう言った。


「しばらく休息をとるわ」


 少女は、十歳のメテウスよりも年上なだけでまだ子供といえる年だ。蛮族では成人扱いされているようだが、都市部では労働すらしないような十五に満たない若年である。

 

 彼女は砂色の髪を切り揃えていて、天使の輪っかが輝いていた。

 強気そうな顔立ちも空色の瞳にハッとするような気品がある。

 

 ──こうしてみると可愛いところもあるじゃないか……?


「なにボサッとしてるの?食事をとるわ。用意なさい」

「は?」


 メテウスは思わず聞き返した。

 消耗した年下の少年を無言で気遣った…的なストーリーを勝手に妄想していたが、とくにそんな気遣いではなかったみたいだ。悲しい。そしてなぜか飯の用意が仕事になっていて、早くやれと言われている。悲しい。


「あの、携帯食料とか……」

「味は気にしないから鳥か獣を採ってきなさい。水の匂いがするから魚でもいいわ。仮眠をとって、太陽が沈んだあとに歩くのよ」

「ええ……」

 

 ──この女。

 従者扱いである。


 おっかない将軍女を見た後だと、十五歳にも満たないガレアーンなどしょせんクソガキ。ちょこざい生意気な小娘にみえてきたので、メテウスは反論することにした。


 普段なら貴族に逆らうことはない。

 しかし、もう五分五分で逃げることになりそうなので遠慮はない。

 内心を現さないよう、できるだけ平坦な声を出した。


「ガレアーン様。その腕輪、星輪具タフティなんですから、食料くらい入ってるでしょう?」 


 ガレアーンの前腕に螺旋状に巻き付いた、金色の腕輪を指さす。

 ──星輪具タフティ。その一種である蔵遮腑クシャフとみて間違いはない。ほぼすべての旅人が持っている必需品のエーテル・アーツだ。メテウスも一つ持っている。所有者のエーテルを用いて少量の物品を虚空にしまうことのできる奇跡の品であり、中に入れるものが増えると指数的にエーテルを消耗するため、一般的に財布代わりにするか緊急食と水を入れるくらいにしか使われないが、逆にいうと旅人で食い物を入れていない人間はほぼいない。


「……本気で言ってる?」


 少女は嫌そうな顔をした。自分の蔵遮腑クシャフを他人にあてにされるというのはいかにも嫌なことだ。だが、食料を持っていることは間違いないのである。メテウスは真顔で頷く。


 ガレアーンは大木に片肘をつき、大げさにため息をついた。夕焼けに染まった砂色の髪をかきあげ、皮肉な笑みを浮かべた少女は馬鹿者を見る目をしている。


「おまえ間抜けなの?川に魚がいて、森に獣がいて、空には鳥がいる。なのに蔵遮腑クシャフの食料を使おうだなんて、戦人の心得がなってない。それでも戦士?」

 

 ──うるさい、おれは戦士じゃないんだぞ。一泊二日の旅程で携帯食を使っちゃいけない理由がさっぱりわからん。

 メテウスは不満げな顔をして押し黙り、少女は面倒そうに説明を続ける。


「不測の事態は起こるもの。携帯食は食料を調達できないときのためにあるの。わかる?わかったら、さっさと食べ物をとってきて。狩りくらいできるでしょ?」

「……ぷい」


 メテウスは顔を背け、拒否を示した。


「⁉」


 背中を向けて座り込み、黙って自分の背嚢から携帯食をとりだす。

 ガレアーンは心底驚愕し、目を真ん丸にしている。


「お、おまえ……!ロワットラ様の前と全然態度が違うじゃない! 腕の一本くらいなくても囮は務まるのよ⁉」


 ガレアーンの脅しはまるでメテウスの心に響かない。

 ロワットラの脅しが効いたのは、あの蛇みたいな目をした女が本気で殺すつもりだったからである。形だけ真似たところで意味はないし、メテウスにも言い分があった。


「すみません。おれの仕事は夜警や斥候役でしょ?こちとらガレアーン様より体力もない。食事の用意なんて雑用というほどの雑用じゃないんだから、分担すればいいんじゃないでしょうか」

「えぇ……? な、生意気……はっ。生意気すぎて逆に冷静になってきた……。これが最後のチャンスよ? 早く狩りをしてきなさい。ちゃんと報酬も払ったでしょうが!」


 メテウスは十歳児にはみえない邪悪な顔つきで舌を出して押し黙った。

 長年の傭兵生活でこびりついた不信感が彼をそのようにしている。素直さが評価されたのは幸福な奴隷時代だけで、傭兵生活において素直さは馬鹿の代名詞だった。


 ──他人の口車に乗るのは馬鹿のすることだ。はした金で恩に着せられるほどおれは真面目じゃない。いかなる恩恵も、己の魂や命の値段には見合わないのだ。

 だいたい、おれたちは仲間じゃないんだ。


 出発時、この女は「名乗っていなかったわね、私はガルレア、祖なる〈虚狼追い〉クンディより血を継ぐ、ハヴォックの系譜リヤルトの子。生きて帰れば金と名誉をあげるから従いなさい」とか長々と能書きを垂れていたが、ついぞおれの名前は聞かなかった。


 つまりはそういうことだ。使い捨ての道具の名前を知りたいやつなんていない。そんな相手と話したところで、親しみどころか敵意しか浮かばない。フン……おれを動かしたいのなら力づくで動かすことだな……モルスァ……


 ……などとメテウスが屁理屈を考えていると、ガレアーンはフッと目の前から消えた。


「ぐッ⁉ ッ……!」


 風と衝撃で意識が混乱する。背から痛みが突き抜けた。目にもとまらぬ速さで首根っこを掴まれ、大木に打ち付けられたのだ。


「舐めやがって……孤狼児ガルーが!従えッ!殺すわよッ!」


 明るすぎるスカイブルーの瞳が至近距離でメテウスを睨みつける。木立の下だというのに輝いて見えるのは、感情の発奮に魂膜レイが生まれているからだ。そこには確かに殺意がある。


「ッ……」


 数瞬、間が空いた。

 メテウスは突然の暴力に放心状態となり、ただ少女の荒い呼吸を聞いていた。ガレアーンは鼻に皺を寄せた犬のような顔をしている。


「……その嫌な目……!おまえ、なんなの⁉本当に死にたいのか⁉」


 振り上げられた拳が頬を打つ。

 目の奥に火花が散り、首がもげそうな衝撃で木と拳の間で頭が板挟みになる。だらだらと錆びた鉄の匂いが口内を満たし、ねばつく血が喉へと流れ、同時に唇から溢れ出た。


「ゴホッ……! オッ……バッ」


 コロコロとした異物を口から吐き出す。血の海に転がる白い真珠。歯だ。内頬も深く切れている。


 命の危機に反応して意識が加速する、すべての景色がスローモーションにみえる。戦場と同じ感覚。


 ナイフを刺される衝撃と比べるとかすり傷だが、耐えられる痛みでもないので、胸奥からエーテルを引き出し、痛みを軽減する原始的な奇跡や、出血を止める術式を発動した。


 暴力を受けるということは、限界を超えて酒を痛飲するのと同じで、一種の快楽があった。命の危機はこらえがたい心地よさを伴う。


 その異常な精神状態にかえって冷静となり、メテウスは正気を取り戻して、ガレアーンの視線を直視する。


「どう⁉やるの、やらないの⁉」


 殺しあうのか、そうでないのか?

 屈辱がメテウスの全身を満たした。動物的なプライドを傷つけられた感覚。そして愉快な気分だった。自分の命が他人の手に握られているというのは、純粋に敵がいるという必然性があり、その否応のなさがメテウスの迷いを消している。


 ──いま争っても、利益はない。意地を張るならもっと大事な場面だ……。


 少女の直情的な暴力に屈したふりをして、メテウスは懇願した。


「わ、わかった……。食事の用意でも、何でも、やるよ……だから、やめてくれ……」

「おまえ……その目……本当に子供?」


 全く信用されていない。

 首元から少女の手が離れ、木をずり落ちた。

 

 ──おれはどんな目をしていたのだろうか?

 ガレアーンは、眉をひん曲げてメテウスを見つめている。

 

 ──なにか、見抜かれているのだろうか?

 わからない……。


 どうなるにせよ、逃げ時も戦い時も今ではなった。

 メテウスはしばらく屈服することに決めた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ